「冬将軍よ。四つの季節を
つかさどる者の中で、お前が
一番損をしておる。
つらくきびしい季節になって、
新しい命を送り出す準備をする。
つらい孤独な仕事を、お前は
いいわけひとつせずにこなしておった。
誰よりも辛抱強く、心優しい
おまえでなければできぬことだ。
そんなお前を理解してくれる、
たった一人の娘であった。
だが、いかに想いあっても、
人ならぬ身のお前と人間の娘とは、
ともにあることはできぬのだよ」

冬将軍は素直にうなずき、
ゆっくりと立ち上がりました。
魂も消え入りそうなその姿を、
痛々しく思った神様は、
少女のなきがらを、
一本の桜の木に変えました。

冬将軍がそっと枝にふれると、
きらきらと氷の結晶が光り、
少女の幸せそうな瞳のようでした。
冬将軍の瞳にも、ようやく
かすかな光がともりました。
 
「さあ、冬が終わる。行くがよい。
ここで、お前の愛しい女は、お前を待っている。
毎年、冬を告げに来るお前を・・・」
 
冬将軍の目の前には、桜のはなびらを
ちりばめたような淡いピンクの服で、
春将軍が立っていました。

春将軍にバトンをわたして
冬将軍は、旅立ちました。

しばらくつむじ風に乗って飛んでいると、
ふとなつかしい香りがしました。
冬の花のようにひそやかな、
少女の髪の香り。
冬将軍は、思わず少女を呼んで、
振り返りました。

すると、遠くで、桜が
満開の花を降らせていました。
白くやわらかく、いつか見せた
雪のおもかげをなぞるように

冬将軍は、もうさびしくはありませんでした。
少女の想いが、はっきりと見えたからです。
 
それから毎年、冬が来るたび
やってくる冬将軍は、
桜の木にむけて、はなびらの降るように
柔らかくやさしく雪を降らせ
冬がおわると、桜は、
さながら雪のように、
花を降らせるようになりました。
 
                                  (完)