-コノハの世界事情-  紅龍@もっちさんの作品です! | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

その日、僕は一人の少女を助けた。海で溺れていた少女を助け出したのはいいが、その少女はすでに危険な状態だった。近くの機関に運び込み、そこで助けてくれると言ってくれたから彼女を預けた。
それが間違いだったのかもしれない。僕は意識を失った。スタンガンか何かを食らったのかも知れない。すぐに何かを施された。それからはずっと暗闇だけがあった。
意識が戻ったのは、沢山の悲鳴や苦痛を感じたから。どれも僕の物ではないけれど、それは僕が目を覚ますには十分な刺激だった。
目を開ける。その事に白衣を着た科学者達は手を叩いて喜んでいた。すぐに意識か別の場所に移される。その時には、僕が僕である事が出来なくなっていた。あの少女の事も、記憶から抜け落ちてしまった。
それはまるで新しい僕が生まれるかのようだった。

-コノハの世界事情-

-第30ループ-
意識がはっきりしない。僕は何のために此処に来たのか、それすら思い出せないでいた。
僕の視線の先で少年と少女が楽しそうに喋っている。でもどこか少女の方が疲れているように見えた。
12時30分。少女の膝に乗っていた猫が逃げる。それを少女が追う。トラックに撥ねられた。
目の前が真っ赤に染まる。少年が何かを喋っている様だった。視界が眩む。少年のそばには不自然な陽炎が立っていた。

-第354ループ-
いろいろと分かってきた。
少年の方はヒビヤという名前の様だ。少女はヒヨリ。ヒヨリは何故か12時30分になると死亡する。その死因は様々だ。鉄柱が突き刺さったり、家の火事に巻き込まれたり。通り魔に殺された事もあった。ヒビヤはそれをいちいち回避しているようだ。しかし、どう回避してもヒヨリが死ぬ。そしてあの陽炎が出現する。どうやらそれがルールの様だ。
今回は橋を渡った。その橋が崩れてヒヨリで溺死した。陽炎がヒビヤの近くに立っていた。また世界が眩む。

実験都市-メカクシ団。
カノの案内で、その二人の元にたどり着く。1年間、変わらない体勢でここに眠っていた様だ。
『対象は発見できた?』
イヤホンからアマの声が聞こえる。
「ああ、ヒビヤ及びヒヨリを確認した。これから作戦に入る。そっちの準備は?」
『機材等は十分だ。いや、十二分だな。後は俺の頭が錆び付いてなければ問題ない』
新しくメンバーになったモモの兄-シンタロウが答える。エネの陽気な声も聞こえるから問題はないんだろう。
キドは能力を発動する。それと共に目が赤くなる。
「クロ、能力を発動。科学者達に気取られた気配があったら伝えろ。モモ、マリーはアマからの内部モニタリングを随時確認。カノ、お前が潜入。いいな?」
「りょーかい!任しておけぇ!」
カノが意気込んで準備運動を始める。ヒビヤとヒヨリの意識空間に入るには通常の方法では不可能だ。ただし、カノの能力があればそれが可能になる。
『万物介入』。それがカノの能力。あらゆる物に文字通り『介入』する能力。ただし、強力過ぎるその能力はアマのサポートがあって初めて完全な形で発動される。カノ単体だと入り込むだけしかできない。アマのサポートがあって初めてその中で現象を変更させることが出来る。
「カノの準備は完了した。シンタロウ、エネ。そっちは任せたぞ」
『りょーかい!ご主人、頑張りましょう!』
『だから、コピーの方じゃねーんだからご主人って呼ぶの辞めろって言ってるだろ!』
『えー、だって1年もご主人って呼んでたから慣れちゃってー。シンタロウ君って呼ぶの長いしー』
『はぁ・・・』
そんなやり取りを聞きながら、キドは口元をゆるめる。この一大作戦前にもいつもの雰囲気を醸し出している。これこそがメカクシ団だ。
「作戦開始!」
キドの合図と共にカノが介入を開始する。

-第10236ループ-
事態が少し変わった。ヒヨリが死んでいたのが、ヒビヤが死ぬようになった。ただそれだけで僕には特に何も影響はない。そもそも、僕は何をすればいいんだっけ?何をしに来たんだっけ?
ヒヨリが道路に向けて走る。けれどもすぐにヒビヤに抜かれる。ヒビヤがトラックに轢かれる。ヒヨリが泣き出す。それを僕はどこか虚ろな目で見ていた。また世界が眩む。この夢は終わらない。

-第10237ループ-
少しずつ意識が取り戻せてきた気がする。同じ日を繰り返す世界。ループしているのか。それでどちらかが必ず死ぬ。・・・この世界はどうやら少しヤバイらしい。
僕は自分の手を見てみる。今まで意識してなかったが、手がユラユラとしていて確定した形を保てていない様だ。おまけに半透明になっている。
そんなことを思っていると、また12時近くになった。二人が公園に現れる。僕はまたそれを眺める。
「お前、なにしてんの?」
突然、誰かから声をかけられた。僕の隣にいつの間にか茶色いフードを被った男が立っていた。目が僕と同じように赤くなっていた。
「別に。ただ見てるだけ」
「ふーん。名前は?」
「名前・・・?」
僕は少し考える。僕は何て名前だったっけ?少しずつ思い出すようにぽつりと呟く。
「こ・・・の、は・・・。コノハ」
「へぇ、コノハって名前か。んじゃコノハ。お前は何で此処にいるんだ?」
その男は少し楽しげに僕に話しかけ続ける。
「知らない」
「そうか。でも、このままじゃあいつ、死ぬよ?」
「そうみたいだね」
死ぬ。その言葉はとても重いものだった筈なのに、心に届かない。
「それにしても暑いなー」
男は空を見上げる。僕もそれに釣られて空を見る。いつでも青い空。眩しいほどの日差し。僕は目を細めた。一瞬、別の景色が見えた気がした。どこかの景色・・・海の近くの様な・・・。
意識が少し戻る。今まで気がつかなかったのか蝉の声が聞こえ始めた。それによってまた意識が戻る。そう、この空はあの日に似ている。そう思うとまた意識が戻る。あの少女を助けたあの日に・・・。
「あっ!」
僕は完全に意識を取り戻した。僕の名はコノハ。あの日科学者達に能力の添付を受け・・・。
時計を確認する。12時30分。駄目だ!このままでは!
「止まれ!ヒビヤ!」
僕は手を伸ばす。けれど、その手はユラユラと揺れ、透けている。この世界には実体を持っていないかのように。
反対車線にいる僕を嘲笑うかのようにトラックがヒビヤの命を奪い取る。僕は為す術もなく、その場に膝をつく。
「ようやく意識を取り戻したか」
男がニヤニヤと笑いながら僕の前に来る。こいつ、科学者の仲間か?
「あなたは何者ですか?」
僕は彼を涙目で睨みつける。
「俺はカノ。メカクシ団っていう組織の一員。ヒビヤっちとヒヨリちゃんを助けに来たのよ」
笑いながらそんなことを言う。助けに来た・・・?
「お前は放って置いて良いかなって思ったんだけどさ、モモちゃんが煩くてねー」
そう言うとカノと名乗った人物は自分の耳を指した。そこにはイヤホンが見えた。イヤホンで通信をしているのだろうか?
「とにかく、コノハと協力をして・・・って。はあ?戻ってこい?なにいってんの、キドさん!?この能力使うの疲れるって事知ってるよね?」
突然、カノがipodに向けて話し出した。どうやらあれが無線機的な役割をしているみたいだ。
「モモちゃんがこっちに入りたいって?どうしてまた・・・。あーもう、わかったよ。とりあえず戻ればいいのね。はいはい。え?コノハに伝言?何?」
僕の名前が出てきたので思わずカノの顔を見る。
「・・・ふむふむ。コノハ。お前、『能力』って分かるか?」
能力。確か僕の能力は・・・。
「我らが団長の言葉をそのまま言うと、『機械仕掛けの世界を抜けて、木の葉の舞い落ちる未来の風景へと、君の目で』だとよ。ん?何?シンタロウも何かあるの?陽炎?そんなのどうすんの?」
カノは耳を澄ませるようにイヤホンに集中しているようだが、それも途中で放り投げた様だ。
「何やらよくわかんないけど、あの陽炎がループを起こしてるみたいだから陽炎を消せだってさ。その可能性計算やってるらしいから・・・」
「大丈夫。可能性計算なら僕の方が早い」
僕は断言する。そして、目の能力を発動する。『可能性選択』。それが、僕の力。
世界が暗転する。それと同時に周囲に幾千、幾万の映像が展開される。それの一つ一つがこの世界に存在する可能性。この中から僕の望む可能性を選び取る。
「んじゃ、後は任せた。また来るから。それじゃ」
カノが姿を消した僕はそれと同時に選び取った可能性を実行する。次のループでそれが試行されるはずだ。
世界が眩む。ループが作動した。

-第10238ループ-
可能性が試行されない。いや、正しくは試行する可能性を曲げられた・・・?
僕が選択したヒビヤとヒヨリが死ぬことなく家に戻る可能性は、無効化され、たった今、ヒビヤがトラックに轢かれた。
何故だ。可能性は正しく選択した。それでも、それを曲げられる力を持つ者が・・・?
涙を流すヒヨリの近くに現れた陽炎がヒヨリではなく、僕を嗤っている様に見えた。まさかな。
僕はもう一度可能性を選択する。
世界が眩む。

-第10239ループ-
まただ。二人が12時30分に死なない可能性を曲げられた。今度はヒビヤが鉄柱に串刺しにされていた。
また、陽炎が僕を嗤った気がした。まさか、こいつに可能性をねじ曲げる力が・・・?
僕は不安を抱きながらもまた違う可能性を選択する。

-第10307ループ-
確信した。この陽炎は可能性を変更する力を持っている筈だ。しかし、それはごく限定的な変更しか出来ない。ヒヨリかヒビヤが死ぬという選択に変更する能力といって良いだろう。ならば、この可能性は変更出来ない筈だ。
「嗤う日差しはどこかに消えて、8月は何度でも過ぎ去って、また来年だねって笑いあう。そんな未来なら?」
このループは僕のそんな可能性を反映したループ。あの陽炎はあくまでも自然現象と同じ性質を持っている様だ。ならば、僕が観測した『雨』という結果に対して何も出来ない筈。
予測通り、12時30分に陽炎は出現しなかった。ヒビヤとヒヨリの戦いは終わった。・・・筈だった。
ヒヨリもヒビヤも、陽炎が消えた事を知らなかった。僕は、彼らに声をかける事も、触れることも出来ない。それを伝える術は無かった。ヒビヤはヒヨリを押しのけて、トラックにぶち当たる。それと同時に周囲に赤が飛び散る。ループが消滅したこの世界でそれは精神の破壊を意味していた。
そして、そこに別の人影が現れた。それを見た僕の目から涙が出てきた。
その人物は赤い目をしていた。そして、僕は此処に来た理由を思い出した。あいつは『デッドアンドシーク』。現象を作り出す能力を持つ、科学者の駒。そして、僕はデッドアンドシークが作り出したこの世界に発生したバグである陽炎を消すために送り込まれた。僕がデッドアンドシークに手出しできない様に物理干渉も、声の探知も許可されていないんだ。
つまり、僕が出来るのはここまでだ。残されたヒヨリの為に僕が出来ることは何もない。
「・・・カノ・・・。」
僕は空を見上げた。雨はまだ降り続いていた。そして、また来ると宣言したあの人の名前を口に出してみた。
「カノォ!」
彼に助けを求めるしか、僕には出来なかった。
だからこそ、僕の視線の先に光が現れた時に希望を感じたんだ。
「呼んだか?!コノハ!!」
その光から赤い目をしたカノと、3人の少女の姿が映った。
「メカクシ団、これより『カゲロウデイズ』に介入する!」
緑の髪をした少女が高らかに宣言する。それをヒヨリも、デッドアンドシークも聞いていた。デッドアンドシークは迷惑そうな顔をしていた。
「あぁー!3人も連れて介入とか骨が折れるわぁー。もう二度とやらないからな、キド」
カノが緑の髪の少女-キドに言う。キドの目も赤くなっていた。いや、白い髪の少女も、茶髪の少女の目も赤くなっていた。
「君がコノハか?」
「え、あ、うん」
キドが突然僕に声をかけてきた。それと同時に何か四角い物を僕に手渡した。
「プレゼントだ。耳に付けるといい」
キドが手渡した物はipodだった。言われた通りに耳にイヤホンを付けてみる。
『ヤッホー!コノハ君!私は二次元少女、エネだよ!聞こえるかなぁ~?』
『エネ、少し黙ってろ!コノハ、聞こえていたら応答してくれ』
「だ、大丈夫。聞こえてる」
『ついさっき、エネが科学者側のサーバーをハッキングした。それによってお前の権限が全て許可されている筈だ』
僕は自分の手を確認してみた。確かにしっかりとした形で存在していて、半透明にもなっていない。
『私、頑張ったよ!ご主人、ご褒美はハーゲンダッツ10年分でお願いね!』
『お前は少し黙ってろ!話が進まない!それにお前ハーゲンダッツどうやって食うんだよ!とにかく、これでデッドアンドシークにも対抗出来るはずだ。後は任せたぞ』
通信が切れる。
「コノハ!」
僕は呼ばれた声の主を確認する。茶髪の少女が僕の前で目を潤ませていた。その顔に見覚えがあった。
「まさか、君、溺れていた・・・」
「うん!覚えててくれたんだ!」
その少女は僕の手をとって感動の涙を流していた。
「モモ!おしゃべりは此処までだ。来るぞ」
キドが少女-モモに向けて言う。キドはヒヨリを回収して、後ろに隠していた。そして、キドの視線の先にはデッドアンドシークが立っていた。
「マッタク、ヨケイナコトヲシテクレタネ」
デッドアンドシークが電子音のような声でいう。
「マリー、どんなことがあっても、石化の魔眼は使うなよ」
「う、うん」
ヒヨリと同じく、キドの後ろにいた白い髪の少女-マリーに言う。
キドはゆっくりとデッドアンドシークに近寄る。
「悪いが、ヒビヤとヒヨリは貰っていくぞ」
「ソンナコト、ボクガサセルトオモッテイルノカイ?」
キドの横からいきなりトラックが突っ込んで来る。あいつがそう言う現象を作り出したのだ。
「キド!」
マリーが悲痛な叫びを上げる。僕はゆっくりと手を握る。それによってトラックが横転し、キドの前で制止する。
「コノハカ。ヨケイナマネヲ!」
上から無数の鉄柱が降り注ぐ。みんなは慌てていた様だけど、僕には分かっていた。この現象も可能性によって回避する。
科学者が僕に権限を与えなかったっていうことはデッドアンドシークに何かあると迷惑だから。つまり、能力だけならば僕の方が上と言うことになる。
「みんな!あいつの現象は僕が押さえます!みんなはデッドアンドシークを!」
僕のその言葉と共にキドが飛び出す。
「モモ!奴の目を奪え!マリーは固い物もって私についてこい!」
モモが目の力を発動する。キドを見ていたデッドアンドシークはモモの方に視線をずらす。その隙にキドが拳をデッドアンドシークに向ける。デッドアンドシークはそれを防御しようと腕を交差させる。
「ざーんねん!俺に『介入』されたお前の目には見えねーよ」
カノが楽しげに言う。デッドアンドシークはキドの拳とは見当違いの所で防御する。当然綺麗に拳が当たる。
「コノハ!」
キドが振り向いて僕を呼ぶ。何をして欲しいかはすぐに分かった。すぐさま可能性を選択する。
「ごめんなさい!」
マリーが謝ってから、よろけたデッドアンドシークの後頭部に大きい石をぶつける。僕はそれでデッドアンドシークが気絶する可能性を選択する。
試行された通りにデッドアンドシークが気絶する。それと同時にこの世界が大きく揺らめいた。デッドアンドシークの力で出来たこの世界はデッドアンドシークの力が発動されなくなった事で消えようとしていた。
視界が暗転する。ループはせずに、次に見るのは8月16日になるんだろう。


 -シニガミレコード-