2015年10月16日、2年前の今日
私は子宮頸部腺癌という病により卵巣、リンパ節を含む子宮全摘の開腹切除手術をしました。
5時間に及ぶ手術でしたが、手術を決意するまでの自分の感情との葛藤、家族への想い、そして術後の体調のめまぐるしい変化は想像を絶するものでした…
38歳で最愛の人に出逢えて、すぐにお互いの気持ちが同じ思いであることを知り、両親に早く孫の顔を見せてあげたい、家族との時間をこれから少しでも早く、長く過ごしていきたいという思いから、出会って3ヶ月という周りも驚いてしまう程の早さで結婚に至りました。
それから半年余りの39歳で女性としてとても大切な機能を失うことになってしまい、大切な人の子を身籠もることも不可能になり、家族や友達を悲しませたり心配させたりばかりで、時には皆の幸せそうな家族の投稿や、友達に赤ちゃんが産まれました~!という報告がキラキラ眩しく見えるのが辛くて、facebookやブログを開くことが怖くなる時もありました。
皆の投稿はとても幸せな喜ぶべきことなのに、それを素直に微笑ましく受けとめることのできない自分が、嫌で嫌で仕方がなかったです。
病が発覚した時、私の頭に一番最初に浮かんだことは、「私で良かった…」という思いでした。
母や妹でなくて良かった。大切な友人の身にでなくて良かった。
これは偽善でも何でもなくて、どうして私が…という気持ちより私で良かったな。と思う方が、自分自身の心がふぅ~っと温かく楽になるのでした。
発覚した当時はそんな風に自分で良かったと思えたのに、身体の変化と共に気持ちも荒んでいくような気がして、術後の方が辛い思いをすることが多く、それが病気の怖さだということも知りました。
あれから2年が経ち、まだ経過観察中で、癌という病には「完治」という言葉は当てはまらなくて、「寛解」という状況にもまだ至っていなく、癌サバイバーとしてはまだまだ新米の私。
再発や違う場所に新たに見つかるのでは無いかと不安は尽きないし、月1の検査は毎月嫌だし、まだまだこれからも向き合っていかなくてはならないのですが、丸2年が経ち、やっと、ようやく、今の状況や周りの優しさが本当に有難いことだと感謝できるくらいになってきました。
周りの人の何気ない言葉で励まされたり、はたまた傷ついたり、この病にかからなくてはわからなかったこと、気付けなかったことが数多くあったので、それを発信し伝えていくことで、いつか誰かの役に立ったり、何かの気付きのきっかけになってくれたらと思っています。
今では2人に1人が癌になるといわれ(この言葉には捉え方の誤解もありますが)自分自身だけではなく、家族や友人が病にかかり、闘病者を見守る立場になるかもしれない確率はもっと高いので、
優しい気持ちで寄り添い合うことが患者や家族の心の何よりもの治療になることを、自分の経験から伝えていきたいと思います。
これは術後1年経過したお祝いに
旦那さんがくれたお花。