-エネの電脳紀行-  紅龍@もっちさんの作品です。順番が前後しました。これはメカクシコード以前。 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

目が覚めた私は、『その中』にいた。あの後、科学者に何かをされた様だ。それで気を失った私はこの中に放り込まれたのだろう。その場所は何かの液に満たされていた。なんだろう、これは。ホルマリンか?
「エネ・・・」
少女が私を見上げていた。そう言えば、彼女の名前を聞いたんだった。彼女は自分を『レーン』って名乗った。なんか変な名前だなぁ。
「ごめんね、エネ」
レーンはもう一度、私に謝った。もういいよ。こうなったのはあんたのせいじゃない。私はあんたを恨む理由なんかないんだから。
口を動かそうにも、呼吸器で阻まれて上手く動かすことが出来なかった。何だろう、少し疲れた。ごめんね、レーン。少し眠らせて貰うね。

-エネの電脳紀行-

その眠りはただの眠りじゃなかった様だ。私は『浮遊感』によって目を覚ました。周りが一変していた。なんだ、ここは?さっきまでの場所は・・・。
『ピー』
やけに甲高い音が聞こえた。それはどうやら目の前にある『ハコ』からの様だ。私はその『ハコ』を覗いてみる。その先では、ホルマリン漬けにされている『私』がいた。その近くにある機械が甲高い音を出していた。
「やはり精神を抜き取ったら体は耐えられないか」
若い白衣を着た科学者の様な男が言う。あぁ、そうか。あの音は『私』の心臓が止まった音か。でもどうして『私』はあそこにいるのか?
「ふん、体なんぞ入れ物に過ぎない。目的は『成功個体』の精神のコピーだ。分離は成功したんだろう?」
あの科学者だ。都市を脱した私を出迎えた、あの男がそう言った。分離は成功?何のこと?
私はようやく、その『ハコ』の下を見てみた。白い凹凸のある物体が繋がっている。あぁ、そう言うことか。
『私』は私が抜けた事で、死んでしまったんだ。そして、目の前にあった機材が私の姿を映しだしていた。青い髪に青い瞳、青いジャージ。これはレーンと同じ姿だ。自分と同じ声の少女にとても印象に残ったのだろう。
私はこのパソコンのディスプレイの中で、電脳体として精神を抜き取られたのか。その際に、レーンの姿を模したって事だろう。
此処がパソコンの中なら・・・。
私はあるものを捜してみた。それは比較的すぐに見つかった。このパソコンに入っているファイルだ。私はその中の一つを開いてみた。どうやら科学者の実験についての物の様だ。
『瀕死の少女を能力を添付する事で存命。その後実験に利用する事とする』『運び込んできた『コノハ』という青年にも能力を添付。しかし、強力過ぎる為か、彼の意識は戻らない』『少女が施設を逃亡。少女を見逃した罰としてキリヤはアマの降格を決定』
キリヤというのがあの、リーダー格の男の名前だろうか。それにしても、この実験・・・。まるで人間を改造しているかのような物だった。
別のファイルを開く。これは別の実験についての様だ。
『実験対象のデータを元にクローンを作成。終末実験の際に利用するものとする。識別コード『ene.replica』個体名を『reen』とする』
個体名『reen』・・・。これってレーンの事か?識別コード『ene.replica』・・・つまり、私のクローン・・・?
私は別のファイルを開ける。これは・・・。
『実験対象データを追加。追加個体は『エネ』。『危機的状況化で正解を導く』能力を添付すると同時に他の個体同様、記憶を削除、偽造する』
これは・・・私の事か?
何かが解き放たれた様な感覚が起こった。途端に記憶が溢れてくる。
『見慣れた教室』『少し憧れた女の子』『科学の実験を手伝ってくれた憧れの人』『居なくなってしまった女の子』・・・。
・・・思い出した。私が、ここに連れてこられてどれだけ経った!?どれだけの間、あそこにいた!?
私が記憶を取り戻すと同時に科学者が入れたという偽造された記憶が消えていく。能力を添付された時のことも思い出した。彼らはこんな事を平然と行っているのか!?私は恐怖の感情を覚えた。
ふと、光に満ちた穴が開いた。逃げ出したいと思った私は、咄嗟にその穴に飛び込んだ。どこからか、別れを告げる少女の声が聞こえた気がした。

「エネが逃げた?」
キリヤは部下の報告に呆れを覚えた。これだから無能な輩は。
「どうしましょう?」
「放っておけ。いくら成功個体の精神とはいえ、『あれ』は突破出来まい。それよりも、さっさと劣悪な模造品を処分しておけ。これ以上邪魔されたら敵わん」
部下は返事をするとすぐに仕事に戻った。
「アマといい、模造品といい、どいつもこいつも俺の邪魔をするのが好きなようだな」
キリヤはコーヒーを一口飲んでそう呟いた。

穴を抜けた私の目に最初に飛び込んできたのは、大きな蜘蛛の巣の様な物、その上を駆ける炎を纏った狐だった。狐は蜘蛛の巣を縦横無尽に駆け回り、その先の四角い物の中に次々と入っていった。蜘蛛の巣の上を行くのは狐だけではなく、探検家の様な姿の物も見受けられた。
私の耳元で、電子音がした。何事かと思い、見てみると、私のそばにいつの間にか蒼い羅針盤が出現していた。羅針盤はある方向を指し続けていた。
「そっちに行けっていうの?」
当然答えは返ってこない。他にやりたいことや、手がかりが無い為、私はふわふわとその羅針盤の方向へ進む。
その途中、炎を纏った狐は様々な物を見せてくれた。
2つ目のチャンネルでのある掲示板でこんな記述を見つけた。『Q好きな物はなんだい?』『A随分簡単な事だ。ヒトのフコウのアジさ』。
「ゴミくずの発想だね」
私は笑いながら呟いただけのつもりだった。でも、それがその掲示板に投稿されてしまった。質問に答えていた人は『何がおかしい!』だなんて反論している。
「もう、死んじゃえばいいのになぁ」
今度は呟かずに、此処の中で押しとどめた。
ふわふわと浮かぶ私は、少し昔の事に思いを向けた。

-私にはあまり仲のいい友達って居なかった。だから、いつも女の子に囲まれている彼女に少し憧れていたのかもしれない。そんな彼女はいつの間にか、私の憧れだった彼とも話す様になっていた。いつも学年1位で、何不自由もないだろう人。私はそんな彼が羨ましかった。
「あ、あの・・・アリサ・・・さん」
だから私は彼女に声をかけてみた。一人で居る所を偶々見かけたと言うのが一番の理由だろう。
「どうしたの?えっと・・・エネ、さんだっけ?」
名前を覚えていてくれてちょっと嬉しかった。話したことも無かったのに。
「え、と。隣いい?」
図書室で本を読んでいたアリサの隣の席を指さす。
「うん。いいよ」
私は彼女の隣に座って、彼女が読んでいた本を覗いてみる。
「数学の問題集!?アリサさんこんなの読むの!?」
「ちょ、ちょっと。声が大きいよ」
私は思わず大声を出していたみたいだ。アリサは咄嗟にそれを止める。
「あ、ご、ごめん」
私が申し訳なさそうにしてると、アリサは微笑んだ。
「私、勉強苦手だから。こういう暇な時間使って、シンタロウ君の為にも勉強しないと」
「如月シンタロウ君だよね。最近仲いいけど、どんな人なの?」
もしかしたら彼に近づくことも出来るかも知れない。そんな期待を胸に聞いてみた。
「鬼」
「は?」
帰ってきた一言に思わず聞き返した。
「だって、わかんない問題をさらにややこしく説明するんだよ?それに間違えたら火を吐くんだよ!」
「そうなの!?」
また大声を出しそうになってしまった。慌てて私は自分の口を塞ぐ。どうやら私には図書室の雰囲気はあわない様だ。
アリサはそんな私の様子を見て、笑った。
「エネさんって面白いね」
「エネさんって呼ばれるのなんか慣れないなぁ」
どうもむず痒くなってしまう。私のつぶやきにアリサは少し考えた後、すぐに言った。
「じゃあエネちゃんでどう?」
「あ、その方がいい!」
「じゃあ、私の事もアリサでいいよ」
「了解!アリサ」
そこで、チャイムが鳴った。
「あ、もう行かなきゃね」
「うん。また話そうね、アリサ」
そう言うと彼女は手を振ってくれた。

その翌日、科学の実習で彼-シンタロウと話す機会が訪れた。彼との話はとても楽しく、心の底から笑えてたと思う。私の中で、憧れは少し好意に変わっていった気がした。

翌日、アリサはこの世を去った。シンタロウと話す機会をくれたのはきっとアリサだったんだ。そう思った。
そして、その年。私は白衣の科学者に出会った。人の為になる実験の為、力を貸して欲しい。そう言われた私はそれがアリサの為になると思い、了承した。
そして・・・私は『実験都市』に入れられたのだ。-

ふわふわと電脳世界を漂う。昔の事を思い出しても、虚しくなるだけだ。私は考えを振り払った。
「そうだ、あれから何年経ったんだ?」
私はそれを確認してないことを思い出した。手頃な狐に情報を届けて貰う。どうやら1年が過ぎていた様だ。
「1年か・・・」
と言うことは彼はまだ学生って事なのだろう。私も、生きていたら学生だったのか。
『ピコン』
電子音がする。羅針盤の方だ。見ると羅針盤が点滅している。どうやら旅の終わりにたどり着いた様だ。
羅針盤が指す方向を見る。そこには炎の壁が立ちはだかっていた。
「ちょ、これを越えろっていうの!?」
正直、いくら電脳体だからって抵抗がある。っていうか、これって俗に言う『ファイアーウォール』だよね?私は越えられないんじゃ・・・。
そんな事を思っていると羅針盤が炎の壁に向かって飛んでいく。羅針盤が炎の壁に当たると同時に、その部分だけ穴が開いた。
「導いてくれるんだね」
羅針盤は答えない。でも、少し光った様な気がした。
私は穴を通り抜ける。その先にあったのは、見たことのある顔だった。
「シンタロウ君・・・!」
1年では姿は変わらないようだ。見ただけですぐ彼だとわかった。私は思わず彼に手を伸ばした。
「きゃあ!!」
伸ばした手が、何かに触れた。それは電撃を放つ。思わず声が漏れる。前を見ると、いつの間にかそこには網が張ってあった。すぐに分かった。これは科学者が用意した『脱出防止用の物』だと。人に異能力を付けられるほどの科学力があるならこれを仕掛けるくらい簡単だろう。
笑いがこみ上げてきた。結局は科学者の手のひらでふよふよしていただけなんだ。目の前に憧れた人が居るのに手を伸ばしても届かない。
涙が出てきた。諦めたくない。だけど、どうしようも・・・。
そこに1羽の稲妻の様な鳥が舞い込んできた。これは・・・メーラー?
「そうだ・・・!」
私は科学者達に対する唯一の抵抗を思いついた。電脳体である私の核データを鳥に託す。このデータがなければ、今の私をコピーしても何ら意味はないだろう。私の存在も不安定になってしまうがそれはどうとでもなる気がする。問題はこの網をいくらソフトを通じたとしても無事で通り抜けられるかどうかだ。それも実際やってみないとわからない。
「お願いね」
私は全ての思いを鳥に託した。稲妻の鳥は網を潜り抜けて、シンタロウの元に向かった。データの一部が破損していたみたいだが、問題はないだろう。そして、彼ならきっと、あのデータと共に忍ばせたヒントに気が付いてくれるだろう。それまでは・・・。
「それまでは・・・私は眠ってるね・・・」
意識が遠くなっていく。科学者のパソコンに引き戻される感覚が、最後に残った。


 -メカクシコード-