鮮やかな犯行? ~ 「初恋」 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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「墓場まで持っていく」
この小説を読んで頭に浮かんだ言葉です。

40年以上も前のこと、ある事件が起きました。
多くの遺留品を残しながら犯人は捕まらず、事件は迷宮入り。
その事件の名を挙げれば、今でも多くの人が当時の騒ぎを覚えています。

     

その事件から32年後、この小説は刊行されました。
事件が謎めいてきた時期でもなく、
時効を迎えてからも長い時間を経ています。
事件を小説の材料のひとつとするには、時機を逸したタイミングです。

ところが、その時機こそ、この小説が持つ不思議な位置づけにつながります。

     

作者の中原みすずは、本名も経歴も明かされていません。
作品もこの1冊だけ。

主人公の名は、作者とおなじ「みすず」です。

まえがきにはこんな一節があります。

  私は「府中三億円強奪事件」の実行犯だと思う。(略)
  せめてこの物語を書くことで、私は私から解放されたいのかもしれない。


この作品が映画化される際、みすず役を演じた宮崎あおいは作者と会い、
その印象を「著者が犯人と確信した」と語ったと伝えられています。

     

このまえがきも小説の一部のフィクションなのでしょうか、
作者個人としてのつぶやきなのでしょうか。
すべてが著者の演出なのかもしれません。

小説の内容もさることながら、
この小説の存在そのものが謎めいています。

     


初恋 / 中原 みすず (新潮文庫)
¥420
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幼い時分に両親を失っている高校生のみすずは、
新宿のジャズ喫茶に自分の居場所を見出します。
薄暗いその店には素性もわからない若い男女がたむろしていました。

みすずは、店に出入りするひとりの東大生岸に呼び出されます。

  これから話すことはまっとうな話だ。

岸からこう切り出され、話を聞いたみすずは後にはひけなくなります。

     


犯行の日の臨場感もさることながら、
事件後のストーリーはこの本そのものを告白と位置づけたくなる展開です。

     


この作者があの事件の実行犯罪、この作品は告白とみることもできれば、
すべてが演出。映画化の際の宮崎あおいの発言も話題作りとも思えます。

読者の一人としてどうあって欲しいかと言えば、

読者も、編集者も手玉にとって、
ミステリアスな作者の存在も、まえがきも、
すべて演出であって欲しいと思っています。
さらに作者は別の名前でしっかり作品を世に出し続けていているとか。

世間を欺く作品、作者がただ独りの実行犯。
三億円事件の真犯人に勝るとも劣らない
鮮やかな手並みの犯行かもしれません。


[end]


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