これから始まる水瓶座(アクエリアス)の時代は蛇文文明なのか? | ミタクエオヤシン

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ミタクエ・オヤシンとはネイティブ・アメリカン、ラコタ族の言葉で「私に繋がる全てのもの」という意味です。
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日々日常、非日常、音楽、映画、宇宙、スピリチュアル・・・などを綴ります。


最近は、Facebookのほうにアップした記事で満足してしまい、ついついブログのほうがおろそかになってしまってます(^。^;)

自分のスタンスとしてブログはエッセイの如く長文になってしまうので、腰が重くなってしまうようです(笑)
ましてや音楽モードが続いている時(只今ニューアルバム制作中)は、脳内で文字モードへ変換するのが大変でして、言葉を紡ぎ出すのに根性が必要なのです。

気軽に書けたらいいんですけどね~。

なんて愚痴っぽいことを言ってもしょうがないのですが、根性出して書いてみます(^^)

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最近思っていること・・・

結論から言っちゃいますが、タイトルにも掲げたように

これから始まる水瓶座(アクエリアス)の時代は蛇文文明か?

ということでして、なぜそう思うのかを考察してみようと思います。

きっかけは新月の日に。(弁天様と天照様)にも書きましたが、
5/4の鴨川の厳島神社での60年ぶりの本開帳に行ったときのことですが、鴨川在住のみつさんの導きのもと、鴨川の海岸で蛇紋石が取れるということで、友人たちと夢中で拾いました。

みつさんは去年のシーフェスタ(鴨川の浜辺で行われるフラダンス系のイベント)の出店で買ったというペンダントを見せてくれ、この石はここで摂った蛇紋石なんだってさと教えてくれました。

そして先日、ぼくもシーフェスタでゲットしたのです。

 

左はシーフェスタで買った蛇紋石ペンダント、右は鴨川の海岸で拾った蛇紋石です。

ちょっと調べてみたんですが、日本全国で採取できるようですが、千葉県では房総半島の鴨川でしか採取できないみたです。

 

調べてみて、ああこの石かと。特徴があるのでわりと見たことある石だったのですが、名前が蛇紋石というのは知りませんでした。

サーペンチンは半透明から不透明で、黄色から緑色の翡翠に似た石です。塊状の結晶が共生した集合体の鉱物で、柔らかく加工しやすいのが特徴です。研磨すると独特の模様が現れ、古くから護符などに用いられてきました。集合した結晶の状態が蛇の皮の模様に似ているため、ラテン語の「serpentinus(蛇のような)」が名前の由来となっています。
http://www.i-party-store.net/list-sa/serpentine.php

ぼくはなぜかこの蛇紋という言葉が気になりました。
集合した結晶の状態が蛇の皮の模様に似ているというのが云われのようですが、友人に冗談でこれからは蛇紋石ブームが来るんじゃない?
いやこれからの新しい時代は蛇紋文明なのかもしれない・・・。
なんて思いつきで言ったのですが、このことがこの時をきっかけに頭にこびりつきました。

これは縄文時代に引っ掛けて思ったことなのですが、あとで思ったのは「紋」と「文」で違うじゃないと。
「紋」は家紋や紋章などで使ういわゆる「模様」の意ですよね。

そこでふと思ったのは、なんで「縄紋」ではなく「縄文」なのかと。

ウィキペディアで調べたら名称の項目にこう書いてありました。

「縄文」という名称は、エドワード・S・モース(Edward S. Morse 1838年 - 1925年)が1877年(明治10年)に大森貝塚から発掘した土器を Cord Marked Pottery と報告したことに由来する。この用語は矢田部良吉により「索紋土器」(さくもんどき)と訳されたが、後に白井光太郎が「縄紋土器」と改めた。そして、「縄文土器」へと続いてきた。「縄文時代」に落ち着くのは戦後のことである。なお佐原真はこの語の原義を念頭において「縄紋」という呼称を使用している。

なんだ!元々は「縄紋」だったのではないですか?!
「縄文時代」に落ち着いたのは戦後のことって書いてありますよね。

なぜ「」から「」へ変更されたのでしょう?
戦後っていうのがなんか怪しいなぁ(笑)

 
縄文土器(縄の模様がついている)


さて、そろそろ考察の主題に入っていきますよ。

ウィキによると縄文時代は、年代でいうと今から約1万6,500年前(紀元前145世紀)から約3,000年前(紀元前10世紀)と書いてあります。

そして
縄文時代は、縄文土器が使用された時代を示す呼称であったが、次第に生活内容を加えた特徴の説明が為されるようになり、磨製石器を造る技術、土器の使用、農耕狩猟採集経済、定住化した社会ととらえられるようになった。

つまり縄文というネーミングは発掘された縄文土器から来ていることになります。
上のウィキにあった土器の写真は、まさに縄の模様に見えます。

しかし、いわゆる縄文土器でも縄文時代中期のものとされる火焔土器などを見ると、もはや縄模様には見えません。
 

上の方が焔のような形状なので火焔土器と名付けたのでしょうが、たとえばこういう土器・・・

 

これって蛇(模様)に見えませんか?

いわゆる縄文土偶や縄文土器を象徴する模様には、ほとんど「渦」が描かれてますよね?
渦と言えば、とぐろであり、まさに蛇じゃないですか?
おっと、あんまり蛇を追求はしませんからご安心を!
写真はもちろん載せませんよ(^^)
でも縄文土偶ならいいでしょ?

こういう考えで改めて縄文土偶見たら、顔も蛇っぽいなぁ。(^。^;)
縄文のことはあまりにも深いので詳しくは書きませんが、ぼくはこの考察で言いたいことは、
縄文とは元々は縄紋であり、本来は「蛇」紋であったことをある意味カモフラージュするために、縄文時代と名付けられたのではないかと。
ウィキペディアで初めて知りましたが、もともとは「縄紋」だったのを、戦後「縄文」になったというのも、なにか意図がありそうな気がしてしまいます。
別に陰謀論を持ち出したいわけではないのですが、蛇は世界中の神話などにも登場しますし、ある意味、とぐろを象徴する渦は宇宙でもあるわけですから、すべては渦であり螺旋であるわけで。
古来より蛇信仰があります。
そして蛇と近いのが龍であり、龍神は水の神様として崇められてきました。
先日FACEBOOKに載せたのですが、ここ最近の日本列島の雲をGoogle Earthで見てみると、龍の形をした雲が現れていました。
 

 
さて、蛇や龍にまつわる古代の話や宇宙の話、まあスピリチュアル系話などにアクセスしたら、この考察も終わらなくなってしまうので、そろそろまとめに入ります(笑)

縄文時代にあった高度な縄文文明とは、実は蛇紋文明なのではないかと。
それは龍神信仰であり、今まで続いた魚座の時代から水瓶座(アクエリアス)の時代へと移行していく今年2013年は、おおきな節目の年でもあり、日本においては、先日5/10に行われた60年ぶりの出雲大社「大遷宮」、そして10月に行われる20年ぶりの伊勢神宮の式年遷宮と重なるのにも意味があるのでしょう。
ちなみにこの蛇紋石を拾った日も鴨川の厳島神社での60年ぶりの本開帳の日でした。
そうそう誤解がないように言っておきますが、あえて縄文と名付けたのは、否定的な意味ではなく蛇紋よりは縄文のほうが親しみやすいからじゃないかと。
蛇ってつくだけで敬遠する人多いでしょうし(笑)
94年頃でしたっけ?三内丸山遺跡がきっかけで縄文ブームが来ましたよね。それにあの岡本太郎氏が縄文から影響受けていて、ほとんど誰も関心がない頃に自ら写真を撮りに行っていたりと。
つまり縄文意識が今の時期に呼び覚まされるように仕組まれていたのかもしれないなんて思いました。
そしてこれからの新しい時代へ向けて、蛇神や龍神の蘇りが起こり新しい文明へと進んで行くのではないかと思うのです。
まさに「水」瓶座にちなんだ統合の時代。科学と精神の統合であり、女性性を重んじた女神の時代なのでしょう。
まあ蛇紋文明というのには抵抗あるかもしれませんが、根底には「渦」を主体とした時代なのだと思います。
宇宙は波動であり、すべては渦なのですから。
長くなってしまいましたが、自分の思いを書けたのですっきりしました(^^)
なお途中から設定が変で1行空くようになってしまい余計長くなってしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございます♪
さてまた音楽モードに戻りま~す(^。^;)