昨日の私と今日の私に何の変化も感じませんが、躰の中では
生まれてから今までゆっくりと着実に細胞を入れ替えてきました。
その間、見た目とともに感じ方や考え方も変化してきました。
老年期に差しかかった今、
幼い時分、少年時代、若い頃を振り返ると
そこには確かに「私」でありながらも、今と別人の「私」がいます。
ずっと同一人物で他の誰かと入れ替わった憶えはないのに。
◆ ◆ ◆
アメリカの作家ポール・オースターが、60代後半になって
過去の自分に親し気に「君」と語りかけながら
趣向を変えた4つの方法で回想しています。
内面からの報告書 / ポールオースター (新潮社)
2,376円
2017年 |
トップは表題となった「内面からの報告書」。
12歳までの限られた世界で起きた逸話を積み重ね、
うれしかった事、哀しかったこと、後ろめたかったこと、
戸惑いと傷ついたことなど心の動きを語っています。
この時期、「君」は自分がユダヤ人であることを知り、
周りがユダヤ人に特異な思いをもっていることに気づきます。
「脳天に二発」は「君」が観た2本の映画を詳しく紹介しています。
ひとつは躰が縮んでいく男を描いたSF映画、
他方は巻き込まれて犯罪者となった脱獄者を描いた映画。
映画を詳しく回想して「君」が観た時の気持ちを共有する文章です。
「タイムカプセル」はやがて元妻となる女性に宛てた
19歳から数年間に書いた手紙の抜粋と回想です。
彼女への思い、コロンビア大学、ベトナム戦争、パリ留学、
教授との衝突と退学=徴兵免除の特権の喪失・・・・。
「アルバム」では前の3部に登場する逸話や時代背景を
補足する画像の数々が掲げられています。
◆ ◆ ◆
握手したスター選手への疑念、父親の経歴の嘘への嫌悪、
貧しい黒人家庭での家賃徴収、友達を怪我させた無念、
ユダヤ人であることを知って理解した周りの言葉の真意・・・・。
楽しい思い出もさることながら、
ネガティブな記憶と感情の受けとめ方が
その後の人としての成分を大きく左右していると感じます。
◆ ◆ ◆
e-mailなどない時代、自分が出した手紙を再び読むことなど
考えもしません。
作家・翻訳家の元妻が所有する資料を
研究図書館で保管・公開するために、
彼の手紙をその対象にすることの可否を確認を求めてきたという
特殊な事情があったから現実となった事象です。
愛情ばかりでなく自分が苦悩や屈託を綴った手紙を
何十年も経って読み返すのは懐かしさを通り越し苦痛でしょう。
◆ ◆ ◆
ポール・オースターは過去のエピソードとそれに伴う思いを
回想という形で再生を試みました。
その時の自分の思いや考えの良し悪しを評することなく、
あの時はこうだったなぁ、とまずそのままを受けれています。
過去の自分を「君」と、今の自分とは異なる人格に語りかけ
客観視することにより実行しました。
その時の自分を受け入れる勇気と、
丹念に記憶を呼び起こして辿る根気なくしてできない作品です。
[end]
*** 読書満腹メーター ***
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