夢盗人、夢追人 | 台本、雑記置場

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夢盗人、夢追人


CAST
・東雲 啓吾(しののめけいご)
私立探偵の青年。理知的で身体能力も高い。
一人で行動する事が好きで助手を雇っていない。

・琴音(ことね)
人の夢に入り、その人間が考え得る最高の夢を与えた後、その夢を
盗んでいく「夢盗人」(ゆめぬすびと)。猫の姿をして夢の中に現れる。

・橋爪 彪(はしづめたけし)
琴音に夢を盗まれた記者。探偵東雲に夢を盗んだ琴音を捕まえてくれるように
依頼を持ち掛け、本人も捜査に参加する。

・風月 暇(かざつきいとま) 
暇堂という悩みを引き受ける独特な事務所を構える男。東雲とは古い知り合い。
博学で知られる、少々皮肉屋な青年。

・マスター
Bar「奈落」のマスター。様々な事情に詳しいミステリアスな男。


~役表、劇中表記~

東雲:♂:
琴音:♀:
橋爪:♂:
暇/マスター:♂:


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


東雲:…あの日から、俺は夢を見ていない。


・・・
琴音:あなたの夢、確かにいただきました。
・・・


東雲:夢盗人(ゆめぬすびと)?
橋爪:ええ、そうなんですよ!ぼくの夢に現れたんです!そりゃあもう心地のいい夢
  だったんですけどね。でも、それっきりなんです!


東雲:それっきり、夢を一切見なくなった、と。
橋爪:そうです!もう1か月以上、たったの1度も夢を見ないんですよ。もう言葉通り
  夢も希望もあったもんじゃあないですよ!


東雲:ふぅ…。それを、信じろと?
橋爪:そりゃあ、突拍子もない話しなのは重々承知です。けど、あなたは探偵。
  私は依頼人でしょう?ひとつ、頼みますよ。


東雲:ええと、橋爪さん、でしたね。探偵というのは実在するものを探す仕事です。
  仮に、その夢泥棒?
橋爪:夢盗人(ゆめぬすびと)、です!


東雲:ああはいはい、夢盗人ね。それを追うと言ったところでですよ?私は何をすれば
  いいんです?私は一応、責任を持てる仕事しかしない主義なんですよ。信じる信じ
  ないは別にしても、ですよ?こいつはそもそも捜査のしようがない。
橋爪:そこをなんとか!報酬だって決まり通り払います。調査料も、経費も!
  夢を奪われたのは僕だけじゃあないんです。お願いします!


東雲:橋爪さんだけじゃない?どういうことです?
橋爪:元々、うちの雑誌の読者さんからのお便りがあったんですよ、これです。


東雲:ああ、橋爪さんは雑誌のライターさんでしたね。ええと、夢を盗む猫…?
  なんです?この便りは。
橋爪:うちの雑誌部に届けられた手紙なんですけどね。まあ、それっぽく書いてある
  便りだなぁ、なんて最初はね。記事のネタにはなると僕も軽く考えていましたよ。
  けれど、その夜、出たんですよ!


東雲:出た、というと?
橋爪:だからぁ、その便りにある夢盗人が出たんですよ!僕の夢に。


東雲:ふむ…。「最高の夢を見せた後、その夢を奪っていく猫」…これを見た、と。
橋爪:もうね、酒池肉林ですよ!大好きな料理がありえないくらいに並んで、会社の
  好きな子からテレビのあのアイドルまで!み~んなそろってたんです!さて、
  じゃあ早速いただきますか!ってとこでですよ。猫がいたんです。


東雲:猫?
橋爪:ええ、猫です。夢の中なのにね、僕はなぜか違和感を感じたんですよ。
  テレビのアイドルが目の前に居ても嬉しいだけだったのに、その猫だけはもう
  違和感が凄いんです。こうね、僕もその違和感が何かわからないまでも、猫を
  じっと見つめてたんです。そしたらね…


東雲:そうしたら?
橋爪:猫が喋ったんですよ!


東雲:…まぁ。夢のなかなのでしょう?猫が喋ってもいいんじゃないですか?
橋爪:えらく綺麗な声でね。その声で目覚めたんですが、今でも耳に残っていますよ。


・・・
琴音:正直な人ね。あなたの夢、確かにいただきました。
・・・


橋爪:なんてね。もうそれこそ夢心地で目覚めたもんですが…
東雲:夢自体、それっきり…と。


橋爪:なんとかしてくださいよ!先生っ!
東雲:はぁ…出来るかすらわからない調査を請け負うなんて、心外なんですがね。
  その頼りに住所などの手掛かりとなるものは?


橋爪:ありません。あれば僕が自分で探していますよ。
東雲:ふぅ…あなたと、この便りをだしてきたであろう人と…ほかに橋爪さんの知る
  夢を盗まれた人はいますか?


橋爪:うちの、編集長が同じように盗まれたといっています。もっとも、あんまり
  夢自体好きではないらしくって、あんまり気にしていないのですが…。
東雲:橋爪さんのところの編集長さんも?


橋爪:ええ、一緒に夢を盗む猫の記事を作る作業をしていたんですけどね。結局、
  記事書いていた僕らがこんな目にあって、企画も中止。はぁ…夢も仕事も
  無くすなんて、こりゃあ生き地獄でしょ!?
東雲:一緒に作業していた人間も奪われた…。なるほど。では、とりあえず今回の
  件は保留と言う事でいいでしょうか?


橋爪:ええ!?ここまできて調査して頂けないのですか!?ちょっと、東雲さん!
  お願いしますよ~!
東雲:…この便りはお預かりいたします。少し調べてみましょう。それでなにか
  追跡出来そうなことがあれば、そこでまた仕事として扱わせて頂きます。


橋爪:調べていただけるのですか?
東雲:ええ。ですがこれはあまりに雲をつかむような話だ。正式な依頼としては
  非常に受けにくいんです。何をしようにも、きちんとした根拠をもとに行動する
  のが私のポリシーです。この件は今のままではそれが出来ない。


橋爪:ええ、それはわかりますが…。
東雲:何かわかりましたら連絡もしましょう。少し、時間を下さい。


橋爪:わかりました。では、今日はこの辺で失礼しますよ。…ああ、そうだ。今夜
  あたり、東雲さんの所にも出るかもしれない。
東雲:出る?


橋爪:猫ですよ。便りが来てから僕や編集長の夢に猫は来たのですから。今度は
  東雲さんのところにきてもおかしくないでしょう。ではまた。連絡待ってますよ!
東雲:…夢を盗む猫…、まさかな。…もうこんな時間か。今日の仕事はここまでだな。
    


東雲:…この景色は…懐かしいな。生まれ故郷、か。子供のころに歩いて以来だ。
  緑豊かな街並み。谷をながれる川。橋。丘に広がる花。何もかもあのころの
  ままだ。…もう、二度と見れないと思っていた。夢、か。
琴音:こんばんは。


東雲:…え?
琴音:とっても素敵なところね。ここはどこ?


東雲:…俺の生まれ故郷さ。いい場所だったよ。
琴音:だった?


東雲:もう、戻れないから。
琴音:ふうん、だからこそ夢に見るのかしらね。


東雲:そう、これは夢だ。俺の小さなころの記憶をたどる夢。何度となく見た夢。
  …でも、俺は君を知らない。君は誰だ?
琴音:誰でもいいじゃない。夢なんだから。あなたが忘れているだけかもよ?


東雲:あの町のことは忘れようがない。
琴音:自信満々ね。夢の事なのに。


東雲:夢の中だからこそ、俺の勘がすべてのはずだろう?
琴音:それもそうね。そういう風に考える人はあなたがはじめて。東雲啓吾さん。


東雲:そろそろ名乗ったらどうだ?
琴音:ことねよ。名前になんて興味はないけれど。


東雲:琴音…
琴音:ここはあなたの大切な大切な夢にしてあなたの原風景。沢山のものがつまって
  いてとっても素敵。こんなきれいな風景、私は知らないもの。だから…


東雲:だから?
琴音:あなたの夢、ちょうだい?


東雲:俺もヤキがまわったかな。依頼人の妄言に影響されるなんて、ね!
琴音:え?何をする気!?


東雲:夢を盗まれる前に目覚めれば、何も出来ないんだろう!じゃあな!
琴音:谷から飛んだの?…ふふ、本当に頭が良いのね。行動力もある。でも、
  だめ。この夢は私が貰うの。逃がさないわ。もう少し、おやすみなさい。
東雲:なっ、追いかけてきただと!こいつ、いきなり何を…景色が歪む…なんだ、
  これは…視界が…


・・・
琴音:あなたの夢、確かに頂いたわ。じゃあね、ステキな探偵さん。
・・・


東雲:待て!…夢か。…ここは、俺の部屋…。
  ……夢盗人。猫の姿…琴音…まさか、な。


SE:ドアノック


暇:開いてるよ。
東雲:久しぶりだな、昼行燈(ひるあんどん)


暇:誰かと思えば探偵じゃないか。昼行燈とはご挨拶だね。いつ日本に帰って
  来たんだい?
東雲:ちょっと前にな。
暇:ちょっと前、ね。それで?帰って来た報告にわざわざ来たわけじゃあなさそう
  だけれど、何の用かな?


東雲:夢について聞きたい。
暇:夢?やりたいことでも出来たかい?職安の相談は受けていないぜ?


東雲:その夢じゃない。眠って見る方だ。
暇:そちらの夢か。で、それがどうしたんだい?


東雲:盗まれた。昨夜の事だ。
暇:詳しく聞こう。
東雲:話が早くて助かる。さて、まずはうちに来た依頼があってな…



暇:なるほど、「最高の夢を見せた後、その夢を奪っていく猫」、ね。人の言霊に
  紛れ次から次へと夢を盗み歩き、夜と朝の間を生きるいたずら猫とはなかなかに
  気の利いた話だね。おまけに唇も奪われた、と。
東雲:嫌味はいい。それで、夢を奪われるなんて言うことは本当にあるのか?


暇:奪われる、という表現に当てはまるかはわからないけれどね。夢を喰う化け物
  なんていうのは日本にも古くから存在するよ。
東雲:ほう?


暇:獏(ばく)と言ってね。中国から日本に伝わった伝説上の生き物さ。
  体はクマ、鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラにそれぞれ似ていると
  言われている。神が動物を創造したさい、あまりもので創ったなんていう
  説もある。
東雲:聞くからに化け物だな。俺の前に現れたのは人間の女だったが?


暇:まあ、姿かたちはとりあえず置いておくか。この獏というのは悪夢を見た後に
  「この夢を獏にあげます」と唱えるとその悪夢を二度と見ずにすむ、といわれて
  いるんだ。二度と見ないというところは共通しているが、盗んでいくというのは
  多少食い違うね。
東雲:聞いてみるものだな。少しでも共通点があるだけでも驚きだ。


暇:こちらもなかなかに興味深い話を聞けた。
東雲:ほかには何かあるか?


暇:さて…夢魔(むま)、つまりサキュバスなどもあるが、これは少々君の言う
  話しとは違ってくる。今話す必要はないかもしれないな。
東雲:そうか。ならばどちらの資料も集めて俺の事務所に送っておいてくれ。
  それと、大川出版というところの橋爪、という男にもだ。


暇:やれやれ、こき使ってくれるものだね。まあいい。代金は今回の事件で
  起こったことをすべて話すこと。これでどうだい?
東雲:いいだろう。よろしく頼む。それとひとつ。


暇:なんだい?
東雲:夢盗人は、実在すると思うか?


暇:するしないは僕が決める事じゃない。大切なのは常識じゃあない。事象だ。
東雲:事象?


暇:夢というものが盗まれるかどうか?それは可能なことなのか?大切なのは
  そこではない。今、盗まれているという事実だ。迷うな、探偵。
東雲:心にとめておくよ。…それじゃあ、またな。


暇:おっと待った。一つ思い出した。探偵、この後のアテはあるのかい?
東雲:いや、無い。だがじっとしているのは性にあわないんでね。


暇:君らしい。だが当てがないのであれば、ここに行くといい。
東雲:なんだこれは?「Bar奈落」?


暇:夢を無くした男が一人寂しくやっているBarだ。何かあるかもしれない。
東雲:…夢を無くした男…。


暇:詩的な比喩だと思っていたが…もしかすると…。
東雲:わかった、行ってみよう。…今回の事が片付いたら、また来る。
暇:いつでも待っているよ。…やれやれ、相も変わらずせっかちな男だね。



橋爪:もしもし?東雲さん?どうしたんですか急に電話なんて。
東雲:例の事件のことですよ。少々わかりましたので。


橋爪:ああ。そういえばさっき僕あてになにかファックスが送られてきてましたよ。
  東雲さんの名義で。
東雲:ええ、それです。夢を喰うという生き物。実際に古代から伝説の生き物として
  語り継がれていたそうです。


橋爪:へええ!本当ですか!?でも、そんなのどうせ架空の言い伝えでしょう?
東雲:まあ、そうかもしれませんがね。しかし、我々は実際に夢を無くした。


橋爪:我々?もしかして、東雲さんのところにも?
東雲:詳しくは会ってお話します。Bar奈落、というところで。


橋爪:奈落?
東雲:あなたの出版社からそう遠くないところにあるみたいですよ。先に行って
  いますから。

橋爪:え?なんでそんなとこで待ち合わせするんですか?こっちまで来てくれたら…
  あれ?東雲さん?もしもーし…切れた。もー!マイペースだなぁ…。あ、
  編集長、すいません!今日もうあがってもいいですかー!?


SE:ドアを開ける。ドアについた鈴がカランと乾いた音


マスター:いらっしゃいませ。
東雲:…メニューを。


マスター:初めてのお客様ですね、ご注文は?
東雲:…白昼(はくちゅう)、一睡(いっすい)、胡蝶(こちょう)…。
  独特なドリンクが並んでいますね。


マスター:ご注文は?
東雲:…この、泡沫(うたかた)を。


マスター:かしこまりました。
東雲:…一夜(いちや)、明晰(めいせき)…これは…。


琴音:夢が欠けているのよ。
東雲:…君は?


琴音:ただの客よ。…隣、いい?
東雲:どうぞ。…夢が欠けているというのは?


琴音:メニューよ。白昼夢、一睡の夢、胡蝶の夢…ここに夢は置いてないの。
東雲:それは、どうして?


琴音:さあ。マスターに聞いてよ。…案外、盗まれちゃったのかもね。
東雲:盗まれて?…どうしてそう思う?


琴音:無くしたなら、メニューの名前になんてしないもの。きっとね。
マスター:お待たせいたしました。


東雲:…夢を無くした、と聞きました。
マスター:それはそれは。なぁに、誰にでもあることでしょう?


東雲:その夢ではなく。
マスター:さて、ほかに何かありましたか?


東雲:喰われることも、盗まれることもあるみたいですよ。
マスター:なるほど。


琴音:ふふ、この人面白いわね、マスター。
東雲:面白い、か。


琴音:あら、良い飲みっぷり。
東雲:君は夢を見るか?


琴音:さあ、どうかしら?
東雲:いい夢を沢山見ていそうだけどね。


琴音:なぁにそれ。ふふふ…
東雲:俺たち、昨日も会っただろ?

琴音:もしかして、口説いてる?
東雲:そう見える?


琴音:ええ。積極的ね。
東雲:返してもらわないといけないからね。


琴音:…もう!酔ってるんじゃない?
東雲:…そう、見えるかな?


琴音:…。
東雲:俺の故郷はさ。とてもきれいなところだったよ。


琴音:だった?
東雲:小さいころの記憶だからね。今はもう記憶も薄れてきた。


琴音:故郷には、帰らないの?
東雲:帰れない。


琴音:帰れない?
東雲:今はダムの底さ。記憶だけが俺の故郷だ。


琴音:そう。残念ね。
東雲:小さいころの記憶、随分ともう曖昧になってきている。けれど、あの景色、
  あの街並みだけは決して色褪せない。…それすらなくした、いや奪われたけれど。


琴音:よくわからないわ。
東雲:…嘘が下手だな。


琴音:あなたが疑り深いだけよ。
東雲:それで欺ける(あざむける)とでも?


琴音:それは…


SE:ドアについた鈴がなる


橋爪:東雲さーん!いらっしゃいますか~?
東雲:橋爪さん。


琴音:お友達?…じゃあ、お邪魔虫は消えようかしら。じゃあね。
東雲:ちょっと待て、おい…


橋爪:なんですか、今の子!きれーな子じゃないですかー!東雲さんってば、
  手が早いんですねー!
東雲:マスター…


マスター:ツケておきますよ、行ってください。
東雲:恩にきます!

橋爪:東雲さーん!ちょっとちょっと!!そんな急いでどこに…行っちゃった。
マスター:…がんばってくださいね。…私も、もう一度夢を見たい。
橋爪:え?え?え?…わけがわからないですよぉ~。



東雲:待て!…く、速い…。
琴音:東雲さん。気に入ったわ。


東雲:非常階段?くそ!
琴音:見ている夢だけじゃないわ。あなたはとっても素敵。


東雲:なぜ夢を奪った!人の夢に何の意味がある!
琴音:私が奪ったと、なぜ決めつけているの?


東雲:その声、その身のこなし。間違えるはずがない。
琴音:それは夢の中の事でしょう。ここは現実よ?


東雲:夢が消える、理屈ではない。事象こそが真実だ。その事象に夢と現実の区別は
  必要ない!
琴音:強いのね、あなた。ますます気に入ったわ。


東雲:もう屋上だぞ。どうするんだ?
琴音:ふふ…また会いましょう。


東雲:なっ、飛んだ!?まさか…!…消えた……。
琴音:(楽しかったわ、東雲さん。いつかまた、会えることを楽しみにしているわ)
  猫を追いかける、「夢追人」(ゆめおいびと)さん。
東雲:……。
  
SE:たばこに火をつける


東雲:夢追人…か。…いいさ、どこまでも追いかけてやろうじゃないか。


東雲:…あの日から、俺は夢を見ていない。


続く








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