昨年11月にニューヨーク、ワシントンなどを訪問したとき、タクシーとしてプリウスが目立つなど驚くほど日本車が走り回っていた。ただ、小型乗用車は街にあふれているのに、トラックやバスでは日本製は見かけなかったし、大型のSUVなどもアメリカ車が多かった。
ナイアガラの滝を見に行ったときには最寄りの空港でレンタカーを借りたのだが、それもフォードエクスプローラというかなり大型のSUVだった。大型のせいか乗り心地もよく、なによりアメリカやカナダの広々とした大地を走るには似合うのだ。もっとも、乗っていたのはずっと助手席ばかりだったが。
(私たちの乗ったフォード・エクスプローラ)
日本にもこのようなタイプの乗用車はたくさんあるのに、小型車に比べてあまり見かけないのはアメリカ車がこの分野では頑張っているのだと思っていたが、実はそういうことでもなさそうである。実は、エクスプローラのようなSUVも、アメリカの輸入関税の区分ではトラック扱いとなる。
TPPに関心のある方ならよくご存じのように、アメリカのトラックの輸入関税率は25%となっており、乗用車の2.5%の10倍だ。つまり、アメリカは小型トラックや荷台のついたピックアップだけではなく、ビッグスリーが得意なSUVにも高い関税をかけて輸入車攻勢から守っている。
そして、これらのSUVはトラックの中でもライト・トラックに分類されるのだが、アメリカでの出荷額は乗用車よりこのライト・トラックのほうがずっと多い。この事実を改めて指摘している産経新聞の田村秀男特別記者の記事から以下のグラフを拝借した。
田村さんの記事によると、アメリカがライト・トラックに25%の高い関税をかけたのは1963年で、以来50年以上も維持されている。これは民主党支持基盤の一大勢力である全米自動車労組(UAW)の圧力によるもので、アメリカの絶対に譲れない聖域は乗用車の2.5%より、トラックの25%のほうなのだ。
私も含めたTPPに反対する者no多くは、たった2.5%の関税を撤廃させても意味がない、日本はすでに生産拠点をアメリカにかなり移しているなどと指摘してきた。しかし、50年以上守ってきたトラックを譲ることは、アメリカのメーカーにとっては、やはり死活問題なのだ。だから、日本の農産品5品目を守るためにここを攻めることは、非常に効果的なのである。
田村さんは、米国議会でTPA(貿易促進権限)法案が成立のめどが立っていないことを指摘したうえで、次のように記事をまとめている。
オバマ政権はTPPで日本の農産物関税撤廃などで攻勢をかけているように見えるが、窮地に立っている。米国に甘い日本のメディアはとかく日本の農産物保護だけをやり玉に挙げて、日本にとって不利な方向に世論を誘導しかねない。
(産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS)
確かに交渉は厳しいし楽観を許さないのだろうが、自動車関税への攻撃は最大の防御になっているようである。以上のようなことを知ったうえで次の経済新聞の記事を読むと、朝日新聞の社説とはまた違う趣がある。
三橋貴明の「新」日本経済新聞 2月19日
【東田剛】甘利頑張れ!TPP空中分解だ
(前略)
日本側も、頑張って、米国の自動車関税を攻めてみたようです。
かつて甘利大臣は「攻め込まれたら倍返しだ」と言ってました。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131002/plc13100211520007-n1.htm
でも、日本車の現地生産が進んでいる中で、たった2.5%の自動車関税を撤廃させたところで、「倍返し」にはならんでしょう。
それは、「安倍返しだ!」。
もっとも、米国の自動車業界はそんな関税撤廃すらも嫌なようです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140216/t10015280991000.html
フロマンUSTR代表も、TPA法案があるから、そう簡単には降りられません。
日本のせいで、交渉は膠着状態に陥ったというわけです。
米国様はさぞお怒りでしょう。
(以下略)
意図的なのか知らないだけなのかは分からないが、「たった2.5%」の10倍の25%の方を無視している。実際には、「安倍返し」は「10倍返し」なのである。少なくともアメリカにとって、自動車関税は日本の農産品5品目と同じく譲れない分野だから「聖域」なのである。
そこで、交渉を前に進めるために、アメリカの「たった2.5%」と日本の農産品5品目の中でも輸出実績のほとんどないものを俎上に乗せるかどうかの駆け引きをしているのが現状だろう。そういう時期に、オピニオンリーダーの一人が、相変わらずこのようなミスリードをしているのである。
東田氏は安倍叩きが目的化していて、それに不都合な情報やデータは見えなくなっているようだ。彼は、交渉が妥結しても空中分解しても口を極めて非難するだろう。そして、TPP交渉に参加しなかったらうまくいったのかと問われれば、きっと「安倍政権ではどうせだめだった」と言うのではないか。
この様に「安倍は駄目」という結論があって、それに都合のよい事実だけをつなぎ合わせるのを「ドミナントストーリー」と言う。ところで、最近とんと消息を聞かないが、TPPに関して理路整然と、しかも熱く語った中野剛志さんなら、このドミナントストーリーを読んで何と言うだろうか。
(以上)
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