事故直後の関東各地における内部被ばく評価 (2011年3月15日から3月28日までの吸入摂取) | 三浦半島における放射線情報 (tokokのブログ)

三浦半島における放射線情報 (tokokのブログ)

横須賀を中心とした三浦半島における放射能汚染状況を話題したブログです。3月に起きた原発事故以降、ひたすら環境放射線の計測を続けています。三浦半島だけに限るなら、公園・幼稚園の空間線量、土壌放射能、農作物など、誰よりも手広く測定を行っているかも。

 
福島県外の住民が2011年3月に受けた被ばく線量に関する論文を読みました。
その中で、関東各地に住む成人の(主にヨウ素吸入による)内部被ばく線量が
推定されています。多くの方が興味をお持ちとだと思われたので概要を説明します。
(「昨年3月15日、関東地方にプルームが到達しているのも知らず
子どもを外で遊ばせてしまった」と後悔されている方、たまにお見かけしますので…)


 著者はIAEAに所属するカナダの研究者N.D.Priest氏。
福島県以外の地域に住む人の内部被ばくを含めた被ばく線量を評価し、
特に外国の機関が事故当時の一時的な滞在者への対応する際の参考になれば…
というのが動機のようです。
要するに福島県以外の人は汚染食材の
出荷規制以外に
避難措置など特別な予防
措置が取られてこなかったが、
それで本当に問題なかったのか検証するという目的だと思われます。

元論文はこちら(有料)、さらに詳しく知りたい方はどうぞ。

 論文では、事故直後3月15日から3月28日までの2週間における
外部被ばくおよび大気中の放射性物質吸入による内部被ばく
(預託実効線量)、さらにヨウ素摂取などに伴う甲状腺に対する等価線量を、
インターネット上に公開されている情報を元に
福島県を除く関東・東北の各県の成人について見積もっています。

 なお、この論文で評価した線量は、この2週間を常に屋外で過ごした
場合を仮定
したものであることに注意してください。
(実際には建物による放射線遮へい効果や、壁・フィルタ等による放射性物質の
建物内進入遮断効果があると考えられるので、安全側の評価になります)



*吸入摂取による内部被ばく

 大気中を漂う放射性物質の量は、
  * 群馬県高崎市のCTBT (データ)
   * 千葉県千葉市の日本分析センター (データ)
   * 東京都立産業技術研究センター (データ)
の3機関から公表されています。
 これらのデータを元に、成人男性の呼吸量を1日あたり23000リットルと仮定し、
大気中の放射性物質を屋外で吸い続けた場合の摂取量を求め、
取り込んだ放射性物質による内部被ばく線量(預託実効線量)を
見積もっています。
 ちなみに、国際放射線防護委員会(ICRP)の報告では、
成人男性の1日あたりの呼吸量は22200リットルであるとしています。
(ICRP pub.71,睡眠0.45m3/hで8.0時間、座った姿勢での活動0.54m3/hで6.0時間、
軽作業 1.5m3/hで9.75時間、重作業 3.0m3/hで0.25時間)


 以下の図は、各地の成人男子に対する吸入による内部被ばく線量と
核種毎の寄与
を示しています。
(摂取量から線量への換算はICRP pub.72の実効線量換算係数を用いている)



内部被ばく

 このグラフから分かることは、
  (1) 内部被ばくの9割程度が気体・粒子状のヨウ素131の摂取に起因
  (2) いずれの3地点も若干の差こそあれ、放射性核種の寄与率はほぼ同じ
ということでしょう。
 念のため他機関による評価と矛盾がないか確認したところ、
日本分析センターが独自に評価した
千葉市における吸入摂取の内部被ばく
(3月14日~3月29日の合計で67.6μSv)とは矛盾がありません。
ただし、放医研による見積もり(3月14日~4月11日の約1ヶ月間の東京における
吸入内部被ばく 約21μSv)と比べると、線量が大きく見積もられています。
この理由は、千葉のデータは気体状・粒子状のヨウ素をほぼ100%捕集できる
活性炭フィルターを使用して測定したものであるのに対し、東京のデータは粒子状の
ヨウ素のみ収集できるフィルターを使用した結果であることに起因しています。
すなわち、放医研の見積では(ホームページにも断りがあるように)
気体状のヨウ素摂取による線量を評価していないために、
内部被ばくを過小評価してしまっています。
 気体状ヨウ素の寄与を考慮するために、この論文では、
ヨウ素131の75%が気体状、25%が粒子状であったと仮定して
摂取量や被ばく線量を推定しています。
この仮定はCTBTの推奨する概算値(気体:粒子=4:1)と大きく矛盾しないものです。
また、Te-132やCs-136など、千葉や東京で測定されていない核種の寄与は、
高崎におけるCs-137に対する比から、大気中濃度を推定しています。


*外部被ばく線量との関係
 さて、この3地点のモニタリングポストの数値から、3/15~3/28の2週間を
屋外で過ごした場合の
外部被ばく線量(自然放射線を除く)を計算すると 、
 高崎: 26.1μSv,千葉: 14.9 μSv,東京: 21.4 μSv

となり、内部被ばくと同様に外部被ばく線量の大きさも
高崎→東京→千葉の順になっています。
さらに、
外部被ばくに対する吸入摂取による内部被ばく線量の比を取ると、

 高崎: 4.8、千葉: 4.4、東京: 3.6
となり、ほぼ4程度であるとなることが分かります。
 そこでこの論文では、各地に到達した放射性物質の割合や沈着具合などが
おおむね同じと考え、これら3地点の平均比率4.3を関東各地で測定された
外部被ばく線量にかけることで、他地域における吸入摂取による
内部被ばく線量を見積る
というかなり大胆な仮定に基づく評価を行っています。
(大胆とはいえ、他の地域の吸入被ばく線量をざっくり見積もるには
それほど悪くない仮定かなという印象を持っています。)



*関東各地の外部・内部被ばく線量
 以上の仮定を元に、関東圏の他の地域で測定されたモニタリングポストの
線量から自然放射線の寄与(プルーム到達前の値)を差し引き、
3/15~3/28の期間で積算した外部被ばく、それに係数をかけて得られた
内部被ばく甲状腺等価線量の推定値をまとめてマッピングしてみました。
(なお、甲状腺に対する等価線量については、上の3地点でそれぞれ、
 高崎: 2.33 mSv,千葉: 1.12 mSv,東京: 1.36 mSv
と見積もられているので、甲状腺等価線量と外部被ばく線量の比として
3地点の平均値77を係数として用いています。)




成人_関東




 図から読み取れるように、この期間の内部・外部被ばく線量の合計値は、
成人に対する実効線量で茨城 0.40 mSv、栃木 0.22 mSv 、群馬 0.15 mSv
の順となっており、5県が0.1 mSvを越しています。
ただ、いずれの県も日本の一般公衆に対する年間線量限度 1 mSvを
越しておらず、またICRPの避難基準 年20 mSvも越さなかったというのが、
この論文の結論です。


*子供の場合はどうなのか?
 論文には記述がありませんが、子供はもっと影響が大きいのでは?という
疑問があると思うので、この論文と同じ手法で線量を見積もってみます。
子供の呼吸率は、年齢が下がるにつれて小さくなりますが、
吸入した放射性物質の量から内部被ばく線量へ換算する係数は、
子どもの方が一般に大きくなります。
 ここでは呼吸率としてICRP pub.71の値(例えば放医研のこのページの一番下)を
使います。また、各年齢ごとの吸入摂取による実効線量換算係数は、
ICRP pub.72の値を使います。外部被ばくの線量は、恐らく緊急時ということで
1Gy = 1Svという換算をしているはず(論文には特別な記述無し)なので、
各年齢とも同じものとします。
(厳密に言えば自分の体によって臓器が遮蔽されるので、外部被ばく線量は子どもの方が
若干大きくなります。モニタリングポストの値(Gy/h)から実効線量を換算するときは、
成人なら1Gy ~ 0.7 Sv倍、幼児なら1Gy~0.9Sv程度になります。 ICRP. pub74より)

 以下に、高崎・千葉・東京の順で各年齢ごとの被ばく線量の見積もりを載せます。
被ばく線量_高崎千葉

内部被ばく_東京

 呼吸量は若いほど少ないですが、放射性物質(特にヨウ素)吸引によるリスクが
子どもの方が高いため、成人よりもむしろ1~2歳児でもっとも内部被ばく線量が
高くなっている
ことが分かります。
 成人の場合と同様に、3地点の平均として外部被ばく線量→内部被ばくの係数を
求めると、
 0-1歳: 4.3倍、1-2歳: 7.4倍、2-7歳: 7.2倍、
 7-12歳: 6.5倍、12-17歳: 5.6倍
となります。また、外部被ばく線量→甲状腺等価線量の係数は、
 0-1歳: 81倍、1-2歳: 142倍、2-7歳: 140倍、
 7-12歳: 123倍、12-17歳: 104倍
です。

*横須賀は?
 準備が整ったので、地元である横須賀市浦賀中学校のモニタリングポストから、
3/15~3/28の期間ずっと屋外で暮らした場合の推定被ばく線量を
計算してみました。モニタリングポストのデータは、こちらからCSV形式で
ダウンロードすることができます。プルームが届く前の3/14のデータを
バックグランドとみなし、この期間の線量を積算し、1 Gy = 1 Svとして
実効線量を求めます。以下に、被ばく線量の計算結果をまとめます。

内部被ばく_横須賀浦賀

*で、どんなリスクがあるのか?
 横須賀の場合、内部・外部合わせた実効線量が1~2歳児で
224μSv = 0.224 mSvとなっています。この分余分に発ガン等のリスクが増加した
と言えますが、自然界から受ける被ばく線量の世界平均が2.4 mSv、
日本人平均が1.5 mSvである事実から考えて、0.22mSv分のリスク増加が
どの程度か、イメージできるかもしれません。
(一般公衆10万人に平均1mSvの被ばくが起こると、この放射線起因の生涯がん死亡数は
5人と計算される。日本のがん死亡は全死亡の約1/3であるから、1mSv被ばくによりがん死亡は
約3万人+5人になる。ATOMOICAより引用


 また、甲状腺等価線量が1~2歳児で3.5 mSvと見積もられていますが、
これがどういうリスクかについて一言。
 例えば原子力安全委員会の資料をみると、チェルノブイリの調査から得られた
小児甲状腺がんの発症リスクは、
1 Gyの被ばくで年間1万人当たり2~3件である
ことが分かります。1Gy = 1 Svとすると甲状腺等価線量で3.5 mSvという量は、
計算上100万人あたり年間 0.7~1.1件の甲状腺がん追加発症
のリスク
相当することになります。
 なお、この計算でいくと、上記マップでもっとも線量の高かった水戸の
1~2歳児の甲状腺等価線量は11 mSv程度になります。
何度も書きますが、この計算は常に屋外にいた場合の見積もりです。

ここで述べた評価方法はかなり大雑把ですが、
近くのモニタリングポストのデータから吸入による内部被ばくを
ラフに見積もることが出来るという点でよいかと思い紹介致した次第です。
以上、長文にお付き合い頂きありがとうございました。



(付録)この論文の仮定など

(1) モニタリングポストの空間線量を、外部被ばく線量の代表値とする。
モニタリングポストの高さ(例えば東京は地上18mに設置)などは考慮しない。
(2) 関東圏全ての場所で同じプルームに晒された。すなわち、含んでいる
核種の比率は同じとする。ヨウ素131は気体:粒子=3:1
(3) 食物などからの経口摂取による内部被ばくは考えない。