短篇であることを忘れそう ~ 「イラクサ」 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。



読んだなぁ、と初めの一篇を読み終えて充実感に浸りながら、
振り返るとそれはほんの70ページほどでした。
読後感とページ数の感触のズレは、
目の前で手品を見せられても種を見抜けず、ごまかされたよう。

一篇が30~70ページほどの短篇が9つ。

☆☆☆       


カナダの作家の短篇集です。

イラクサ / アリス・マンロー (新潮クレスト・ブックス)
 
¥2,592 Amazon.co.jp (2006年刊)

ざらりとした手触りの物語たちです。

冒頭の一篇「恋占い」。
住み込みで働く家政婦の女が、町一番の店で服を買います。
仕事を辞め、遠い町に住む結婚相手の元へ向かうためです。
この幸せの陰には、二人の少女の小さな悪意が潜んでいました。
夢心地の女に向けられた少女たちの悪戯心。
そこから生まれる結果は残酷です。女の人生を左右します。

表題作「イラクサ」で描かれているのは、
転々とする井戸掘り職人の息子と、仕事を頼んだ家の娘との、
幼い恋心も秘めたいっときの一体感と、30年後の再会。

安易な予定調和にはない苦さを含む作品たちです。

☆☆☆       


それぞれの主人公ばかりでなく、登場人物にも、
他人には気づかれていない自分だけの内なる格闘があります。

読み手が反応しやすい登場人物の心のうちの記述が
くっきりと目に浮かぶエピソードのシーンの描写とともに、
それぞれ固有の表現で書きこまれています。

過去のことにせよ、将来のことにせよ、
「もしも」の後にくる悔いや迷いは、
無駄とわかっていても考えてしまうものです。

そんな生身の人間の気持ちがよく書きこまれ、
登場人物の人となりが伝わってきます。

さらに、思い切ってシーンが展開されて、
短篇であることを忘れそうなほど、
時間と場所が広がりを持っていることが、
長編のように充実した私の読後感につながりました。

心地よい違和感を抱きつづけたまま、全篇を読み終えました。


☆☆☆       

この新潮クレスト・ブックスのシリーズは、
「朗読者」や「停電の夜に」といった売れっ子を産み出した
海外の作品を集めた人気シリーズ。

大した数を読んでいませんが、いずれも当たりでした。
あれも読んでみたい、これも読んでみたいと
これから読みたい作品も目白押し。

クレスト・ブックスの編集者の方々にも感謝。


[end]


*** 読書満腹メーター ***
お気にいりレベル   E■■■■□F
読みごたえレベル  E■■■■■F


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