死ぬまでに知ってよかった1のこと。 | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

平成22年12月2日(木)、saryaと飲み明かす。

先日、saryaから一本のメールが入った。

「ボジョレーでも飲みに行かない?」

なんだかんだで今年は一杯(ボジョレーは)も飲んでいないことに気づいた私。

「もちのろん!←古い。
 絶対行くぜ!一緒に飲み明かそうではないか。」

というわけで、
諸事情(ぷっ)で都合の悪かったトクちゃん置き去りで、
2人で飲みに行ったのであった。


18時開店の店に、18時前に堂々と入っていき、

「ちょっ・・開店まで少々お待ちください。」

と追い出される私たち2人。

話に夢中で時間なんて気にしちゃいなかった・・・


18時。
入店でございます~。

2人「ボジョレーヌーボーをよろしく!」
ソムリエ「・・・申し訳ございません。。
     当店にはボジョレーヌーボーは置いていないのです。」
2人「・・・・」

いきなりこの飲み会の意義がなくなる。

私「ま。なんでもおいしいもん飲めりゃいいんだよ。ささ、おすすめワインは?」

酒飲みsaryaと酒飲みあもる。
とにかく飲めれば上機嫌。

ソムリエは、早口であれこれワインについて説明してくれる。
私たちも、わかったようなわからないような説明にフムフムと聞く(フリ)。

ソムリエ「こちらはえんぴつの芯のような薫りで・・」
私「えんぴつぅ~?なんだそれ。」

思ったことがすぐ顔や言葉にでる私。
ポーカーには向かないのであろう。
やったことないけど。

そんな私の言葉は華麗にスルーで、引き続きあれこれ説明するソムリエ。

そしていよいよワイン選び。

S「どうする~?何か気になったもんある?」
私「そうだなあ。えんぴつの芯とか。」
S「私もえんぴつの芯がすっごく気になる。」

ソムリエ「あ・・あの・・そんなにえんぴつの芯を強調されると・・・」

2人「じゃ。えんぴつの芯をお願いします☆」
ソムリエ「言わなきゃよかったです・・・」

ソムリエ、後悔する、の巻。


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えんぴつの芯で乾杯~!


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クンクン・・
えんぴつの芯・・・かな?


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えんぴつの芯を手に、悪そうな顔で微笑むsarya。
その表情はえんぴつの芯の薫りにふさわしい(?)。

ちなみに、えんぴつの芯の薫りのワイン、はとっても飲みやすくおいしかった。
えんぴつの芯の薫りはしなかった気がするが、
それは私の鼻がデリケートにできていないからであろう。


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小羊の肉のなんとかかんとか。

異様においしそうに撮れた。
私、天才。
他の写真はほぼ全部ブレブレだったが・・・


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焼いた白子にごぼうのムースを添えて。。。

私「このまるっこいのが白子かな」
S「ごぼうだって、さっき言ってたじゃん。全然聞いてないしっっっ!」
私「そうでしたかな?」

このあたりになってくると、私の酔いっぷりがあやしくなってくる。
えんぴつの芯のボトルは空けたし、その後もグラスワインは飲んでたし。

このまま飲み続けると、
「私は人間国宝だ。毎年2億円国からもらえる」と言い出しかねないので
ここらでストップ。

それにしても。
いや~
この日は私にとって、大変意義深い日であった。

ここでいきなりカミングアウト(大げさ!)だが、
わたくし、とても友人が少ない。
びっくりするほど。
岡山時代の友人を合わせると、両手で足りる。
親密度レベルを少しでも上げると、片手でも余る。

理由はただ一つ。
私が好き嫌いの激しい性格だから。
当たり障りなく、みんなと明るく浅くつきあうことはできるのだが、
いざ深く知り合って行くとなると、
心にできる鉄壁の守り。←私、何を守ってんだ?


そんな私がsaryaと知り合ってからはや十数年。
なんだかんだで仲良くさせてもらっているが、
私、ずっとその理由がわからなかったのよね、実は。

同僚Kと仲良くできる理由はわかる。
性格は似てないのだが、感覚や言葉、趣味志向も似ている。

でもsaryaとはあまり似てないと常々思っていた。
性格も違う、趣味志向も違う、感覚も多分違う。
なんで仲良くしてるのか自分でも不思議であった。

しかしながらこの日、わかったのだ。
あもちゃん、開眼!

どう生きるか、に対する考え方や感じ方が似ているのである。

私もsaryaも同僚Kも、
どう美しく生きるか、どう気高く生きるか、が同じなのだ。

2人とも具体的に言葉にはしないが、
「恥」
の概念が体に染み付いている。

自分がこういう行為をすることは恥ずかしい。
自分がこういう言葉を発することは恥ずかしい。

自分の姿を「美」という基準ではかり、それに違わないように生きる。
その基準が私は2人と似ている。

saryaはパートナーに私についてよく言うらしい。

「あもちゃんのいいとこは、表裏がないとこだ。」

と。

それは私の一つの美の基準でもある。
あるがままに美しく。
それをsaryaはちゃんと認めてくれている。
しかもそれを言葉にしてくれる。

ちなみに、saryaもおおらかで表裏がない。
本当にそのまんま。
だから私はsaryaが好きなのだ。
全然趣味志向が違っても、つきあっていきたい、と思うのだ。

saryaも、同僚Kも、私の両手で数えられる友人たちも、
みんなとってもわかりやすい。
みんなそのまま言葉のとおり。
とてもつきあいやすい友人たち。


感傷的で、あまりに偏狭的な。

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カカオ72.6%の濃厚チョコクリームを食らう私。
ペロペロ。

その後も、歌舞伎の話、狂言の話、映画の話、本の話、将来の話、などなど
あれこれ話し込んで、楽しい夜を過ごしたのであった・・・・

ま、そんな高尚(?)な話をしていても、一番笑えたのはsaryaの逆切れの話。
ほんと、100%saryaの逆切れなのだが、
逆切れしたくなる気持ちが痛いほどわかる・・・と。
ほら、私たち、気高く生きてるからさ。

さあ!
今度こそボジョレーリベンジでよろしくね!