暇堂見聞録 | 台本、雑記置場

台本、雑記置場

声劇台本を書いています。また、随時怪談話を募集しております。皆様が体験した怖い話、聞いたことのある奇妙な話、ぜひお気軽にお寄せくださいませ。
・連絡先・
Twitter:@akiratypeo913
mail:akira3_akira3★yahoo.co.jp ★→@に変えてください

・暇堂見聞録


CAST
風月 暇(かざつき いとま):♂:暇堂の店主。屁理屈と言葉遊びで人を煙に巻く。
水瀬 京(みなせ きょう):♂:暇堂を訪れた人物。


~劇中表記~
・暇:♂:
・京:♂:


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


暇M:誰が呼んだか暇堂。悩みは万(よろず)引受けます、そんな張り紙と口コミだけで、
 案外と人はここを訪れる。都会のはしっこの吹きだまり。雑居ビルの一室で、今日も静かに
 時間を過ごす。…さてさて、今日はどんな人が来るのかな?


SE:ノック


暇:あいているよ。
京:あ、はい…。失礼します。


暇:ようこそ、暇堂(いとまどう)へ。さぁ、どうぞそこにかけて。今日はどういった御用件
 かな?おっと失礼。今、お茶でもだすよ。それとも、お酒の方がお好みかい?
京:あ、いえ…お構いなく。その…張り紙を見てきたのですが、悩みを引き受けるって…。
 カウンセリングのようなものなのでしょうか?

暇:うーん。どのようなものなのだろうね。君はどう思うんだい?
京:え?いえ、僕に聞かれましても…。その、悩みを聞くという事で、カウンセリングを連想して
 きたのですが…?


暇:なるほど。そうかもしれないし、違うかもしれないね。
京:…。からかっているんですか?

暇:ぼくはいたって大真面目さ。
京:それなら、ここがどういう場所か、ちゃんと教えて下さい!


暇:だから、ここは悩みを引き受ける場所さ。それをどう見るかは君次第だろう?
京:…よくわかりません。

暇:うーん。わからないか、そうか。じゃあね、あの壁に掛けられている絵があるだろう?
京:え?ああ、はい。


暇:あの絵は君にはどう見える?
京:どうって…地平線から太陽が昇ってきている絵じゃないんですか?

暇:そう思うかい?
京:違うんですか?


暇:ぼくには、太陽が沈んでいく絵に見えるんだよ。
京:はぁ…。

暇:つまり、物の見え方は人それぞれなのさ。正解なんてあって無いようなものなんだよ。
 絵の作者がこれは日の出だといったところで、見た人が日没に見えたら、その人にとっては
 日没の絵にしかならない。
京:この絵にはタイトルは無いんですか?タイトルがあれば、この絵がどちらを意図した
 ものか、わかるかもしれないですし。


暇:それは非常に面白くない。うん、とても面白くないよ。
京:なんでですか?

暇:だってね、君。絵描きが花の絵を描いたとするよ?けれども、その花の絵を見る人には
 描いてあるものが花だと伝わらない。仕方無く横に文字で、これは花の絵です。なんて
 書いたら滑稽も良い所だろう。情けなくって涙がでるね。
京:それはそうかもしれませんけれど…。それと、ここがどんな場所か、関係あるんですか?


暇:あるんだよ。ここも同じさ。ぼくは君の話を聞く。その結果、君はカウンセリング
 を受けた気分になるかもしれない。ならないかもしれない。だからここがどういう場所か
 と聞かれれば、ここは暇堂です、としかいえないんだよ。暇堂をどう思うかは、君の自由だ。
京:悩みは、聞いてくれるんですよね?あの、料金とかは、どれくらいなのでしょうか?

暇:悩みは是非ともお聞かせ願いたいね。料金か。そうだなぁ…いくらにしようか?
京:…料金設定とか、そういうものはないのですか?


暇:無いんだよ。困ったね。
京:あまり高額な金額なら、お断りしたいのですが…。

暇:うん、君は興味深い事を言うね。話を聞かせにわざわざこんな所まできたのに、今度は
 お断りときたものだ。
京:高額な料金を請求されてもこまります。いくらかかるかわからないんじゃ、受けられない
 のは当たり前じゃないですか!


暇:まあまあ、そうかもしれないね。わからないものは怖いからね。
京:…もう、いいです。失礼します。

暇:おや、君は少々せっかちだね。ふむ、うちは悩みは万(よろず)引き受ける、暇堂だ。
 なにも話されずに帰られちゃあ、屋号(やごう)がすたるというものだ。今日のところは
 無料で話をきこうじゃないか。
京:…本当ですか?


暇:誓って。
京:何に誓うのですか?

暇:細かいね。なんでもいいよ、そんなものは。
京:…はぁ。


暇:ほらほら、そんなことより。こんな場所までわざわざ何かを話しにきたんだろう?
 わざわざここに話しに来た内容のほうに僕は興味があるんだ。さあ、話してごらんよ。
京:わかりました。…実は、勤めていた会社が倒産いたしまして…。

暇:うん。それで?
京:ぼくは幼いころに両親を亡くし天涯孤独で、ずっと施設で育ってきました。勉強は人一倍
 しましたし、誰よりも努力してきたつもりです。一流の大学に入り、トップで卒業し、
 そうしてやっとのことで去年、日本でも有数の大企業に入ったのに…そこが…。


暇:いやぁ、世知辛いものだね。世の中というものは。それでそれで?
京:…もう、どうしていいのか。自分はなんのために勉強して…いや、なんで今まで必死に
 生きてきたのかもわからなくなって…。それで、ここに来ました。

暇:それで?うーん…。
京:何か…おかしいですか?


暇:つまり君は、ショックで何もかもわからなくなって、ここに来たということかい?
京:そう…ですね。

暇:そうか。でもね、ぼくもどうしていいかなんて、わからないよ。
京:あなたはどう思いますか?だって理不尽でしょう!?ぼくはこんなに努力してきた!
 頑張ってきた!必死に生きてきたのに…どうして…どうしてですか!?なんでぼくばかり
 こんな目にあうんですか!?もう、こんな人生は続けていたって仕方ないんじゃ…。


暇:落ち着くと良い。君には僕のことがわかるかい?
京:急に何を…?わかるわけないじゃないですか。

暇:なんでだい?
京:あなたはあなたじゃないですか。僕に赤の他人のあなたの事が、わかるはずがない。


暇:御名答。わかっているじゃあないか。その言葉をそっくりお返ししよう。なんで?と
 聞かれても、僕も君じゃあない。他人だ。だから、わからないよ。
京:悩みを引き受けるのが、あなたの役目なんじゃないんですか?

暇:そうだよ。けれど君ね。ああ、辛かったね!かわいそうだ…。次はきっとうまく
 いくから、大丈夫!がんばって!…なんて適当な言葉が欲しいのかい?
京:それは…違います。でも、自分がどうしてこんなに報われないのか、答えが欲しくって。


暇:答えは出ているんじゃないかなぁ?
京:答えが出ていたら、こんなところにわざわざ来ませんよ!

暇:君が全てわからなくなり、人生を続けていても仕方ないかもと思っているのだろう?
京:はい。


暇:けど、ここにきている。もし本当に続ける気が無ければ、今頃はどこかの高層マンション
 の屋上にいるかもしれないし、どこかでロープを買っているかもしれない。けれど、君は
 そういった事をせずにここにいるんだ。
京:死ぬ…と言葉だけで言っている、弱虫だとでもいいたいんですか…!?

暇:とんでもない。君はここに来るまで沢山の葛藤があっただろうね。その中には死という
 選択肢も事実あっただろう。けれどここに足を運んだ。ここは悩みを引き受ける場所。
 それがどういう意味かわかるかい?
京:…ちょっと、わかりにくいです。


暇:君は、根本的な答えは、もう出ているんだ。生きる、ってね。ただ、どう生きるかを
 迷っている。もっと言えば、どう「自分の力で」生きていくのかを迷っているんだ。
京:どうしてそんなことが、あなたにわかるんですか!?

暇:まず、死ぬつもりなら、こんなにわかりにくい、張り紙だけでロクに地図もない場所まで
 足を運ばず、さっきも言ったように違う所に向かっているさ。そして、生き方に迷っている
 のなら、きっと教会なり御寺なりに駆け込んでいるよ。
京:なんで教会や御寺なんですか?


暇:「教え」があるからさ。人生に悩めば教典を開き、その教えにのっとり動けばいい。
 けれど、君は自分の意思でこのわかりにくい場所まで来て、ぶつぶつと、まあ弱音を言いに
 きたわけだ。
京:なんだか、宗教を否定しているような言い方ですね。

暇:まさか。僕は宗教には敬意を払っているよ。わからないことを「神」等と位置づけ、長い
 歴史の中で数えきれない人間を導いてきた功績は、素晴らしいものだ。ただ、宗教談義を
 するつもりはないけれどね。想像を絶する年月を息づき、科学が発達した現代でも全く
 色褪せぬ教えには、学ぶこともきっと多いはずさ。
京:学ぶことは多いのに、ぼくは宗教に頼ってはいけないのですか?


暇:いけなくないよ。生き方にいけない、これが良いなんてあまり無い。法律というルール、
 システムから外れなければ、どう生きようが自由だ。ただ、君には向いていない。
京:そう思う理由を、教えてください。

暇:君は、自分で歩くのが好きなのさ。だからこんなところまでやってきているんだ。
 宗教は人生の道導べ(みちしるべ)であったり、地図であるところも多々ある。祈る事が
 大事な人間もいれば、祈りに使う時間より、その時間を手を動かしていたい人間もいる。
京:確かに、ぼくは何かに祈ったりする習慣はありません。何に祈っても変わりはしないと
 思っている。救ってくれる人なんて、今までもいなかった…。


暇:大事なのは、祈りを大切にする人を否定しないことだけれどね。何が貴重かは人それぞれ
 だからね。けどまぁ、君はそうして自分で歩いていきたいわけだ。
京:今までずっと、そうしてきましたから。

暇:ふむ。そうして、その歩みをここでやめるつもりもない。
京:…あなたの言葉からすると、そういうことになるのかもしれませんね。


暇:じゃあ、違うのかい?
京:わかりません。

暇:いいや、君はわかっているよ。人間はわからないものには、理由をつけるものさ。
 さっきの「神」とか、「奇跡」とかね。過去の事例を紐解けばきりがないほどだよ。
 しかし、わからないを抱えた時に答えを外に求める人間と、内側…つまり自分で見つけ
 ようとする人間がいるんだ。これは、大ざっぱ、かつ乱暴なまとめ方ではあるけれどね。
京:ぼくは、内側…自分で見つけようとする人間なのですか?


暇:僕はそう見たよ。君はきっとそうなのだろう。
京:死ぬつもりなら、ここには来ない……。答えは、自分で見つけたい……。
 わからないものには、理由を…。

暇:君は自分がついていない、不幸だと理由をつけた。けど納得がいかないのさ。そして
  不幸によって何かを諦めるタイプの人間でもなかった。とすると、答えは明白。
京:答えなんてそんな簡単に出ているのなら、ここには…。


暇:でも、生きるのだろう?
京:それは…そうですね。でもどうやって…。

暇:どうにでもなるさ。
京:随分と、冷たいんですね。


暇:そんなことはない。ぼくは誰にでも平等だ。君は生きるか死ぬかの答えなんて、
 とっくに出していた。生きるか死ぬかを決めたなら、生き方だって決めていけるさ。
京:でも、今の社会はそんな簡単には…。いや、そう…ですね。うん。そうなんでしょうね。

暇:そうなんだろうねぇ。
京:ありがとうございます。なんにもスッキリしないような話だったのに、なんだか気持の
 つかえがとれた気もします。


暇:スッキリしない話か。褒め言葉だね。ありがとう。
京:それじゃあ、もう行こうかな。あの、御代は?

暇:無料とさっき言ったじゃないか。
京:本当に、それでいいんですか?


暇:二言(にごん)はないよ。それに君は最初から答えをもっていた。僕に話そうが、壁に
 向かって話そうが、きっと答えは同じだったよ。交通費が申し訳ない位さ。
京:不思議な人ですね…。それじゃ、失礼します。

暇:もう少し、ゆっくりしていってもいいんだよ?
京:いえ、これから、生き方を探しに行きたいので。


暇:そうかい。それじゃ、ここにいても仕方がないね。
京:はい。ありがとうございました。

暇:また来るかい?
京:わからないです。でもこのわからないは、このまま抱えていこうかと思います。


暇:君は強いねぇ。
京:では、ありがとうございました。


SE:ドアの閉まる音


暇:悩みは万(よろず)引き受けます。そうは言っても、多くの人は答えを自分の中に、実は
 きちんと持っている。それでも悩む。人間、全く不思議なものだね。さて、これからは
 どんな人がここに訪れるかな?君も暇堂に来てみるかい?夕暮れ時の町の片隅、誰も
 気がつかないような張り紙を、そっと手にとってみたくなったら…。いつでもお待ちして
 いるよ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


終わり




にほんブログ村

参加しています。よろしければクリックお願いします!