ミラーインダストリー/センチュリーレッカー | 乗り物ライター矢吹明紀の好きなモノ

ミラーインダストリー/センチュリーレッカー

MILLER INDUSTRIES/CENTURY WRECKER

ピータービルト379に架装したセンチュリー7035である


いつも見慣れているはずなのに、いざディテールを思い出そうとしても思い出せない。いわゆる「働くクルマ」の中にはそういった個体が多いような気がする。何となく全体像は思い出せても細かい構造となると「ハテ?」と思ってしまうレッカー車などもその代表といっていいだろう。


というわけで今回はレッカー車を紹介してみたい。意外と知られていないことだが、実はわがニッポンの道路上で活躍しているレッカー車はたとえ国産シャシーであっても荷台の上に載っているレッカー機器本体はアメリカ製というのが多い。これはニッポンだけに限らず世界的に見てもまったく同じ。アメリカは世界有数のレッカー大国といっても過言ではない。


ちなみに何を隠そう現在使われているレッカー車の原型を考案したのはアメリカ人。その名をアーネスト・ホルムズという。1916年、ホルムズはトラックの荷台前方の左右それぞれに支柱を立て、そこから後方へとスイングするブームを伸ばし、支柱それぞれの根本に設けたウインチからフック付きのワイヤーをブームに沿って伸ばすという事故車回収装置を考案した。


ウインチそのものはこの時点でもおなじみの装備であり色々な用途に使われていたのだが、これをブームを使ってさまざまな角度からワイヤーを取り回すことができるようにしたのが新しかった。「ホルムズ」が製作した初期モデルのウインチは人力で巻き上げるシステムだったものの、間もなくエンジン動力を取り入れるようになり、第二次世界大戦後には油圧モーター作動のウインチも登場するようになった。こうしたオリジナルのツインブームは近年には1本ブームへと集約されることとなったが、ツインウインチとツインワイヤーという基本構造は今もまったく変わってはいない。


ここで同じくワイヤーとウインチを使って重量物を動かすことをその役目としている「レッカー」と「クレーン」の違いについても考察しておこう。まずクレーンだが、その役目は「重量物を吊り上げ」、A地点からB地点まで移動させることがその機能である。つまりワイヤーはまっすぐ下に垂らした状態で作業を行うようになっている。


対してレッカーは基本的に対象物をまっすぐ吊り上げるという使い方はしない。その作業方法はワイヤーを使って対象物を引きずり上げる、引き起こすといったスタイルが主でまさに自由自在であり、この自在なワイヤーワークこそが、レッカー作業のキモといっても過言ではない。つまりレッカーにおけるブームとは単なる支柱というよりは一種のワイヤーガイドと考えるのが正解なのである。


ツインウインチ&ツインワイヤーのレッカーは、いうまでもなくそれぞれのウインチを独立して操作することができることから、一方のワイヤーで対象の車両が不用意に動かない様に確保しておきつつ、もう一方のワイヤーでその向きを変えたり引き起こしたりといった実にデリケートな作業が可能なのである。


またより複雑な作業を想定しているモデルの中にはブーム上のツインウインチだけではなくフロアウインチ他の追加ウインチを複数で装備している例も珍しくない。そうしたレッカーであればさらに多彩なワイヤーワークが可能だということである。


クレーン車を扱うには俗に「玉掛け」と呼ばれているワイヤーの取り扱いが必須とされるが、レッカーの場合は力のベクトルが単純ではないことからクレーンの玉掛けとはまた別の意味でレベルの高いワイヤーワークが要求される。どこにフックを掛けるか? 滑車はどこに配置するか? ウインチを巻き上げるスピードとその順番は? そこには物理の知識だけではなく豊かな経験も必須であるといっていい。


レッカーの概論についての解説ばかりになってしまったが、ホルムズのレッカーはその登場以来1920年から1970年代にかけて、まさにレッカー機器の代表として世界中で膨大な台数が活躍した。その後ホルムズ社は数回の合併統合を繰り返し、現在はテネシー州ウールトワーに本拠地を構える「ミラー・インダストリーズ・トウイング・エクィップメント」社として数々のレッカーブランドを抱える企業となっている。


ちなみにアメリカでは「レッカー/Wrecker」という呼称は余り使われることは無く、「トウトラック/Tow Truck」と呼ばれることの方が多い。ミラー・インダストリーズが抱えるレッカー車ブランドはホルムズの他にセンチュリー、チャレンジャー、バルカン、チャンピオン、シェブロン、イーグルなど。この他にグループ内にはキャリアトレーラーメーカーやレッカー装置架装メーカーなども存在している。