小説の好みからいうと、あまり大仕掛けな仕組みを必要とする物語は、
それ特有の面白さがあるものの、それほど好みとは言えません。
仕掛けの納得性を読み手に植え付けるための説明に、
多くのページが割かれているのが、その理由です。
物語の舞台設定がしっかりされて、
作者の物語を編む腕で読ませてくれる小説が好みです。
◆
抱擁/辻原 登 (新潮社)[2009年]
¥1,470 Amazon.co.jp
舞台は昭和12年(1937年)、東京駒場の前田侯爵邸。
前田家の次女緑子(5歳)の世話をする小間使の18歳の女性が主人公。
主人公<わたし>が検事にある事件の顛末を静かに語ります。
緑子がときおり見せる不思議な素ぶり。
部屋の中で、庭の片隅で、ある一点を見つめたり、
その一点からすうっと視線を動かしたり。
まるで誰かの姿を見ていたり、視線で意思を交わしているようです。
理性的で合理的な考えをする<わたし>は、
緑子の見ている相手の意図をつきとめようと考えます。
◆
昭和12年といえば、5.15事件から5年後、2.26事件の翌年です。
昭和12年でなければならない理由、
<わたし>が聡明で理性的なければならない理由、
緑子が5歳と設定されている理由、
そんな<わたし>と緑子の住むのが前田侯爵の邸である理由 etc.
そんな時代や、侯爵の邸を舞台とする必然性が、
謎解きの必要性とは関わりなく、この物語にはあります。
◆
現代の私たちにはなじみのない、そんな時代や侯爵家の暮らしぶりが、
ストーリーの中で自然な形で物語に織り込まれて読者に伝えられます。
ハードカバーで136ページとコンパクトなページ数が、
小説家の作品づくりの腕とセンスの水準を物語っています。
こんなスタイルで作られた小説は、私の好みのど真ん中です。
*** 読書満腹メーター ***
お気にいりレベル E■■■■■F
読みごたえレベル E■■■■□F
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