俺が罹患している双極性障害。厄介な病名だ。

うつ病ならうつ病で認知されているだろう。

「障害」と付くと、人の見る目も違ってくる。

パニック障害なんかだと、これは堂本剛あたりの芸能人がカミングアウトしているから、

「私もパニック障害」「私もそうかも」と我も我もと、むしろなりたがる人が多い気がする。

 

とはいえそれはネット上の話だろう。

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ここ数日で、生活のリズムを変えることで(というか、変えようとできる時点で鬱から抜け出せるだけのパワーが戻っているのだけど)、ひどい鬱から躁へ切り替わろうとしている。

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我々双極性障害の持つ躁の部分、鬱の部分。これらは切り替わる切っ掛けはあるか?

 

人によるのだろうか。俺の場合、確実に、ある。

それは様々で、テレビで見たプロレスラーの自殺のニュースだったり、

あるいは、ふと立ち寄った飯屋の従業員の態度にムカついたということだったりする。

 

今回の鬱は5か月くらい続いたかもしれない。

これは壮絶だった。

抗いもした。と思う。

 

ただひたすらに眠かった。

コロナ騒ぎで、家にいることが世界を守ることにつながると言われ、これ幸いと

ひたすら寝続けたのだ。

 

それでも、寝続けることをよしとしなかった。

夏休みの中学生のように、このまま昼も夜も寝続けていればいいやとは思わなかった。

 

なんとか動こうとしたし、外に出られる切っ掛けを作ろうとした。

みんなそうだろうと思う。

だから双極性障害が苦しいのだから。そこが双極性障害の苦しさなのだから。

少なくとも鬱状態のね。

 

躁状態の苦しさもよくわかっている。

でも鬱状態の時は「躁状態の幸せときたら」なんて思ってる。

 

だから早く躁状態が定着してくれればと思ってる。