-デッドアンドシーク- 紅龍@もっちさんの作品です。カゲロウデイズの始まり的な物。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

キド達から離れたカノは一人、都市の崩れた路地裏に進む。そこには、肩を寄せ合ってビルに寄りかかるように二人の男女がいた。見た目的には年齢は・・・まぁ中学生くらいだろう。かなりの重症の様だが、どうやら生きている様だ。
「じゃあ、見せて貰うぜ」
カノは目を赤く光らせ、その少年少女に言い放つ。

-デッドアンドシーク-

8月15日。-いつも通りの日常-
私はヒビヤと共に、私の実家のある柏市に来ていた。夏の暑さはそこでも健在で、勉強なんか全く手につかなかった。
「ヒビヤ、あつい」
「俺もあつい」
二人して、仰向けになって呟いた。
「なんか涼しくなるような方法ないの?」
「あったらとっくに俺が実践してるだろ」
「だよね」
そんな不毛な会話を繰り返す。私も、ヒビヤも最大限涼しい格好をしているはずだ。これ以上涼しくなろうとするといろいろと問題が発生する。それでも額からは汗が止まらない。
「なんなら、アイスでも買いに行くか?」
「ヒビヤのおごり?」
「・・・わかったよ」
「やった!」
ヒビヤの言葉に私は起きあがって、丸テーブルに乗っていた勉強道具を片づけた。後ろからヒビヤの現金な奴・・・。とかいうつぶやきが聞こえたが今回はそれを聞かなかったことにしてあげた。
「ほら、コンビニに行くよ。ヒビヤもさっさと準備して!」
いつまでも寝転がっているヒビヤの脇に軽く蹴りを入れる。ヒビヤは文句を言っていたが、渋々と準備を始めた。

「コンビニ行ってくるねー」
家にいる両親にそう伝えると、外に出る。夏の日差しに一瞬目が眩んだが、それもすぐになれる。蝉の声が煩いほど夏を醸し出していた。
「やっぱ暑いなー」
後から出てきたヒビヤが呟く。確かに暑い。家の中よりは暑いんじゃないかと思う。額を流れる汗がさっきよりも多くなった気がした。
「さっさと行こうぜ」
ヒビヤが呟くと、先に道路を歩いていった。私もすぐにその後を追った。

コンビニの中に入ると、冷気が私たちを出迎えてくれた。
「あー生き返るー!」
思わず口に出る本心。冷房というのは素晴らしい発明品だ。発明した人に感謝の印として、アイスどれか一つくらいは奢ってあげたい気分だ。・・・前言撤回、ハーゲンダッツ以外で。
私はすぐにアイス売り場に向かう。やはり奢って貰うのだとしたらハーゲンダッツが妥当だろう。
「ちなみに分かってるとは思うけど、ハーゲンダッツは無しだぞ?」
「えー!なんでよ!」
「あんな高い物、誰が奢ってやるか!」
「ちぇー、けち」
「けちで結構。んー俺はこれかな」
ヒビヤは安めのアイスを選ぶ。手に持つタイプの物だ。
「じゃあ、ヒビヤがけちだから私もそれでいいや」
正直、ヒビヤと同じアイスを最初から選ぼうとしていた。これは絶対に秘密だ。
ヒビヤがアイスを取り出す。
「あ、この暑さだと、家に着く前にアイス、とけちゃわない?」
「確かにそうだな。んじゃ、いつもの公園で食べるか」
「そうだね」
ヒビヤがアイスを持ち、レジに向かう。私もその後を追う。時間はもう11時40分を回っていた。あんまり遅くならない内に家に着かないと昼ご飯がなくなっちゃうな。

公園に着く頃にはアイスはそこそこ溶け始めていた。二人でブランコに座って急いで食べ出す。
「あーあ、もう半分くらいしか残ってないや」
「仕方ないだろ、暑いんだから」
ヒビヤの方も相当量溶けてしまっている様だ。
「あ!」
ヒビヤの方を見ていたら、溶けていたアイスが落ちて、私の手には持ち手の棒だけが残ってしまった。残酷にもその棒に書いてある言葉は『はずれ』の3文字だ。
「あーあ、もったいねーな」
「仕方ないじゃん、暑いんだから」
頬を膨らませて反論する。ヒビヤのアイスも落ちちゃえ。
そんな邪念をヒビヤに送っていると、足下から猫の鳴き声が聞こえた。見てみると、家の飼い猫が私の足に体をこすりつけていた。パトロールの最中なのだろうか?
私は猫を抱き上げて、膝の上に乗せる。私に慣れているためか、大人しく丸くなった。
「でも、夏は嫌いじゃないかな」
「へー。俺はあんまり好きじゃないかなー。暑いし」
「確かに暑いけど。でも、海に行ったり、お祭り行ったり、花火やったり!いろいろ出来るじゃん」
私は膝の猫を撫でながら言う。ヒビヤと二人で出来たら・・・嬉しいな。
「そうだな。二人でやろうな」
そんなことを平然と言うもんだから思わずヒビヤを立ち上がって殴ってしまった。
「べ、別にヒビヤとやりたい訳じゃないからね!ど、どうしてもっていうならしてあげなくもないけど」
「だからって殴る事無いだろ?俺は本心を言ったまでだし」
顔から火が出るかと思った。そんな恥ずかしいセリフを平然というなんて反則だ。もう一発殴ってやろうか?
「あ、危ないな」
ヒビヤは公園の外を眺めていた。そこには、私が立った拍子に驚いて逃げた猫が車道の真ん中にいるのが見えた。ヒビヤは急いでその猫の元に駆け寄った。
-世界が一瞬揺らいだ様に見えた-
-時刻は12時30分を指していた-
突然、ヒビヤの姿が見えなくなった。何が起こったのかを認識するのに、少し時間がかかった。トラックのけたたましい音が私に事態を理解させた。
『ヒビヤがトラックに轢かれた』。
私の顔が青ざめるのが分かる。私は急いで彼の元に駆け寄る。
トラックのタイヤの跡が道路の上に4本の線を描いていた。その先は近くのビルに向かっていた。そこにはヒビヤを轢いたトラックがビルに突っ込んで止まっていた。
ヒビヤは・・・?
見つけた。タイヤの跡が曲がっている所に人のようなものが落ちているのが見えた。近づくと、それがヒビヤだと確信した。
だけど、信じたくなかった。
それは驚いた様な表情のまま、口から赤い何かを出し、体からは内蔵の一部が飛び出していた。腕はあり得ない方向に曲がり、全身に赤がちりばめられていた。
即死。死亡。死・・・。
ヒビヤが、死んだ。
それを理解した私の目から涙が溢れてきた。今まで話していた、幼なじみで、私の・・・大切な人が。今此処に変わり果てた姿で転がっている。
目の前にいつの間にか、不自然な陽炎が揺らいでいた。私を嗤っているかのような、そんな感じがした。
「なるほど、そう言うことか」
声は後ろから聞こえた。涙を流したまま振り向くと、そこにはこんな暑さなのに長袖の茶色いフードを被った男が立っていた。その目は見たことのないほど赤くなっている。
「やけに簡単に実験都市に入れたと思ったら、ここで新しい実験をやってた訳ね。それに、現実と同じ世界を作り出す辺り、大変ご趣味が良い事で」
今の状況に相応しくない笑顔で訳の分からないことを言う。
「この世界を造ったのは・・・あいつかな」
男の視線の先を見る。トラックが突っ込んだビルの上、涙でよく見えないけれど、人影が見えた。しかし、それもすぐに消えてしまった。
「なんなのよ・・・あんた」
このやり場の無い気持ちをとりあえず男に向けてみる。ヒビヤが死んで、変な男に、謎の人影。訳が分からない。
「俺?俺の名前はカノ。ちょいとこの『目』の能力でこの世界に『介入』させて貰ってるだけだ」
『目』?『介入』?訳が分からない。
「まぁ、ただこの状況を作り出しちまったのは俺達なのかもな」
カノと名乗った男は私に自身の携帯を見せた。そこには午後8時30分と表示されていた。意味がわからない。今は12時30分だ。
「俺達は別の所で任務があってきてたんだが、その作戦の一つに研究所の電源を全部落とすってのがあってだな。落とした時に一瞬でもこの世界の制御が出来なくなったんだろ。その時に、こいつが出てきちまったんじゃないかね」
カノはあくまでも楽しそうに言った。言っていたことはよく分からないが、確かにヒビヤが轢かれる前、一瞬だけ世界が揺らいだ様に見えた。それに、彼の説明なら、この不自然な陽炎の存在も説明出来る。
その時、カノの姿が揺らいだ。いや、この世界全体が揺らいだ。
「何だ?」
これはカノも予想外のようで、辺りをきょろきょろ見回していた。私はそんな中、目が眩むのを感じた。
「こい・・・さか、せか・・・をルー・・しよ・・・」
カノの言葉が遠く聞こえる。私の意識が真っ暗になった。
-いつの通りの日常-→-ループ開始・第1ループ-

-第2ループ-
私はその日、変な夢を見た。ヒビヤが死んでしまう夢。そして、カノと名乗った変な男。謎の影。不自然な陽炎。
どれも、『今』の私が知らない事だった。
それでも、その会話は前にもした覚えがあって。
それでも、コンビニに行った事もあった気がして。
それでも、公園で話したりもして。
それでも、猫を膝に乗せたりした。
だれど、それは完全に、私の気まぐれ。
猫を追いかけたのは、夢で彼が追いかけて死んでしまったから。
トラックが迫る。近くに陽炎が見えた気がした。カノって人はいなくて、謎の影も無かったけれど。
あぁ、あれは夢じゃないんだ。
あれはげん・・・。

ドシャ。


 -カゲロウデイズ-