久しぶりに東京に晴れ間がのぞいた11日、天皇陛下は皇居の田んぼで稲刈りをされました。


天皇陛下が皇居で稲刈り 大雨被害にお心を痛められ 15/9/11


現在は今上天皇の御動静としてニュースになりますが、私が子供の頃は、昭和天皇の春のお田植え、秋の稲刈りの風景が毎回ニュースになっていました。農家の孫娘として、母から田んぼ仕事の大変さを聞かされながら育ちましたから、なんでそんなことやるのかなあ~と子供の頃は思っていた記憶があります。

でも実はこれは、本当は凄いことです。だって、昔はそこら中に田んぼがありました。江戸時代だってちょっと行けば田んぼがあったんです。ところが、今では私のような田んぼの中で生まれた者でも、普段はなかなか田んぼにお目にかかれない。そのぐらい田んぼは減っています。私の生まれた足利の家の周辺にはもう田んぼなんて影も形もありません。そして東京に住んでいる今ではなおさら田んぼなんてありません。そんな中、天皇陛下がわざわざ田んぼを東京のど真ん中皇居内に田んぼを作って、毎年お育てになられている。これは昭和天皇が始められたことだといいますが、それを今上陛下もずっとお続けになられているのです。しかも今上陛下はさらに種まきから始めるようにされたそうなのです。また昭和天皇が前年の種もみから育てた苗を5株ずつ植えられていたのに対し、今上陛下はその年の改良品種も加えられていらっしゃるのです。

平成21年からは、ご高齢のためご負担軽減で新しく株を増やされることはなくなりましたが、平成20年には200株に達しており、現在も200株の稲を育てらていらっしゃるのです。これだけの数になるとお田植えは1日ではできません。それをご公務の合間を縫ってご丁寧にお田植えされていらっしゃいます。

水田の管理は、庭園課の職員が行っていますが、稲の成長をとても楽しみにされて、皇居内を皇后陛下と散策される時に立ち寄られることもあるそうです。



現在、田植えや稲刈り体験というのを行うイベントが増えています。農家生まれでもないのに、わざわざ農家になる方、兼業農家となられる方も多いようで、そういう方々のための雑誌も多くありますし、ネットやブログでもそういう方々の話をみます。昔は、農家は減る一方と言われていたと思うのですが、昔ながらの農家の家は減っているかもしれませんが、新しい形で農家を始められている方もいるのです。そのバランスが実のところどうなのかはおいておいて、新しく始められている方がいるというのは、凄いことだと思います。もしかしたら春と夏の天皇陛下のお田植えと稲刈りを毎年目にしていることが、潜在的に影響を起こしているのかもしれません。

昭和天皇も今上陛下も、田んぼをどうしろ!などということはおっしゃっていませんが、日本人と稲が縄文の昔から結びついてきたことは、化石からもわかっていることですし、日本の文化は稲作抜きでは語れません。そして、そういう風にちゃんと教わっていなくても、日本人として生まれ、日本人として普通に生活しているだけで、DNAのように日本人の中に稲との結びつきが埋め込まれているのだと思います。

例えば、ごはんよりパン好きだったり、洋食好きな女性が、子供が出来育児生活に入ったとたんに和食中心の生活にシフトしてしまう、というのを私は何人も見ています。結局、和食、ご飯でなきゃ育児は出来ない、となるのは日本人だからです。

終戦後、食生活は急激に変わってきて、根底にあるお米中心の座も揺らぎ、誰でも見ていた田園風景も見ること出来ない時代がきました。ところが天皇陛下が春と秋に田園風景を思い出させてくださり、また子供達にはその風景を教えて下さっているのです。

さて、先日稲刈りのニュースがネットで話題になると、「こんな時に田んぼごっこか」という書き込みがありました。すると、それにはすぐに「こんな時だからこそ、陛下は稲刈りをされたのだ」というような書き込みがあって、皆納得していました。

どんなことが起きても、普段の仕事は続けなくてはなりません。なにか事件・事故が起きてもそれだけにかかりきりになるのは当事者だけです。

そして陛下のお田植え・稲刈りは田んぼごっこなどではなく、日本人の大切な主食である米の生産に携わる農民の苦労と収穫の喜びを少しでも体験し、またご自身が育たられた稲を神に召し上がっていただきたいというお気持ちの表れなのだと考えられるのです。

秋の稲刈りは稲の生育具合とご公務の兼ね合いを見ながら、収穫をされます。うるち米3株、モチ米3株を残して全て刈り取られ、うるち米の3株とモチ米の3株は職員が根のついたまま掘り起こし、きれいに泥を洗い落としたあと10月に行われる神嘗祭に奉納されるのです。

新穀をお供えして神に感謝する10月15日から17日にかけて神宮(伊勢)で行われる神嘗祭は、農業を生業としてきた日本民族にとって一番重要視されてきた収穫に感謝する祭典でした。この時には全国の農家から各県の神社庁を通じて奉納された稲が、外宮と内宮の内側にある内玉垣の柵に穂を下にして懸けられます(懸力)。そこには陛下の育てられた稲も一緒に懸けられているのです。

そして神宮の神嘗祭にあわせて、天皇陛下も17日に「神嘗祭賢所の儀」の大祭を執り行われていらっしゃいます。

さらに11月23日から24日にかけて行われる宮中祭祀で一番大切にされている祭典の新嘗祭があります。

神嘗祭が収穫された初穂を神宮に祀られている天照大御神に奉る祭典なのに対して、新嘗祭は天皇が天照大御神をはじめとする神々を新嘉殿にお招きになり、自らおもてなしになる祭典です。

神饌には、全国の篤農家から献納された米と粟だけでなく、天皇が自ら育てられた初穂も供えられます。

日本中で一番重要とされる二つの祭りは、ともにこの年の収穫に感謝する大切なお祭りです。供される稲(米)作りに少しでも関わろうとすることは、遊びなどでできることではないのです。

長く続く不天候がやっと明けるこの週末には、稲刈りをされる農家の方々も多いかと思います。先日の洪水ではせっかくの収穫が無駄になってしまったところも多くありました。稲の収穫は、収穫が終わるまで何が起こるかわからない大変な作業です。私たちが美味しいお米が食べられるのは、農家の方々の苦労の賜物であるのです。

私たちが食前食後に「いただきます」「ごちそうさま」と言うのは、そういう食への感謝が表れた、美しい日本人の姿なのです。



参照:「天皇の祈りと宮中祭祀」勉誠出版