幼い侯爵家令嬢の視線の先 ~ 「抱擁」 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。

小説の好みからいうと、あまり大仕掛けな仕組みを必要とする物語は、
それ特有の面白さがあるものの、それほど好みとは言えません。

仕掛けの納得性を読み手に植え付けるための説明に、
多くのページが割かれているのが、その理由です。

物語の舞台設定がしっかりされて、
作者の物語を編む腕で読ませてくれる小説が好みです。

    

抱擁/辻原 登 (新潮社)[2009年]
¥1,470 Amazon.co.jp

舞台は昭和12年(1937年)、東京駒場の前田侯爵邸。
前田家の次女緑子(5歳)の世話をする小間使の18歳の女性が主人公。
主人公<わたし>が検事にある事件の顛末を静かに語ります。

緑子がときおり見せる不思議な素ぶり。
部屋の中で、庭の片隅で、ある一点を見つめたり、
その一点からすうっと視線を動かしたり。
まるで誰かの姿を見ていたり、視線で意思を交わしているようです。

理性的で合理的な考えをする<わたし>は、
緑子の見ている相手の意図をつきとめようと考えます。

    

昭和12年といえば、5.15事件から5年後、2.26事件の翌年です。

昭和12年でなければならない理由、
  <わたし>が聡明で理性的なければならない理由、
緑子が5歳と設定されている理由、
  そんな<わたし>と緑子の住むのが前田侯爵の邸である理由 etc.

そんな時代や、侯爵の邸を舞台とする必然性が、
謎解きの必要性とは関わりなく、この物語にはあります。

    

現代の私たちにはなじみのない、そんな時代や侯爵家の暮らしぶりが、
ストーリーの中で自然な形で物語に織り込まれて読者に伝えられます。

ハードカバーで136ページとコンパクトなページ数が、
小説家の作品づくりの腕とセンスの水準を物語っています。

こんなスタイルで作られた小説は、私の好みのど真ん中です。


*** 読書満腹メーター ***
お気にいりレベル  E■■■■■F
読みごたえレベル E■■■■□F


[end]

ペタしてね

*****************************
作家別本の紹介の目次はこちら
*****************************

<----左側の
①「ライブラリーを見る」をクリックし、
②ライブラリの各本の"LINK"をクリックすると
 その本を紹介した記事にとびます。