ベンジャミン・バトン 数奇な人生 [DVD]/ブラッド・ピット,ケイト・ブランシェット,タラジ・P・ヘンソン

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しわくちゃの初恋の人に恋をし、小さな愛しき人を看取る人生。
(あらすじ)※goo映画より
あらすじでぜ~んぶネタバレしてます。
ハリケーンが近づく病院で、老女が娘に向かって語りはじめる。
それは80歳の老人として生まれ、次第に若返っていった男の数奇な半生の物語だった。
その男、ベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)は1918年、ニューオリンズで生を受けた。
産むと同時に母は死に、父は呪われた赤ん坊と彼を老人養護施設に捨てる。
それを拾ったのは、黒人の介護士であるクイニー(タラジ・P・ヘンソン)だった。
彼女は、その赤ん坊をベンジャミンと名付け、自分の子供として育てることを決める。
12歳になったベンジャミンは、施設の入居者の孫娘であるデイジーと出会う。
6歳のデイジーは、老いた子供であるベンジャミンに親しみを感じた。
やがて、ベンジャミンは船で働きはじめる。
女と酒の味を覚えた彼は、ボタン工場のオーナーと知り合う。
その男は、ベンジャミンの父だった。ベンジャミンのその後が気になり、彼に接近したのだ。
36年、施設から独立したベンジャミンは恋を知り、第二次世界大戦の戦火もくぐり抜けた。
45年、施設に戻ったベンジャミンは、
成長してバレエダンサーとなったデイジー(ケイト・ブランシェット)に再会する。
デイジーに思いを寄せるベンジャミンだが、彼女はバレエに夢中だった。
そんなデイジーが交通事故に遭い、ダンサー生命を絶たれたとき、二人は結ばれる。
やがて、デイジーは娘を産む。
父から受け継いだボタン工場を売ったベンジャミンは、
デイジーと娘に財産を残して放浪の旅に出る。
それは、自身の人生を確認するためのものだった。
旅から帰ってきた時、デイジーには夫がいた。
外見は少年ながら、内面は老人になり果てたベンジャミンを見守るのは、
夫を亡くしたデイジーだった。
そして、赤ん坊の姿でベンジャミンはこの世を去る。
長い物語を娘に語り終えて、老いたデイジーも息をひきとった。
外では、カトリーナ台風が近づいてきていた。
◆◇
これまた、よそごとをしながら観た映画。
なのに、最後、エグエグ泣いて、鼻水とまらず。
どこぞの、ボトルに入ったお寒いお手紙の映画鑑賞の時とは大違い。
→参考記事「
メッセージ・イン・ア・ボトル」
タイトルは、「ベンジャミンバトン 数奇な人生」ではあったが、
映画の内容として正しくは、
「数奇な人生を送るベンジャミンバトンが愛した女の一生」
ではないでしょうかね。
だから、こんなに長く作る必要があったのではないだろうか。
老人の見かけで生まれて、赤ちゃんで最期を迎える
だなんて、とんでもない設定の物語は、
短期決戦で描かないと間が持たないにも関わらず、
ふっつーのラブストーリーとして受け入れられたのは、
作り込むのに長い時間が必要だった、というのもあるのだろうが、
何より、一人の女性の普通の人生を描いていた、というのが大きいと思う。
少なくとも私には、
ベンジャミンバトンが数奇な人生を歩んだ、だなんてちっとも感じられず、
ただただ、デイジーの心に自分の心を沿わせる2時間半ちょっとであった。
ベンジャミンを拾ったクイニーが、本当によくできたお母さんでねえ。
いいお母さんだなあ、と思わず声に出しちゃうくらい。
ベンジャミンはそりゃ不遇な体ではあったけれど、
本当に幸せな一生を送ったと思う。
優しい義母、すてきな初恋、そして一生をかけ愛した女性。
ベンジャミンの周りには、いつもすてきな女性がいて、いつも愛にあふれていた。
数奇な人生は愛でいっぱいだった。
そんなベンジャミン以上に、きっちり描かれていたのがデイジーの心。
自分の知らない間のベンジャミンが日記には描かれていて、
初恋のこととか、デイジーの知らない女性との愛だとか。
それを詠み上げる娘が、
「やめとく?」
と聞くのだが、それに対して
「ううん。彼が淋しくなくてよかった。」
と答えるのだ。
私にそんな度量があるだろうか。
愛する人が過去に愛した女性をもまとめて愛せちゃうほどの度量が。
死ぬ間際なら直視できるかもしれないが。
あ、デイジー、死ぬ間際なんだった。
そういう細かい描写が私は好きだった。
そこここに愛の欠片がちらされている。
ディズニーランドの隠れミッキーならぬ、隠れラブである。
デイジーはバレリーナとして有望視されていたが、
不慮の事故によりその夢は断たれてしまう。
その事故の説明が、ちょっとくどい。
もしあのとき、こうしてなければ、あの人が電話にでなければ、
とかくどい説明がくどくどくどくど入ってくるのだが、
そんなこと言い出したら、ず~~~~~~~~~っと振り出しにもどって、
もし自分と出会っていなければ、から始まらないとだめなわけで。
いやいや、もっと言えば、生まれてこなければ、まで遡らないといけないわけで。
それを言い出したらきりがないが、
とにかくそういう不運が重なって事故に遭った、といいたかったのだろうが、
とにかく、くどい!し、妙にそこだけ妙に浮いた感があった。
そもそも、クルクル回りながら、道路に飛び出すから車に轢かれるんやろ!
と絶対誰しも突っ込みたくなったと思うわ~。
私もよくそういう不思議な動き(奇行ともいう)をしては、
車に轢かれそうになるから気をつけよう・・・。
そんなわけでデイジーは、
不慮の事故により職業婦人としての夢はかなえられなかったが、
女の夢を二つもかなえることができたのだ。
愛する人の子どもを生む
愛する人を看取る
である。
ほんと、うまいこと描いてるわ~。
女性の心理だね、こりゃ。
そして一度は離別をするが、またベンジャミンが戻ってきてしまう。
こらー!戻ってきちゃだめでしょ!!!!
と思ったら、そんなベンジャミンのもとを訪れるデイジー。
こらー!会いに行っちゃだめでしょ!!!
で、そこでまた愛を確認しあう。
こらー!やっちゃだめでしょ!!!
もう、理性で考えたら、NGなことばかりをやらかす二人なのだが、
頭ではわかっているけれど、どうしようもないことってたくさんある。
それをこの数分のシーンで描いた。
そしてどうしようもないことをしてしまって、一生の別れを迎える。
(一生の別れではなかったが、このときは一生の別れ、だと思った。)
愛する人に看取られるより、愛する人を看取りたい。
愛する人を残してこの世を去りたくないのだ。
しかも、もっとも小さな、か弱い形の愛しい人を抱いて、お別れができる幸せ。
デイジーって最も幸せな人生を歩んだんじゃないかと思ったくらいの幸福感。
外は嵐だったが、本当に穏やかな、愛にあふれた人生だった。
別れたり、再会したり、別れたり、そして最期を看取ったり。
二人の数奇な人生を思う存分、味わいました、私は。
あらすじを引用する際、gooの評価をちらりと観たのだが、
あまりいい評価ではないようで、あれ?そうなの?とショック~。
どうも私は、デビットフィンチャーという監督さんが好きらしい。
・・・らしい、というのは、
私は、映画を監督とか他の作品とか、まるで気にせず観るもんだから、
今回、この映画のあらすじを引用するにあたり、
この監督が今まで撮った作品を調べたら、
私の好きな映画が多かった、と知ったのだ。
→セブン、とか、ファイトクラブ、とか。あら?ブラピが好きなだけ(笑)?
エイリアン3はイマイチだったけど。
というか、当時つき合ってた恋人と観に行った作品、ということしか覚えてないが。
それにしても、初めてデートで観に行った映画が、エイリアン3ってどうなんだろう??
そんな思い出はともかく、なんだか切なくなった映画であった。
自分はおばあちゃんになってて、年上の愛する人は赤ちゃんになっていて、
その愛しい人は先に死ぬんだけど、
自分の腕の中で、意識も全くない状態の赤ちゃんの姿で死ぬ直前、
自分をの姿を認めて、コクリと死んでいく。
なんか、それって一つの夢なんだろうな~って。
監督の夢なのかもしれない。
愛する人の腕に抱かれて、小さく死ぬ、って。
てなわけでこの映画、
掃除しながら見たり観なかったりしていたので、録画もしておいたことだし、
もう一度ちゃんと観なくちゃ。
で、また泣くんだわ~。
ああ、最後にメモ。
この作品、お金、も結構、小さく鍵になってたりする。私の中では。
外見がほぼ同年齢になった、妙齢のデイジーと妙齢のベンジャミンの生活が、
それがまあ~、遊んでばっかりなわけであります。
どうやってこいつら生活していくんだろう?
→なんだかんだでハンデの多いベンジャミンですし。
と思った私の疑問を一発解決してくれたのが、莫大な遺産!
金にも困らず、愛を純粋にひたすらむさぼれるってわけです。
絲山 秋子の「
ばかもの」もそこらへんがきっちり作られていたな~。
愛だ、愛だ、とかいっても、これからどうやって生活していくわけ~?という疑問に
腕を失った彼女が手にした莫大な保険金が解決してくれました!
まあ、そんな金の話なんて、だ~れも気にしてないと思うのだが、
どうもあもちゃん、くだらない世俗的なことまで気になっちゃってね~。
あもちゃん 金まみれな人生。