このブログを始めた頃、1年間祭日について取り上げたのですが、その時に一番参照したのが『宮中祭祀 連綿と続く天皇の祈り』中澤伸弘著、展転社発行です。

これは薄い本ですが、宮中祭祀とその歴史、また諸祭りについて一つ一つ説明があります。そして歴代天皇の祭日はもちろん現行の年間の宮中祭祀や、祝日と宮中祭祀の対比表の付録も付いており、一家に一冊必要じゃないかと思います。

この本の「はじめに」が素晴らしいので紹介したいと思います。著者の中澤伸弘氏は子供の頃侍従になりたいと卒業文集に書かれたことがあるそうで、天皇や皇室に興味を持たれて成長したそうです。こういう方にこそ、侍従になって頂きたかったです。


『宮中祭祀 連綿と続く天皇の祈り』
はじめに

昭和二十年八月十四日、阿南惟幾陸軍大臣は終戦にあたり、その責任を負ひ自決を覚悟し、鈴木貫太郎首相のもとを暇乞ひに訪ひました。日本の今後について心配で、悲愴な顔つきの阿南に対し、鈴木は「陛下がお祭りをなさつている以上、日本は滅びませんよ」と話したといひます。鈴木は昭和天皇の侍従を努めたこともあり、宮中祭祀に表はれる天皇の御本質をよく理解しての発言でありました。果たして鈴木の言は当たり、日本は滅びるどころか、見事に復興を遂げ、世界に誇る経済発展を遂げました。その繁栄の蔭に昭和天皇の祭祀に臨まれる真摯な御姿があつたのですが、国民はそのことをあまり知らされないで来ました。

天皇の御本質は祭祀王であることです。それは祭りをされ、祈られることにあります。今上天皇を始め御歴代の天皇は、国家、国民はいふに及ばず全世界の平和を、常にご先祖の神々に祈られて来たのであり、そしてそれは今後も天皇とともに永続して行くのです。世界の国々の中で斬様な祭祀王を元首に頂く国は稀であります。また日本の神話は、単なる昔話ではなく、祭祀といふ形で今日も生きてゐるのです。宮中や諸神社の祭祀は神話と密接な関係があり、それゆゑ我が国の神話は平成の今日も生きてゐると言へるのです。「神代在今」といふ言葉がありますが、まさにその通りなのです。

皇居正門の二重橋のその奥に当たるところに、土堀に囲まれた聖域があります。そこには宮中祭祀に関する建物があり、皇室の御遠祖にあたる天照大御神をはじめ、多くの神々がまつられ、毎日天皇の祈りが捧げられてゐます。これが賢所(宮中三殿)であり、この祈りが宮中祭祀なのです。戦前の教科書にはこの祭祀についての説明がされてゐて、天皇の祭祀は公事であることが説明されてゐました。しかるに戦後は祭祀をすることは天皇の私事とされ、宮中祭祀については即位儀礼や、皇族のご成婚などの折りに、宮中三殿が報道されることがありましたが、年間の祭祀については何も報道されずに、国民はその深い祈りを知ることもなく今日に至つてゐるのです。

「私事」とはわたくしごとの意味ですが、天皇の祭祀は果たして私事の一言で片付けられる性格のものでせうか。卑近な例で畏れ多いのですが、このやうなことを考えてみてください。私は長年高校の教師をしてゐますが、担任をもつと三年の受験期の休日に都内の某天神社にクラスの全員の合格祈願に参拝します。玉串料を納め、昇殿しては祈願を籠め、お札を頂きます。境内では「全員が志望する所へ合格しますやうに」と祈願絵馬に書いて奉納してきます。これは形の上では私の個人的な参拝です。玉串料も自分で納め、参拝の時間も勤務時間とは関係がありません。しかしこれを私事といふことができませうか。この参拝の時の私は、個人でもあると共にクラスの担任でもあります。祈願に頭を垂れる時は学校の教諭として学校全体の幸ひを祈るわけでせう。絵馬を奉納するのも担任だから出来ることなのです。かやうに考えますと陛下の祈りはやはり公人の天皇としてのお立場でもあるのです。陛下の祭祀は国家の祭祀でもあるのです。私が合格祈願に行つたと聞いた生徒や保護者からは「有り難うございます」といふ御礼の言葉を頂くことがあります。それならば同様に私どもは陛下に御礼を申し上げなくてはなりません。そのためにも宮中祭祀への理解を深めて頂きたいのです。宮中祭祀は天皇の祈りです。

昭和天皇の御時もさうでしたが、近年、陛下のご高齢化に伴ひ、その玉体を案じ奉つての諸事簡略化がなされるなかで、この宮中祭祀にも簡略化の波が押し寄せてゐます。これは致し方のないものではありますが、この機に乗じて宮中祭祀の実際を知らずに、祭祀に溶喙(ようかい)し、または廃止して仕舞へとの暴論を軽々しく言ひ立てる人が出てきてゐます。

このやうな時こそ、宮中祭祀の実際を知り、そのあり方を考へ、今日なほ厳修される祭りの意義や天皇の御本質について学ぶ必要がありませう。小著がその為に聊かなりともお役にたつなら幸ひこれに過ぎるものはありません。

以上。

本屋でたまたま目に入って手に取ったのですが、それはこの本の薄さのおかげでした。あまり厚いと避けてしまったかもしれません。しかし、この薄い本の中に日本の国の成り立ちが隠れていました。

日本という国は知れば知るほど天皇抜きに語れない国です。古代史探究本なども沢山あり色んなことが書かれていますが、実際どうであったにせよ長い間「天皇」が中心にあり続けている国であることに変わりはないのです。そしてその天皇の祭祀がその中心にあることにも。

日本人であるなら、そのことを一度はきちんと学んでおくべきかと思うのです。

この本に出会えて良かった。中澤氏に感謝です。