・暇堂見聞録
CAST
風月 暇(かざつき いとま):♂:暇堂の店主。屁理屈と言葉遊びで人を煙に巻く。
水瀬 京(みなせ きょう):♂:暇堂を訪れた人物。
~劇中表記~
・暇:♂:
・京:♂:
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
暇M:誰が呼んだか暇堂。悩みは万(よろず)引受けます、そんな張り紙と口コミだけで、
案外と人はここを訪れる。都会のはしっこの吹きだまり。雑居ビルの一室で、今日も静かに
時間を過ごす。…さてさて、今日はどんな人が来るのかな?
SE:ノック
暇:あいているよ。
京:あ、はい…。失礼します。
暇:ようこそ、暇堂(いとまどう)へ。さぁ、どうぞそこにかけて。今日はどういった御用件
かな?おっと失礼。今、お茶でもだすよ。それとも、お酒の方がお好みかい?
京:あ、いえ…お構いなく。その…張り紙を見てきたのですが、悩みを引き受けるって…。
カウンセリングのようなものなのでしょうか?
暇:うーん。どのようなものなのだろうね。君はどう思うんだい?
京:え?いえ、僕に聞かれましても…。その、悩みを聞くという事で、カウンセリングを連想して
きたのですが…?
暇:なるほど。そうかもしれないし、違うかもしれないね。
京:…。からかっているんですか?
暇:ぼくはいたって大真面目さ。
京:それなら、ここがどういう場所か、ちゃんと教えて下さい!
暇:だから、ここは悩みを引き受ける場所さ。それをどう見るかは君次第だろう?
京:…よくわかりません。
暇:うーん。わからないか、そうか。じゃあね、あの壁に掛けられている絵があるだろう?
京:え?ああ、はい。
暇:あの絵は君にはどう見える?
京:どうって…地平線から太陽が昇ってきている絵じゃないんですか?
暇:そう思うかい?
京:違うんですか?
暇:ぼくには、太陽が沈んでいく絵に見えるんだよ。
京:はぁ…。
暇:つまり、物の見え方は人それぞれなのさ。正解なんてあって無いようなものなんだよ。
絵の作者がこれは日の出だといったところで、見た人が日没に見えたら、その人にとっては
日没の絵にしかならない。
京:この絵にはタイトルは無いんですか?タイトルがあれば、この絵がどちらを意図した
ものか、わかるかもしれないですし。
暇:それは非常に面白くない。うん、とても面白くないよ。
京:なんでですか?
暇:だってね、君。絵描きが花の絵を描いたとするよ?けれども、その花の絵を見る人には
描いてあるものが花だと伝わらない。仕方無く横に文字で、これは花の絵です。なんて
書いたら滑稽も良い所だろう。情けなくって涙がでるね。
京:それはそうかもしれませんけれど…。それと、ここがどんな場所か、関係あるんですか?
暇:あるんだよ。ここも同じさ。ぼくは君の話を聞く。その結果、君はカウンセリング
を受けた気分になるかもしれない。ならないかもしれない。だからここがどういう場所か
と聞かれれば、ここは暇堂です、としかいえないんだよ。暇堂をどう思うかは、君の自由だ。
京:悩みは、聞いてくれるんですよね?あの、料金とかは、どれくらいなのでしょうか?
暇:悩みは是非ともお聞かせ願いたいね。料金か。そうだなぁ…いくらにしようか?
京:…料金設定とか、そういうものはないのですか?
暇:無いんだよ。困ったね。
京:あまり高額な金額なら、お断りしたいのですが…。
暇:うん、君は興味深い事を言うね。話を聞かせにわざわざこんな所まできたのに、今度は
お断りときたものだ。
京:高額な料金を請求されてもこまります。いくらかかるかわからないんじゃ、受けられない
のは当たり前じゃないですか!
暇:まあまあ、そうかもしれないね。わからないものは怖いからね。
京:…もう、いいです。失礼します。
暇:おや、君は少々せっかちだね。ふむ、うちは悩みは万(よろず)引き受ける、暇堂だ。
なにも話されずに帰られちゃあ、屋号(やごう)がすたるというものだ。今日のところは
無料で話をきこうじゃないか。
京:…本当ですか?
暇:誓って。
京:何に誓うのですか?
暇:細かいね。なんでもいいよ、そんなものは。
京:…はぁ。
暇:ほらほら、そんなことより。こんな場所までわざわざ何かを話しにきたんだろう?
わざわざここに話しに来た内容のほうに僕は興味があるんだ。さあ、話してごらんよ。
京:わかりました。…実は、勤めていた会社が倒産いたしまして…。
暇:うん。それで?
京:ぼくは幼いころに両親を亡くし天涯孤独で、ずっと施設で育ってきました。勉強は人一倍
しましたし、誰よりも努力してきたつもりです。一流の大学に入り、トップで卒業し、
そうしてやっとのことで去年、日本でも有数の大企業に入ったのに…そこが…。
暇:いやぁ、世知辛いものだね。世の中というものは。それでそれで?
京:…もう、どうしていいのか。自分はなんのために勉強して…いや、なんで今まで必死に
生きてきたのかもわからなくなって…。それで、ここに来ました。
暇:それで?うーん…。
京:何か…おかしいですか?
暇:つまり君は、ショックで何もかもわからなくなって、ここに来たということかい?
京:そう…ですね。
暇:そうか。でもね、ぼくもどうしていいかなんて、わからないよ。
京:あなたはどう思いますか?だって理不尽でしょう!?ぼくはこんなに努力してきた!
頑張ってきた!必死に生きてきたのに…どうして…どうしてですか!?なんでぼくばかり
こんな目にあうんですか!?もう、こんな人生は続けていたって仕方ないんじゃ…。
暇:落ち着くと良い。君には僕のことがわかるかい?
京:急に何を…?わかるわけないじゃないですか。
暇:なんでだい?
京:あなたはあなたじゃないですか。僕に赤の他人のあなたの事が、わかるはずがない。
暇:御名答。わかっているじゃあないか。その言葉をそっくりお返ししよう。なんで?と
聞かれても、僕も君じゃあない。他人だ。だから、わからないよ。
京:悩みを引き受けるのが、あなたの役目なんじゃないんですか?
暇:そうだよ。けれど君ね。ああ、辛かったね!かわいそうだ…。次はきっとうまく
いくから、大丈夫!がんばって!…なんて適当な言葉が欲しいのかい?
京:それは…違います。でも、自分がどうしてこんなに報われないのか、答えが欲しくって。
暇:答えは出ているんじゃないかなぁ?
京:答えが出ていたら、こんなところにわざわざ来ませんよ!
暇:君が全てわからなくなり、人生を続けていても仕方ないかもと思っているのだろう?
京:はい。
暇:けど、ここにきている。もし本当に続ける気が無ければ、今頃はどこかの高層マンション
の屋上にいるかもしれないし、どこかでロープを買っているかもしれない。けれど、君は
そういった事をせずにここにいるんだ。
京:死ぬ…と言葉だけで言っている、弱虫だとでもいいたいんですか…!?
暇:とんでもない。君はここに来るまで沢山の葛藤があっただろうね。その中には死という
選択肢も事実あっただろう。けれどここに足を運んだ。ここは悩みを引き受ける場所。
それがどういう意味かわかるかい?
京:…ちょっと、わかりにくいです。
暇:君は、根本的な答えは、もう出ているんだ。生きる、ってね。ただ、どう生きるかを
迷っている。もっと言えば、どう「自分の力で」生きていくのかを迷っているんだ。
京:どうしてそんなことが、あなたにわかるんですか!?
暇:まず、死ぬつもりなら、こんなにわかりにくい、張り紙だけでロクに地図もない場所まで
足を運ばず、さっきも言ったように違う所に向かっているさ。そして、生き方に迷っている
のなら、きっと教会なり御寺なりに駆け込んでいるよ。
京:なんで教会や御寺なんですか?
暇:「教え」があるからさ。人生に悩めば教典を開き、その教えにのっとり動けばいい。
けれど、君は自分の意思でこのわかりにくい場所まで来て、ぶつぶつと、まあ弱音を言いに
きたわけだ。
京:なんだか、宗教を否定しているような言い方ですね。
暇:まさか。僕は宗教には敬意を払っているよ。わからないことを「神」等と位置づけ、長い
歴史の中で数えきれない人間を導いてきた功績は、素晴らしいものだ。ただ、宗教談義を
するつもりはないけれどね。想像を絶する年月を息づき、科学が発達した現代でも全く
色褪せぬ教えには、学ぶこともきっと多いはずさ。
京:学ぶことは多いのに、ぼくは宗教に頼ってはいけないのですか?
暇:いけなくないよ。生き方にいけない、これが良いなんてあまり無い。法律というルール、
システムから外れなければ、どう生きようが自由だ。ただ、君には向いていない。
京:そう思う理由を、教えてください。
暇:君は、自分で歩くのが好きなのさ。だからこんなところまでやってきているんだ。
宗教は人生の道導べ(みちしるべ)であったり、地図であるところも多々ある。祈る事が
大事な人間もいれば、祈りに使う時間より、その時間を手を動かしていたい人間もいる。
京:確かに、ぼくは何かに祈ったりする習慣はありません。何に祈っても変わりはしないと
思っている。救ってくれる人なんて、今までもいなかった…。
暇:大事なのは、祈りを大切にする人を否定しないことだけれどね。何が貴重かは人それぞれ
だからね。けどまぁ、君はそうして自分で歩いていきたいわけだ。
京:今までずっと、そうしてきましたから。
暇:ふむ。そうして、その歩みをここでやめるつもりもない。
京:…あなたの言葉からすると、そういうことになるのかもしれませんね。
暇:じゃあ、違うのかい?
京:わかりません。
暇:いいや、君はわかっているよ。人間はわからないものには、理由をつけるものさ。
さっきの「神」とか、「奇跡」とかね。過去の事例を紐解けばきりがないほどだよ。
しかし、わからないを抱えた時に答えを外に求める人間と、内側…つまり自分で見つけ
ようとする人間がいるんだ。これは、大ざっぱ、かつ乱暴なまとめ方ではあるけれどね。
京:ぼくは、内側…自分で見つけようとする人間なのですか?
暇:僕はそう見たよ。君はきっとそうなのだろう。
京:死ぬつもりなら、ここには来ない……。答えは、自分で見つけたい……。
わからないものには、理由を…。
暇:君は自分がついていない、不幸だと理由をつけた。けど納得がいかないのさ。そして
不幸によって何かを諦めるタイプの人間でもなかった。とすると、答えは明白。
京:答えなんてそんな簡単に出ているのなら、ここには…。
暇:でも、生きるのだろう?
京:それは…そうですね。でもどうやって…。
暇:どうにでもなるさ。
京:随分と、冷たいんですね。
暇:そんなことはない。ぼくは誰にでも平等だ。君は生きるか死ぬかの答えなんて、
とっくに出していた。生きるか死ぬかを決めたなら、生き方だって決めていけるさ。
京:でも、今の社会はそんな簡単には…。いや、そう…ですね。うん。そうなんでしょうね。
暇:そうなんだろうねぇ。
京:ありがとうございます。なんにもスッキリしないような話だったのに、なんだか気持の
つかえがとれた気もします。
暇:スッキリしない話か。褒め言葉だね。ありがとう。
京:それじゃあ、もう行こうかな。あの、御代は?
暇:無料とさっき言ったじゃないか。
京:本当に、それでいいんですか?
暇:二言(にごん)はないよ。それに君は最初から答えをもっていた。僕に話そうが、壁に
向かって話そうが、きっと答えは同じだったよ。交通費が申し訳ない位さ。
京:不思議な人ですね…。それじゃ、失礼します。
暇:もう少し、ゆっくりしていってもいいんだよ?
京:いえ、これから、生き方を探しに行きたいので。
暇:そうかい。それじゃ、ここにいても仕方がないね。
京:はい。ありがとうございました。
暇:また来るかい?
京:わからないです。でもこのわからないは、このまま抱えていこうかと思います。
暇:君は強いねぇ。
京:では、ありがとうございました。
SE:ドアの閉まる音
暇:悩みは万(よろず)引き受けます。そうは言っても、多くの人は答えを自分の中に、実は
きちんと持っている。それでも悩む。人間、全く不思議なものだね。さて、これからは
どんな人がここに訪れるかな?君も暇堂に来てみるかい?夕暮れ時の町の片隅、誰も
気がつかないような張り紙を、そっと手にとってみたくなったら…。いつでもお待ちして
いるよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
終わり
にほんブログ村
参加しています。よろしければクリックお願いします!