映画『天井桟敷の人々』とその題名 | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

映画『天井桟敷の人々』とその題名

 フランス映画『天井桟敷の人々』を改めて見てから、この作品から受けた感動が大きければ大きいほど、それに正比例して疑問がふくらんで来る事柄がひとつあります。肝心の題名の意味なんですが―。

 いや意味は、はっきりしています。フランス語の原題は『Les Enfants Du Paradis』。paradisは英語のparadiseすなわち天国だけれど、フランス語では劇場の天井桟敷という意味も辞書にちゃんと出ています。

 歌舞伎座でいえば3階の一幕見の立ち見席ですね。

 enfantsはこどもという意味のenfantの複数形ですから子どもたち。しかし、どこそこ生まれの人という語意で使われることもある。Enfants de Parisといえばパリっ子です。

 つまり『天井桟敷の人々』は訳語としてはきわめて真っ当なわけです。

 にもかかわらず、私の気持のなかではどうも座りが悪い。なぜか?映画の主役たちが、勝手に野次なんか飛ばす立ち見席の常連客ではないからです。

 主役たちは、前回紹介したようにしがない女芸人、俳優、ごろつき作家などだからです。

 ただし、こんな解釈はなり立たないでしょうか。舞台に立つ彼等も天井桟敷からの声援で育てられるのであれば、天井桟敷の観客と同類なのだと、その延長線上にあるのだと―。少し強引かな。

 つまり監督のマルセル・カルネや脚本家のジャック・プレヴェールには、見物する側、演じる側両方をひっくるめて『Les Enfants Du Paradis』、すなわち『天井桟敷の人々』と呼びたい気持があったのではないか、これが私の解釈です。

 それとも監督や脚本家は、劇場では舞台の上の俳優たちより天井桟敷の名も知れぬ観客こそ重要な存在と位置づけたかったのかな。

 日本の映画評論家でこの映画にもっともくわしい人は、映画界切ってのフランス映画通(とくにヌーヴェル・ヴァーグの紹介者として著名)山田宏一さんでしょう。作品解題、カルネ監督との一問一答、シナリオ全訳を含む『天井桟敷の人々』(ワイズ出版)という著作まであるくらいですから。

 しかし、残念ながらこの本にも私の小さな疑問を解いてくれる記述は見つかりませんでした。

 それにしても山田さんは凄い。初めて見たのは中学2、3年生のときのことで、以来50回以上は見てきたというのですから。

 山田さんのこの本の「名作の名せりふ」という章に次のようなくだりがあります。

 こんなダジャレもあって笑わせた。パントマイムを観ている劇場の「天井桟敷」の連中が野次を飛ばすと、下の席の客がどなり返す。
 「やかましい!無言劇が聞こえんぞ!」

 なんと機智に富んだ科白であることか。フランス的エスプリとはこういうことを指すんでしょうかね。


午前十時の映画祭公式HP:http://asa10.eiga.com/


山田宏一さんの著書です。
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