仁義なき戦い 広島死闘篇(三)「恰好つけにゃアならんですけん」
『仁義なき戦い 広島死闘篇』
映画 トーキー 100分 カラー
公開日 昭和四十八年(1973年)四月二十八日
製作国 日本
制作 東映京都
企画 日下部五朗
手記 美能幸三
原作 飯干晃一
脚本 笠原和夫
撮影 吉田貞次
録音 溝口正義
照明 中山治雄
美術 吉村晟
編集 宮本信太郎
音楽 津島利章
出演
菅原文太(広能昌三)
前田吟(島田幸一)
木村俊恵(山守利香)
野口貴史(岩見益夫)
司裕介(弓野修)
金子信雄(山守義雄)
遠藤辰雄(時森勘市)
北大路欣也(山中正治)
監督 深作欣二
☆☆
美能幸三はノークレジット
遠藤辰雄→遠藤太津朗
☆☆
平成十年(1998年)八月十三日新世界東映
にて鑑賞。この時以外にも映画館で鑑賞して
いる。
☆☆
演出の考察・シークエンスへの言及・台詞
の引用は研究・学習の為です。
東映様におかれましては、お許しと御理解
を賜りますようお願い申し上げます。
感想文では物語の核心に言及します。未見
の方はご注意下さい。
女性の方、十八歳未満の方、暴力描写が
苦手な方はご注意下さい。
映画は暴力を無批判に肯定するものでは
なくて、悲しみをこめて執筆・演出されたもの
でありますことをご理解頂きますようお願い
申しあげます
☆☆
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『仁義なき戦い 広島死闘篇(一)焦げ飯の
義』
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『仁義なき戦い 広島死闘篇(二)
腕時計と青竹』
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呉で造船所のスクラップ置場で番をしている
広能昌三を高級車で尋ねてきた人物は、山守
利香だった。
車の中には、山守利香の夫義雄と時森勘市
が乗っている。
利香「昌ちゃん。しばらくじゃったね」
広能「何ですか?」
利香「あんたに折り入って頼みたいことが
あるんよ。お客さんを一人預かって
欲しいんじゃけどね。」
広能「お客さん。誰ですか?」
利香「あんたも知っとろう。広島で起こったこ
と。それで村岡さんと反目に回った時
森さんいう人がね。うちのとは戦前から
の付き合いで逃げて来てるんよ。」
車の中から、山守義雄と時森勘市が、利香
と昌三の会話を見つめる。
利香は昌三に時森親分を匿って欲しいと頼む。
時森とは戦前からの付き合いがあることを強調
する。村岡とも戦前からの付き合いがあるので、
村岡・時森どっちにも立場が悪いので、昌三に
匿う役を勤めてくれるようにとの頼みである。利
香は、更に昌三に金を与えて懐柔しようとするが
昌三は拒絶する。
広能「姉さん。わしゃ、山守さんには盃はっき
り返した筈ですけん。」
利香「そりゃ、色々あったじゃろうけど、うちも
あんたのことは可愛い云うてね、目を
かけとるんよ。じゃけん。破門状も未だ
出しとらんないじゃないの。」
広能「姉さん。わしゃ、仕事がありますけん。」
利香「昌ちゃん!」
広能は挨拶して仕事に戻った。断られ、利香は
落胆する。義雄に裏切られた昌三の傷と怒りは
やはり大きかった。時森が義雄を見つめる。義雄
親分は、交渉が上手くいかなかったことを視線で
語る。
仕事の帰り道で、子分の島田幸一が広能に買
い物してから帰ると告げた。
島田「親っさん、儂等晩飯の支度に肉屋寄っ
て帰りますけん。」
広能「銭持っとるんか?」
島田「ええ」
広能・岩見に犬が吠える。
広能「ここらの犬は躾が悪いの。儂等を犬殺し
と間違えととるんかの?」
岩見「へへ」
岩見はどきっとしたようだった。
島田と弓野は犬を捕えていた。
島田「こら、もう逃がさんぞ!」
木賃宿の一室で広能は焼き肉を食べていた。島
田・岩見・弓野らはうつむいている。
広能「お前らも喰わんか?」
島田「親っさんに買うた肉ですけん。」
広能「何を言うとるんなら。」
窓の外で犬が「うう」と吠えている。
広能「犬も小腹減らしとるんかいの。おい」
昌三が肉を与えると、犬は食うどころか益々
怒った。
広能「喰わんの」
犬の声が鋭くなる。
広能はハッと気づく。島田たちが出したのは
犬の肉だったのだ。
島田「親っさん。銭始末しようと思うて。
儂指詰めますけん。」
広能「糞馬鹿タレ、この。山守に会うてくる。」
山守の頼みで広能は時森を預かった。だが、
時森は、スクラップ置き場の事務所を嫌がり、
露骨に不機嫌を現したうえに、横柄な態度で
威張りだした。
時森「おう、客には客の扱いいうもんが
あろうが。何なら?こん豚小屋!」
広能は「儂らはスクラップの番をしとらにゃ
いけんですけんの。文句あるんじ
ゃったら一人で何処へでも行って
つかあさいや。」
広能は我儘な時森に立場を語り、気に入ら
んのなら、お一人で移って下さいと厳しく言い
渡した。勿論、刺客に狙われていることを知っ
ている時森は怖くて、広能のもとから離れられ
ない。
島田が広能を呼び出した。外へ出た広能は
島田と岩見から山中の来訪を聞く。近くの飯屋
に通したことを島田は報告し、自ら「やってきま
す」と刺客となることを志願するが、広能は、自
ら山中と語り合うことを伝え、話し合いの時間に
時森の身柄を山守のもとへ移すようにと指示す
る。
異変を感じた時森が狼狽し、事務所のドアを
開けて聞いてきた。
時森「おう、誰か来おったんか?」
広能「儂等の言う通りしとってくれたら、保障
しますけん。肝焼かんでええですよ。」
昌三は時森を落ち着かせ、飯屋に向かう。戸を
開けると、サングラスをかけた山中が居た。
広能「おう」
山中「広能さん。暫くです。」
広能「元気でやっとるか?」
山中「はあ」
広能「村岡さんとこで売り出しとるっちゅう
噂は聞いとるがの。」
山中「御陰さんで。」
広能「時森なら儂が囲うちょるよ。」
山中「ほうですか」
広能「時森に用があってじゃろうがよ。儂も
山守に頼まれてしとることじゃけん。
黙って広島に帰らんかの?」
山中「広能さんや山守さんの顔は潰しませ
んよ。あれが一人になるまで待っとり
ます」
広能「ほうか、手ぶらじゃ帰れん云うんか?」
山中「(サングラスを外して)儂も恰好つけにゃ
あならんですけん」
☆☆☆男たちの再会☆☆
広能昌三は車に乗った山守義雄と再会する。第
一作で命がけの戦いをした大敵との再会は静かだ
った。
ここに、笠原和夫脚本、深作欣二演出の鋭さを
見る。『仁義なき戦い』第一作のラストで坂井鉄也
の葬儀で、広能は怒りの銃弾を供物や香炉にぶっ
放し、坂井殺しの黒幕である喪主山守の罪を糾弾
し、山守は激怒する。
二人の壮絶な熱闘を見て、観客は「関係はどうな
るのだろうか?」という問いを与えられた。
激烈な戦いの後の再会は、スクラップ置き場の
広能と車の中の山守という静かな場面だった。
第一作を見た観客には、ドキドキ緊張を盛り上げ
ておいてさっと引く。ここがたまらない。
第二作のみを見ている観客にも、広能にとって山
守が、かつての親分であり、冒頭の前作粗筋解説
で述べられたように、裏切り利用した大敵であるが、
広能はスクラップ置き場に立ち、山守は車から様子
を窺うという両者の行動に、関わりの難しさが受け
止められると思う。
山守は、広能に甘い言葉をかけても、自身の売る
手法を熟知しているから、あっさりとは引っかかって
くれないことも予想している。それ故に妻利香を派遣
して、女性の優しい口調で頼み事を依頼するのであ
る。
利香も夫義雄に負けない程老獪・老練な智恵の持
ち主だ。話もうまい。山守と時森の深い関わりを話し、
両者に対する立場の難しさから、広能に時森匿いを
為して欲しいという依頼を低姿勢で親しみやすい言葉
で頼む。
だが、広能は、山守に利用され捨てられている。巧
みな言葉で相手を幻惑し騙すことにかけては天才の
親分だ。言う事を聞けば、どんな火の粉が降りかかっ
てくるかわからない。
慎重な傾聴を経て、関わり合うことの危険性を思い、
盃は返し、袂を分かったことを確認し宣言する。
山守に怒りを示し、その巧妙な手口には嵌らぬよう
に歩む広能の生き方が示される。
木村俊恵の重厚な演技は、圧巻である。姉さんとし
て広能に優しい態度を示し、金銭も与えようとして、そ
の心に入り込み、言うことを聞かせようとする話術を、
鮮やかに語ってくれた。
このシーンでは無言の金子信雄と遠藤辰雄の深い
目の演技も渋い。
『広島死闘篇』は山中正治と大友勝利の激闘のドラ
マが主軸だが、広能が登場すると、「静」の空気をもた
らしていることも忘れられない。
勿論「静」と言っても、大友の後ろ盾となる時森を匿
うかどうかという大きな駆け引きの問題が緊張感豊か
に語られ、それが「静」の空気において伝わるが故に
一層緊張も熱いものになるのだが。
だが、広能組組員の暮らしは困窮しており、犬肉
を牛肉と偽って食事に出す程であった。犬の捕獲と
肉食のシーンは、犬を愛する者には、辛いシーンで
はあるが、戦争の時代を生きた笠原和夫の食べ物
を得ることへのメッセージがあると思う。笠原は戦時
中犬を食って腹を壊したことを『昭和の劇』に伝えてい
る。
戦後の混乱期に空腹時になれば、人は酷いことを
も為してしまうことを伝えている。
人間よりも犬たちが仲間思いで怒りの鳴声をあげる。
ここに笠原和夫の鋭い生物洞察がある。『仁義なき戦
い』シリーズの黒い笑いである。
組の経済的な苦しさから、広能は山守と会い、時森
を匿うことを承知する。
山守と決別して生きることを決めた広能だが、組の
経済的厳しさから、もう一度山守の命令を聞く身とな
ってしまう。
「仁義なき親分」山守に、「弾丸はまだ残っとるがよ」
と語った昌三だったが、組員達を喰わせる為に、山守
からの金を受け取り、仕事を引き受けざるを得なくなる。
ここにも「仁義なき戦い」が静かに示されている。
だが、時森は横柄で我儘だった。スクラップ置き場の
事務所を「豚小屋」と蔑視され、広能の内心に怒りの
炎が燃える。
遠藤辰雄の台詞回しの憎たらしさは格別である。
山中が尋ねてくる。島田と岩見に支持する広能に親
分の大きさがある。
周章狼狽する時森。遠藤辰雄が生命の危機を敏感
に感じ取る親分の本能を鮮やかに演じる。
飯屋で広能昌三と山中正治は再会する。
冒頭の刑務所以来の二人の対面である。山中にと
って、広能は、焦げ飯をよそって、届けてくれた恩人で
ある。
だが、事実では美能幸三と山中光治は面識が無かっ
たという。
笠原和夫は、広能と山中の二人が刑務所に服役し
ていた時代に知り合い友人になってというドラマを描
いた。
「菅原君演ずる広能の役を不必要なと所に無理
矢理介入させ、話をまとめた」と笠原和夫は、『ノート
「仁義なき戦い」の三百日』(『仁義なき戦い 広島死
闘篇 代理戦争 頂上作戦』幻冬舎アウトロー文庫
版)に記している。
だが、自分は、狂言回しの役として広能が登場し
て、山中を見つめる存在として歩むことも、作品の
個性として特徴的だと思う。
主演俳優菅原文太が受けてくれたことにも敬意を
表したい。
短い出番ではあるものの、文太の存在感は、やは
り大きい。
広能は、旧友山中の挨拶を聞き、彼の課題と侠気
を知る。
北大路欣也の眼力は鋭い。欣也は昭和十八年(19
44年)三月二十三日に誕生した。本名を浅井将勝と
申し上げる。
山中役は自ら志願したこともあり、その殺気の表現
は凄まじい。
広能は、山中が自身や山守に迷惑をかけないとい
う決意を語った言葉を聞き、傲慢な時森を捨てて、旧
友山中に協力することを内心で確かめる。勝利の凶暴
さを思い、争いの火種を消さないと、広島の抗争は治
まらないと広能は判断した。時森に対する態度は冷酷
だが、広能も又、親分になったということであり、傲慢
な存在とは組めないという判断を為したのであろう。
サングラスを取った瞬間の山中の目に、闘魂が燃え
ていた。
欣也さん。
七十三歳お誕生日。
おめでとうございます。
合掌