熊本城02

崩落した熊本城の石垣に「観音菩薩」が出現(NHK)

一連の地震で大きな被害を受けた熊本城で、崩落した石垣の石から戦国時代に彫り込んだとみられる観音菩薩が見つかり、インターネットで話題になっています。

熊本城で地震の被害があった石垣53か所のうち、北大手櫓門跡では、石垣が隣接する「加藤神社」の境内に崩れました。神社の宮司が被害を確認したところ先月24日、石に彫り込まれた観音菩薩を見つけました。観音菩薩は、背丈が40センチほどで、後光が差し、ハスの葉の上に乗っている様子が描かれています。

熊本城01

熊本城調査研究センターによりますと、この観音菩薩は、戦国時代に一般の人たちが先祖を供養しようと、「板碑(いたび)」と呼ばれる板状の石碑に彫り込んだものだということです。

その後、江戸時代に、熊本城の石垣を造る際、急いで石を集めたために、身近にあった板碑を石垣の石に転用したものとみられ、およそ400年の時を経て今回の地震で出現したのではないかということです。

発見した加藤神社の湯田崇弘宮司は、フェイスブックを通じて「永い時を経て現れたこの観音様に思いをはせると胸が揺さぶられる」と思いをつづり、13日までの3日間に1600人以上の反響がありました。湯田宮司は「地震の被害が大きく、悲しいことばかりでしたが、観音様を見て自然と手を合わせました。私たちのことをこれからも見守ってくれると思います」と話していました。(転載終了)
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観音菩薩には様々な観音様がおりますが、その中でも「地獄道」の民を救う聖観音菩薩をご紹介します。最も有名なのが、奈良市西ノ京にあります【薬師寺】の聖観音菩薩(国宝)です。

それにしても、金の亡者が続々と表面化しているタイミングでの【観音菩薩出現】は考えさせられますね~。

薬師寺(奈良市)の聖観音


≪観音(滋賀県大津市三井寺より)≫

観音さんは、私たちに最も身近なほとけである。慈悲深く、人々に最も慕われているほとけである。苦難に直面したとき、「南無観世音菩薩」と一心に称えれば、観音は即座にその苦しみを聞き、われわれに温かい救いの手を差し伸べてくれる。

仏教の深遠な教理を説くのでなく、あらゆる衆生の現世の願いを叶えてくれるのである。

観音02

観音は大乗仏教の成立とともにある最も古いほとけの一つだが、原形は古代イランのゾロアスター教の女神、水を司る女神だと考えられている。ほとけというが、正しくは菩薩であり、菩薩というのは、衆生を救おうと立てた誓いを成就するとき、ほとけになる者をいう。

しかし観音は、その前は正法妙如来というほとけであり、いまの修行を終えたとき、今度は光明功徳仏というほとけになる。現在、菩薩の身であるのは、衆生のより身近にいて、衆生のどんな悩みでも聞こうというためである。

観音01

観音は、人を救うとき、三十三種類の姿に身を変えて救う。帝釈天や毘沙門天や阿修羅や。この観音の三十三化身を受けて、三十三種類の観音が成立する。

なかでも、末法の時代が始まると考えられた平安時代には、来世は少しでもいい処に生まれ替わりたいと、特に地獄に落ちる恐怖からは逃れたいと、六種類の来世に生まれ替わるという六道輪廻(ろくどうりんね)に対して、六観音信仰が生まれた。(転載終了)