60年ぶりに再会した映画『天井桟敷の人々』 | 安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

60年ぶりに再会した映画『天井桟敷の人々』

 フランス映画史に一大傑作としてその名を残す『天井桟敷の人々』(監督マルセル・カルネ)は、戦後の昭和20年代に青春を過ごした私たち世代には掛け替えのない一篇です。

 19世紀のパリの芝居小屋を背景にした人間模様のどこに心惹かれたのでしょう。いんちき見世物の妖婦を演じるアルレッティに惑わされたのか。蝶が舞うような軽妙なパントマイムを演じるジャン・ルイ・バローのとりこになったのか。

 このマルセル・カルネ監督の名作が初公開されたのは、昭和27年、1952年のことです。私の周辺にいたフランスかぶれたちは、夢見心地でこの映画を褒めちぎったものでした。

 当時、もちろん私も見ましたよ。でも、どちらかというとジャズやハリウッド映画などアメリカ文化にかぶれていたので、彼等ほどではなかった。フランスの香りが嗅げなかったのかもしれない。

 お正月、往年の名画を再上映する“午前十時の映画祭”の一環として、この映画が上映されているのを知り、見に行きました。有楽町のTOHOシネマズみゆき座です。

 60年ぶりの再会でした。覚えていた場面はパリの雑踏とパントマイムの舞台ぐらいかな。

 二部構成、180分を超える大長篇です。しかし、ひと癖もふた癖もある登場人物たち、そのからみ合い、次々と起こる予想外の出来事、しゃれた科白、詩的で、時にはまた迫力満点の映像などで飽きることなどありません。

 物語は、見世物小屋で裸を売りものにするガランス(アルレッティ)と4人の男たちの恋の鞘当てといったらいいか。もっとも男たちの性格や立ち場はそれぞれ多分に異なります。

 純情一途のパントマイム役者バチスト(ジャン・ルイ・バロー)、二枚目を気取る俳優ルメートル(ピエール・ブラッスール)、無頼の自称作家ラスネール(マルセル・エラン)、金に明かせ女を束縛するモントレー伯爵(ルイ・サルー)。

 映画の面白味は、シナリオ作家と監督の作り出した人物像、それを演じる俳優に尽きるんですね。『天井桟敷~』はそのことを改めて思い知らせてくれます。

 戦後の私たち若い世代がなぜこの映画に感動したのか。もちろん作品の完成度がきわめて高かったからです。しかし、それだけではなく撮影の裏事情を知って気分が高揚したせいもあるのではないか。

 『天井桟敷~』製作時、フランスはナチス・ドイツに占領されていた。パリでの製作は不可能だったけれど、南仏は非占領地域なのでニースの撮影所などを使えば、なんとか撮影できたらしい。

 南仏にはナチスに追われたユダヤ人芸術家も隠れ住んでいた。この映画のスタッフの一員として働いた美術のアレクサンドル・トロネール、音楽のジョセフ・コスマらもそういう人達です。

 『天井桟敷~』の製作には反ナチス・レジスタンス運動という隠された側面もあったようなのです。

 戦後、ドイツ占領下のフランス・レジスタンス運動の実態を知った私たちは、その志の高さに大いに感銘を受けました。この運動を日本に初めて紹介した左翼系評論家淡徳三郎氏の著書『抵抗レジスタンス』が出版されたのは、1949年(昭和24年)のことで、たちまちベストセラーになったものです。

 つまり若者たちは、戦後の民主主義活動に関連してレジスタンス運動にも共鳴し、更にその延長線上でこの運動とも通底する映画『天井桟敷~』にものめり込んでいったのではないか。

 これはあくまで私の推測ですけれど。

 『天井桟敷の人々』の脚本を書いたのは詩人としても有名なジャック・プレヴェールです。この人が作詞し、『天井桟敷~』で音楽を担当したジョセフ・コスマが作曲した有名なシャンソンがあるのを、皆さん、ご存知ですよね。

 えっ知らない?まさか。「枯葉」、あの「枯葉」ですよ。



午前十時の映画祭公式HP:http://asa10.eiga.com/

左よりブラッスール、アルレッティ、バローの名優たち
安倍寧オフィシャルブログ「好奇心をポケットに入れて」Powered by Ameba

(c) 1946 Pathe Cinema - all rights reserved.