■Cとエネの入団 | 墜落症候群

墜落症候群

墜ちていくというのは、とても怖くて暗いことのはずなのに、どこか愉しい。

■Cとエネの入団

■8月15日 11:00 『実験都市』内『研究棟独房』 C

 金髪の『白衣の科学者』がもたらした情報は、私の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱した。
 早く! 早くコノハを助けに行かなくちゃ!
 金髪の話では、とうとうコノハが人造人間に改造されてしまったらしい。尋常ではない魂をコノハに投下し、『精神を破壊』した上で、『可能性世界』とかいう『良く分からない夢みたいな世界』の中に投入した、というのが金髪の話だった。
 私はさっきからいてもたってもいられず、鉄格子に猛然とタックルを繰り返していた。もう30回は繰り返したと想う。当然ながら鉄格子はビクともしない。
「あのさあ……」
 隣の独房から声が聞こえてきた。
「せっかく昼寝していたのになあ……。多分、その鉄格子は体当たり位じゃ壊れないと想うよ?」
「分かってる、私だって! でも、動かずにはいられないんだもん! 何かの『奇跡』が起こって、外に出られるかもしれないじゃない!」
「『奇跡』ね……『地獄に差す光明』……成る程、君は『エネ』とどこか似ている」
「エネなんて知ったこっちゃないのよ! 私が助けたくて会いたくて、でも会えないのがコノハ! コノハなのよ!」
「ああ……第二実験に投入された人造人間か」
 事もなげに隣の独房の冷静そうな声は告げる。
「知ってるの?!」
「君よりはまともに『お勤め』をこなして来たからね……彼を助けるのは、独力じゃそれこそ『無理』だと想うな……。君も『あの目』に無限回殺されて終わりだよ」
「良く分からないけど、それでも私は行かないといけないの!」
 私は思いっ切り助走を付けて、鉄格子にタックル。すると、何故か分からないが、途端に周囲が真っ暗になり、同時に私の鉄格子が開いて、向こう側に通り抜けた時点でコケる。
「痛た……」
「君、もしかして外に出たのか?!」
「うん。良く分からないけど、出られたわ……。あなたの方はどう?」
「無理みたいだ……。暗転の瞬間だけロックが外れたみたいだね……もう復旧したみたいだ」
「ごめんなさい! 私はもう行く!」
「ちょっと待て! 殺されに行くつもりか……?」
「でも……」
「この状況を分析してみるんだ。君の名前はCだね。私の名前はルナだ」
「うん……」
「『実験都市』の電源が落とされるなんて事は内部の問題ではありえない。つまり、この『停電』は外部の誰かの手によって引き起こされたって事だ。
 この時点で、『実験都市』にそこまでの介入が出来るなんて、凄まじい集団だよ」
「そして、その集団は『白衣の科学者』と敵対関係にある……?」
「良く出来ました! つまりはそういう事だ。そして『終末実験』の終了後に乗り込んできたのを鑑みると、目的はほぼ間違いなく『成功個体』の奪取だろう……。
 君はその『反乱分子』と合流するんだ。もし良い奴だったら、君の『目的』を打ち明けて、協力してもらえ。それと遠目にもかなりヤバそうなヤツらだったら、とにかく混乱に乗じて『実験都市』の外に出て、『仲間』を集めるんだ。
 君一人じゃ、『白衣の科学者』は打倒出来ない。コノハを本当に助けたいのなら……そうするんだ。
 ほら……これが『実験都市』の見取り図だよ。『終末実験』の時に、ヘッドノックのポケットからスッてやったんだ。
 ……見つからないように気を付けて」
「あなたはどうするの? 私の為にどうしてここまでしてくれるの……?」
「私も、『地獄の中の光明』を信じたくなったというだけさ。『闖入者』が『目的を達成』したなら、きっとエネは彼らと一緒にいると想う。
 彼女に、私の……『ルナの生存』を伝えてやって欲しいんだ」
「分かったわ」
 薄暗闇の中に、頷く緑髪のツインテールが微かに見えた。

 私は『研究棟』を脱出し、『実験都市』の『裏門』へと向かった。単純に距離的な問題で、『正門』は『実験都市』を丸々通りすぎなければいけないので遠すぎるのだ。
 途中一度、『人造人間の集団』に危うく見つかりそうになったけど、私は超能力『ブラインド』で何とか事なきを得た。
 何とか、『裏門』まで辿り着いて見ると、そこには『パーカーを着た若い男女』の集団が見えた。『傷付いた人造人間』の介抱をしているのを見て、『彼ら』が『良いヤツら』だと直観した私は、隙を見て、彼らと一緒にトラックに乗り込んだ。

 そして、トラックが発車してから……。

「お願いです! 私をコノハに会わせて下さい!」

■8月15日 13:00 『メカクシ団本部』 キド

 まず本部に戻ってから話を聞こうという事になった。俺は、困惑する団員達の中で、ただ一人動き、鮮やかな緑髪の少女の両肩に手を置き、言った。
「落ち着け」

 そうして、今はようやく『メカクシ団本部』に到着した所である。奪取したエネを本部の一番大きいモニターのパソコンに移す。
 彼女は彼女で、パソコンに移した途端、『白衣の科学者を打倒する秘策』やら、『ルナを助けろ』だの、『白衣の科学者の第二実験』等、色々な話をしてくるのだ。全くどうなっているんだ? この『客人』二名は……。

 取り敢えず、緑髪の少女『C』の話を先に聞く事にする。
 コノハという男が、以前、Cを溺れている所から救い、瀕死の状態の彼女を、『白衣の科学者』に託した。その時に彼はCを助ける引換に、『自らの魂を差し出した』のだと言う。
 Cは人造人間に改造され、一命を取り留め、『白衣の科学者』の研究棟に幽閉されていた。
 彼女は自らを助けてくれた『コノハ』にどうしても会いたい。ところが、『白衣の科学者の末端』の金髪が、Cに『コノハ』が『人造人間』に改造されたという話をもたらした。
(金髪というとあの雑魚か……)俺は心中で呟く。
 Cはコノハを助けたい一心で、鉄格子にタックルを繰り返していた。すると、突然周囲が暗転し、彼女は独房の外に転がり出た。
 独房の隣にいたルナという『人造人間』に色々と教えを乞い、『実験都市』の地図を貰い、『メカクシ団』と合流したとの事だ。
「ちょっと待って! 今ルナって言った?!」
「うん、私を助けてくれたんだけど……。ねえ、あなたルナにそっくりじゃない?」
「それには色々と事情が……」
「もしかしてあなたがエネ? ルナが『生きてる』って伝えてって言ってたよ」
「やっぱり生きてたのね……! 良かった……ルナ……」

「それじゃあ、次は私が掴んだ情報を話すね」
 という訳で続けて俺達はエネの話を聞く事になった。
「今、『白衣の科学者の研究施設の最奥』で、第二実験が行われているわ」
「第二実験?」
「『終末実験』化で特異な『感情数値』を計測した『人造人間』がいたみたい。『第二実験』の目的は、彼の『精神』のコピーを取る事ね。私とおんなじに……。
 ただ、彼の場合、より完全な状態で、精神の模倣を取る必要があった」
「それは何故だ?」
「それがより微妙な物だから。白衣の科学者がヒビヤって言う人造人間の少年から取りたいのは、『怒りの精神』なの。
 その為に『可能性世界』という世界を一年単位でループさせ、一年の終わりに『ヒビヤ』の親友の『ヒヨリ』を殺して、それを何周もさせて、その中でも特に高純度の『怒りの精神』をコピーするようにしたみたい」
「非道さに溜息も出ないな」
「だけど、『白衣の科学者の目論見』はある意味外れたのよ」
「どうして?」
「『可能性世界』を造った、『人造人間』EB5757、『あの目』と呼ばれるソイツにはあるバグがあった。ヒビヤとヒヨリは『一日周期』で訪れる『死のループ』に巻き込まれてしまった。
 それには『科学者』も想定外で、『陽炎』と呼ばれる死のループを形成するバグを取り除こうとしたのよ。その為に造られた『人造人間』がコノハ」
「じゃあ、コノハはそこに?!」
「そう……まだ『可能性世界』内にいる公算が高いわ。コノハは『可能性に介入』し、『平行世界』のように連なる『可能性』の中から『陽炎』が消える未来を選び取る為に造られた個体よ」
「コノハという奴には協力を頼めるかもしれないな。彼は良いヤツなんだろ?」
「当たり前よ!」
「じゃあ、俺達が次の作戦を立てるとしたら、その作戦のメインは『第二実験の対象』ヒビヤとヒヨリの救出という事になるな。その過程で、コノハにも協力を仰ぐ。別班に、『研究棟』を襲撃してもらって、ルナや他の『囚われの人造人間』の救出を担当してもらう。
 ただ、問題は、『白衣の科学者』が二度も『研究対象』を奪われる事をよしとしないだろう事だ。今回は全面的な対決になるだろう。これが俺達の『最後の一撃』という事にもなりうる。決行は明日。――以上だ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんなに簡単に決めてしまって良いんですか?」
「? お前はコノハに会いたいんじゃないのか?」
「いや、でもちょっと私に都合が良すぎるというか、何というか……」
「運が向いてきたとでも思っとけよ。当然明日はお前にも、そう、エネ、お前もだ! お前らの力も絶対に必要になる。今日は良く休んでおいてくれ」
 俺は二人に背を向けて歩き出す。『メカクシ団ラストブロウ』。『白衣の科学者への最後の一撃』が、『メカクシ団最期の一撃』とならないよう、俺は今から作戦を立てねばならない。


 ■『可能性世界』1