セブンの女 3 | あもん ザ・ワールド

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君へと届け 元気玉

この物語は『半フィクション』です
どれが現実でどこが妄想なのかは
読み手であるあなたが決めてください
この物語は1993年から1994年の
あもんの記憶の中の情報です
現在の情報とは相違がありますので
ご理解ご了承お願いします


『おっ、合格したか!』
あもんは自動2輪免許を取得したことを早速ヒメノさんに連絡した
『そんで、何のバイク買うんや?』
『えっ、あんまりそこまで考えてはいませんが、やっぱり初心者だし250ccの中古ぐらいで』
『そうか~ワシも始めは250ccだったけど、乗っているとやっぱり400ccが欲しくなるで』
『400ccがええちゃうかな~、ま、今度福山にワシが通っとるバイク屋があるけん、見にいこか』

あもんはヒメノさんとバイク屋に行った

ヒメノさんに紹介してもらったバイク屋はモトボックスと言った
モトボックスの店長はあもんにヒメノさんと同じことを言った

『初心者の方はみんなそう言うんですよね。確かに250ccは軽いから取り扱いが簡単です』
『でも、いざみんなとツーリングに行くと物足りなさが出てきますよ』
『250ccを買った方は8割の確率で400ccに乗り換えていますよ』
『せっかく400ccまで乗れるのですからそちらで考えては?』

この店ではショップ企画のツーリングを精力的に開催しており
そこで仲間となったライダーは用も無いのにショップに現れ
いつもこの店はワイワイとしているようであった
この店のツーリングは何もこの店でバイクを買わなければ参加できないということは無かった
ただ、バイク好きな人が集まり、ツーリングという遊びで男女共に楽しもうという店長のスタンスがあったからだ


『このバイクってなんて言うのですか?』
あもんは店内に飾られている新車を指差して店長に聞いた
『あっ、これはYAMAHAのXJR400と言って、最近発売になったバイクだよ』
『いままではHONDAのCBがネイキッドの先駆けになっていたけど、さすが、YAMAHAだよね。昔大ブームになったXJを今風にアレンジして発売をしたんだ。これからはどのメーカーもネイキッドを強化するだろうね』
『カッコいいでしょ。いまからこのバイクは売れると思いますよ』


あもんは店長に言った
『あの~これがいいんですけど』
『えっ、これ新車だよ!400ccだし』
『いや、これがいいです!』

あもんは性格的には無駄使いをしないタイプである
ギャンブルは一切しないし、買うものをしっかり見定めて買うタイプである
しかし、時にこんな衝動買いをしてしまう時がある
これは一種の運命的出逢いと言っても過言ではないであろう
値段は2の次にこの商品はあもんに出逢うべきして作られたのだなんて思うほど一目惚れをするタイプなのである
光輝くこのXJR400にあもんはこの時運命的な出逢いを感じたのだ
ともかく、あもんは学生のくせにローンを組みXJR400を購入した


数日後、XJR400はあもんの元に納車された
あもんは早速、ヒメノさんに頼んでツーリングに連れていってもらった
ツーリングといっても初ライドとなるためヒメノさんは初心者でも楽しめる近場のコースを選んでくれた
住んでいる松永町から沼隈半島の農道を走り始めた
農道であるため車量は少なく信号もあまりない
タイトなカーブが続き程よく直線が延びた後には緩やかなカーブがあった
アクセル、ブレーキ、ニーグリップが程度良く繰り返される
スローインファーストアウトは扱うことが下手くそであったが
あもんはヒメノさんの乗り方を真似しながら後ろを走った



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沼隈半島を抜けたところに橋があった
田島という島に架かっている橋であり1Km程度の直線の後に大きなカーブがある橋である
ヒメノさんはそこでスロットルをあげた
あもんも恐る恐る真似をしてみた
潮風の匂いがあもんの全身を包み込み気持ち良かった
しかし、スピードが出ているため少しの風でバイクは流される
ドキドキ感と気持ち良さが交互に現れあもんは次第に興奮をしていった
田島は瀬戸内海に浮かぶ小さな島で周遊道路がある
周遊道路を走るとまた小さな橋がありそこを渡ると横島という島に繋がっている
小さな山道や波打ち際の細い道
アクセル、ブレーキ、ニーグリップが繰り返し必要な道ばかりである
初心者のあもんは全ての動きが新鮮でまた全ての景色が新鮮であった
バイクを操っている自分を確かめバイクに跨ぐ自分を想像し
ただ目の前にある道に集中しているあもんがいた



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悲しい思い出は忘れた方がいい
薄っぺらい同情がそんな台詞を吐くものであるが
悲しい思い出は忘れることはできない
すぐに癒える傷なんて怪我とは言えないものなのだ
しかし、あもんはバイクに乗ると悲しい思い出を忘れられた
バイクと自分。そこにはそれだけしか無いのに
まるで目の前の道に未知なる自分がいるようでワクワクした
カーブの先にはどんな未知があるのだろう
この橋に続く島にはどんな未知があるのだろう
あもんは悲しい思い出を忘れるためには
忘れるほど楽しめばいいのだということに気付いた


バイクに乗り始めたあもんは学校から帰るとバイクに乗っていた
ただ単に家にひとりでいることが怖かったのだ
自分の操るバイクに信頼感が生まれ始め
バイクは自分を裏切らないという信念も生まれてきた
スロットルを開ければ走りブレーキをかければ止まる
そんな単純な遊びがたまらなく面白かったのだ





『R2のメンバーが集まるけん、ツーリング行こうぜ』
バイクに乗り始め2週間ほど経った時、ヒメノさんはあもんに言った
あもんはもちろん参加することに決めた
この時集まったのは他にマツさんとアンチさん

『おおXJじゃん!初めてみたぞ!』
『かっこええの~じゃけど、バイクはカワサキやで』

KWASAKIのGPZに乗るマツさんは言った
当時カワサキはヤマハのように流行を追いかける社風では無く
昔の名車を少しずつマイナーチェンジして名車を暖めていた
その主張が好きな人が多く、そこに伝統と言う冠をかぶせるカワサキ信者は多くいたのだ

『わしゃ~いつかBIGワンにのってやる』
そう初対面から熱く語ったアンチさんは当時ネイキッドの王様と呼ばれていたCB1000を崇拝するCB250乗りのライダーだった
『よし、目的地は野呂山やで~』
そう言ったヒメノさんを先頭にあもんのツーリングは始まった

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野呂山は広島の呉にある名山であり
頂上に続くラインディングコースが多くのライダーを楽しませる道であった
山道をかっとばせるいわゆる走り屋が多く集まる山でもあった
松永からは1時間弱で到着をする
走り始めるとポツポツと雨が落ち始めた
しかしバイクは止まることなく走っていた
野呂山の麓に到着し、あもん達はライディングコースを昇り始めた
標高を重ねるたびに雨は次第に強くなり霧が道を塞ぐようになった
目の前を走るヒメノさんは全く見えなくなり
いつの間にか最後を走っていたあもんはひとりぼっちになった
目の前は真っ白な世界
うっすら見える黄色の中央線は容赦なくクネクネと曲っていた
完全にビビりの入ったあもんは必死にバイクを操っていた


その時である
時間がいきなりスローモーションになった
幼き頃の思い出や応援団で馬鹿をやったことを思い出すぐらいのスローな時の流れ
何も分からぬままあもんは道に転がっていった
そう、あもんはコケたのだ!
振り返ってみると横たわっているXJRとその後ろにはカーブ途中を横断するグレーチングがあった
どうやらあもんはその鉄製のグレーチングの上でブレーキをかけ
そのままスリップして転倒したみたいだった
ふと我に返ったあもんはバイクを起こさなければと思った
いそいでバイクを持ち教習所で教わったことを思い出しつつチャレンジをした
しかし小刻みに震えている足がその力を弱め
真っ白な世界に後続車両有無の恐怖で気持ちがあせり
思うように起き上がれない
その時である
あもんの足はズルっとすべりあもんは再びバイクごとこけた
あもんの体重を加え倒れたバイクには見事にタンクが凹んでしまった



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情けない…
あもんは自分の力の無さを痛感したのだ…

ようやくバイクを起こしエンジンをかけた
エンジンはかかった
あもんは再びゆっくりとヒメノさんの行った道を追った
やっとの思い出頂上に着いたあもんはみんなに言った


『こけました~』

『ええええ~マジか!怪我は無かったか?』
『はい。今は身体のどこも痛くありませんがバイクが壊れました!』
『ええええ~どれどれ』

あもんはもう笑うしかないと思った
『あはははは見事にカーブでこけちゃいました』
『あははは、そうか、あもん、ライダーはこけてなんぼやで!』
『ワシなんか廃車にしたこともあるんや』
『そうそう、アンチのバイクにもようけ傷があるやろ』
『いや、オレはカーブで身体を倒しすぎてコケたんです』
『アホ!身体を倒し過ぎてこける奴はおらんで!』
『ようするにビビってブレーキをかけたんじゃ』
『リミッターじゃのうて、ビビったーがきいたんやろ』
『あはははははは』


あもん達は笑った
買ってたった2週間で傷付いた新車の前で笑った


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『あもん、バイクはこけても楽しいんで~』
ヒメノさんは言った

人生で転がってしまった時は誰でも痛い
あの時のあもんは転がり痛がるだけであった
しかしバイクを手に入れたあもんは
転がった後に必死に自分でバイクを起こしたのだ
一度は失敗し、2回も転がってしまったけど
最終的にはみんながあもんで笑い
雨でびしょ濡れで寒かったが暖かくなった気がする
あもんは悲しみを忘れるコツが少しだけ分かった気がした
『あもんの初コケの日』はこうして終わった



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あもんはあの日以来
何度も野呂山にリベンジをし
頂上で一服しながら
野呂山に感謝をすることとなった







続く