姉にも言えない。第二稿。浅羽の会。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

 浅羽の会。

 夢使い、蜜箸べっこう――蜜箸さんに、生命こそ救われたものの、正直それも夢見心地で、自分が生きているかどうかも判然としない、カフェから家への帰り道だったが、だけれど僕はそれでも明白に足場がグラグラと不安定なような、今いる現実がすぐさま崩れ去ってしまいかねないような、そんな恐怖だけは抱き続けていた。
 褪戸錆刃が、またいつ仕掛けてくるかわからない――バランサーたる蜜箸さんは、二度も三度も救ってくれる訳ではないだろう。今の僕の意識は、一度死を夢として経験したせいなのか、ひどく茫洋としていて、その感覚は蜜箸さんと別れてから更に強まっていった。
 あの褪戸との遭遇、会話すらも、うまく思い出せない、輪郭を掴めない夢と同化していくかのようだった。
 このような状態では、うまく僕は超能力を行使できるか定かではない――そもそも、完全に僕を殺すつもりでいる、褪戸と違い、僕にはその覚悟がない――それは致命的な差異だ。心が決まっていなければ、戦いに勝つことはできない。それに僕の超能力は、心理的な状態に、ひどく影響を受けやすい繊細で脆い力と来ているのだから。
 結局、自宅のマンションに辿り着くまで、褪戸錆刃が襲撃を仕掛けてくることはなかった。少し気が落ち着いたのもあって、僕は頭が回るようになってきた。
 褪戸錆刃の情報提供者は、何故、僕の住所を褪戸に教えなかったんだろう? 襲撃を仕掛けるとすれば、自宅が一番、逃げようもない場所だろうに。あと、褪戸は僕の超能力を知っている様子はなかった。もし仮に僕が褪戸だったとして、僕の超能力を知っていたとしたら、初接触の前に、《運命操作》で殺していると思う……もっとも、ああいった殺しの前のパフォーマンスを楽しむタイプだというのは感じるけれど、それにしたって前口上が長過ぎたようには思ったのだ。僕が超能力を行使しなかったのは、ただ単に、殺し合いの空気が読めず、出だしが致命的に遅れてしまっただけ――まあ、それでも蜜箸さんが助けてくれなければ、死んでしまっていたのだけれど……。
 だけれど、冷静に客観視して僕の能力を鑑みれば、褪戸の無力化は十分可能だ。
 取りあえず、褪戸錆刃の情報提供者が、彼に必要な情報を伏せている可能性については置いておくことにしよう。
 僕は自室に行き、ベッドの上で寝転んだ。
 小説や漫画の主人公がよくこうして色々なことを考えるようなシーンがあるけれど、なるほど、この姿勢は雑多なことに思いを巡らすことには適している。
 僕は漠然と、超能力について考えた。何故そこに考えが及んだかと言えば、多分、褪戸や蜜箸さんの超能力が、強力過ぎるものだったからだと思う。僕の能力は、対人の極めて限定された能力で、三矢火の能力は、対人では無敵に等しいものだった。
 しかし、褪戸の能力は運命なんてものを操作する出鱈目だし、蜜箸さんの能力は世界を改変しているとしか思えない。あの能力は一体全体、なんだっていうんだろう。
 超能力とひとまとめに言ってはいるが、同じ領域にカテゴライズしていい能力なんだろうか。
 そういえば、三矢火に超能力が発生する原因について、聞いたことがあったっけな。
 僕はあの話を、全部信じている訳ではないんだけれど――と。
 そんな風に、三矢火との回想に、僕は浸る。

 その時、僕と三矢火は超能力関係の話をする時はいつもそうするように、高速道路の高架下、《服従空間》により隔絶された空間の中から更に断絶した、《黒い部屋》の中にいた。
「結局、超能力って何なんだろうな?」
 立方体の箱の床の一辺、ベンチのようにせり上がったその部分に、丁度今ベッドでそうしているように寝転んでくつろぎながら、僕はそんな、今更みたいな疑問を口にした。
 ちなみに三矢火は、普通にでっぱりに腰かけている――その男勝りな性格と言葉遣いから、彼女ほど女の子らしい服装が似合わない人間もいないだろうが(聞いてみると私服は大体ジーパンらしかった)、大体ここに来る時は学校から直接来るので、今も彼女は制服である。流石にスカートのままで身体を横たえる趣味は彼女にもないらしかった。ただ、三矢火の場合、下着が見える見えないというそこを気にしているのではなく、ただ単にスカートにシワがつくのを面倒に思っているだけのような気はする。
「なんだよ、今更。どういう意図の質問だよ?」
 質問している僕も今更だと思ったのだから、三矢火の反応も当然だけれど、必要以上に彼女はウザったそうに聞き返してきた。男勝りで不良を統括するような彼女ではあるが、暴力によってではなく、コミュニケーションと能力による支配によって、それを成り立たせているような彼女だ。頭の回転はかなり早く、それ故に意味のない質問を嫌う。僕もそれに応えるように、一度身を起こしてから、あまりに漠然とした問いかけから一歩踏み込んで、頭を働かせる。
「いや、改めて超能力そのものについては、考えたことがないかもな、と思ってさ。つまり、僕たちって、例えば超能力の適用範囲だとか、そういうことについては結構、話が盛り上がったりもするんだけれど――でもそれは使用法ってことだろ? 自動車の運転に必要なのは、運転技術であって車を組み立てる設計技術じゃない、パソコンの複雑な仕組みがわからなくたって、別に使えれば問題ない――そりゃあそうなんだけれどな。
 でも、実際、超能力ってどんなしくみで働くものなんだろう、っていうその前提の部分についてだよ。
 超能力者は、超能力を持っているが故に、案外その由来について思いを馳せない」
「なるほどな。そんな風に言われてみれば、俺様だってそこのとこは気にならない訳じゃないが――そもそも一対、お前はどんな風にして、そんな疑問を持ったんだよ?」
「いや、三矢火。それほど大した部分に着目したわけじゃあないんだよ。そもそも、僕と君の能力からして、その実態はかなり違うものだろう。だけど、総称すればどっちも超能力だ。そこら辺から、なんとなく気になったんだ」
 超能力とは一体なんなのか。
 三矢火の能力、《服従空間》は条件と範囲制限はあるものの、人に言いように命令を聞かせることのできるレンジの広いものだ。対して、僕の《関係性》は、僕と姉さんが関わり合うことのできる根拠を作るという、極めて限定的な能力である。
 共通項があるとすれば、人間のコミュニケーションに関連した能力ということだけれど、三矢火の《黒い部屋》は、他人には見ることすらできないとはいえ、一種の空間創造能力だしな……。
 僕は自分と三矢火の能力しか知らないけれど、一般的に超能力として有名なのは、物語などにも登場することがあるのは、発火能力・パイロキネシス、予知能力・プレコグニション、感応能力・テレパシー、透視能力・クレヤボヤンス、瞬間移動・テレポーテーション辺りか。ここら辺はわかりやすいし(パイロキネシスなんて本当にわかりやすい。なにせ炎とか出るんだし)、かなり広い汎用性を備えていると言えるだろう(瞬間移動は移動時間の完全な省略という、色々な交通機関がしてきた企業努力を無に帰すかのような便利過ぎる能力である。勿論、対象は個人に限定されるだろうが)。
 現実にそういうポピュラーなわかりやすい超能力があるのかは知らないけれど、それと比べると、僕たちの持っている能力っていうのは、僕たちらしいカラーを持っているというか、もっと言ってしまえば個人の歪みを反映した能力っていう気がするんだよな……。
「へえ……それなら、ちょっと面白い話があるぜ。眉唾かもしれないし、真偽は不明だけれど、超能力が得られる過程についての一個の仮説――そんな話を俺様はあるところで聞いたことがある。
 それに、そもそもその施設に属していたことが、俺様が超能力に目覚めた原因とも言えるんだよな」
「超能力を得た原因に、それを得られる過程か。確かに面白そうな話だな」
「そうか。じゃあまあ、お前の今更な最初の問いかけに引っ掛ける感じで、俺様も今更な話をしてやるよ。
 いわゆる昔話。俺様がここにこうしている原因、それまでの人生、一つの回想って奴を――今からお前に語り聞かせてやろう」

 一対、お前は久遠機関っていうのを知っているか? いやいや、知らなくて当然だ。日本人なら知ってて当たり前とか、そういう感じのポピュラーな団体じゃねーんだよ。むしろ隠匿されているっていうか、巧妙に隠されてるっつうかな――まあ、すごいアホくさい言い方だけれど、秘密組織、地下組織みたいな感じだ。
 何? ここを秘密基地とか呼んでる俺様に言われたくないだあ? 馬鹿言え、秘密基地は例外だろ、女のロマンだもん。
 まあ、それはさて置きだ。お前のせいで話がズレただろうが。
 とにかく久遠機関についてだ。
 ここの目的を端的に言っちまうとしよう――不老不死。
 そう。この組織の目的は、馬鹿らしいことに――死ぬことがない人間を作り出すことだった。しかも、ただ作り出すだけじゃない、それには条件があった。
 使うものは、この世界の力に限定されるんだ。
 この地球の、知識、科学、歴史、部族に受け継がれる異能、そんなものに活用するものを限定して――この世界の領域にあるものを結集して、死なない人間を作り出そうとしていたのさ。
 ここで俺様の言い方のお前は疑問を覚えたはずだろう、一対。
 この世界の力だとか、この世界の領域だとか、まるでこの世界以外の世界が存在するみたいじゃないか――ってな。そして、その発想は正しい。
 この世界の外側は存在する。
 嘘だろ、ってここからもう既に疑っている顔をしていやがるな、一対。
 でもさ、話はむしろここからなんだぜ――久遠機関では、超能力を、超能力全般を――この世界の外側、異世界を由来とするものだとしているんだからな。
 まず、順を追って説明しよう。
 ざっくり言って、異世界には二種類ある――この世界の内側の異界と、この世界の外側の異界だ。
 初めに、《異層》についてだ。
 これは要するに、見え方の違い――なんだとよ。もうめちゃくちゃわかりやすく言うと、霊視だよ。他にも色々な種類があるらしいんだけれどさ。
 霊感があるとかないとか言うだろ? 幽霊が見える奴と幽霊が見えない奴はいるが、両方、生きているのはこの世界だ。この地球だ。だけど見え方が違う――いる場所は同じでも、見えている世界は違っている。
 まるでイラストレーションにおけるレイヤーのように、一般人が見える世界に引っ被せるように違う世界が重なっている――これを《異層》と言うらしい。
 そして、それが見える視界を《異層視》と言う。
 まあ、こっちは俺様たちにはぶっちゃけ関係ねえ。二人とも《異層視》は持ってねえしな。……いや、お前にはその毛がないとも言えない。他の奴には見えないものが見える――か。まあ、それは本筋からズレるな。話を続けるか。
 この世界の見え方が異なる《異層》とは異なり、この世界よりとはまるで別の世界は存在する――でもまるで、この世界と隔絶された時空とも言えない。それらの世界とは行き来もない訳じゃあないらしいし――それが超能力とも関係しているんだが――この俺様の暮らしている世界をグランドフロア、第一階として、それよりも上の階層にも世界はある。
 これもまあ、ものすごくわかりやすく言っちまえば、天国と地獄みたいなもんか。天国が二階、地獄が地下一階とかよ。まあ、それは勿論例えであって例えに過ぎない。実際には、もっと色々な階層が存在することだろう。この世界とは別の階層を、《異階》と言う。
 久遠機関の主張によるならば、この地球と《異階》を繋ぐ門っていうのが存在しているらしくって、超能力っていうのは、その門から通じた《異階》のエネルギーを受けて、発現するものらしいんだよな。

 ここまで聞いて、どうだよ一対――とそんな風に三矢火は言葉を切った。
 思い出話をするとか言っておきながら、まだ全然回想には入っていない感じだったが、まあ取りあえず超能力の由来についての話から入ったって感じか。
 どうだよと聞かれても、《異層》だの《異階》だの、専門用語も出てきて、複雑でわかりにくく、まるで学術的な講義のようだったっていう印象もあるけれど、しかし、僕が言えることがあるとすれば――
「なあ、三矢火。君って、超能力を得た時のこと、覚えてるか?」
「ああ、もちろん覚えてるぜ」
「その久遠機関ってところによれば、《異階》とこの世界を繋ぐのは門ってことだったけれどさ――あれは、僕たちから見れば、どう見てもさ、」
「ああ、人間にしか見えなかった」
「神を名乗ってはいたけれどな。久遠機関は門の形状までは把握してなかったってことなのかな。それと付け加えるなら、その組織は《異階》からもたらされるエネルギーってことに着目し過ぎて、超能力の本質を見失っている。
 あの時、確かに僕は何らかのエネルギーを見に受けた。それが《異階》からかどうなのかはわからないけれど、もし仮にそうだったとしても、超能力はそれだけで成立はしていない」
「ああ、そうだよな。あのエネルギーを受けた時に、まるで自分が浮かび上がるかのような感覚を受けた」
「まるで魂が浮かび上がってくるようなさ。爆発の後に人の形が残っているみたいな、そんな感じで――」
 僕は咄嗟に言ってしまった比喩に自分で気持ち悪くなりながらも、続ける。
「あまりにも強い閃光に、逆に自分自身の歪みが、はっきりと浮かび上がったような印象を、僕は受けたよ」
「そうだ――超能力には恐らく、そいつの魂というか、どこかそいつと不可分に結びついた根本の性質みたいなものが、深く関係しているんだとは思う。そいつが人生で最も大事にしているもの、そいつの人生を通しての主義主張」
「君は……勝てる場所を探してきた、って言ってるよな」
「そうだな」
「この世界以外の力を排斥している久遠機関において、君は《異階》を由来とする超能力に目覚めたってことになる。それが原因で追い出されることになったのか?
 三矢火、君は思い出話を、回想を語るって言っておきながら、まだそこには触れてはいないぜ」
「それじゃあ、これからその話に触れよう。
 久遠機関、浅羽の会、そこから逃げ出すことこそが――俺様が勝つための、最初の戦いそのものだった」

 久遠機関っていうのは、まあ総称みてーなもんなんだよ。
 その傘下には様々な研究施設とか、巨大な学園に先端企業、更に人間素材を得るための孤児院とかがあってよ――俺様がいたのは、属していたのは浅羽の会っていう名前の、教育設備がある大規模な施設だったよ。俺様の住む寮と学校の傍には、背の高い塔が建っていた。
 記憶があるのは、四歳の時からだな。その時から、俺は浅羽の会にいて、勉強やら実験やらを毎日のように受けていたよ。休む暇もなく朝から晩までみっちりな。
 それ以前の記憶は何故か欠損してやがる――俺様は父親の顔も母親の顔も知らないのさ。
 もう父親を父親とも、母親を母親とも思えない僕といい勝負だって? お前もエグいことを言うよな、一対。でもお前には姉さんがいるんだろ?
 まあ、とはいえ不幸自慢をしたい訳じゃない。とにかく俺様は気付いたときにはそこにいたのさ。
 その浅羽の会は、十一月に一人人子供が選ばれて、新年と同時にその子供は回転する刃で細かく砕粒された上で、濾過装置を通した上で、純化・精製され、その子のエキスみてーなものを、浅羽の会で回し飲みするっていう噂話すら蔓延るような、そんな人を人と思っていないような場所だったよ。
 そこでは俺様もまともな教育なんて受けちゃいない、ただただ「永遠の生を得るのが幸福だ」みたいな洗脳じみた刷り込みを受けて、毎日のように頭の中に知識を詰め込まれ、拷問のような実験に身体を苛められ、そうした環境に身を置いていた俺様は、しかしそれでもはっきりと意志を持っていた。
 多分、生後からの記憶はどういう方法によってか、浅羽の会で消されたんだと思うんだけどよ、それでも俺様の、生来の我の強さは変わらなかったようだぜ。
 ――勝ちたい。
 俺様は漠然と、そんなことを考えていた。それは漠然とし過ぎていて、目標足り得なかったけれど、しかし俺様の中では自分の人生を他人の都合で捻じ曲げられることだけは許せないと感じていたわけだ。
 俺様にとって勝つということは、現実での勝利を掴むという意味合いであり、無謀な戦いを挑むということではなかった――だから、俺様は無為に浅羽の会で反乱を起こそうとかは考えなかったよ。その時は別に《服従空間》とか使えた訳じゃあなかったしな。
 さて、そんな俺様にも浅羽の会で友達ができる。
 時間は厳密に定められているんだが、寮には朝食を取ることのできる食堂があってな。そこで俺様は目ぼしい子供に声をかけていたりしていた。その頃から、人見知りという言葉の意味が、理解できないようなそんな子供だったからな――人とコミュニケーションをするということは、もうほとんど呼吸するのと変わらない感じでできることだった。
 でもまあ、俺様はさっきも言ったように反乱を目論んでた訳じゃない――あまりに大きな集団を組織して浅羽の会を管理する大人たちに目を付けられるのも面白くないからさ――結局、友達は二人に絞り込んだ。
 浅羽の会にいながら、当たり前に行われる非道な行為に、もう何も考えてないような多くの子供たちとは一線を画するような、俺様と同じような――異質な雰囲気を持っている奴。
 まあ、厳密に言えばお喋りしていたのは一人なんだけれどさ――そいつらは兄妹で、妹の方は度重なる実験の影響なのか、もう口を利けなかったんだよ。
 回向限逸(えこう・きりばや)、回向薙海(えこう・なぎうみ)って名乗ってたかな。
 っていうかよ、浅羽の会では子供達は英字二文字の後ろに数字が五桁、AP65232みたいな識別番号が与えられてて、それが呼び名になっていたんだよ。確か英字が所属組織、数字が個体ナンバーを表しているんだったかな。
 俺様の識別番号はもう当然忘れちまったけどな。覚えてても意味ねーし。
 その回向兄妹は、つまり元の記憶を、何らかの形で有していたんだ。どうやって、記憶消去を逃れたのかはわかんねーし、やっぱり例によってそれを喋ったのは限逸の方だったから、薙海の方に記憶が残っているかはわからねーんだけど。
 ともあれ、浅羽の会では固有の名前を持っていることは処罰対象だったのにも関わらず、自分の名前を保ち続けてるってそれ自体が面白いってまず思った。三矢火沙散花は限逸に影響されて、自分で考えた名前だ。
 友達もできて、それでも繰り返す代わり映えしない毎日の中、俺様は何が勝利なのかを考えた。浅羽の会を打ち破るみてーな、そういう正義の味方みたいな考えは早々に放棄した――勝つのは正義でも悪でもない、ただ単純に勢力が大きくて強い方だからだ。
 俺様はまずは勝利するためには、勝てる場所を探さないといけないと考えたんだよな。
 浅羽の会は俺様にとって勝てる場所じゃねえ。じゃあ場所を変えよう。でもどうする? どうやったらこの浅羽の会から抜け出せるんだ?
 俺様はここでも、脱走なんていう直接的な手法は取らなかった。考え続けた。そして結論を得た。浅羽の会から逃げるんじゃない。浅羽の会を俺様から捨て去るんじゃない――浅羽の会の方から、俺様を捨てさせればいい。
 俺様は徹底的に、浅羽の会から嫌われてやろうと考えた――規則違反なんかじゃあ生温い。浅羽の会、ひいては久遠機関、最大の禁忌――犯してはいけないタブーって奴をあえて実行してやろうと俺様は考えた。
 得た結論は、久遠機関の忌み嫌う《異階》の力を何とか手に入れてやろうってことだったよ。
 普通なら、それじゃあそれをどうやって手に入れようかって話になるんだろうが――だけど、知ってるだろ、《門》の野郎は手が早いんだ。あの手の回し具合は確かに人間業じゃねえ。俺様がその結論に至ったその瞬間に、俺様は周囲が真っ黒の隔絶された空間にいた。前提とか前置きとかを無視して、何にも言わずに俺様の目の前、もう額と額がぶつかるんじゃねえかっていう至近距離にいた《門》は白い歯を剥き出しに笑って、そして、俺様に超能力を与えた。気付いたら、俺様は元の現実に立っていて――《服従空間》を手に入れていた。
 浅羽の会の対応は、《門》の奴よりは遅かったな。多分、《異階》の力、超能力を察知する装置か何かが、久遠機関本部の方にしかねえとか、そういうからくりなんじゃねえかな。
 ともあれ、翌日には俺様の浅羽の会からの放逐は決まっていた――そこで放り出されるか処分されるかが微妙なラインだったが、浅羽の会の取ったのは記憶を消して放逐し、そして浅羽の会とは関係ないところでどうぞ勝手に野垂れ死ねっていう対応だった。《異階》の超能力を持っている奴なんか、処分することさえ厭わしいということらしい。奴らの《異階》アレルギーは、あそこまで行くと徹底してるね。ある意味。
 俺様は《服従空間》を最低限行使して、そして浅羽の会を抜け出した。
 回向兄妹も友達だ。そのよしみで連れ出すくらいならできたんだろうが、そこで俺様と限逸のアプローチの違いが浮き彫りになってな。
 限逸はあの浅羽の会の中で、不治の病の妹を助ける手段を探るってことだったよ――あくまでも正当な手段でな。真面目っつーかなんつーか。まあ、確かにあそこは現実離れした科学が支配していた場所だったから、この現実に戻るよりは、可能性は高かったのかもしれないけどな。
 だから、回向兄妹とはそこで別れた――今頃どうしてんのかな。
 浅羽の会を放り出されて、それでどうなるのかとも思ったんだが、世の中、何事にも対抗組織が存在するもんで、レジスタンス的な過激さはないけれど、久遠機関を認識した上でごく一般的に少年少女の世話をする孤児院に、俺様は保護された――もう集団生活も懲り懲りで、俺様も家族ごっこってのがしてみたかったからよ、そこでは《服従空間》込みで、職員さんに取り行って、数カ月で引き取ってくれる家族を見繕っちまったけどな。
 そうしてそれが、今住んでいる家って訳さ。

「まあ、勿論、ダイジェスト版だが、今のが俺様の回想――思い出話。俺様が超能力を得るまでの経緯っていうことさ」
「……………………」
 流石にすぐに何か言葉を返しようもない、あまりにも凄絶な過去だった。壮大過ぎて、逆に今から三矢火が「実は作話だったんだよ、ビックリしたか?」とか言ってきたら、一度殴った上で許してしまいそうな感じだった。
 ただ、僕の方は妄想的な作話を、虚実入り混じる話を、たまにネタ的に話すことはあっても、三矢火の方は決して嘘を吐かない女だった。
 だから、今聞いた話がどこまで荒唐無稽だったかということは置いておいて――僕は三矢火の言葉を頭から信じ込むことに決めた。
「僕も我ながら、数奇な人生を送ってきたものだと考えていたんだけれど、三矢火、お前と比べればまるでおままごと遊びみたいな感じだな」
「人生は比べるものでもねーけどな。比較検討して、それで人生を選べるっていう訳じゃあねーんだからよ。
 それに俺様のは一般的な高校生の人生からは外れ過ぎていて――普通の人間よりは実験動物の人生と比べる方が適当だろう。 
 俺様は実験動物ばりの無残な末路を迎えなかっただけマシってもんだ」
「そんな言い方――」
 いや、そんな結末さえも、あり得る環境だったという、そういう話なんだろう。
「三矢火。お前は超能力者とはいえ、ありえないカリスマを備えているな、と思ってはいたけれど、まさかそんなバックボーンがあったとはな……」
「うーん。まあ、それは半々ってところかな。確かに、あんな環境で生まれ育てられなければ、今の半端ない勝ちへの執着もなかったとは思うんだけれど、でも生まれた時からの性質がなければ、あの環境に隷従し、適応していただろう――なあ、佚里、超能力に話を戻すとすればだ」
「ああ。なんだよ」
「恐らく、エネルギーとシステムみたいな関係があるんじゃないかと思うんだよな」
「なんだよそれ?」
「久遠機関はそれらを一緒くたにして、《異階》から与えられた力、それがそのまま超能力だったと考えていたみたいだけれど」
「そういうことか。さっきも話に出ていたけれど、それにしてはあまりにも超能力っていうのは個人の事情に寄り過ぎているみたいな、そういう話」
「だからさ、あくまで《門》による《異階》との接触というのは、そのきっかけに過ぎなかったんじゃないかと思うんだ――超能力が成立する、あくまでもきっかけ。
 《異階》という現実とはまるで違う世界に触れ、ある種のエネルギーを得た人間は、そこから自らの超能力を、浮かび上がらせる」
「超能力自体は、深くその人間に由来しているということか」
「もし仮に、《異階》が動力源であったとしても、超能力の内容を決定するのはその人間自体だ」
「ふうん」
「だから、超能力には、願いというか、その人間の自分の人生全体に掲げる、その人間の人生全体に関わる、根本的な性質が反映されるんじゃないかと思うんだよ」
「だから、ポピュラーなテレパシーやテレポーテーションのような能力にはなり得ない――か。その人間の人生への意志が、超能力の内容を決定するんだから」
「そう、逆にそうしたある種の汎用性や没個性とは、超能力の内容は真逆の性質を持つだろう。
 便利ではなく好みの方を重視する――超能力っていうのは、だから、一人一人違うんだろうと俺様は考えている」
「だったら――もし仮に同じ超能力を持っている奴らがいたとしたら、自分の人生に対して、どれだけ相似の考えを持っているのか、ってことにもなるのかな」
「はは。でもまあ、それはほとんどないことだとは思うぜ――さっき話した回向兄妹だって、あくまで俺様の予想だけれど、もし仮に発現するとしたら、まるで別の能力を得ることになったんじゃないか、って思うし。
 お互いが大事に思い合っているゆえに――あの兄妹のスタンスは、それぞれまったく別だったからな。
 きっと、家族でも兄弟でも双子でも、超能力っていうのは違うのさ。
 それはどれだけ親しくても、一人一人、魂は個別の在り方を持つのと、同じようなもんさ」

 僕はそこで回想から目覚めた。
 あの時からも度々、三矢火からは回向兄妹との思い出話を聞いたことがあったけれど、思えば久遠機関や浅羽の会について、詳しく触れられたのは、あの時だけだったように思う。
 それも当然のことか。
 だって、話したいことであるはずがないからな――それを話さなければ話が通らないから、あの時は三矢火も仕方なく話しただけのことだったのだろう。
 思い出話、か。
 僕はいつになったら、三矢火のことをただの思い出話のように、振り返ることができるんだ?
 三矢火は死んだばかりだ。交通事故で死んだってだけでショッキングなのに、彼女は超能力者に殺されていて、その殺人鬼は今も僕を狙っていると来たもんだ。
 僕は当たり前の平穏の中に、三矢火との思い出をしまっておきたい。たまに懐かしく、思い出すような――そんな当たり前の思い出にしてしまいたい。
 三矢火の必勝の空間、彼女にとってはもっとも好みの空間だったはずの、《黒い部屋》の静謐のように、僕は三矢火との記憶を、静かな場所に安置しておきたいのだ。
 そのためには、あんな殺人鬼に――褪戸錆刃なんかに、これ以上好き勝手させるという訳にはいかないだろう。
 そしてきっと、褪戸の生命を奪い、彼と一緒の道に堕つ、復讐の道も、僕の取るべき道ではないのだと。
 それはきっと、三矢火との思い出にすら血を塗りたくる行為だから。
 そうして僕は心を決めた。
 褪戸錆刃との関係を精算するために――動き出す。