私は意気地なしです。
争いごと、それもケンカの類いが嫌いです。
痛そうです。嫌いというより、怖いのです。
なのに、
力、それも権力といった見えない力ではなく、暴力、
身の危険が迫る力が存在感を示す小説が好きです。
◆
暴力がしっかり書かれている、
「愛と幻想のファシズム」、「半島を出よ」といった
村上龍の作品群は私のお気に入りです。
読んでいて暴力に対する恐怖感を抑えることができません。
村上春樹の小説でも、
圧倒的暴力を背景にする男の登場は、
主人公の行動規範を決定づける作品に不可欠な要素です。
◆
ぶっとんだ目つきの体格のいい男に
すぐ目の前でナイフの刃をこちらに向けられたら・・・・・・。
見たくないものからは目をそらす。
日常駆使するこの得意技もこうした場面では通用しません。
「暴力反対」とつぶやいたところで、彼の耳に届くはずもなく、
大きな声で叫んでも、鼻であしらわれるのがオチでしょう。
理路整然と暴力の非や、¥男の利害得失を説いたところで、
話し終える前に刃は私の身体の中に埋まるかもしれません。
ことの理不尽さを神に訴えても、
ふだんの不信心では救いの手は伸びてきそうにありません。
さらに、
こんな1対1の場面でなく、多勢に無勢だったら。
具体的な場面を思い浮かべると、恐怖感は膨張するばかり。
◆
暴力的力をしっかり描いた小説への関心は、
暴力的力を誇示したい憧れとは逆に、
暴力を前にしてどう立ち向かえばいいか、という、
受け身の視点からの関心に根差したものです。
こうした小説を読むことは、私にとって
恐怖の正体をしっかり、具体的に見すえる作業でもあります。
そして、力の実態をしっかりとらえた小説は、
小説としても読み応えのある作品でもあります。
◆
この小説も、そんな魅力に溢れています。
- 掏(スリ)摸 / 中村 文則 (河出文庫)
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主人公の「僕」は腕利きのスリです。
スる腕もさることがなら、
行動を抑制制御できる心の強さも合わせもっています。
「僕」はある男と再開し、脅されます。
3つのスリの仕事を期限までに成功させなければ、
知り合いの母子を殺し、「僕」も殺すと。
実に理不尽な脅しです。
脅しなんてそもそもそういうものですが。
スリとしての腕をとんだ男に見込まれたものです。
◆
理不尽な要求はひとりの男を通して「僕」に要求します。
男の力もさることながら、
その背後に蠢く力は「僕」より圧倒的に強く、
その正体は見えず定かでありません。
悪であろうと、信仰の対象であろうと、
ひとりの人の力が到底およばない存在とは
姿を確かめられない力なのかもしれません。
◆
誰とも関わりを持たず刹那的な「僕」は、
いわば世間に背を向けて生きています。
関わりのないはずだった女と子供と関わりをもち始めます。
「僕」の女に対する態度と子供に対する態度は対照的です。
「僕」が子供の小さな未来を気にするようになる様子から、
世間に背を向けながら、刹那的でありながら、
実は生きていこうとする「僕」の願望がみてとれます。
生きたい。生きたい。
静かな叫びが聞こえてきます。
[end]
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(ペタお返しできません。あしからず。)
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