穏やかに語る心のうちは ~ 「わたしを離さないで」 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。



さて、困ってしまいました。
とても気に入った本を紹介するのに、
できるだけ内容を説明しない方がよさそうなのです。

しかも
1月15日にこれを原作とするTVドラマが始まりました。
ますます窮屈な状況です。

紹介になるかどうか・・・・。
本当はもっと具体的な言葉を使いたかったところを
《 》で表しながら書いてみます。

☆☆☆       

読んでいて繰り返し皮膚の下がぞわぞわとしました。
わかっているようで、何かをわかっていない。
気持ちのやり場がなくなるほど哀しい予感を感じつつ
本を読んでいるときに顕れる兆候です。

☆☆☆       

イギリスを舞台にしたこの小説の語り手は
31歳の女性キャシー・H、職業は介護人。

☆☆いい潮時かなという気もしています。

今年末で12年を迎える介護人の仕事を終えることになった
彼女の心のつぶやきです。

読み始めてまもなく目にしたこのなにげない文を
読み終えて再びなぞると、
含まれているとんでもなく深い意味合いに鳥肌がたりました。

☆☆☆       

わたしを離さないで / カズオ・イシグロ (ハヤカワepi文庫)
 
¥864 Amazon.co.jp / ¥720 Kindle版
(2006年刊、2008年文庫化)

キャシーが育ったのは、ヘールシャムという施設。

多くの少年少女が、食事や教育など充たされながらも、
彼らは特別な存在として外部から隔離されて育てられています。
ルース、トミーとは大の仲よし。

さほどのページ数を進まなくても、
彼らの《特別な生い立ち》をキャシーが明かしてくれます。

キャシーが、淡々とした口調でヘールシャム時代を回想します。
そこを出て同世代の少年少女と暮らし始めたコテージ時代。
さらにキャシーが介護人になってから時代。

キャシー、ルース、トミーの3人の関係は、
へーるシャムを出た後も微妙なバランスで続きます。
そして徐々に彼らが生れながらにして負っている《使命》も。

☆☆☆       


1980年代から90年代あたりのイギリスを舞台にしながらも、
すでに顕在化していた《課題》を背景に、
実際にはなかった社会の《仕組み》を描いています。

だからといって、
社会問題に関する未来への警鐘を発するのが目的というより、
架空の社会に生まれてきた《特別な存在》の心のうちを描く
ことが主眼でしょう。

☆☆☆       


淡々とした回想が続き、
意外な場面があっても、大きなドン伝返しもありません。
それでも、
最後にたどりついて改めて物語の全体像を味わい直すことに。

この不思議な魅力を放っている理由は、

読み終えてみれば「これしかない」という気になる
作者が用意した緻密な組み立てと企てです。
そして、
状況を知れば知るほどその心のうちが気になる、
語り手キャシーの冷静で穏やかな語り口です。
甘すぎるとも思える少年少女の感情も、この語り口で救っています。

☆☆いい潮時かなという気もしています。

キャシーが、静かにこう語れるようになるまでの軌跡は壮絶です。


[end]


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