ずっと見ようと思って見ることができないでいた「ブタがいた教室」を見た。
思っていた通り、いい映画だった。
1990年7月から1992年3月、約2年半に渡り、
大阪府豊能町立東能勢小学校の新任教師だった黒田恭史先生が、
担任するクラスでブタを飼い、飼育を通じて命を考えた900日に及ぶ実話が元になっている。
「ブタを飼って、飼育した後、食べる」という実践教育は、
当時は非常に大きな波紋を投げかけた。
Pちゃんと名づけられたブタは、子どもたちに愛され、
家畜としてではなくペットのように育てられていく。
2年半の飼育の後、卒業を控えたクラスには大きな論争が巻き起こる。
「食べるか、食べないか」
その後、子どもたちを追ったドキュメンタリーがテレビで放送され、
ギャラクシー賞奨励賞や動物愛護映画コンクール内閣総理大臣賞などを受賞した。
しかし、「残酷だ」「これは教育ではない」などの多数の批判と、
教師の情熱と子どもたちが自ら考え真剣に向き合う姿に心を打たれたと支持する声があがった。
その支持するひとりが監督となって、映画化されたのがこの映画だった。
教師役には妻夫木聡、クラスの子どもたちにはオーディションで26名が選ばれた。
この映画の見所は、何と言っても子どもたちの表情だろう。
子どもたちに手渡された台本は白紙であり、物語の結末は記されていなかった。
スタッフや大人には脚本があり、子どもたちのリアルな感情を引き出すため、
スタッフや関係者は子どもたちに余計な情報を与えないよう、注意深く接したと言う。
「Pちゃんを食べるか、食べないか」
物語の結末を知らない26人は、ブタの飼育をしながら、
自分なりに答えを探そうと思いや意見をぶつけた。
時には激しく口論し、涙を流し、つかみ合いのケンカをし、
役を演じる子どもたちもまた、この授業を追体験した。
「食べる13人、食べない13人」、意見はまっぷたつに分かれた。
子どもたちと先生の出した結論とは…。
内容はここまでにとどめ、実際に指導した黒田先生の言葉を以下に記しておく。
「よかったか悪かったかは、今でもわかりません。
しかし、みんなが一生懸命だったことは確かです。」
当時生徒だった子どもたちは、もう28歳ぐらいになっているのだが、
その中のひとりは、自分の子どもにも同じような体験をさせたいと言う。
「その時は答えがわからなくてもいい。一生懸命考えて悩んで、
後でそれが何だったのかわかる時がくるから」と。
教科書の勉強がすべてではない。
しかし、こうした実践教育だけが教育でもない。
生きるって何なのか?命って何なのか?
学校で勉強することや試験の問題には、必ず答えがある。
その答えを求めるための方法を勉強することは大切である。
自分の好きなことだけでなく、幅広くそれを学び訓練することは、
後に社会に出て役に立たないと思ってきたが、それが役に立つのだ。
しかし、学校を出てからの人生は長く、
学校で勉強したことのように、答えがいつもひとつとは限らない。
その時々で答えがかわってしまうことがある。
この実践教育の意義は、答えが決まっていないところにある。
だから考えて悩み、一生懸命になる。
黒田先生は、「いい先生ってどういう先生ですか?」の問いに、
「子どもの自立を手助けできる先生」だと答えている。
あまり語ると野暮になるので、このへんでやめておく。
少なくともこの映画を見終わった後、自分の前に並ぶ食事に対して、
いつも以上に「いただきます」という言葉に気持ちを込めることだろう。