背表紙のタイトルをみただけで、涙ぐむ人がいるかもしれません。
すでに哀しさが漂います。
- ちがうんじゃないかなあ。
読んでいて、どこかでどっと涙が溢れる物語かといえば、
私はそう応えたくなります。
読みすすみながらじわっとした感情に浸るうち、
- 気がついたら涙をひとすじ流していた。
そんな物語です。
◆
アルネの遺品/ジークフリート・レンツ (新潮クレスト・ブックス)
¥1,785 Amazon.co.jp
舞台はドイツ北部のエルベ川に沿岸にある港町。
そこでは、役割を終えた船が解体され、
その一部はそのままの形で、あるいは溶かされて素材として、
他の船や用途に転用されていきます。
家族を失くした少年アルスを、家に迎えた日から物語は始まります。
◆
灯台の模型、 線のひかれた海の地図、結び目のある皮、
暗視双眼鏡、フィンランド語の文法の本、生きた金魚・・・・・・
他の人にとっては、価値を見いだせないものでも、
アルスにはそれらを手もとに置いた理由があります。
アルスを迎えた家の長男ハンスが、
ひとつずつ遺品を手にしては、その遺品にまつわるできごとを回想します。
◆
ハンスの弟や妹、両親、同級生、教師、町で働く男たち、
よそ者のアルスは彼らと新しい関係をつくっていきます。
試行錯誤の日々です。
ハンスが「きみは・・・・」と時おり語りかけるような文からは、
アルスへの優しさ、後悔、やり直せない過去のおさらい・・・・
ひとつひとつを言葉にしては、
かえって言い表せない気持ちが滲みでてきます。
作品全体をとおしてから感じとることしかできない空気です。
◆
ハンスの父が、アルスと最も親しかった彼に、
遺品を片づけるよう命じる愛情。
死者にも、生き続ける者にも、厳しくも優しい父親像です。
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正しさ、純粋さは、周りの人たちとの間に、
じつにさまざまな空気をつくりだすものなんですね。
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