本日は、東京慈恵会医科大学(西新橋)にて一般社団法人脳卒中地域医療連携パス協会主催の第5回市民公開講座が開催されました。
脳卒中地域医療連携パス協会は、切れ目のない医療を患者さんに提供するため病気別に作成する治療やリハビリなどの診療の計画書である地域医療連携パスの普及を目指す団体で、活動の一環として脳卒中やリハビリのことなどを知っていただくための市民公開講座を開催しており、今年3月に八王子で開催された市民公開講座は永生病院が運営を担当させていただきました。
今回の市民公開講座は2部構成で、第1部は東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座 講師百﨑良先生が「嚥下障害のリハビリテーションと栄養管理」という講演をされました。講演の要旨は以下の通りでした。
・近年、高齢化の進展とともに安全に口から飲食物を取ることの障害である嚥下障害を有する方が増えている。
・嚥下障害の原因疾患としては、第一位が脳卒中(55%)で、以下、認知症(32%)、神経難病(11%)と続く。
・脳卒中患者さんの約半数に嚥下障害が認められるとの報告もあり、脳卒中と嚥下障害は深い関連性がある。
・嚥下障害があると食べる楽しみが障害されるだけでなく、食物や唾液が気管や肺に入ってしまう誤嚥性肺炎を起こしたり、食べ物がのどに詰まって窒息してしまう危険性がある。
・食品による窒息で死亡する人は年間4,000人以上で、その半分が年末年始に起きている。(餅が原因の21%を占める)
・嚥下障害の検査には質問紙法や水飲みテストのようなスクリーニング検査、さらには嚥下造形検査、嚥下内視鏡検査などといった詳細な検査があり、それらの結果にもとづいて対応を決定することが推奨されている。
・嚥下障害への対応法には、嚥下機能を改善させる嚥下訓練法や嚥下障害があっても安全に経口摂取するためのさまざまな工夫が考案されている。
・食物を実際に食べる訓練を直接訓練というが、安全な直接訓練のためには個々の嚥下機能に応じた食形態を選ぶことも大切である。
・食形態の分類としては、日本摂食嚥下リハ学会の嚥下調整食分類が広く使用され、訓練による嚥下機能の改善に伴い、常食に向けて段階的に食形態をアップしていく。
・栄養管理は嚥下障害診療における最重要ポイントの一つである。
・嚥下障害者は十分な経口摂取が困難な場合も多く、低栄養のリスクが高いため、十分な栄養管理が必要となることが多い。
・低栄養リハ患者さんのADLは伸びにくく、低栄養を合併している嚥下リハ患者さんの嚥下機能回復は悪い。
・積極的な嚥下訓練を行って十分な訓練効果を引き出すには適切な栄養管理が必須となるため、適切な栄養評価と予後予測に基づくリハ栄養計画を検討する必要がある。

第2部は和歌山県立医科大学リハビリテーション医学講座 教授田島文博先生による「寝たきりにならないために」という講演でした。田島先生は以下のようなお話をされました。
 和歌山医大附属病院では徹底的な急性期リハを重症な患者さんに行っていて、ICUでもリハビリテーションを行っている。徹底的な急性期・高負荷リハでは、重症脳血管障害による意識障害を伴う患者さんへも両側支柱付長下肢装具で歩行訓練し、脳血管障害でも発症翌日から訓練を行う。徹底的高負荷リハの例として、スクワット1-3千回、1時間歩行訓練、在宅復帰後の石段昇降等がある。また手術予定の患者さんは術前から訓練する。例えば癌患者さんの場合、診断と同時にリハ科紹介となり、1日6時間の運動療法を行う。そうすると手術直後から運動療法をすることで、患者さんはすぐ良くなる。和歌山医大附属病院ではこのようなリハビリを実施することで、患者さんをどんどん良くして、病院経営も良くなっている。DPC係数は全国で最上位である。那智勝浦町立温泉病院が大赤字で病院の存立が危ぶまれる状況にあったのを、和歌山医大がリハビリテーション医を派遣し、和歌山医大のリハビリ手法を導入することで、黒字化した。(このことは総務省ホームページの「公立病院計改善事例」にも掲載されている)
なぜ重症重複障害患者さんでも立位・運動負荷をするのか。すべての診療科は患者さんの命を救うために必死に治療している。その治療効果を最良にし、「機能を最大限に引き出す」ためには、リハビリしかない。リハビリも手術や投薬と同様に治療であり、治療はリスクを恐れていては患者さんを良くできない。患者さんにとって最もリスクなのは「安静と臥床」であり、有益なのは「立位と運動」である。どんなに屈強な若者でも安静臥床していると立てなくなり、動けなくなる。それは筋力が落ちるだけでなく、血液が減るからである。初期の宇宙開発では18日間宇宙に滞在した宇宙飛行士は地球に生還してもすぐに歩くことができなかったが、今では宇宙船の中で1日2時間の運動を行っているので宇宙船から歩いて出て来る。運動はそれぐらい重要である。また脊髄損傷、脳血管障害者等の運動負荷についてあらゆる疾患を調べたがリスクは見当たらない。和歌山医大で訓練中の再発・悪化はゼロである。障害者や患者さんに運動やスポーツを勧めていくと、どんどん全身状態や生活の質が良くなる。医学的には、筋肉の収縮を繰り返すと、「マイオカイン」というホルモンのようなものが筋肉から算出されて、体中の細胞を新しくしたり、活性化したりすることが分かってきた。ただし、きちんとメディカルチェックを受けてから運動をする必要がある。加齢を言い訳にせず運動し続ければ、寝たきりにならず、介護保険も抑えることができる。

この二つの講演を通して「食べること」「運動すること」の重要性を再認識することができました。