感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

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私の活字好きはどこからきたのだろう。
私の読書好きはどこからきたのだろう。
現在読んでいる本を記録し、語り、私の根っこを探しにいく。
ときどきクラシック。
ときどき演劇。
そしてときどき犬。


(書評についてのお知らせ)
基本的にすべて現在進行形で書いているため、
再読していない限り、
ブログを始める以前に読了している作品については書いていない。
NEW !
テーマ:
ALWAYS 三丁目の夕日 通常版 [DVD]/吉岡秀隆,堤真一,小雪

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ALWAYS 続・三丁目の夕日[DVD通常版]/吉岡秀隆,堤真一,小雪

¥3,990
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え!主役ってつっつんじゃなかったの!?

(あらすじ)
(1)
昭和33年春、東京の下町、夕日町三丁目にある鈴木オート。
そこに集団就職列車に乗って青森から集団就職で六子(むつこ)がやってくる。
六(ろく)ちゃんと親しまれるが、実は大企業に就職できるかと期待していた六子は、
小さくて古臭い下町工場の鈴木オートに内心がっかりしていた。
その向かいにある駄菓子屋「茶川商店」の主人・茶川竜之介は小説家。
茶川は居酒屋「やまふじ」の美人店主・石崎ヒロミから
見ず知らずの子供・古行淳之介を酔った勢いで預かってしまう。
帰すに帰せず、二人の共同生活が始まる。

(2)
東京下町の夕日町三丁目、
自動車修理工場を営む鈴木家に親戚の女の子・美加が預けられることになった。
父親が事業に失敗し、出稼ぎに行くのだ。
しかしお嬢様育ちの美加はなかなか鈴木一家や夕日町の人々になじめないでいた。
一方駄菓子屋の茶川は、黙って去って行ったヒロミを想い続けながら淳之介と暮らしていた。
そんなある日、淳之介の実父とみられる川渕が再び息子を連れ戻しにやって来た。
そこで茶川は、人並みの暮らしをさせられる証しを必ず見せるからと頼み込み、
改めて淳之介を預かった。
大きな事を言ったはいいが、どうやって安定した生活を見せられるのか。
やけ酒に酔いつぶれる茶川ではあったが、
翌朝、一度はあきらめていた“芥川賞受賞”の夢に向かって黙々と執筆を始める茶川の姿があった。
それを見た鈴木オートやまわりの皆は、心から応援し始めるのだった。
茶川が芥川賞へ向けて全力で書き上げた内容とは、
それはなんとも川のせせらぎのように純粋な物語であった。
鈴木オートや商店街の人たちは殆どの人が
茶川の書き上げた本を買い何度も読み、泣く人、感動する人、あのころを思い出す人など、
人それぞれが違った観点をもち茶川を支えていくのである。
はたして黙って去っていったヒロミとの運命はいかに。

◇◆

先月、BS日テレで『ALWAYS 三丁目の夕日』が放送され、いたく感動した私。
(感動の8割は、つっつん(堤真一)のかっこよさです。)
引き続きパート2が放送される、と言うので、次週か!?と期待していたら、
次月だった!!!

私「絶対、忘れるわー。」

三歩歩くと忘れる鳥頭のあもちゃん。
けして忘れちゃならぬ、と早速手帳に書き込んでおいた。
もっとマシな予定はないのか。

そんなくだらん手帳のメモが功を奏し、
パート1、パート2を無事視聴することができた。

んもー、マイスイートダーリンつっつん、かっこええわああああああ。
あの、肉体がたまらーーーん。
ジムとかでムリクリ作った人工物じゃなく、
仕事(車の修理工場の社長)をしていて自然とついた筋肉、というのがよくできていた。
背中のしなやかな筋肉がすんばらしかった。
土方のおじさんかつっつんかうちのお父さんか、ってくらい、
白の半袖肌着がよく似合う(笑)
広い背中のつっつんの横に並んで立った茶川竜之介役の吉岡秀隆。
彼の背中があまりに貧相でますますつっつんの背中に惚れたわ~~~~。
吉岡さんもまた、貧乏作家を演じるにあたってかなり絞ったんではないかと思われた。

そんな白の半袖肌着がよく似合う鈴木オートの社長、つっつんの男気と短気が
戦後の下町のおじさん像という感じでよかった。
また、この鈴木夫妻のやんちゃな子供の一平がかわいいんだ。
やんちゃで、ちょっとお調子者だが、とってもイイコ。

一平の笑えるかわいいシーンは多々あるのだが、(2)で、
親戚の美加ちゃんがこんな汚くて狭い家、我慢ならん、と言うと、
おいおい、お前、誰んちで世話になってんだ、お前の父ちゃんが倒産したんだろ、
と(←誰しも心の中で思ってたこと)言い返し、美加ちゃんを泣かせてしまうシーン。
母親である薬師丸ひろ子が「謝りなさい」と言うと、一平は
「どうもすいません。」
とおでこにゲンコツをあてて、テキトーに謝る。
わーん、と二階にあがる美加ちゃん。
そのやりとりを聞いていたつっつん、
「謝ってこい。」
と一平に言うと、一平は
「謝ったもん」
と言い返す。そんな一平につっつん、
「三平じゃなく謝ってこい」 ←三平=林家三平
と謝りに行かせる。

あはははー。
いやーん、笑えるー。
・・・・結局、つっつんがらみ、と。

こんなやりとりも、この時代の家庭で普通に交わされたことなんだろうなー、と
自然と受け入れられ、一平の生意気さもかわいさも微笑ましく思うのであった。
(ツンケンしていた美加ちゃんだったが、その後すぐ打ち解け、
 母親のいない淋しさから薬師丸ひろ子に甘えるのであった。
 傲慢美加ちゃんを嫌いになる前に、彼女の育ってきた色々な事情が明かされ、
 ツンケン時間が短いのは大変よかった。私の心的に・・・)

きっとビートたけしの過ごした時代ってこんなんだったんじゃないか、と
一平を見ながら勝手に幼いたけしに思いを馳せる。

そんなつっつんも、実は戦争に行って生き残って帰ってきた経験を持っていた。
短気ですぐ怒鳴る親父、でも家族思いの親父という人物ではなかった。
多くの友人が死んで行くのを戦地で見ていたのだ。

東京タワーができあがるのを見ながら、成長していく日本を見ながら、
元気に前向きに生きて行くみんなの心の中には、それぞれ影を抱えているのだった。

そんな切なくて、ちょっと元気になれる映画でよかった。
何がいいって、そりゃつっつんなんですが、つっつんだけでなくとにかく登場人物がいい。
お母さん役の薬師丸ひろ子がすんばらしい。
肝っ玉母ちゃんなんだけど、きれいで、優しくて。
短気のお父ちゃんをなだめる術も習得していて、でもお父ちゃんを尊敬している。
いい!!!!

堀北真希ちゃんもとにかくかわいかったしー。
須賀健太くんもよかったしー。
氷屋のおやじもよかったしー。
みんなが本当によかった。

ただ、お前は許さん、小雪!!!!
いやー、なにゆえお前は空気を乱すのだ。
いやいや、(1)はよかったよー。そこそこ。
ちょっと知性が欠けた、でも純粋に愛を信じる娼婦を立派に演じていた。

がー。
(2)のラストで、茶川があと一歩のところで芥川賞を逃した場面。
茶川の前に現れた小雪。
茶川と抱き合う。
号泣する二人。

私「なに、これ、笑うとこ?」←いいえ、泣くところです。

なに、この茶番感。
つっつんとその他大勢のよい役者さんたちが今まで造り上げた2時間が一気に台無し。

それだけがまことに残念でありました。

エンドロール・・・
吉岡秀隆

私「ええええええええーーーーー!!!!!!?????
  主役って吉岡秀隆だったの!?!?
  つっつんの存在感、主役級やないのーーーーー。」

調べると、つっつん、この作品で助演男優賞を受賞してるそうな。
そら、そうでしょうよ。
今、戦地帰りのお父ちゃんをやらせたら、つっつんの右に出るものはいない。
ますますつっつんに惚れました。
totoBIGを当てて、大田原牛の花子を迎えにくるから、とか言ってるだけの男じゃない。
私だったらtotoBIGなんか当てなくても、迎えにきたらすぐついていくのにー。
大田原牛の花子より安い女、あもちゃん。

さらにさらに調べると(3)があるんですってーーーー!?
しかしBS日テレではまだ放送しないらしい。
うーん。続きが知りたい。
しかし金を出してまで見たいか?小雪の茶番を・・・。

つっつんか、小雪の茶番か。
うーむ、しばらく悩むことにしよう。
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テーマ:
ある日、スーパーに行くと、鶏ガラが格安で売られていた。

鶏ガラで出汁をとって、何かすっごくおいしいもの(未定)を作りたい。

と突然、思いついた私。

思い立ったらすぐ行動。
早速鶏ガラを手に、台所に立った。

~♪BGM「キューピー三分クッキング」

私「まずパックから鶏ガラをだしまーす」

ヌルリー。

私「ぎょぎょーーーーー!!!!ニワトリーーーーー!!!!」←当たり前。

か・・・形がニワトリすぎる。。。。
いきなりキューピー三分クッキングが地獄のクッキングへと早変わり。

私「こ・・・こわい・・・。」

ガクガクブルブルしながら、
ニワトリの原型をとどめた物体を湯にドボンとつけ、水にあげる。
そこから、ゴシゴシと血や内蔵を洗う。

私「こ・・・こわい・・・。」
私「おしりの穴がモジモジするぅぅ」←恐怖で。
私「手がヌメヌメするー。ズルズルするー。うへぇ。」

このヌメヌメ・ズルスルは、美肌にいいと言われるコラーゲンとやらであろう。
渇いた女子らが喉から手が出るほど欲しいと言われる、あのコラーゲン。
しかし今の私にゃ、全く不要なヌメヌメ・ズルズル。
うへぇ。

はあ。昆布とカツオの時は楽しかったなあ・・・(遠い目)。

 →参考記事『もったいないとらいふ。
  ※今もきちんと、昆布とカツオで出汁をとり続けております。

きれいに洗ったニワトリの原型をとどめた物体を包丁でぶったたく。

骨を粉砕!
骨を粉砕!

私「今のこの私の姿、やばくないか?・・・『日蔭のふたり』を思いだす。」

日蔭のふたり [DVD]/パイオニアLDC

¥5,076
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男の前妻(だったと思う)が、豚だったか牛だったかを庭でかっさばいてるのを見て、
男がどんびきするシーンが冒頭に出てくるのであります。

食うためなんだから仕方ねーだろ!!!
それを嫌がるなら、てめーがもっと稼いでこい!!
とその前妻に成り代わり、私は映画館で言いたかったすー。

てな懐かしい想い出に浸りながら、骨を粉砕し続ける私。

ニワトリの原型を留めた物体の骨に切れ目を入れ、ニワトリっぽくなくなったところで、
いざ、鍋に投入!!!

プルルルルー
プルルルルー

私「あ、電話だ。しかし今の私に出る余裕はない。」



点火!!!!

私「はあ。ようやく終わった。あとはひたすらあく取りか・・」

1時間も鶏ガラを見てなきゃいけないのかよー。めんどくせぇなあ。
と思いながら、ふと思いだした。

私「あ、電話電話。」

私「あ、元同僚Kからだった。」




鶏ガラをとってて、携帯を持つことができなかったことを詳しく説明。

その後、同僚Kのマシンガントークを聞き続けていた私。
その間も、受話器を片手にずっとアク取りをする私。

おかげであっという間に1時間が過ぎていった。
こりゃ、アク取りのときは電話に限るね。

Kよ、ありがとう。




特にメニューも決めてなかったので、とりあえずオーソドックスに塩こしょうでスープ。
やっぱりおいしい!!!←ニワトリと格闘した分だけ、ハードルが下がってます。
やさしい味になっていた。

それにしても鍋いっぱいにあった鶏ガラスープ、1時間煮込むとめちゃ減った。
寸胴でも買うか?←ラーメン屋?

しかし寸胴分のニワトリと戦わないといけないかと思うと、
かーなーり、気が引けるあもちゃんなのであった。
そして改めて、
『日蔭のふたり』で、家畜をかっさばいていた前妻に感心する私なのであった。
(・・・って作品は鶏ガラをとる話じゃないです、念のため!!!)
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残暑厳しい先月末のこと。

これでもひっそりこっそり営業中の本のソムリエあもちゃん。
そんな私の唯一のお客様、すーちゃんに子供が生まれた、とのことで、
早速、見に行ってきた。

赤子と聞けば、そのご尊顔を拝みに行く私。
そんな私の野望は、世界のみんなのオバチャン、です。
赤子たちみなに頼られる、そんなオバチャンに、私はなりたい。



ゆーちゃん(こんにちは)

私「・・・・何か月でしたっけ?」
す「6か月。」

えーと。
言いたいことは山ほどあるが、まず一つ!!!
なぜそんなに髪の毛が多いんだ!!!!
うらやましすぎる!!!!

私「ちょっとー、髪の毛むちゃくちゃ多くない!?」
す「すでにあもちゃんより多いよね。」
私「そんなことはない!!!!!と思う。」




私「・・・いい勝負かも。。。。」
ゆーちゃん「ほにゃ・・・うわ・・・ん」

あ、泣いちゃった。

すー「人見知りが始まってんだよねー。」
私「あれあれ、ごめんねー。」



ゴロリ、と転がしたら、すぐ寝た。。。

私「甥っ子(通称ダッコマン)と全然違うんですけど!!!
  転がしたら寝る、とか聞いたら、うちの妹、発狂するわ。」
す「女の子は育てやすい、って昔から言うからねー。ほんとラクだよ。」
私「それに、6か月で1人で座ってるって早くない?
  うちのダッコマン、6か月のころってまだ転がってた気がするが・・・」




ダッコマン6ヶ月。
・・・髪の毛、薄い・・・

遺伝って怖い!!!!
つーかダッコマン、同じ6か月でなんでこんなに赤ちゃん顔なの!?
(そら、赤ちゃんだからなんですけども。)

女の子って成長早いんだわー。
きっとそうなんだわー。



あもちゃん5か月。



あもちゃん6ヶ月。

あれ!?私もめっちゃ赤ちゃん顔・・・
ち・・知性が少々足りてない感じ・・・あわわ。

遺伝って怖い!!!!
顔の成長の早い遅いは男女関係なかった!!!!

す「うちの子、不細工でしょー。」
私「あんた、突然、何言い出すの。かわいいよーーー!
  そりゃ、一番かわいいのはうちのダッコマンだけどさ。」←伯母バカ。
す「いやいや、よく男の子に間違えられるし、貫禄あるねって言われるし、
  ブサイクなのは間違いないんだけどさ。
  でも旦那に似るんだろうなーって思って、ブサイクになることは覚悟してたんだ。」
私「あんた・・・赤子だけじゃなく旦那にも失礼なことを言ってるわよ(笑)」
す「だってー、ほんとなんだもん。
  でも、ブサイクのわりにはかわいくてよかったって思ってるの。」
私「結局、かわいいんじゃん!!!!!」

子供が生まれればみんな親バカになるものだと思っていたが、
「へりくだり親バカ」なるものを初めて見た。
うちの愚妻がー。みたいなもん?

私が滞在していた間、ずーーーーーーっと寝ていたゆーちゃん。。。
全然ダッコできなかった・・・む・・・無念。
次回、リベンジ!

後日、その話を聞いたうちの妹うーちゃん。
転がしてたら寝るとかありえない!!!
わーーーん!!!!
と発狂してましたとさ。
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ぐるぐる回る交差点「ラウンドアバウト」 通行ルールを定めた改正道交法が施行
(cyclist.sanspo.com)

(引用)
信号のない環状路を時計回りに通行する円形交差点「ラウンドアバウト」の運用が1日、
全国7都府県の15カ所で始まった。
対向車がないため重大事故が起きにくいとされ、停電の影響を受けず、
災害時の交通整理も不要になるといったメリットがある。(略)
(引用終わり)



ペーパードライバー歴約20年、一度入ったら絶対に抜け出せない自信がある。



どこの国だか知らんが、こんなんになったら、もう、一生出られない。ムリ。

 ※写真はネットで拾いました。


ぐるぐる回って、バターになっちゃう・・・


ちびくろ・さんぼ/瑞雲舎

¥1,080
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トラがぐるぐる回ってバターになる、ちびっ子には衝撃の物語(笑)

チビあも「ま!まじで!?」
と真剣に焦ったことが昨日のことのように思いだせる。。
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潤一郎ラビリンス〈16〉戯曲傑作集 (中公文庫)/中央公論新社

¥905
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お国と五平・恐怖時代―他二篇 (1952年) (角川文庫〈第451〉)/角川書店

¥価格不明
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美しさゆえ、怖さ倍増。

(あらすじ)
江戸深川に広大な屋敷を持つ春藤家。
太守、春藤釆女正は残忍な性格の上、日夜酒宴に耽っている。
その愛妾お銀の方は、実は家老春藤靱負(ゆきえ)と深い仲で、
お家の乗っ取りを企んでいた。
釆女正との間にできた子である照千代は、本当は靱負との子であり、
2人は、現在懐胎している釆女正の正室を毒殺し、
照千代に家督を継がせようとしているのであった。
そのためお銀の方は、自分に心を寄せている医者の細井玄沢に毒薬を用意させ、
さらには小心者の茶坊主の珍斎を脅し、正室に毒を盛ることを承諾させる。
一方、若く美しい小姓の磯貝伊織之介は、実は家中一番の剣の使い手。
女中梅野とは夫婦になる約束をしている。
そんな折、釆女正が催した酒宴に太守の乱行を見かねた家臣が諫言に来て、
お銀の方の命を差し出せというのだが…。


八月納涼歌舞伎』で33年ぶりに上演された『恐怖時代』の原作である。
あらすじやだいたいの雰囲気はこちらの観劇記事を参考にしていただくとして、
観劇後、原作をきちんと読み、改めて谷崎潤一郎への愛が深まった私なのであった。

終わってみれば、何がやりたかったんや、的な結末ではあるが、
その結末が秀逸。
茶坊主の珍斎だけが生き残り、折り重なる死体を前にぶるぶる震えている。
だなんて、狂気以外のなにものでもない。
実際、歌舞伎で観るより、ト書きをじっくり読んだ方が肝が冷えた。
夏には最適、まさに納涼。

美しいものは残酷だ。
誰をも魅了するお銀の美しさで、男たちは人生が狂って行く。
そしてその狂って行く男たちに翻弄され、お銀の人生も狂って行く。

歌舞伎でも感じたのだが、この作品のポイントは、お銀の方の愛人である靱負。
こいつは風見鶏だえー。きっと。
お銀の方もまあ愛しいと思っているふしはあるが、彼女よりも大事なのは権力!
お銀との間の子が無事家督を継いだあかつきには、
ぜーったいお銀を邪魔もの扱いするつもりだったに違いない。
その前に死んだけど。

お銀の方と小姓の磯貝伊織之介がいちゃいちゃしているのを観た靱負は、
2人にその関係を問いつめるどころか、
不義者ー!と叫びながら、逃げて行き、誰かにこの不祥事を訴えようとしているのだ。
その直後、斬られて死んだけど。

自分に都合が悪くなったら、このお家乗っ取り計画をチャラにして、
お銀の方らに責任を押し付けてしまおうと思っていたにちがいない!!!

お銀の方は、そんなあれこれ先のことや自分のことばかり考える靱負に
(靱負がどこまで考えていたのかはわかっていないとはいえ。)
正直愛想を尽かしていたと思われる。
そこへ現れたのが、美しい小姓の磯貝伊織之介。

まっすぐ自分だけを見てくれる伊織之介。
お銀の方のためなら後先考えない美しい男。←それがいいのかどうかは別問題だがー。

計画全てが露呈し、血相を変えてやってきた釆女正が

「やあやあ此奴等、おのれ今まで余をば巧みに欺き居つたな。
 珍斎めが自白に依つて、罪は残らず知れたのぢや。」

と言うと、覚悟を決めたお銀の方、

(図太い調子で)「知れたが何としたのぢやえ。」

と返す。

歌舞伎でもかっこよかったけど、文字で読んでもかっくいーーーーーー!!!!

その後は歌舞伎ではかなりマイルドになっていたが、
冷静さを失った伊織之介は、

「此の馬鹿殿め!うぬも冥途の道連れぢや!」

と叫び、殿様をぎったぎたのめっためたに斬り殺す。

この台詞に笑ってしまった私。
確かに馬鹿殿だ。酒に酔って家臣同士を殺し合いをさせたり、
今でいうところの、ちょっと、いやいやかなり病気。

そんなぎったぎたのめっためたに斬り殺した様子はこうある。

「腕白な子供のやうにがむしやらに怒鳴つて、ばらりずんと袈裟掛けに切り落す。
 太守、體をろくろのやうに伸び縮みさせて顫へた揚げ句、
 ぐるりと廻つて前方へ頭を向けて仰向きに倒れる。その腹の上へ伊織之介は喪心したやうに
 腰掛けてしまふ。」

伊織之介、血だらけの殿様の上に座っちゃったよ。

そして伊織之介とお銀の方は刺し違えて死ぬのだが、その様子がとても美しい。
死の美学、というと語弊があるが、
日本人と死、ってこういう感じだったよなーと思わせるものである。
念のため言っておくが、それがいいかどうかは別です!!!

伊織「お部屋様、此處へおいでなさりませ。二人一緒に刺し違へて死にませう。」
お銀「おお、斯うなるからは、それより外に道はない。
   其方と一緒に死ぬるなら、妾は嬉しうござんすぞえ。」
(略)
伊織「覺悟は宜しうござりまするか。」
お銀「(につこりして)早う殺して賜ひなう。」
(略)

こっわー。

「につこりして」の部分で肝が冷える。
そんな美しい顔で微笑まれたら、刺し違える覚悟も決まるというもの。

実際に観た歌舞伎では、
子を失った絶望感により、お銀と伊織は未来をはかなんで(伊織は関係ないけどさ)
刺し違えるのだが、
原作では子が死ぬことはないため、ただただ2人の心中、に重点が置かれている。
絶望感ではなく一緒に死ねる、というある意味、喜びによる心中であるため、
ラストの雰囲気が全く違っていた。

歌舞伎も原作もどちらもよかったけれど、
谷崎ラブのあもちゃんとしては、原作を愛したいと思う。
(ああ、でも扇雀ラブのあもちゃんとしては歌舞伎を愛したい・・どうしたらよいものか。)

谷崎ならではの耽美的で悪魔的な作風で、愛欲と権勢欲が交錯する醜くも美しい作品であった。
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思い出のマーニー〈上〉 (岩波少年文庫)/岩波書店

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思い出のマーニー〈下〉 (岩波少年文庫)/岩波書店

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愛情というものは、色々なことを教えてくれる。

※ネタバレします。

(あらすじ)※Amazonより
養い親のもとを離れ、転地のため海辺の村の老夫婦にあずけられた少女アンナ。
孤独なアンナは、同い年の不思議な少女マーニーと友だちになり、毎日二人で遊びます。
ところが、村人はだれもマーニーのことを知らないのでした。

◇◆

思い出のマーニー(映画)』と対に読むと、詳細な奥行きが出ると思われる。
というのも、映画の記事で詳細に書き過ぎたため、
書評を書く際、同じ内容部分は重複を避けるため、簡単な説明に留めたからである。

◇◆

いつ頃だったかも思いだせないほど小さい頃、この作品を読んだ。
チビあもにとってこの作品の一番の衝撃は、主人公アンナの性格の悪さだった。

児童文学の主人公というのは、たいてい
明るくて、かわいくて、元気で、でもちょっと寂しがりやで。
もしくは
おとなしいけど実は心は強く健気で、気丈で。
そんな感じの女の子が大半だった。

数年しか生きていないようなチビっ子でもご存知の「主人公の定型」を
アンナは見事(?)打ち破っている。
感情を表に出さない「普通」の表情(外からは無表情)でいつも生きている、
そんな少女を主人公に据えた名作である。

今回映画を観た後、再度確認してみよう、と原作を読んだのであるが、
きれいさっぱり、ほぼ忘れてた。
というか、チビあも、よくあのあらすじをよく覚えてたなあ、と少しでも覚えていたことに、
自分で自分を褒めてあげたい。
そしてあんな難しい、繊細な話をよく理解したなあ、チビあも!とさらに
自分で自分を褒めてあげたい。のであった。

大まかなあらすじは『思い出のマーニー(映画)』を参考にしていただきたいのだが、
映画と違い、原作はもっと詳細であった。
あんな綿密な作品をよく2時間でまとめたなあ、と映画の方に感心した。

映画と違い、主人公アンナは性格が悪い、というより、
思ったことを口にうまく出せない、感情を表に出すことがよくない、と思っている少女である。
養母にも、本当は大好きよ、と言いたいのだが、喉元まで出ているが、
なにかひっかかって言えない・・そんな少女。

原作はそんな揺れ動くアンナの気持ちをアンナが一人でずっと語っているため、
映画ではその少女の微妙な性格をあぶりだすのは難しかったのかもしれない。
最初は根性ひねくれてました、と描いた方が、後半の少女の成長具体がわかりやすい。

現実世界では、めんどくさい近所の女子とトラブルを起こして、
(映画でも言っておりましたが、ふとっちょぶた!と悪態をつく。)
お世話になっている片田舎のペグおばさんに、
なんで仲良くできないの~。
と怒られたりする。
映画では、大岩さん夫婦は
「あはは、ふとっちょぶた、は言い過ぎだわー」
と温かく迎え入れるのだが、たとえ杏奈にもそれなりの理由があったとはいえ、
その対応はいい人過ぎるわ、というもの。
原作では、ちゃんとペグおばちゃんはアンナを叱っておりました。

ああ、私のせいで、ペグおばさんに迷惑をかけてしまった、
と反省するアンナ。

映画ではそういう微妙な心の動きははしょられていたのだが、
原作のアンナはうまくやろうとすればするほどうまくいかない、そんな不器用な女の子なのだ。
だからそういうことが重なることで、次第に「普通」を装おうようになったのであった。

そんな感情を押し殺すのが当たり前になっていたアンナは、
不思議な少女マーニーと出会い、少しずつ変わって行く。
あれ?この子といると、私、感情を素直に出せちゃう。
と自分の変化に驚くほどであった。
アンナは不思議な少女マーニーと触れ合うことで、次第に心を開いて行く。

その後、アンナは嵐の中、風車(映画ではサイロ)に向かうと、
なぜかマーニーが風車におり、2人でこわい思いをしながら横になり、うとうと。
アンナがハッと目を覚ますと、誰もいなくなっていたのであった。

えーーーーー!!??
死んだ両親も、おばあちゃんも、私を置いて行った。
でもマーニーだけは私を置いて行かないって思ってたのに。
信じてたのに。
許さない!!!
二度と口なんて聞いてやるもんか!!!!

ぷんぷんしながらマーニーの元へ向かう。

マーニーが自分の部屋からこちらを見ていれば、私の姿を見失うはずないわ!
とぐいぐい部屋に向かう。
(ここで今までのアンナとは違っていることを読者は思い知るがいい!
 自分の姿をマーニーが見失うはずがない、という根拠のない自信を持っているアンナ。
 いつも自信のないアンナだったのに、
 今はマーニーから愛されていることを無意識にちゃんと理解しているのだ。)

するといつもの部屋にマーニーの姿、発見!
きーーーー!!!!
マーニーの姿見たら、ますます怒りの火が燃え上がる。
マーニーが窓の中でむちゃくちゃに何かを叫んでいる。
それに対して、
「なあにい?!」
とアンナは叫び返すのだ。
(ここでさらに今までのアンナとは全く違うことを読者は思い知るがいい!
 喜怒哀楽を出さないように「普通」の仮面をつけていた少女が、怒鳴ってます。)

マーニーは、
みんなが私を閉じ込めてしまった。あした、あたし、どこかへやられてしまう。
さよならをいいたかったの。
置いてきぼりにするつもりはなかったの。おねがい、ゆるしてくれるっていって。
と懇願する。

映画では、堅く閉じられた窓を椅子で割って窓を開けるシーンとなっているのだが、
私は
「今まで普通に窓を開けてたのに、なんで椅子で割らないと開かないの?」
と映画鑑賞後も疑問であったのだが、原作を読んで理解した。
(映画の中で唯一、説明がちょっと足りなさ過ぎ、と思った点であった。)

この嵐の日の事件(後述します)により、マーニーは軟禁状態になっているのであった。

マーニーに対して抱き続けていた、アンナの激しく苦い恨みはあっという間に氷解し、
(苦い恨み、という表現がとてもいい。)
許してあげる!!と許してあげるのであった。
その後アンナはマーニーと一度も会うことがなく、永遠の別れとなった。
だからアンナは、あのときあの子を許してあげてよかった、と心の底から思うのであった。

以上がだいたい原作の上巻+下巻1/4を占める内容である。
ええーーー!?
映画だとほぼ大半は終わってるのに!?
である。

残りは、マーニーとの永遠の別れの後、
マーニーの屋敷に移り住んできたリンゼー一家の5人兄妹たちと仲良くなり、
(映画では、さやかちゃんという少女1人)
5人兄弟との触れ合いが描かている。
彼らとの触れ合いを通して、マーニーという少女の正体、自分の出生の秘密が
段々と分かってくるのである。

マーニーは実はアンナのおばあちゃんだったのである。

映画では、幽霊かアンナの幻想か、はたまたタイムスリップか、曖昧にしてあったが、
原作では、アンナの幻想、であった。

アンナがまだ小さいころ、おばあちゃんだったマーニーが、
自分の生い立ちや嵐の中の事件やらを寝物語として聞かせていたんじゃないか、
という意見が、アンナの体験した話を聞いた大人たちから出されている。

また嵐の事件の後、永遠の別れとなり会わなくなったわけだが、
まずは嵐の事件について簡単に説明すると、こうである。

マーニーは幼なじみのエドワードから、風車なんてこわくないよ、と言われ、
自分が巨大な風車への恐れを克服するために嵐の中、風車に向かった。
しかしやっぱりこわくて、失神してしまう。
(小さい頃、意地悪なメイドたちがマーニーを風車に閉じ込めたりして怖がらせていた)

意地悪なメイドや意地悪なばあやは、嵐の中、マーニーお嬢様がいなくなった、と青くなり、
警察を呼んだりなどして大騒ぎの中、風車でエドワードがマーニーを発見するのだが、
この大騒ぎは留守がちだったマーニーの両親にも知れることとなり、
今までのマーニーに対する虐待のような意地悪も明るみに出る。
メイドやばあやは即刻解雇、屋敷も手放して、マーニーは寄宿舎に入ることになったのである。

というわけで、
マーニーおばあちゃんから思い出話として小さいアンナに語られる、
あの屋敷での出来事はあの日が最後。
ゆえに、アンナの潜在意識下に刻まれていた記憶は、嵐の日が最後なのであった。
だからそれ以上は出てこなくなっちゃったのだ。

と私は理解しました!!

そこからマーニーの半生について、原作ではかなり詳細に描いて行く。

マーニーおばあちゃんも両親からはほっとかれ、ばあやたちには意地悪をされる、
という幼少時代を過ごしている。
幼なじみのエドワードを結婚して娘を生んだのだが、エドワードは若くして亡くなり、
マーニーの娘は、疎開のため遠くで生活をさせていた。
そして戦争が終わり戻ってきたときには、
マーニーおばあちゃんを母とも思わない、別人のようになって戻ってきたのである。
そんな娘をどう扱っていいのかわからないマーニーおばあちゃん。
幼児期に愛された経験がないマーニーは、
娘をどう愛していいのかわからなかったのである。

そして娘は家を飛び出し、どこぞの青年と結婚、アンナを妊娠、離婚。
また再婚、しかし再婚の新婚旅行中に2人は事故。
アンナは1人ぼっちになってしまった。
そんなアンナを今度こそ愛してあげたい、とばかりに
マーニーおばあちゃんは愛情いっぱいにアンナをかわいがって育てたのだった。


リンゼー一家の5人の子供たちのうちの1人が、これらの話を聞き
「誰のせい?誰が悪かったの?」
とマーニーの半生についてよく知っているオバチャンに聞くのだが、このシーンがとても大事。

「そんなこと、誰に決められるかしら?
 長い目で見てみると、ものごとはそうはっきりと黒白のつけられるものじゃないわね。
 責任はどこにでもあったと思うわ。それとも、どこにも、だれにもなかったのかもしれない。
 不幸が、いつ、どこではじまるかなんて、だれにいえますか?」

と答える。そんなオバチャンにさらに問う。

「じゃあ、マーニーは小さいときにお母さんにかわいがられなかったから、
 自分でお母さんになる番が来たとき、子供をかわいがれるお母さんになれなかったって
 おっしゃるの?」

その鋭い質問にも静かにオバチャンは答える。

「まあそういうことね。
 ふしぎなことだけれど、愛されるということがわたしたちが成長していくのを
 助けてくれる大切な条件の一つなんですよ。
 だから、ある意味で、マーニーは成長することができなかったのね。」

それを聞いて、その子は

「そうすると、ローリー(5人兄弟の一番下の赤ちゃん)は、
 もうすでにたいへんなおじいさんってわけね。」

と言うのだ。

深い!!!!
この子が受け答えが聡明すぎて、すごい!!!

最後の台詞から、
この5人の子たちは分け隔てなく、深い愛情を両親から受けていることがよくわかる。
だからアンナはこの子たちに憧れ、好きになり、深く関わっていったのである。
(下巻のほとんどは、リンゼー一家とアンナとの触れ合いが描かれている。)
今まで内側だの外側だのを気にしていたことが嘘じゃないかというほど、
ぐいぐい入っていけるようになったのであった。

アンナは今までのことの真相について全てを知った。
自分の創り上げた幻想のマーニーと触れ合い、語り、
愛し合うことを知り(無意識にマーニーばあちゃんに愛されていたことを覚えていたと思う)、
心を開き、成長していった。
そして現実のリンゼー一家と出会うことで、さらに成長していった。

不幸の連鎖はアンナが自分の力で断ち切ったのだ。
愛という名の武器を手に。

アンナとマーニーおばあちゃんとの思い出、だけの作品かと思いきや、
実は、女3代続く愛への渇きについて描かれた壮大な作品であったことに、
再読した大人の私は衝撃を受けた。

小さいころ、そんなことまで理解してたとは思えん・・・・
児童文学ではあるが、大人が読んでも十分読み応えのある、魅力的な本である。

アンナとマーニーが秘密を共有しあうシーンは必見。
映画ではさくっと描かれているが、原作ではかなり濃くて深い。

これ書いたの、きっと女性作家なんだろうなー、と思ったら、やはり女性であった。
女性ならでは、の視点で深く描かれている。
ぜひ、その視点も気にしながら、読んでみてほしい。
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愛されることを知り、愛することを知る。

※ネタバレします。

(あらすじ)※公式HPより
海辺の村の誰も住んでいない湿っ地(しめっち)屋敷。
心を閉ざした少女・杏奈の前に現れたのは、
青い窓に閉じ込められた金髪の少女、マーニーだった。

「わたしたちのことは秘密よ、永久に。」

杏奈の身に次々と起こる不思議な出来事。
時を越えた舞踏会。告白の森。崖の上のサイロの夜。
ふたりの少女のひと夏の思い出が結ばれるとき、
杏奈は思いがけない「まるごとの愛」に包まれていく。

あの入江で、わたしはあなたを待っている。
永久に。
あなたのことが大すき。

◇◆

観に行こう、観に行こう、と思いながらも、重い腰がなかなかあがらず、
夫に尻を叩いてもらって観に行った。
チケットを買ってもらったー!やったー!
でも隣にいるー!やだー!



毎回毎回ビッグサイズを買って、完食したあと胸が悪くなりゲフゲフ言うため、
今回は(ようやく)学習をしてMサイズ。
ちょうどいい!

◇◆

あまりに小さすぎた頃の想い出のため、一体いつの頃だったかも忘れたが、
この『思い出のマーニー』の原作を読んだことがあった私。
あらすじやオチ?は覚えていたが、細かい部分はきれいさっぱりぜーんぶ忘れていた。

そんな私が映画を見てみた感想。
すんごくよかった、です。
私、泣いちゃった。
オチがわかった上で観ても、やっぱりよかった。
何も知らずに観たら、また違う風景に見えたのだろう。それも体験してみたかったな。

おぼろげに覚えている原作の雰囲気を損なうことなく、
けれども大胆に変更するところは変更し、切り落としている。
(舞台をイギリスから日本の北海道に変えたり、
 マーニーのノートを見つけて主人公に接触してくるのが家族から一人の少女になったり。)
あの年代の女の子が「秘密」を共有して関係が強固になる心の動きもよく描けていて、
また不思議な現象もすんなり受け入れることができる妄想力の描写もすばらしい。

そんな冒険活劇とは真逆の作品がジブリっぽいのか?と問われたら言葉に詰まるが、
次世代のジブリを担う人が誰なのか、と問われれば、
少なくとも息子のゴロさんじゃないな、と。
私はこの米林監督を推したいとおもいまーす。
借りぐらしのアリエッティ』から注目していた監督さんだったし。
容貌はアレですが、この監督さんの描き方、好きです。
容貌はアレだけれども。。
パヤオ脚本の前作より、今回の方がパヤオ色が抜けていてそれがかえってよかった。

少女の愛おしさや意地悪さ、憎らしさ、
そしてそんな少女の内面が少しずつ変わって行く様子がよく描けていた。


この物語(映画)を簡単に説明すると(※ネタバレします)・・・

幼い頃両親を亡くした杏奈は、
杏奈を施設から引き取ってくれた養父母の元で育てられている。
養父母はとても優しくしてくれているが、杏奈は打ち解けることはせず距離をおいている。
そしてそのひねくれた性格と身体が弱いせいもあり、学校でも浮いていていつも一人。
みんなは内側の人で、私は外側の人。
と常に冷めた目で他人を見ている。
内側にいるみんなは普通に触れ合い、話が出来ている。
自分は外側に追いやられていて内側とは関わりがない。関わりたいわけでもない。
と自分の周りに壁を作っているのだ。
そんな内側の人にいる自分以外の人らをバカにしながらも、どこか羨ましくて、
でも放っておいてほしくて、そんなグダグダグダグダしている自分が大嫌い。

という大変暗くて、自己評価も低く、一癖も二癖もある少女杏奈。
いきなり主人公がそんなチョーネガティブだなんて、原作を知らない方には衝撃であろう。
しかも作品名は『思い出のマーニー』なのに主人公はマーニーじゃないんだ(笑)
という衝撃もあるかも?
ダブルヒロイン、ではあるが、主人公は杏奈です。

そんな杏奈は、身体の療養も兼ね、夏休みの一か月、
養母の知人の大岩夫妻が住む空気のいい北海道の片田舎で生活することになった。
(杏奈は札幌在住)

電車に乗って一人で大岩さんのところに行くことになるわけだが、
心配性の養母の頼子さんは、杏奈を一人で行かせることを心配して、あれこれ声をかけ、
電車が出発する直前にはちょっと涙を浮かべたりする。

はー。なんかうっとうしい。
とは言葉には出していないが、そんな表情で養母とさよならして電車に乗り込んだ杏奈が
口に出した言葉が、

メーメー、ヤギみたいに泣いてる・・・。

である。
くち、わるっっっっっ!!!!
原作より性格わるっ!!!!!

そして無事に大岩夫妻のところに到着した杏奈。
田舎の緑あふれる開放感と
おおらかな大岩夫妻の全く干渉してこない生活が彼女に合っていたようで、
他人との生活に慣れ、少しではあるが心がほぐれる様子が垣間みえる。

そんな中、マーニーという不思議な少女に出会う。
マーニーは廃墟だと思っていた湿っ地屋敷のお嬢様であった。
自分勝手で、ちょっとわがままで、マイペースで・・でも優しくて、心が広い。
お金持ちで、上等な服を着ていて、それにとても似合う人柄。
自分と何もかも違うマーニー。
その上、杏奈と同じく繊細な気持ちの揺らぎを深く理解してくれて、
何より自分と違ってとても美しい。
杏奈は、そんなマーニーを大好きになり、すぐに打ち解け、心を開き、
感情を素直に表すようになった。

そこで2人は、2人だけの秘密、を共有し、杏奈はマーニーがますます大好きになる。

ここは一つの注目ポイントなのねー。
この2人の距離がとても近い!!
女子特有の近さ。

一部では、杏奈とマーニーの距離感といい、抱き合う回数といい、
「百合」疑惑も出ているとのことだが、
いやいや、女の子には誰しも必ず一度は「百合」を経験する期間があるんですよー。
女子が女子に憧れたり、好きになったりする時期ってもんがさ。
私にはあまりなかったけど。
憧れの先輩、とかもいなかったけど。
でもステキな女の子がいて、尊敬できて、自分にはないものばかりもっていて羨ましくて、
そんな女の子に恋に似た感情を持つ気持ちは理解できる。
自分の憧れの存在。
そんな憧れの少女と秘密を共有して、2人の仲が強固になる、それがうれしい杏奈。
(大人になると秘密が悪口になり、悪口を共有して仲良くなったりするのよね。ヤダヤダ笑)

どんなに今後男の恋人が出来ても、憧れの女性とはまた違うのだ。
男は自分とは全く別のイキモノだけど、
大好きな女の子は自分と同じ種類のイキモノで、
しかも自分のありのままの姿を映してくれる、自分を投影することができる、
そんな鏡にも似た存在なのだ。多分。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏もよく言うけれど、女性、はおもしろい。って。
ほんと男はしょーもないけど、女性は小さい頃から複雑で「女」というイキモノなのだ。


しかしマーニーは突然現れたり、突然姿を消したり、不思議な少女。
そしてマーニーに会った後は、杏奈は道ばたで倒れていたりすることが多くなった。
それでもずっと2人は会いたいという引力で引き合い、2人で濃密な時間を過ごす。
マーニーといると、自分の感情を素直に出すことができる。
笑って、怒って、喜んで。
杏奈は自分の生い立ちをマーニーに打ち明け、マーニーも自分の内面を打ち明けた。
そのことがさらに2人の絆を強くさせた。

それなのに突然、マーニーは嵐の中、杏奈を置き去りにして家に帰る事件が起こる。
本当の両親(事故死)もおばあちゃん(病死)も私を一人残して置いて行った。
でもマーニーだけは私を置いて行かないと思ったのに。
許さない!!!
マーニーだけは許さない!!!

かわいさあまって憎さ倍増。を絵に描いたような展開。
あ、絵だった。

この怒りを伝えずにおれようか、とふんがふんがとマーニーの家に向かう杏奈。
青い窓枠の部屋にマーニーの姿が見える。
マーニーも杏奈の姿を見つけ、堅く閉ざされた窓を椅子で叩き割って窓を開ける。

マーニーは自分のしたことを謝る。許すと言ってほしいと懇願する。
あんなに怒り心頭だった杏奈だったが、コロっとすぐ許す。
だって、大好きな杏奈が許して、って言ってるんだもの。。。。

マーニー「ああ・・杏奈・・・あたし・・もうここからいなくならなくてはいけない」
マーニー「あなたにさよならしなければならないの」
マーニー「だから、ねえ杏奈お願い、許すって言って」
杏奈  「・・・もちろんよ!許してあげる!あなたが好きよ!マーニー!」

ここで、私、どばどばどばー、と泣きました。
えぐえぐえぐえぐ、ヒックヒク。

どうやら原作を知っているがゆえに、
号泣ポイントがかなりフライングだったようだが(夫によると)、エグエグ泣きました。

実はここ、この作品で一番のポイントなのだ。
今まで心を閉ざし、周りの人間に反抗もしない代わりに感情も出さない杏奈。
養母である自分を好きになってくれなくてもいい、
でも泣いたり、笑ったり、反抗でもいいから心を出してほしい、
と養母の頼子さんも心を痛めていたはず。
そんな周りの人の心も傷つけてしまうような行動をしていた杏奈が

自分が愛してるマーニーが許してって言ってんだもん。
ひどい嵐の中、私を置き去りにしていったけど、今でもその理由はわかんないけど、
でもでもあんなに愛しいマーニーが、私を許してって言ってる。
だから許す!!!

愛されるよりも、愛したいマージーでー。(KinKi Kids)
とか古代ローマの時代より(嘘)、常々言われてきましたわなあ。
しかし私は愛されるのは無限に愛されたい欲深き女だが、
こちらが愛を与えるなんて小指の爪ほどの量ももったいない!キリッ!です。

なーんて、私の話はさておき、
マーニーから愛されることの喜びを知り、愛するということを知った杏奈。
そしてマーニーを愛することで「赦す」という行為を覚えたのだ。
それはもう無償の愛。

その後、マーニーは現れなくなった。
でも杏奈の表情はすごく優しくなる。なんだか憑き物がとれたように。
湿っ地屋敷には新しい住人が引っ越してきて、
マーニーがいた部屋はさやかちゃんという少女が使うという。
この文学少女的なさやかちゃんがまたいい味だしてんだ。
不思議な現象にも理解が深い(笑)
小さいころって、不思議なことが当たり前に受容できるんだよねー。
そんなさやかちゃんが、部屋の改装工事で見つけたマーニーのノートなどなどから、
マーニーという少女は一体誰だったのか、わかることとなった。。。

ななななな、なんと!・・・って原作読んでるから知ってたんですけどね。

マーニーは杏奈の亡くなったおばあちゃんだったのだ。

はい、それがわかった途端、夫側じゃない方の隣にいた男性が大号泣してました。
ここがどうやら正しい号泣ポイントだった模様(笑)
おばあちゃんがずっと杏奈を見守っていた、ということがわかり、
今までの物語を思いだし、泣けてくるからだ。多分。

マーニーおばあちゃんが少女時代の姿(幽霊)になって、杏奈の前に現れたのね。

・・・いやいや、ちょっと待て。
と私は思った。

幽霊だとしたら、嵐の中、サイロに孫を置き去りにするか!?
杏奈は、おばあちゃんや両親が死んで置き去りにされた、と思ってるのにさ。
ということは、
杏奈が自分で言ってた「マーニーは私が作り出した幻想よ」ということで幻想?
でも幻想だと納得できないこともあるんだよなあ・・・

うーむ。
映画を見終わった後、夫にそのことを聞いてみた。

「そこ、あんまり重要じゃないから特に気にしてない。」

ですよねーーーーー。
なんという明快な答え。

そう。幽霊だろうが幻想だろうがタイムスリップだろうが、
杏奈はマーニーと愛し合った経験で、大きく変わったのだ。それが一番大事。

なんだか今の杏奈の心は、北海道の片田舎の上に広がる青空のように澄んでいる。
今までずっと気にしていたり気に病んでいたことが、全てどうでもよくなってきたのだ。
今までの自分がばかばかしくなったのだ。
外側の自分とか、内側のみんな、とかどうでもいいじゃん、そんなこと。とな。
愛を知った人間は強い。

迎えにきた養母を、知人に「母です」と紹介したり、
前半、内に閉じこもる杏奈に、(よかれと思って)色々話しかけてきた、のぶこちゃんに
「ふとっちょでぶ!!」
と言っちゃう事件があったのだが、そのことをのぶこちゃんに謝罪したり。
杏奈は確実に変わった。
ちなみにそのときののぶこちゃん、謝罪する杏奈に
来年も来てゴミ拾いしなさいよ!ぷんぷん。ばいばい。
とひどい態度をとった杏奈を許しちゃうのだ。
あんた、大人やなあ。と感心しました(笑)
私、ふとっちょでぶ、なんて言われたら、末代まで祟る。

そしてfin。

地味だけどとてもよかった。

音楽の使い方が相変わらずすばらしかった。
いいとこでいい曲を入れてくる。
目立たないんだけど印象に残る、そんな曲がピンポイントに入っており、ジワジワ効いていた。
私が大号泣の赦しのシーンだけはちょっと音楽が大げさだったが、
それもまあ許容範囲。そこまで気にならなかった。

また、マーニーがワルツを踊りながら口ずさむ音楽があるのだが、
それが踊りにはあまりふさわしくない曲で、あれ?と思った私。

私(うーん、この曲、なんだったっけ?・・・)

としばし悩んでいたのだが(←映画、観てない!)

私(あ!『アランブラの思い出』だ!!←村治佳織たんも演奏してます!!)
私(つーか、なぜアランブラの思い出・・?あ、思い出のマーニー、で思い出つながり?)

色々考えてみたが、理由はわかりませんでした。
米林監督、踊りにふさわしいいい曲だ、と思ったのだろうか・・・?
とてもセンチメンタルなメロディで踊りには似つかわしくないのだが・・・。
でもそれはそれ、で美しい曲であることに間違いない。

ちなみにあとで原作を読んでみたのだが、
アンナの実の父親がスペイン系のようなんですな。←ハッキリとは書いてない。
それを意識してのことかもしれない。

◇◆



私「いい映画を観たことを祝して、かんぱーい!!」

映画の詳細について、2人でああでもないこうでもない、と揉み合う。

私「いやー、不幸の遺伝子って連鎖するんだなあ。と思ったねえ。
  不幸な出来事が連鎖する、というのもあるんだけど、
  それを受け止める受容体そのものがネガティブっていうか。」



私「私なんて生まれてこのかた、自分が嫌い、なんて思いつきもしなかったよ。
  むしろ自分好き、というか、むしろ自分大好き、みたいな?」
夫「・・・・フフ・・・(¬д¬。) あもちゃんはそうだろうねー(¬д¬。)
  わかるわかるぅぅぅー(¬д¬。) 」
私「なに、そのバカにした感じ!!!きーーーーー!!!!!」


以上、自分好きなあもちゃんが、
自分嫌いな少女杏奈の成長物語の映画について延々と語る、でした。

熱弁ふるってきたのに、説得力が0になったのではないだろうか。。。
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トントントントンヒノノニトン。

後輩きのこ「ヒノノニトンのCM見てると、●●●(店名)のとんかつ食べたくなるー。」
私「じゃあ、行こうぜー。」

改装のため1か月ほど閉店していたのだが、リニューアルオープンしたとのことで、
久々2人で行ってみた。
するとまだ開店前だというのに、軽く行列。

2人「ぎょぎょー!!!早く来て、よかったー。」



(外見はアレだが、味はとびきりウマイ!)

私「うまうま。リニューアルしても味は変わらず!よかったー☆」
きのこ「こちらもうまし!」

きのこ「ヒノノニトンのCMがあるじゃないですか。」
私「私の恋人(堤真一)のやつでしょ!!」
きのこ「・・・あのCMに出てるとんかつ屋、なんとなくここと似てるんですよね。」

あれあれ?恋人の件は無視ですかな。
華麗なるスルー技術に、あもちゃんもビックリ。

私「リニューアル前の店内となんとなく似てるよねー。」

リニューアル後の店内はとってもピカピカで明るく、
まだ油が天井にも床にも染み込んでないため、あまり似てない。

その後、トンカツ屋ときのこ宅のだいたい中間地点にある私の家に来て、
ペチャクチャ喋り倒して、帰って行きましたー。



サクッサクッ。
ヒノノニトンください。

私の恋人つっつん、やっぱりおいしそう。
アイアム肉食女子。
じゅるるーん。
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毎日毎日あっついわー、ツルンとしたものが食べたいな・・・
でもアイスとかばかりだと夏バテしちゃう(らしい)し・・・

とウダウダしながら、あもるシェフはいいことを思いついた。


        |
   \   __  /
   _  (m) _ピコーン
      |ミ|
   /   `´  \  
      ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    (・∀・∩< おかずをツルンとさせちゃえばいいんじゃね?
    (つ  丿 \_____________________
     ⊂_ ノ
     (_)




冷蔵庫内にあったオクラと冷凍エビと玉葱を使って、ゼリー寄せを作ってみた。



意外とイケル!!

しかしこのメニューを作った翌日、突然の秋来訪。

私「さ・・・寒い・・・」

ゼリー寄せを食べる気にならないんですけど!!!

なんで急にこんなに寒くなったの?
という話をしておりますれば・・・



後輩きのこ「松岡修造が国外にいるらしい」

ソチ五輪の時も、修造がソチに取材のために日本を出た途端、
日本は急激に寒くなり、ソチでは雪不足が伝えられたもんなあ。
修造のうだるような熱さは、異常気象をも巻き起こす。
おそるべし、修造パワー。
神様、仏様、稲尾様、修造様。

この寒さ、しんぼうたまらん、とあったかスープを作った私。
ゼリー寄せが冷蔵庫の隅でますます冷えていく。

冷蔵庫でゼリー寄せがキンキンに冷える前に、修造氏には早く帰ってきてもらいたい。
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平成26年8月19日(火)、『八月納涼歌舞伎』(in歌舞伎座)を観に行く。

おそらくこの納涼歌舞伎、人気は第三部の『怪談乳房榎』であると見た私。
訪米歌舞伎凱旋記念公演だしー、
故中村勘三郎より習い覚えし公演だしー、
勘九郎三役早替わりとか派手だしー。

でも、私は興味ござんせん。←いや、あるにはあるが。
迷うことなくクソ暑い昼日中から開演の、第一部『恐怖時代』『龍虎』に狙いを定めた。

なぜなら!!!

「恐怖時代」33年ぶりの歌舞伎上演 (読売新聞)

(引用)
谷崎潤一郎の戯曲「恐怖時代」が、東京・東銀座の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」で、
5日から27日まで上演される。
実に33年ぶりの歌舞伎上演となる。主役の中村扇雀が、
悪魔的な魅力を放つ太守の愛妾を演じるが、原作の結末に手を入れ、
「今の観客に訴えかけるドラマ性を前面に出したい」と張り切っている。

「恐怖時代」は谷崎が大正期に発表した戯曲で、
血のりを多用するなど残虐性を強調した斬新な演出で客の度肝を抜いた。
以後も蜷川幸雄演出などで上演されたが、歌舞伎での機会は少なく、
今回は1981年以来となる。
「(十八代目中村)勘三郎さんが古い台本を多く読む人で、『お前も作品を探せ』と言われた。
幸い父の坂田藤十郎が演じた台本が家に多くあり、
その中から父がかつて出た『恐怖時代』を上演したいと提案しました」と扇雀。
(引用終わり)


この後も新聞記事は続くが、これがまた微に入り細に入る詳細な記事でして・・・。
しかも結末まで書いてるし!!
別に結末知ったからって歌舞伎の醍醐味が損なわれるわけではないが、まあ、省略とした。
後のあらすじでしっかり書かせていただきます。
私が。

というわけで、おわかりになっていただけたでしょうか。
大谷崎(谷崎潤一郎)をこよなく愛するあもちゃん。
今でこそその熱も多少冷めたが、でもやっぱり大好き潤一郎。
名前もいいよねー。

そしてそしてコアなあもるファンならご存知、心の恋人中村扇雀さん。
扇雀さんの演技に心を撃ち抜かれて以降、見るたびにすばらしくてますます夢中。

そんなラブリー大谷崎のおっとろしい作品を、私の心の恋人扇雀さんが演じるとなれば、
これが行かずにおれようか。
そのお姿、このくりくりどんぐりまなこにしかと焼き付けてやろうぞ!!!

とばかりに、いっちゃんいい席をとってやったぜー!
よって、予算オーバーによりわたくし分一枚のみをご購入~。

私「明日はこのクソ暑い中、歌舞伎に行ってくるわ。明日も暑いよねー。」
夫「あれ?俺は!?」
私「あぁん!?歌舞伎、そんなに好きじゃないじゃん?」
夫「いやいや、嫌いじゃないし!」←その程度の気持ちで来る必要ナシ!!
私「いっつも寝てるじゃん!歌舞伎なんか興味ないくせに!!!」
夫「えーーーー。自分ばっかずるいー。」
私「うーるーさーい!!!!」

逆切れにより、予定どおり私一人で行ってきた。



真っ青な空。
今日は一段と暑い・・・



ぎゅーぎゅーの人だかりをかき分け、席に到着~。

 ※当日の歌舞伎座内の様子については、こちらをご覧下さい→『恐怖時間。



ど真ん中のいい席!!!

ひゃっはー!!←北斗の拳風に。。。。

扇雀さんを堪能するでー。じゅるるん。



今回は谷崎作品。
つまりそんなに古い作品ではない。
イヤホンガイドは不要かな?とも思ったが、
着物のことや音楽のことなどを説明してくれるかもしれないし、
後半の『龍虎』については説明が要るかも、とイヤホンガイドをレンタル。

準備万端、刮目せよ!
開演のお時間です。



第一部 一『恐怖時代』

谷崎潤一郎の世界観とは違う、新しい世界がそこに。

お銀の方   扇雀
磯貝伊織之介 七之助
茶道 珍斎   勘九郎
医者 細井玄沢 亀蔵
梅野の腰元 お由良 芝のぶ
氏家左衛門   橘太郎
お銀の方の女中 梅野 萬次郎
家老 春藤靱負 彌十郎
春藤釆女正  橋之助

(あらすじ)
<序幕 第一場 春藤家下屋敷愛妾お銀の方の部屋>
何代目の将軍の治世であったかは分からぬ頃のこと。
江戸の深川辺りには春藤釆女正という大名の広大な屋敷があった。
ある夏の夜。
その屋敷の内、夏の設えを施した座敷には、
釆女正の愛妾のお銀の方と、これに仕える梅野の姿があった。
照千代という男子を産んだお銀の方は、釆女正の寵愛を欲しいままにして、
正室の奥方を凌ぐほどの権勢を誇っていた。
しかしこのほど奥方が懐妊。
その子がもし男子ならば、元芸者であったお銀の方が産んだ照千代の将来も危ぶまれる。
そんなお銀の方が待ちわびているのは、春藤家の家老の春藤靱負(ゆきえ)。
実は靱負とお銀の方は深い仲であり、照千代は靱負の胤であった。
靱負の来訪が遅いので、気分を損ねていたお銀の方であったが、
やがてやってきた靱負と盃を交わし、以前から企む悪事の算段をしはじめる。
彼らが企む悪事とは御家横領。
医師の細井玄沢に毒薬を用意させ、懐妊中の奥方や釆女正を殺害し、
照千代に春藤家を相続させようと考えているのである。
むろん、梅野もこれに加担しており、
その毒薬を用いる役目を、自分に仕える腰元のお由良の父の珍斎に命じるように進言する。
そうした手はずを打ち合わせると、靱負は座を立つ。
やがて梅野に案内されてきたのは細井玄沢であった。
玄沢はお銀の方が芸者の頃からの知り合いで、
お銀の方が春藤家へ奉公することになったのも玄沢の仲立ち。
その上、お銀と玄沢はかつて男女の仲であった。
そうしたことから、玄沢はお銀の方の企てに加担しているのだが、
八年前、自分を袖にして靱負と深い仲となったお銀の方に、玄沢は疑心を抱いている。
そんな玄沢に向かい、照千代が靱負ではなく、玄沢の故であると語るお銀の方。
その言葉に心を許した玄沢は、用意してきた三服の毒薬を渡すと、
お銀の方と盃を交わしはじめるが、しばらくすると玄沢が苦しみ始める。
お銀の方は、玄沢の口を封じるため、彼が持参した毒薬を飲ませたのであった。

◇◆

男を手玉にとる、谷崎お得意の悪女、出たー!
己の美貌だけを武器に、あらゆる男を取り込んで本能のままにのし上がる。

扇雀さん演じるお銀の方が、だらしなく脇息にしなだれかかっている場面から
物語は始まった。
扇雀さん・・・きれいやわあ。
ただ若干、
芸者上がりの妖艶な側室というより、お育ちのいい男勝りな正室の風格が漂ってる・・。
脇息にしなだれかかるだらしない感じも、扇雀さんがすると上品に見えるのよねー。

殿の愛妾でありながら、家老である靱負と通じて子どもまでできて、
しかもその子を殿の子として育てている。
ひぇー。
小心者あもちゃん、顔が似てないとかでいつバレるか、と怖くて生きて行けない・・。
しかし悪女お銀はそんなことちーっとも気にしてない。
いいなと思ったから寝るんじゃーい、なんか悪い?みたいな。

玄沢に靱負との仲を疑われれば、
ほんとはあなたのことが好きなのよー、あんな靱負なんてほんとは嫌で嫌で・・・
なんなら2人であいつ、殺しちゃおうよ。
それにね、殿との間の子としている照千代も、実はあなたとの子なのよ~。
と平気で嘘もつく。

しかも色恋だけじゃなく、生きて行く上で自分の地位をおびやかす存在(正室)は
この手で殺すのも厭わない。
残酷な計画も平気で口にする。

そして早速一人目の犠牲者が。
エロエロイ医者の玄沢が、エロ心を出しちゃったせいで自分で持ってきた毒で殺される。
せっかく何かある、と警戒していたにも関わらず、
お銀の美しさを前にエロい気持ちが出たばっかりに、警戒心がふにゃふにゃになり、
殺されちゃった。
あ~、哀しい男の性。

苦しみのたうちまわり、血を吐く玄沢。

私(・・・うーむ、血のりが足りない。)←おいっ。

ぶっしゃー!!!と血を吐いても私はよくってよ!!!
と気合いを入れて待っていたのだが、上品に血がポタポタ。

まあ、ジジババが多いですからね。
あまり最初から刺激が強いと、心臓に悪いからね。

苦しみ倒れていく玄沢を、黙ってジロリと見下ろすお銀・・・

まずは一人目、完了したわいな~。

という心の闇の底からお銀の声が聞こえてくるようである。
こわいーーーー!!!!!

そのまま第一場が終了し、舞台がクルリと回って第二場へ。

そのちょっとした時間で、今までの第一場について、再度頭の中で揉んでみた。

ここで重要なのは、靱負、という家老の存在である。
御家乗っ取りで一番得するのは、お銀に見えて実は靱負だということだ。
殿の正室を亡き者にし、殿の唯一の跡継ぎである照千代は、自分とお銀の間の子。
殿が亡くなれば照千代が家督を継ぐが、
その父親である靱負が実権を握ることになるであろう。
ということである。
お銀を愛しいと思う気持ちももちろんあるが、それを上回る野心、ギラギラ。
お銀もそれにきっと気づいている。
今はたまたま同じ目標に向かって共闘しているが、いつか・・・
食うか、食われるか。

そんな緊迫感が隠されているのか、と勝手に身が震える思いであった。
ぶるぶる。

(あらすじ)
<同 第二場 梅野の部屋>
所は変わって梅野の部屋。
そこへお茶坊主の珍斎が娘のお由良と共にやってくる。珍斎は自他ともに認める臆病者。
そんな父に向かい、お由良は、
お銀の方たちが御家横領を企む経緯を語り、奥方とその胎内の子の殺害のため、
奥方の御膳に毒薬を仕込む役目を珍斎が命じられると明かす。
話を聞いた珍斎は恐れ慄くが、
お由良は彼らの悪計を密告すれば、褒美にありつけると言い、役目を引き受けるよう促す。
その言葉に珍斎が逃げ出そうとすると、
この2人の会話を陰で聞いていた梅野が現れ、お由良を斬り捨てる。
そして腰を抜かした珍斎に、自分たちを裏切ると娘と同じ目に遭うと釘をさすのであった。

◇◆

勘九郎の珍斎ぶりがすばらしかった。
うまくなったねえ。
しかもお父さんの勘三郎の声にソックシ!
もともと声が似てるのもあるが、台詞回しとか動きとかもソックシ!

隣に座っていたマダムたちも
「勘三郎に似てるわねえ。」
と感心しきりであった。

この珍斎の役、結構難しいぞ~。
唯一笑いを取る役なのだが、けして笑わそうとしてはいけない。
仁義なんか知ったことか、命あっての物種、なんとか生き延びたいと願うがゆえの笑い、
なのである。
1年いやいや1分1秒でも長く生きていたい!本人は必死です!
みたいな。

娘が目の前で斬り殺されても、この父親、自分だけは助けてー!とかのたまわる。
それどころか、
娘が悪いんですよー。
そうそう、あなたがたを密告しようとするなんてねえ。
悪い娘ですわ。
私はそんなことはいたしませんよ!
どこまでも付いていきまーーーーす!!!
みたいな。

珍斎を演じる勘九郎の演技が光る場面であったが、
もう一つすばらしいなあ、と思ったのは脚本の妙。
舞台は梅野の部屋なのだが、壁の向こうからうなり声が聞こえてくる。

何の声?
と珍斎がそのうなり声に気づく。

梅野の部屋の裏はお銀の方の部屋・・・

あ!!!!
と娘が気づく。

実は、先ほどの第一場で毒を盛られて倒れた玄沢、
第二場のちょうど、今、この場面で、薬を盛られていたところだったのだ。
第二場ではこの後、珍斎の娘が斬り殺される。

舞台では、第一場、そして第二場、と続くが、時刻はほぼ同時。
ナレーションがあるわけでもない。
ちょうどその頃・・・
と誰かが言うでもない。

なのに、玄沢のうなり声一つで、時間のマジックが生み出される。
ただただ、まっすぐ進むわけじゃない。
そこで時間という奥行きが生み出されるのだ。
(ちなみにこの場面は、原作にあたったところ、原作のト書きにちゃんと書いていた。
 さすが大谷崎、細部に渡って計算済み。)

そんなわけで、2人目完了~。

蚊帳の中で斬り殺され、血が蚊帳に噴き出し、血に塗れたお由良が飛び出してくるシーンも、
イマイチ血のりの量が足りなかった。

原作のト書きには、

「夜目にも真白な綸子の蚊帳の面へ、
 ザツ、ザツと二度ばかり恐ろしく多量の血潮がはねかかつて、
 花火のやうにバツとひろがつて流れ落ちる」
「同時に真赤な、奇怪な、化け物のやうな容貌を持つた物體が仰向けに蚊帳の外へ轉り出す。
 それがお由良の死骸である。(略)
 熱に溶けた飴のやうに顔の輪郭が悉く破壊されて眼球と歯と舌だけがはつきり飛び出て居る。」

とあるのにー。
二度血が飛び散ったのはそのとおりだったが、花火のようには散らなかった。
ぽたぽたと。
そして血をポタポタと足らしたお由良が蚊帳から出てきた。

残酷さが少々足りん!!
しかし、時代も時代、気を遣ったのかもしれない。
観客も心臓が悪そうなジジババも多かったしねえ。
ト書きどおりだと、お由良の斬られた後の容貌があまりに気持ち悪い。
そのあまりの気持ち悪さに、心臓発作で観客が死んでも困るしねえ。

娘の死骸を前に腰を抜かしたままの珍斎と
血に塗れた刀を手にその場に堂々と立つ梅野。
そのまま舞台は回って、元のお銀の部屋に・・・

ちなみにこの第二場の大事な時にちょっと気になったのが、舞台裏の音。
セットを大急ぎで作り付けてる様子が聞こえてきた・・・
ちょっとー。
とんかんとんかん、うるさいんですけどー。
歌舞伎鑑賞まだ初心者のあもちゃん、あれはあれでいいんでしょうか。
イマイチわからない。
あれはああいうもんだ、とまるっとまとめて楽しむもの?
あまり舞台裏でごちゃごちゃやってる音が聞こえてくると、現実に戻ってしまうのだが・・・


(あらすじ)
<同 第三場 元のお銀の方の部屋>
一方、お銀の方がいる座敷では玄沢が息絶えていた。そこへ靱負が姿を現す。
彼は物陰に隠れて、事の一部始終をうかがっていたのだ。
やがて玄沢の死骸が片付けられると、梅野が珍斎を伴ってくる。
珍斎は命惜しさに、お銀の方たちに加担すると応え、言いつけ通りにすると誓う。
しかし珍斎の臆病ぶりに、彼を片付けてしまおうと靱負が申し出ると、
梅野が執り成して、万が一の折りには、自分が珍斎を成敗すると申し出る。
お銀の方は珍斎のことを彼女に任せることに決め、
靱負もその言葉に従うことにするのであった。

◇◆

珍斎、ピーンチ!!
仲間に入っちゃったよー。
座り込む珍斎を囲んで、お銀と梅野と靱負が顔を見合わせ、んふふと微笑むシーン。
こわいよ。

珍斎、奥方を殺すのを断ればその場で殺されちゃうけど、
奥方を殺したら、お役御免でどうせ殺されちゃうよー。
珍斎も薄々それに気づいてはいるのだが、なにせ、ほら、ポリシーが
1分1秒でもながく生きていたい。
だもんで、とにかくその場しのぎでなんとか切り抜けるしかない。

というわけで、悪事の仲間に加わるのであった・・・

(あらすじ)
<第二幕 第一場 春藤家奥庭の場>
それからしばらく経った夏の日の午後。
春藤家の奥庭で梅野を待っていたのは小姓の磯貝伊織之介。
ふたりは夫婦となる約束を交わしており、伊織之介もお銀の方たちの一味である。
梅野の話では、今日催される酒宴で、国許からやってきた氏家左衛門と菅沼八郎が、
主人の釆女正に諫言すると相談していたのを珍斎が探ってきたとのこと。
それゆえ、武芸の達人である伊織之介に、
氏家たちにケンカを吹きかけ、真剣勝負を願った上、ふたりを手にかけてほしいと頼む。
その言葉に伊織之介が従うと、いつものように、夫婦になろうと梅野が言い寄る。
そこにお銀の方が現れ、靱負に文を届けるように梅野に命じる。
梅野がその場を立ち去ると、怪しい笑顔を浮かべ、伊織之介を見つめるお銀の方。
実は2人は恋仲で、互いに御家横領のため、靱負と梅野を恋仕掛けで謀っていたのである。
そこへ珍斎が姿を現し、氏家たちが主君に諫言していると告げる。
これを聞いて、伊織之介はすぐに駆けつけようとし、
お銀の方は珍斎とともに酒宴の席へと向かうのであった。

◇◆

再び、悪女、登場ーーーー!!!
お銀の方の本命は、なななな、なんとこの伊織だったんだなー。
そりゃ、エロオヤジの医者玄沢や野心ばっかの靱負やほぼご乱心の殿なんかより、
若くて美しい、しかも自分を愛してくれる清潔な男がいいわなあ。
わかるわよー、お銀!!

それにしても七之助、相変わらず優男役がうまい。
勘九郎もいいんだけどさ、やっぱり私、七之助が好きなんだわ。

2人きりになり、伊織を見つめて
「美しいものを眺めて何が悪い?」
と扇雀さん演じるお銀がそれはもう、妖艶であった。
そこはかとなく漂う気品と妖艶さが絶妙。
あもちゃんハートを鷲掴み。

しかしこの2人きりの場面が、まあ、ほんとひどいんだわ。
梅野が去り、2人きりになった途端、お銀の方が
は~。目的のためとはいうけれど、好きでもない男たちと話したりするの、ほんとやだー。
あなたと早く会いたかったよー!!
と言えば、伊織之介は
それを言うならこっちの身にもなってくださいよ。
好きでもない梅野から、毎日毎日、結婚してくれーとか迫られちゃって~。やれやれ。
と答える。

ひでえ。
お前、ひでえ。
きっと、ここ笑うとこ。
つーか、ごめん、笑った。

梅野が、大好きな伊織之介に会うから、と、
10歳も年下の伊織之介の恋人として釣り合いたくて、
年不相応の華やかなピンクの着物を着て会いにくる、
というかわいらしい梅野の女心を
ずったずたのぎっちょんぎっちょんのぼっろぼろに踏みにじる伊織之介(とお銀)。
(このときの梅野を演じる萬次郎のかわいらしさがすばらしかった。)

だいたい、梅野が主人であるお銀のために人殺しも厭わず、ひたすら仕えてきたのも、
伊織之介と結婚したいがため。
今回の計画がうまくいったら、結婚したらいいじゃーん、とお銀が言ったらしい。

私(・・・。いやいや、絶対そんなつもり、ないでしょ、お銀!!!)

と心の中で叫ぶ私。
あもちゃん、全てまるっとお見通し!!!

今回の計画がうまくいったら、ぜーーーったいに、自分が伊織と一緒になりたいくせに!
お前みたいな女は、大好きな男を人に譲る、なんて絶対しないね!

ということは、どうなっちゃうの!?
ま・・まさか!?
という疑問を抱えながら、次の場面へ・・・


(あらすじ)
<同 第二場 殿中酒宴の場>
その頃、酒宴が催されている大広間では、
氏家左衛門と菅沼八郎が、御家に仇するお銀の方の命を申し受けたい、
と主君である春藤釆女正に願い出る。
これを聞いて靱負も驚くが、
お銀の方のためならば、家名も自らの命も惜しくないので自分を斬れ、
と言い放つ釆女正。これに氏家たちが困惑していると、お銀の方が現れ、氏家たちに向かい、
自分を斬るようにと迫るのであった。

と、ここへ伊織之介が駆けつけ、
日頃の恩に報いるため、釆女正とお銀の方の代わりに、氏家たちとの御前試合をしたい
と申し出る。初めはそれを許さぬ釆女正であったが、お銀の方への手前もあり、
その申し出を許すのであった。
やがて、伊織之介と氏家たちの真剣勝負が始まるが、
女性と見まごうばかりの容姿とはうってかわり、伊織之介の手練は目覚ましく、
氏家と菅沼は斬り殺されてしまう。
釆女正は、深手を負い瀕死の氏家たちを肴に、立て続けに大盃を空ける。
そして伊織之介に氏家たちのとどめを刺すように命じる。
その言葉に従い、伊織之介は刀を杭のように氏家たちに突き刺し、氏家と菅沼は絶命する。

その様子を心地良げに見ていた釆女正は、
傍らの梅野に向かい、伊織之介と真剣勝負をするように命じる。
その言葉に梅野は驚愕し、靱負は冗談が過ぎると言ってこれを宥めようとする。
しかし酒の酔いも手伝い、また、元来、血を好み、残忍な質の釆女正は、
伊織之介に梅野と立合うように重ねて命じる。
その言葉に従い、伊織之介は斬り掛かる。
梅野は必死に逃れようとするが、脳天を斬られて、伊織之介への恨み言を口にする。
そんな梅野を伊織之介は刺し殺すのであった。

この様子を釆女正が大笑して眺めているところに、
正室の奥方が毒殺され、毒を盛った嫌疑が珍斎に掛かっていると知らせがある。
これを聞いた靱負は、珍斎を詮議すると言って、
彼を引き立て、釆女正は奥方の許へと向かうのであった、

広間に残ったお銀の方と伊織之介の2人が大望成就も目前と思うところに、靱負が姿を現し、
見つめ合うお銀の方と伊織之介を不義者と言い放つと、伊織之介は靱負を斬り殺してしまう。
そこへ血相を替え、珍斎を引き据えながら釆女正が姿を現す。
珍斎の自白によって、釆女正は全ての経緯を知ったのであった。
そして珍斎に、抱えて来た首を差し出すように促すと、
それはお銀の方が産んだ照千代の首であった。
我が子の首を見て、お銀が愕然とすると、
伊織之介は上気して、釆女正に斬り掛かり、とどめを刺す。
伊織之介はその場に座り込み、お銀の方に刺し違えて死のうと申し出る。
お銀の方はその言葉に従い、やがてふたりは、差し違え、重なり合って絶命する。
その様子を、ひとり珍斎が呆然と眺めているのであった。

◇◆

怒濤のラスト。
話が一気に進んで言いたいことは山ほどあるのだが、
一言でいうと、まさに血で血を洗う惨劇です。
斬って、斬って、また斬って、とどんどん増えて行く死骸。

まずは頭のおかしい釆女正を演じた橋之助。
これがもう、すばらしかった。
橋之助のファンになりそう。
いやいや、心の恋人はもちろん扇雀さんなんですけどね!
橋之助も見るたびに貫禄を増して、上手になっていることに毎度驚く。
この作品での橋之助の狂乱ぶりがすさまじかった。

目がイッちゃってました。
バカ殿、というか、き●がいです。
血を見ると大興奮!
どんどん興奮しちゃって、ちょっとお前ら殺し合いしてみろよ、とか言っちゃうバカ殿。

でも、こういう狂った人、時々いるよね・・
私の周りには絶対にいないけど、時々ニュースに出るような人、こういう人なんでしょ。
こわいよ、この人。
と色々な思いが錯綜し、肝が冷えた。
まさに、納涼歌舞伎。
ヒュ~、ドロロ~。

そんなき●がいバカ殿の命令とはいえ、
あんなに伊織を愛してたのに、そんな伊織に問答無用で殺されちゃう梅野もまた気の毒。
アハ・・・ハ・・・
笑うところではないのだが、妙な笑いが出ちゃう。
あのピンクの着物が冷たく切ない笑いを誘う。

その後、照千代の首がはねられたことを知ったとき、扇雀さんの
「てるちよーーーーーーーーぉぉお!!!」
の声、まさしく子を想う母の声であり、いい声であった。

そしてこの後がいいのよーーーーー!!!!
あもちゃん、ますます扇雀さんを好きになりました。

き●がいのバカ殿が

「おのれ、今まで余をば巧みに欺きおったな。罪は残らず知れたのぢや。」

とお銀の方に詰め寄ると、お銀の方が

「知れたがどうした!!」

と図太い調子で言い放つのだ。

いやーーーーーー!!!
かっこいい。
女王の風格。
最初っから肝が座ってる女は違うわ。

そして、こうなったからには死ぬしかないわなあ。
と、伊織と2人で刺し違えていくのであった。

その時のお銀の方の表情はとても幸せそうでありました。
死ぬ時くらいは好きな人と一緒にいたい。
そんなかわいい乙女心がにじんでいた。
(ま、それまでにおそろしい所業を重ねてるんですけども。)

最後の最後、死体の山の中から、珍斎がムクリと起き上がるところで
観客から笑いが起きていた。
確かに笑うのも間違いじゃないんだろうが、
私には、このシーンは狂気としか思えず、なんかこわかったです。

1分1秒でも長く生きていたい、という珍斎の夢?がかなったわけだが、
周りには誰もいなくなりました・・・
というこわーいシーンでもあるからだ。

SF映画でも時々あるが、寝て起きたら、誰もいなくなってる、って怖い。
そんな風景なんだもの。

残酷で、怖くて、ちょっと笑えて・・・いろいろな楽しみがあったが、
とにもかくにも今回の『恐怖時代』、扇雀さんの
「知れたがどうした!」
の台詞を聞けて、大満足の歌舞伎鑑賞でありました。

覚悟を決めた女の態度と歌舞伎座内に響き渡った凛とした声、
大変美しゅうございました。

というわけで、以上が平成26年歌舞伎版『恐怖時代』である。

がー。
私はプログラムや色々なものを読んで、なんかひっかかるものがあった。

橋之助のインタビューでは
「小学生の時、この血が飛び散るこの芝居を見て気持ちが悪くなった想い出がある」
と言っている。

そうか~?
気持ちが悪くなるほど、血がなかった気がするが。

バカ殿の狂気、何を考えているかわからない、つかみどころの無い伊織之介の怖さ、
野心にとらわれた人たちの残酷さ・・・
それはしっかりと描かれていたが、血?気持ち悪い?そんなに出てたかなあ・・・

よーし!
原作を読んでみよう!
と思い立ったが吉日、このクソ暑い中、観劇後、図書館に立ち寄り、←家から遠い。
早速読んでみた。

うん、これ、原作通りに演出したら、すげーーーーー気持ち悪いわ。

と橋之助のインタビューの内容に合点がいった。

そして、引用した読売新聞にもあったが、

「この結末のくだりに、扇雀は、演出家と話し合い、変更を加えた。
「墓の下の谷崎先生の許しを得ていないが、邪魔者が誰一人いなくなった最後に、
 なぜ2人が死を選ぶのかという理由が伝わりにくいと感じた。
 2人が死を選ばざるを得ないよう加筆し、観客を納得させたい」(読売新聞)

この記事にあるとおり、確かに結末が大きく変わっていた。

変更点についてネタばれしますと、
今回見た歌舞伎では照千代が殺されていたが、
原作では照千代が殺されることはない。

歌舞伎では、照千代を殺すことで
照千代に家督を継がせたい。でもその照千代もいなくなったし、もう目的もなくなったわ。
じゃあ、一緒に伊織と死のう。
と、その2人の死にわかりやすい理由を持たせたのだ。

しかーし、それじゃあ谷崎潤一郎の世界観とは違うんだなー。

はっきり言おう!

お銀の方は、照千代なんてどうーーーでもいいんでやんす。
まあ、自分の子だしー、かわいいとは思ってんだけどー。
目の前の愛する伊織之介の姿しか、見えてません。
今で言うところの、母親失格。
邪魔者が誰一人いなくなったからって、2人でどうやって生きて行くよ。
というか、お銀の方はともかく、主人を斬り殺した伊織は早いうちに処刑ですよ。
そんな愛しい伊織が
一緒に死のうよ
と言ってきたら、愛だけしかないお銀は、合点承知の助!ですよ。
それが谷崎潤一郎の世界なのでありまーす。

この谷崎潤一郎の原作、発表当時(大正5年)はあまりに刺激的な内容であったため、
当局の検閲に触れ、発売禁止の処分を受けたのである。
戦後、久々上演され、その際の演出を手がけた武智鉄二は次のように語っている。

「発禁になったのはト書きが良俗を乱すという理由からでした。
 谷崎先生も「この作品はト書きが良く書けているんだ」と珍しく自慢していられました。
 (略)谷崎先生は
 「だからセリフはいくらカットしてもいいよ。ト書きの感じをだしてくれたまえ。」
 と言ってくださいました。」
そして舞台を見た谷崎は、「ぼくのイメージどおり」という感想を述べたという。

・・・こりゃきっと、舞台上では大いに血が噴き出していたに違いない。

今回の歌舞伎の結末の大きな変更について、
きっと墓の下の谷崎潤一郎はこの変更を承知しないと思うし、
血のりの量もライトな残酷演出も納得しないとは思うが、
私はこれはこれでよかったと思う。

扇雀さんの「知れたがどうした!」は原作の薫りそのものであり、
妖艶さは失われず、さらにその気高さは原作以上。
別作品として大いに楽しめた。

~幕間30分~



歌舞伎といったら、かべすー。
かー、菓子ー。
べー、べんとー。
すー、すしー。



歌舞伎柄の麩。

前回の歌舞伎座では、お弁当が売り切れで食いっぱぐれた。
その教訓を生かし、開演時間のだいぶ前に到着し、お弁当を確実にゲットした!!

この食べることへの執着を違うことにも生かしたいものである。

かべすのか、菓子については、
アイス最中が売られていたが、歌舞伎座の中がエアコン効きまくりで死ぬほど寒い。
アイスなんて食べたら死んじゃう。
というわけで、ホットコーヒーをすするあもちゃんなのであった。

だいたい、どらやき1個売り、とかあれば絶対食べるのに、
歌舞伎座のお菓子はお土産用になっていて、8個入り、とかしか売られていない。
8個も食えるか!!

お菓子、お菓子、と歌舞伎座内をさまようあもちゃん。
ないよー。うわーん、お菓子食べたいよーー!!!
イライラ。←どらやき食い損なったくらいで怒り心頭!

歌舞伎座はもっとその場で食べられるお菓子を充実させるべき!
以上、食べ物執着オバチャンの主張でありました。

◇◆

第一部 二『龍虎』

龍 獅 童
虎 巳之助

この作品は舞踊である。
龍と虎、二頭の聖獣が互いの秘術を尽くして激しく挑み合う様子を舞う。

獅童はともかく、虎を演じた巳之助さんの足さばきが大変美しく、舞いがすばらしかった。
ため息出ちゃう。
飛んだり跳ねたり、高い岩から飛び降りたり。。。
こりゃ、虎は若者が演じないと、年寄りだと死んじゃう。

何度かあった引き抜きのタイミングがちょっとあれ?と思うところもあったが、
全体的には雰囲気も壊さず、よかった。

そしてそして、今も不思議なのが、龍虎二頭がしばらく下を向いていて、
引き抜きと同時に顔を上げると、顔に書かれた模様が消えて、白い顔になっていたこと。
いつ、塗り替えしたのー!?
と今も不思議。
引き抜きの黒衣(くろこ)の作業に注意が行っていて、みてなかった。。。
残念ー。
本人が塗ったのだと思われるが、塗料はどこにかくしてあったのかしら?
ほんと、不思議だわー。
気づけばすっかり龍虎の魔力に取り込まれた私なのであった。


歌舞伎に満足して外に出ると、うだるような暑さ。
うへーーーーー。



どらやきを食べられなかった恨みをはらすため、
文明堂のカステラを食べ、怒りもすっかり鎮めて、帰宅した。

また扇雀さんに会いに行こうー!
橋之助さんもいるといいな。
あ、浮気じゃないです!!!ほんとです!!!

今回の八月納涼歌舞伎は3部制で「恐怖時代」は第1部最初の演目。
その後も「信州川中島合戦」で箏を演奏し、舞踊劇にも登場するなど、
扇雀さんは出ずっぱりの奮闘。
「8月の公演を始めた勘三郎さんが亡くなり、あの人が背負っていたものの大きさを知った。
私たち、残る役者はその分を背負う責任がある」と話していたとか。

あまりムリをしないよう、私のために(←えっ!?)がんばってほしいです。
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