科学と一神教は、世界は一つの原理(または神)で説明できるという考え方。
科学はキリスト教という一神教の世界観から生まれた考え方。神がいるとすれば、必ず神の仕業としての一元的な原理から世界が成り立っているはずと考えたわけだ。
これは様々な神(原理)を是とした多神教からは生まれない考え方。そして、科学の世界を支配しているのは、現代に至るまで、一神教のルーツというべきユダヤ教徒のユダヤ人。アインシュタインやオッペンハイマーなど、近代物理学者は、ユダヤ人が多い(哲学も金融も経済学も)。
つまり、ユダヤ教的一神教的世界観で生まれ育った民族、そして彼らの悲劇的環境が影響して、このような結果になったのだろう。
一方で、人間は、因果論で説明できないと気が済まないという本性も持ち合わせている。これは、、生物が本来持っている因果論に基づく習性に起因するという。
橘玲氏の「(日本人)」によれば、長い進化の過程で、因果論を神経系に組み込んだ生物が、このプログラムを持たない生物よりも子孫を残すのに有利だったのだという。
つまり、物事を原理的に論理的に考えるという習性は、生物の本性であって、より子孫を残すための重要な習性だというのだ。
これは人間の歴史を紐解いても、十分に説得力ある考え方。人間という生物種が、世界最強(=子孫を残す能力が高い)の生物種になったのも、この因果論を後天的においても身につけ、更に記憶して、他の人や将来に引き継ぐことができる能力を持ち合わせていることになったから。
その過程の中で、生物の本性にフィットした一神教が生まれ、全世界に急速に広まり(これは生物の本性からしたら必然ということだったのだろう)、科学という考え方を生み出し、争いの少ない世界(原始的世界と比較して)、食糧革命・医療革命を起こして死ににくい人間環境を創り出し、、子孫を残しやすい種となった。
やはり、人間の本性は、因果論で思考せざるを得ない、つまり常に課題認識をするニヒリストであるが、ニヒリストたる本性が、結果として将来に楽観的世界を生み出している原理となっているのだろう。
やはり、人間は生物の本性をより突き詰める事ができた生物種であるがゆえに最強の種となったというわけだ。
そして、それはすべてを因果論で説明しないと気が済まないという人間本来の本性にもフィットする。