空のブログ(動物愛護・アニマルライツとは)

何が正しくて何が間違っているか、さまざまな意見・状況がある混沌とした動物と人間の関係において、動物愛護とアニマルライツという立場を中心に、客観的に論理的に評価し、理論立て、動物愛護とアニマルライツの進むべき方向性を定め、推進するために作ったブログです。


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狩猟はなぜだめなの?

 狩猟は何の罪もない、乳幼児程度の知的能力しかない、つまり、人間の成人のような責任能力のない動物を、自己の快楽のために恣意的かつ不当な理由をこじつけて殺すことです。なぜなら、その行為が当人にとって殺す必然性や義務もないのに、積極的に殺すことに参加、加担しているからそういえるのです。少し掘り下げると、殺す必然性もないのに動物であれ人間であれ、殺すことは普遍的に悪いこととされていますから、そういった悪事には罪悪感を感じることができる人間は普通は殺す事に苦痛に感じるはずです。

 それでも積極的に殺すということ、あるいは殺したいと思う事は、殺すことに苦痛を打ち消す以上の相当な快感を感じるということでしょう。これは猟という文字どおり猟奇的といえる、結局は「快楽のために動物を殺すのは良い事だ」という積極性のある性癖といえますが、この性癖は他の存在に不可逆的な害を与えており、他の存在に迷惑をかけなければ何をしても良いという個人の自由の範囲を大きく逸脱しています。

 また、わずかな快楽のために動物に不可逆的な苦痛を与え殺すということを自律できない人間性を表すものとして、また、非苦痛、非差別、一貫性の肯定という誰もが共有できるであろう規範からの道徳的問題としてはもちろんの事、このような危害原則に基づく自由の範囲を逸脱した性癖は、法的にも動愛法の動物を愛する気風を将来し平和や友愛の情動を函養するという動愛法1条の目的や何人も動物をみだりに傷つけたり殺してはいけないという、動愛法2条の基本原則にも反しています。

 一方、人間は理性的能力もあり、他種を利他的に助ける徳のあるとされる人間らしい行動もできます。これは人間だけが出来るといってもよい行動であると言えるでしょう。逆に、狩猟は罪もない動物を自己の快楽のために殺すことによって残虐性を函養し、平和や友愛等の情操に悪影響を与え、結果として社会的に悪影響を与えることとなります。以上のことから、狩猟は反社会的行動であると言うばかりでなく、自分の快楽のためには罪もない弱者をいたぶり殺しても良いとするような人間性を見たり測ったりされる踏み絵にもなります。

社会的弱者である動物を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者である女性を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者である黒人を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者である犬を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者である猫を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者であるイルカを僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者である牛を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。
社会的弱者である豚を僅かな快楽のために殺すのはよい事だ。

 すべて間違いだと思われます。

 そういった態度から起こったような「男女中学生が殺される」という痛ましい事件が大阪でも発生しています。(*1) これも結果的に殺したいから殺すという人間がいなければ起きない事件といえます。また、今回の「ちはるの森」への署名運動でも、主催者や親族にちはるの森の関係者、もしくは擁護者から執拗な嫌がらせが続き、身の危険を感じた主催者は署名活動を中止しました。こういった他者への思いやりのない事実、つまり、まさに自分達の快楽のためには罪もない弱者をいたぶり殺しても良いとするような人間性を表していると当該関係者が証明したような事例だと思われます。

 以上のことから、肉食は人間が生きていく上で必要だと思っている人や、動物実験は人間が生きていく上で必要であると思っている人にも、狩猟は人間で言えば人間と動物を入れ換えた快楽殺人と同じことですから、それに反対できる人間中心主義の立場からも十分に反対できる、あるいは反対すべきである最低最悪の行いが狩猟だと言えます。

 このような、反社会的な行為である狩猟は、戦争と同じく、人間としてしてはいけないことであり、やめるべきことであると言えます。

狩猟やめますか? 人間やめますか?
狩猟やめますか? 人間やめますか?
狩猟やめますか? 人間やめますか?
狩猟やめますか? 人間やめますか?
狩猟やめますか? 人間やめますか?




*1

毎日新聞 8月21日(金)21時0分配信

<大阪中1殺害>職業不詳の45歳男逮捕 少年遺体発見

大阪府警本部に入る山田浩二容疑者=大阪市中央区で2015年8月21日午後8時43分、大西岳彦撮影

 ◇大阪府警、死体遺棄容疑で 防犯カメラ映像などから浮上

 大阪府高槻市の物流会社の駐車場で13日深夜、平田奈津美さん(13)=同府寝屋川市立中木田(なかきだ)中1年=の遺体が見つかった事件で、大阪府警は21日、寝屋川市香里新町に住む職業不詳の山田浩二容疑者(45)が関与した疑いが強まったとして、死体遺棄の疑いで逮捕した。防犯カメラ映像などから関与が浮上した。また、平田さんと一緒に行動し、行方不明になっていた同級生の星野凌斗(りょうと)さん(12)とみられる遺体が同日、同府柏原市の竹林で見つかった。

【「いやや」…遺体発見速報に少年宅から絶叫】

 府警は、山田容疑者が平田さんが死亡した経緯について何らかの事情を知っているとみて、事件の全容解明を急ぐ。山田容疑者と平田さんは、顔見知りの関係ではないとみられる。

 捜査関係者によると、山田容疑者は13日深夜、高槻市番田1の物流会社「直販配送」の駐車場で、平田さんの遺体を遺棄した疑いが持たれている。平田さんは顔を粘着テープで何重にも巻かれ、両手首も縛られていた。左腕や左胸、左腹部、左脚には生前に付けられたとされる約30カ所以上の切り傷があり、頭や顔には殴られた痕もあった。

 司法解剖の結果、平田さんの死因は窒息死だった。遺体の唇には、呼吸を止められたことをうかがわせる皮膚の変色が確認された。府警は、平田さんが粘着テープなどで口や鼻を塞がれて殺害された可能性が高いとみている。

 平田さんの遺体は13日午後11時35分ごろ、配送業務を終えた男性従業員(53)がトラックを駐車スペースに後退させた際、車内のバックモニターで気づいた。男性従業員が直前にこのスペースから動かした自家用車の底部に血痕とみられる染みが見つかっており、遺体は車の下に隠すように遺棄されたとみられる。

 平田さんと星野さんは13日午前1~5時ごろ、京阪寝屋川市駅近くの商店街にいる姿が防犯カメラ映像で捉えられていた。その後、2人の足取りが途絶えていた。

 ◇捜査車両に乗った容疑者、捜査員に挟まれ、うつむき加減に

 山田容疑者を乗せた捜査車両は21日午後8時43分、大阪市中央区の府警本部に入った。黒い帽子をかぶった山田容疑者は両脇を捜査員に挟まれ、うつむき加減に表情をこわばらせていた。






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違法な殺処分はストップさせよう!
違法な持ち込みもストップさせよう!

ということで、違法な殺処分に関する、「殺処分目的での行政への持ち込みは引き取り拒否できるのか」について書きました。

殺処分の実態の中で、合法的殺処分は法的にもどうすることもできませんが、違法殺処分は止めることができるので、違法殺処分の実態や法理を行政や活動家に教えてあげてください。少なくとも我々だって殺したくないんだという行政は積極的にこういった正しい解釈を採用するはずです。そうでない行政は殺したい行政だといえます。


まずは、関連する法律から書き出してみました。

=================================================

動愛法35条 犬又は猫の引取りをその所有者から求められたときは、これを引き取らなければならない。ただし、犬猫等販売業者から引取りを求められた場合その他の第七条第四項の規定の趣旨に照らして引取りを求める相当の事由がないと認められる場合として環境省令で定める場合には、その引取りを拒否することができる。
35条2  前項本文の規定により都道府県等が犬又は猫を引き取る場合には、都道府県知事等(都道府県等の長をいう。以下同じ。)は、その犬又は猫を引き取るべき場所を指定することができる。
35条3  第一項本文及び前項の規定は、都道府県等が所有者の判明しない犬又は猫の引取りをその拾得者その他の者から求められた場合に準用する。

動愛法7条
4  動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(以下「終生飼養」という。)に努めなければならない。

動物の愛護及び管理に関する法律施行規則
(平成十八年一月二十日環境省令第一号)http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18F18001000001.html

第二十一条の二  法第三十五条第一項 ただし書の環境省令で定める場合は、次のいずれかに該当する場合とする。ただし、次のいずれかに該当する場合であっても、生活環境の保全上の支障を防止するために必要と認められる場合については、この限りでない。
一  犬猫等販売業者から引取りを求められた場合
二  引取りを繰り返し求められた場合
三  子犬又は子猫の引取りを求められた場合であって、当該引取りを求める者が都道府県等からの繁殖を制限するための措置に関する指示に従っていない場合
四  犬又は猫の老齢又は疾病を理由として引取りを求められた場合
五  引取りを求める犬又は猫の飼養が困難であるとは認められない理由により引取りを求められた場合
六  あらかじめ引取りを求める犬又は猫の譲渡先を見つけるための取組を行っていない場合
七  前各号に掲げるもののほか、法第七条第四項 の規定の趣旨に照らして引取りを求める相当の事由がないと認められる場合として都道府県等の条例、規則等に定める場合 

=================================================

上記は動愛法35条の引き取りの規定に関する部分である。

1. 動愛法の愛護目的と「殺す目的」の関係

 動愛法一条の目的は「動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資する」という目的が前段に書かれており、『動物を(殺す)駆除目的で捕まえて行政に殺させる為に保健所等に持ち込むこと』は殺すことが目的なので、明らかに動物を愛し護るというこの目的、である「動物の健康および安全の保持」に反するばかりでなく「国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資する」にも反しているために、正当な理由とは言えない。

2. 動愛法の管理目的と「殺す目的」との関係

 さらに、後段の「動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。」にあたっては、このような前段に定められた動愛法の動物愛護という目的にそぐわない方法での「いわゆる管理方法」を認めているわけでは無いといえる。つまり、この時点でも殺すための持ち込みは正当な理由とは言えず、みだりに行う持ち込み行為であると言える。

3. 動愛法の基本原則と「殺す目的」との関係

 したがって、『動物を駆除目的で捕まえて行政に殺させる目的で持ち込むこと』は第二条の「動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。」という法的義務にも反することになり、正当な理由での持ち込みとはいえない。

4. 動愛法の目的と基本原則に則った35条の引き取り義務と「殺す目的」

 上記の事から、持ち込みが正当な理由ではない場合、例えば、盗んだ動物である場合等が正当な理由での持ち込みでないのと同じく、違法性のある理由での持ち込みは動物を適正に扱っているとは言えず、つまり、正当でない、みだりな持ち込みは、当然の事ながら持ち込み拒否の理由に十分になりえるだろう。さらに、これは、動愛法の目的の内容が「動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持」という動物愛護の気風を招来する事であるために、動物を殺すことを目的とした持ち込みは、動愛法で定められた動物愛護の否定であり動愛法の目的と真っ向から対立する。したがって、引き取らなければならないのは、動愛法一条の目的に沿う形の持ち込みであり、それ以外の目的、ましてや動愛法一条と真っ向から反する目的である、殺す目的での持ち込みの場合は動愛法上でも違法な目的であるために引き取ることができない。

 また、『動物を駆除目的で捕まえて行政に殺させる目的で持ち込むこと』というみだりな理由で引き取った場合で殺処分が行われた場合は、正当な理由での殺処分とならず、みだりに殺すことになり、行政自身が動愛法44条に抵触するということに留意する必要があると言えるだろう。

5. 結論

 結論をいうと、殺処分目的での持ち込みは動愛法一条に反するためにみだりな持ち込みであり、その持ち込みによる殺処分は二条の「何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない」という法的義務に反する為に、もし殺処分すれば、みだりに殺すことになり、みだりに殺す事を禁じている動愛法44条に抵触し違法殺処分と言える。もちろん法3条以下の解釈は、第1条の目的や第2条の基本原則に従って解釈していくことは言うまでもないことである。





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京都市動物との共生に向けたマナー等に関する条例とネグレクトによる動物虐待について





●ネグレクトの例と野良猫の虐待の関係

 ネグレクトの結果・・糞尿まみれで歯周病が進みほっぺたに穴があいている。体重は1.8kg。(現在2.7kg)しかし、結果は助かった。もう彼女はネグレクトに遭うこととはないだろう。こういった事実からも『ネグレクトに合う可能性』があるので殺処分が無くならないほうが良いというのは完全に誤りである。

 最近の事であるが、野良猫餓死条例に反対し、野良猫餓死条例が撤廃されると野良猫が付近住民により虐待されるという主張を見かけたが、条例を撤廃すると虐待が増えるから条例は必要だという理由は、条例の無いときに既に虐待はあるはずであり、その地域にもうすでに虐待があるなら、そういう事件はその地域で多発しているはずである。

 もし、条例が撤廃されたとしても、新たに動物虐待という暴力的犯罪者になる人が現在よりそれほど増えるだろうか?そして、仮に増えたとしても、餓死に追いやられるような野良猫の数よりその虐待で被害を受ける野良猫の数の方が多いのだろうか。TNRが行われている地域でそれほど虐待が増えたというデータを、少なくとも私は見たことがない。

 そして、この条例で、虐待数の減少があり得るのだろうか?仮にその虐待の数がこの条例で、仮に減ることになったとしても、その理由が餓死でのネコの減少であれば本末転倒である。ましてや条例の施行前ではそういったデータすら無い。この時点で、そういった主張をすること自体が無責任きわまりないということができるだろう。

 それも含めて考えると、条例の撤廃による暴力的虐待と条例による餌やりさんの減少、及びそれによる野良猫の移動、餓死、或いはごみ袋等の被害と比較した場合、この条例でのネグレクトでの餓死という虐待による被害の方が多いと思われる。


●暴力的虐待とネグレクト

 つまり、簡単に言うと暴力的虐待かネグレクトによる虐待かの比較とことである。そして、暴力的な野良猫虐待は増える事は、その見るからに残虐な行為のために、あまり無いと思われるが、条例の不作為によるネグレクトの虐待は個体管理義務や一人辺りの餌やり頭数が決められている以上、そちらの方が被害が大きいと想定されるため、野良猫餓死条例がない方が、より野良猫の被害が少ないと考えられる。

 そして、根本的に考える必要がある事は、暴力的虐待は動愛法や警察により防ぎようがあるが、この条例でのネグレクトでの虐待は防ぎようがないことに留意する必要がある。よって、野良猫餓死条例の撤廃による虐待増による野良餓死条例への反対は根拠がなく理由がない。

 また、確実に言えることは、この条例がこういった問題を引き起こしているということであり、この条例こそを批判すべきだということである。それをしないのであれは、根拠のない主観的理由での単なる動物愛護の足の引っ張り合いにすぎないだろう。


●条例によるネグレクトと不適切な餌やり
 
 それはさておき、京都のこの野良猫餓死条例の根本的欠陥の一つは、市民に動愛法上の愛護動物である野良猫にネグレクトを事実上強制していることである。それは、条例第9条 「市民等は,所有者等のない動物に対して給餌を行うときは,適切な方法により行うこととし,周辺の住民の生活環境に悪影響を及ぼすような給餌を行ってはならない」と定められており、さらには同条2での市長での基準で詳細に決められている。この基準で考えると、京都市野良猫排除条例では、市長の独断で、給餌場所が地域住民が許可した場所か自宅で付近住民の許可がある場所と大幅に制限され。この条例でいけば上記以外、つまり殆どの地域で、餌を片付け、避妊手術をして、糞尿の世話をしたとても、不適切な餌やりになってしまう。これは、市長、および議会が、TNRの有効性を過小評価していることに加え、動愛法やその目的など、まるで知らないか、一部の有権者や自分達の利益のために全く無視していると言うことだろう。

 このように、地域住民が認めた場所以外での餌やりを禁じた条例は、それ以外の場所で餌やりが事実上禁じられたといえるだろう。逆に言えば、地域住民が認めない地域での、人間に見捨てられた動愛法で保護されるべき愛護動物である野良猫に対する人間の不作為によるネグレクトによる虐待をこの条例は強制しているのではないだろうか。いくらか条例といえどもネグレクトを条例により事実上、強制するのは、動愛法は勿論のこと、道徳的にも誤りだと言える。


●環境省と虐待の定義

 環境省による虐待の定義には「動物虐待とは、動物を不必要に苦しめる行為のことをいい、正当な理由なく動物を殺したり傷つけたりする積極的な行為だけでなく、必要な世話を怠ったりケガや病気の治療をせずに放置したり、充分な餌や水を与えないなど、いわゆるネグレクトと呼ばれる行為も含まれます。」とある。これは野良猫にまで適用し、餌を与えなければならない義務まで規定したものではないが、餌を与える権利まで制限するものではなく、ネグレクトは虐待であるということをはっきりと定義している。


●動物との共生と条例

動物と人間の関係を考えてみると、現代ではまだ、一方的に動物が人間に搾取され、悲惨な扱いを受けているということが言える。畜産、動物実験、毛皮、保健所での殺処分など、ほぼ全部が搾取されたり、生きたまま皮を剥かれたり、生きたまま解剖されたりしており、そのほとんどが、正確に言えば必然性のないものであるということができる。

 そして、共生といういかにも人道的な言葉であるが、Wikiによれば、共生は、相利共生(そうり - ) … 双方の生物種がこの関係で利益を得る場合、片利共生(へんり - ) … 片方のみが利益を得る場合、片害共生(へんがい - ) … 片方のみが害を被る場合、寄生(きせい) … 片方のみが利益を得、相手方が害を被る場合、に分類されている。この共生というのは上記のように、人間の一方的な片害共生や寄生も含まれることになる。これを「共生」というさも人道的言葉でごまかすように知識のない市民を騙すのは正に、偽善でしか無い。この条例案を考えると、共生の意味は人間の寄生か片利共生でしかない。それを偽善的に一言で共生としたことに悪意を感じざるを得ない。そうでないとすれば、まさしく杜撰な条例だと言わざるをえないだろう。



●条例によるネグレクトの強制

 以上のことから、京都市のこの条例は、地域住民の許可のない地域では、困窮した動物に餌を与えて助けようとする人道的な権利が条例により、剥奪されているということであり、逆に言えば、その地域においては環境省の虐待の基準に合致するネグレクトという虐待を共生ならぬ、強制していると言うことである。

 これに対して、環境省の基準は飼い猫を想定したものであるとの反論が即座に提起されるだろうが、飼い猫と野良猫との生物学的な違いはなく、両者ともよほど餌の豊富な地域でない限りは、人間が餌を与えない限りは生きていく事は出来ないだろう。そういった意味でも野良猫は愛護動物として認定されていると思われる。したがって、生物学的に違いもなく、同じ愛護動物にこのような虐待の定義が当てはまらないという主張は誤りである。

 このような、動愛法の目的や罰則規定のある、そして環境省の虐待の基準に抵触するような条例を作ることは、野良猫のネグレクトでの虐待について、よほど想像力かないか、そうでなければ、故意にネグレクトによる餓死での排除を目指しているのか、道徳心や人道的配慮のできない人間かの内のどれかであろう。これが政治手動で行われたのであれば、政治家としての資質の問題だろう。


●人間での問題は

 こういった意味でも、かなり杜撰な条例と言えるが、さらには人間にとっても危険な条例であると言える。

 それは、京都市野良猫排除条例では、餌やりをするときには、遺棄があっても告発さえせず、放置することで野良猫を増やす事に貢献した、そして赤の他人である地域住民に自分の個人情報を晒さなければならず、悪意ある住民に、いやがらせや襲われる可能性もあり、非常に危険な条例だといえるだろう。



●条文と問題点

 以下、条例の具体的な問題点を挙げていきたいと思う。

 「京都市動物との共生に向けたマナー等に関する条例施行規則等について」によると以下のことが決められている。

===========================
動物との共生に向けたマナー等に関する条例施行規則,京都
市動物との共生に向けたマナー等に関する条例第9条第2項の
規定に基づく適切な給餌の方法に関し市民等が遵守すべき基
準及び京都市野良猫への給餌に係る届出掲示制度実施要綱
を定めました。
===========================

 条例9条2には「京都市野良猫への給餌に係る届出掲示制度実施要綱」を作れなどは書かれておらず、条例を無視して勝手に付け足したものだと思われる。このことからも後出しジャンケンと同じような、だまし討であることが見て取れる。以下は条例の9条である。

===========================
第9条 市民等は、所有者等のない動物に対して給餌を行う
ときは,適切な方法により行うこととし,周辺の住民の生活環
境に悪影響を及ぼすような給餌を行ってはならない。

2市長は,前項の動物に対する給餌について,必要があると
認めるときは,適切な給餌の方法に関し市民等が遵守すべ
き基準を定めることができる。
===========================

 要約すると、この条例では、市長の独断で、給餌場所が地域住民が許可した場所か自宅で付近住民の許可がある場所と限定されたので、大幅に制限され他と言えるだろう。この条例でいけば上記以外、つまり殆どの地域で、餌を片付け、避妊手術をして、糞尿の世話をしても、不適切な餌やりにされてしまうだろう。以下は条例9条2で定められた基準の抜粋である。

===========================
京都市動物との共生に向けたマナー等に関する条例第9条
第2項の規定に基づく適切な給餌の方法に関し市民等が遵
守すべき基準(平成27年4月1日京都市告示第32号)以下告
示32号 
1.適用範囲 この基準は,条例第2条第4号に規定する野良
猫(以下「猫」という。)に対し,継続的に又は反復して給餌
(給水を含む。以下同じ。)を行うものに適用する。ただし,こ
の基準に定める方法によらない給餌(以下「基準外の給餌
方法」という。)であっても,基準外の給餌方法によることに
ついて,給餌を行う場所(以下「給餌場所」という。)の周辺の
住民(以下「周辺住民」という。)の理解の下に行われている
と認められるもの又は基準外の給餌方法によることが周辺
住民の生活環境に支障を生じさせることを防止するうえで合
理的であり若しくは支障を生じさせるおそれがないと認められ
るものにあっては,この限りでない。
===========================

 周辺住民の理解と言うのは周辺住民が許可しているという意味であり、基準外の給餌方法によることというのはこの条例に書かれている内容以外の方法であるということだが、「条例第9条 市民等は、所有者等のない動物に対して給餌を行うときは,適切な方法により行うこととし,周辺の住民の生活環境に悪影響を及ぼすような給餌を行ってはならない」とあり、当然、9条に基づいて糞尿の処理まで想定して規定しているので、糞尿が少しでもあれば周辺住民の生活環境に支障を生じさせる事になる。つまりいつでも、どこでも根拠のないイチャモンを付けれるということである。

===========================
告示32号 2 周辺住民の生活環境への配慮
 ⑴ 給餌を行う者(以下「給餌者」という。)は,給餌を開始
しようとするときは,別に定める場合を除き,給餌場所の存
する場所の自治会,町内会その他の地域住民の組織する
団体又は周辺住民(以下「周辺住民等」という。)に給餌者
又は責任者及びその連絡先を示すこと。
===========================

 これは、上記でも指摘したが、個人情報を赤の他人に晒せということである。最近の傾向として、個人情報を保護する傾向がある中で、このような条例はあまりないのではないだろうか? 安易に作ったとしか思得ない条文である。

 これでは、悪質な餌やりさんどころか、善良な餌やりさんまで排除することになるのでは無いだろうか。餌やりさんには若い女性も多く、身の安全を考慮して、条例に従わない餌やりさんが悪質とレッテルを貼られ、このひどい内容の条例により(自主的に)排除されるのではないだろうか。これでは、多くの善良な餌やりさんがいなくなるということになりかねないだろう。


●条例の本当の目的は

 上記を含めて、野良猫問題の根本的な問題から検討しても、この条例で取り決められた規則から考えても悪質な餌やりを政治的に利用し、厳しい条件や常識を通り超えた反道徳的かつ違法性のある条件を含めた、全ての餌やり排除での野良猫の餓死・排除の条例であると言えるだろう。

 一番大きな問題は、条例の根本部分である無責任な餌やりの定義を決めずに条例を通した事である。この条例を通したあとで市長が主観と独断で規則を決めることにしており、これは、後だしじゃんけんみたいなものであり、条例9条2により、条例が決まったあとで条例の性質を全く変えてしまうことができる非常に姑息で悪質なやり方である。


●過去からの経緯と条例反対の普遍妥当性

 この事からも、過去の経緯(餌をやるなら連れて帰って飼え等の傲慢な姿勢)からも、この条例が野良猫のためになることはほとんど無いだろう。もし野良猫のためになるのであれば、そのような規定が含まれているはずだが、そのような規定は全く見受けられない。したがって、この条例に無責任に、賛成できる理由が全く無いといえる。長い目で見たとしても、市長の独断と偏見で条例の性質が変更できる以上、今の市長が落選でもしない限り、野良猫のためにはならず、TNRによる野良猫の総量の減少でもなく、野良猫を餓死させることで、野良猫を排除しようとする条例だといえるだろう。

 このように動物の苦痛やその扱いに配慮しないという観点からは動物を愛し護るという動物愛護からはもちろんのこと、動物福祉からも、そしてアニマルライツからも反対できる条例だといえる。

 そして、こういった、苦痛に関して反道徳的な条例は苦痛を与えることを良いこととしない一般市民からも反対できるものである条例だといえるだろう。


●条例と動物実験の関係

 また、京都市動物との共生に向けたマナー等に関する条例施行規則では、多数の犬等の飼養等に係る届出を要しない者に、「⑹ 試験研究用又は生物学的製剤の製造の用に供する為に犬又は猫を飼養し,又は保管している者」があり、動物実験で金儲けのために犬猫を生きたまま残酷に解剖して殺すものには甘く、TNRで猫の総量を減らそうとする人には冷たい反道徳的条例と言えるだろう。これだけではなく上記の事も含めて、特に、非差別、一貫性、非苦痛という、誰もが認めるであろう普遍的性質のある規範に基づくアニマルライツの観点から言っても、反対すべき条例だと言えるだろう。


●結論

 このように、動愛法から見ても違法性のある、道徳的にも誤りであり、個人情報にも配慮さえしない憲法にも抵触するような規則を持った、それが自由に市長の独断と偏見で条例の性質を変更できる杜撰な条例は直ぐにでも廃止すべきであろう。





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