第三章 えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗って
一
里志と由美子は、自動販売機で缶コーヒーを買ってから、えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン泊駅行きの列車に乗った。九時四十五分に列車が発車すると里志が、
「次の谷浜駅メロは、グラス・ルーツの恋は二人のハーモニーだって。中々ロマンティックだね」
「それはそうと、富山に行った時は特急に乗ったので、谷浜駅とか次の有間川駅などは、あまり覚えていないわ」
「そうだね。直江津駅の次に停まるのは糸魚川駅だから、いくつ駅があるのかも分からない。でも、こうして各駅停車に乗りながら、ある人が勝手に決めた駅メロを追い掛けていくと面白いよね」
と言ってから、二人とも缶コーヒーを飲み始めた。それから二分後に列車は谷浜駅に着いた。
谷浜駅を出発すると、次は有間川駅である。里志はブログを見ながら、
「有間川駅メロは、矢沢永吉の二人だけで、次に続く言葉がありませんだって」
「まあ、面白いわね。有間川、次の言葉は、ありません、なの?」
と言って、由美子もブログを読み始めた。それから由美子が日本海を見ながら、
「日本海の海は真っ青で綺麗だわ」
「でも、海が見えるのは有間川駅までで、それから先は頸城トンネルだと思う。浦本駅に着けば海が見えるはずだ」
右手に有間川漁港を望みながら、列車は有間川駅に着いた。
有間川駅を出発すると、マップを見ていた由美子が、
「名立にも漁港があるわよ。名立駅メロは、坂本冬美のふたりの大漁節だって。今日の夕飯は、お刺身定食で決まりね」
「よし、今夜は糸魚川駅前の食堂で刺身定食だ! 新潟の美味しいお酒と一緒に」
「まあ、里志さん。悪いわね。二日間もご馳走になって」
と言ったので、里志は気恥ずかしそうにブログを見ながら、
「糸魚川駅メロは、二人の星をさがそうよだって。ちょうどいいじゃないか」
「歌っているのは、アメリカ歌手のポールとポーラよ。そうすると私がポーラかしらね」
の言葉に里志は思わず、
「いや、由美子には参ったな。すっかりヘイ・ポーラになってしまってさ」
と言ったので、二人は顔を見合わせて笑った。それから列車は、山間部を抜けて名立駅に着いた。
名立駅を出発して、列車が頸城トンネルに入ると里志が、
「次の筒石駅はトンネルの中なので、途中下車して地上の駅舎に行こう」
「筒石駅メロは、橋幸夫の雨の中の二人よ。私たちはトンネルの中の二人だわ」
トンネルの中を走ること三分後に、列車は筒石駅に着いた。
列車を降りると、二人はプラットホームを歩いて、地上にある駅舎に行くため階段を上り始めた。何しろ地上に出るまで、階段が二百九十段もあるという。ネットでそのことを知った由美子が、
「里志さん。階段が二百九十もあるのよ。マンションで言ったら、何階くらいになるのかしら?」
「おや、由美子さん。それはいい質問だね。マンションとビルでは天井の高さが違うけど、マンションの場合は大体、一階あたり十三段くらいだ」
「そうすると二十三階くらいにもなるの?」
と言ったところで長い通路に出た。ここを少し歩いて行くと、また階段があり地上に出るようだ。里志は頭の中で計算してから、
「いや、合っているね。それにしても、そんなに早く計算できるとは、恐れ入谷の鬼子母神だ」
その後、二人は長い階段を休み休み登り、やっとの思いで地上の駅舎に来た。駅舎から外に出ると思っていた通り、四方は山に囲まれていた。外の美味しい空気を胸一杯に吸い込んだ二人は、コンビニで買ったパンと缶コーヒーを飲むことにした。それから二人は、筒石駅舎をスマホに撮って、トンネル内にあるプラットホームに戻って来た。
二
筒石駅十一時十四分発の列車に乗り、長い頸城トンネルを抜けると、そこは雪国だった、ではなく(NO)能生駅だった。列車が能生駅に着くと由美子が、
「能生駅メロは、ウォーカー・ブラザーズのふたりの太陽だわ」
「それは実にグッド・タイミングだ。太陽が顔を出しているよ」
と言って、二人は列車を降りた。能生駅舎を出た二人は、マップを頼りに海岸沿いまで歩いて行った。途中民家は少なかったが十五分ほど行くと、海沿いに能生海水浴場があり、旅館や飲食店が見えてきた。二人は国道八号線に出ると右折して、能生弁天島を目指した。
初夏の日本海を左に望みながら、二人は弁天島に行く橋を渡った。コンクリート製の橋だが、何故か手摺りが朱色に塗られていた。弁天島にある鳥居が朱色だからなのだろうか。二人は橋を渡り終わると小石の坂道を上り、鳥居を潜って島の頂上に来た。白い灯台もあり、国道八号線と防波堤に挟まれるように能生海水浴場が見えた。その先に先ほど行ってきた筒石駅の山並みも見えた。そして反対側には青い海原が水平線の果てまで見えた。思わぬ光景に由美子が、
「まあ、素敵だわ。海から歩いて島に行けるなんて、中々ロマンティックよね。何となく江の島を思い出したわ」
「そうか。それじゃ灯台をバックに写真を撮ろうか」
と言って、里志はポケットからスマホを取り出した。由美子もバッグからスマホを取り出して、思い思いに写真を撮った。写真を撮り終ると里志が腕時計を見ながら、
「あれ、もう十二時を過ぎている。由美子さん、今度はおにぎりとお茶を飲もう」
「そうね。初夏の日差しの下で海を眺めながら、おにぎりを食べるのは最高よね。しかも里志さんと二人きりで」
「おや、由美子さん。早速、二人だけのシーズンが効きましたね。太陽に下の十八歳じゃなかった、太陽の下の高齢者だな」
里志が言ったので、由美子は苦笑いしていた。
昼食後、二人は弁天島を下りてから橋を渡り、国道八号線に出た。能生駅には戻らず、左折して道の駅「マリンドリーム能生」に向かった。十五分ほど歩くと左側に、「マリンドリーム能生」の建物が見えてきた。それにしても、田舎の道の駅とあって駐車場が広い。平日なのでかなり駐車場に空きがあった。二人はマリンドリーム本館に入り、お土産店に行った。そこで糸魚川の地酒一本と、糸魚川ヒスイ勾玉を二個買った。
それから二人は、お目当ての「かにや横丁」に行った。何しろ日本海最大級のベニズワイガニ直売所で九軒もある。えちごトキめき鉄道の各駅発車メロディが、二人が付く歌だったので、入口から二番目の直売所で買うことにした。里志はベニズワイガニを一箱買って、宅急便で送ってもらうことにした。里志が支払いを済ませると、次は鮮魚店に行った。アジの干物六枚と干しするめを三枚買った。今度は由美子がお金を払い、バッグに入れたところで由美子が言った。
「里志さん、能生駅までバスがあるようだけど、荷物があるのでタクシーで行きましょうか」
「そうだね。その前にスマホで能生駅の列車を調べよう」
それから二人は鮮魚店を出て、日本海が見える広場に向かった。防波堤に来ると由美子が、
「あら、さっき見てきた弁天島が見えるわ。それにしても日本海を吹き抜けていく潮風は、本当に清々しいわよね」
「そう。湘南の海とは雲泥の差でしょ」
と言って、里志はポケットからスマホを取り出し、能生駅の列車発車時刻を調べた。
「由美子さん。今、三時十分前だけど、能生駅発糸魚川行きの列車は午後三時五十三分がある。タクシーに乗れば数分で着くから、あちらにあるアスレチック広場に行こうか」
「そうね。暫らく日本海を見ていたいわ」
と言って、二人はアスレチック広場まで歩いて行った。広場に着くと、由美子はバッグからスマホを取り出した。それを見て里志が、
「あれ、由美子さん。こんなところで写真を撮るの?」
「いえね。あの人たちに電話しようと思って」
と言って、由美子は弘子に電話した。
「もしもし、西野ですが。こんにちは」
「はい、大谷です。こんにちは、今、どちらからですか?」
「私と主人は、新潟県の能生に来ているの。大谷さんは知っていますか?」
「はい、確か糸魚川の手前だったと思います。するとこれから糸魚川に行って、富山と金沢にも行かれるのですか?」
「そうです。今、能生にある道の駅から日本海を見ているところよ。日本海の海はとても素敵だわ」
「私たちは、買い物が終わって喫茶店にいるの。お電話、代わりますわ」
少し間を置いて隆行の声が聞こえた。
「もしもし、吉川です。こんにちは」
「吉川さん、こんにちは。私と主人は、新潟県の能生に来ているの。主人と代わりますわ」
と言って、由美子はスマホを里志に渡した。スマホを受け取ると里志が、
「吉川さん、こんにちは。今、能生にある道の駅に来て日本海を見ているところです。そして今夜は糸魚川に泊る予定です」
「はい、吉川です。こんにちは。ところで西野さん。各駅メロのブログを見ましたが、日本海というと、二人が付く歌でしたね。そして富山県からは太陽がつく歌でした。私と弘子は、日本の歌はだいたい知っていますが、外国の歌はビートルズの恋する二人くらいなものでした」
と言ったので、里志はタイミング良く、
「西川さんと大谷さんは、まさしく恋する二人ですね。私たちは二人だけの海といったところかな」
「先に西野さんに言われてしまいました。でも、二人が付く歌には素敵な歌が多いですね。それから太陽が付く歌も」
隆行の笑い声が聞こえたので里志が、
「それじゃ、吉川さん。これで失礼します。また電話しますから」
「今日は、お電話ありがとうございました。それでは楽しく旅行を続けてください。奥様にもよろしく伝えてください」
電話が切れたので、里志はスマホを由美子に返した。
その後、二人がマリンドリームの出口に来ると、タイミング良くタクシーからお客さんが降りたところだった。早速、二人はタクシーに乗り、能生駅前に着いたのは午後三時四十分だった。里志がタクシー代を払い、二人は車を降りて能生駅に戻って来た。
三
二人は糸魚川駅までの乗車券を買って、プラットホームに入って行った。それから少し待っていると、列車が来たので二人は列車に乗り、海が見える右座席に腰掛けた。列車が発車すると里志が、
「これから先は国道八号線に北陸自動車道、そして北陸本線が市振駅まで同じような場所を通ることになる。まさに日本の建築技術の腕の見せ所だから、じっくりと観察しよう」
「やっぱり、里志さんは技術屋なのね。私なんか何の意識もなく見ているわ」
「まあ、一般的にはそれでいいのさ」
などと言っているうちに、列車は浦本駅に着いた。
列車が浦本駅を過ぎると海側に国道が、山側に北陸自動車道が見えた。日本海を見ていた里志が、
「この列車から日本海は見えるが、北陸新幹線はトンネルが長いから見えないのかな」
「YOU TUBEの動画を見たら上越妙高駅を過ぎると、糸魚川駅に着くまでトンネルみたいだったわ。浦本駅メロは、川中美幸のふたりぐらしよ」
「そうか、その歌はあまり知らないな」
と言った。列車が梶屋敷駅に差し掛かると、ようやく町並があるようだ。車窓を見ていた由美子が、
「梶屋敷駅メロは、都はるみの二人の大阪よ」
「いや~、新潟県にある駅で二人の大阪はいいね!」
と言って、里志は北陸新幹線の高架が見える左方向に目を向けた。二分後に列車は梶屋敷駅に着いた。
列車が梶屋敷駅を出発すると由美子が、
「次が糸魚川駅だわ。何時に着くのかしら」
と言って、時刻表を取り出して調べ始めた。それから、
「里志さん、糸魚川駅に着くのは午後四時九分だわ」
と言ったので、里志は新しくできた北陸新幹線の糸魚川駅を左手に眺めながら、
「よし、ここで降りよう。糸魚川駅メロは、さっきも言ったようにポールとポーラの二人の星をさがそうよだ」
と言って、二人は列車を降りた。改札口を出たあと、駅前の喫茶店に入ってコーヒーを飲んだ。ビジネスホテルに行くにはまだ早かったので、二人はヒスイ王国館に行った。そこでヒスイ加工所や海産物、民芸品などを見学した。
それから一時間後に二人は、予約しておいたビジネスホテルにチェックインした。チェックイン後、二人は糸魚川駅周辺を歩いた。ちょうど手ごろな小料理店を見つけて、二人はビールとお刺身定食を注文した。
四
翌日は朝から快晴の良い天気だった。二人は七時半にビジネスホテルをチェックアウトしてから喫茶店に入り、モーニングセットを注文した。朝食後、二人はコンビニでおにぎりとお茶を買ってから糸魚川駅に行き、コインロッカーにザックを預けた。それから小滝駅までの乗車券を買って、大糸線の糸魚川駅八時五十二分発の列車に乗った。小滝駅には九時十二分に着いた。
二人は列車を降りると、明星山を目指して歩き始めた。約一時間で着くと書いてあったからハイキングには、ちょうど良い距離である。早速由美子が、
「往復だけで二時間掛かるのね。見学時間や昼食を入れると、五時間もみておけばいいかしら」
「糸魚川駅行きの列車は、十五時二十一分発だから六時間以上もある。ゆっくり観光できると思う」
それから二人は、マップを頼りに小滝川沿いに歩き、明星山に着いた時は、十時半を過ぎていた。石灰岩がむき出しになっている明星山、そして、小滝川の黒ずんだヒスイの原石を見て、二人はその奇妙な光景に、しばし時の流れを忘れるほどだった。
二人はスマホで写真を撮り終わると、歩いて高浪の池に行った。高浪の池の周りにある遊歩道を散歩してから、草原にシートを敷いて、おにぎりとお茶を飲み始めた。
小滝川ヒスイ峡を見学後、また歩いて小滝駅に戻って来た。列車が来るまでまだ三十分ある。二人は駅舎に入り椅子に腰掛けた。すると里志が、
「由美子さん。まだおにぎりが残っているから、ここで食べよう」
「そうね。周りに人がいないから、食べるのにちょうどいいわ」
と言って、里志と一緒におにぎりを食べ始めた。食べ終わると、二人は糸魚川駅行きの乗車券を買って、プラットホームに入って行った。間もなくすると、糸魚川駅行きの列車が来たので、二人は列車に乗り左座席に腰掛けた。列車は定刻の十五時二十一分に発車、糸魚川駅には十五時四十六分に着いた。列車から降りた二人は、コインロッカーからザックを取り出した。
それから二人は魚津駅までの乗車券を買って、プラットホームに入って行った。すでにホームには、えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン泊駅行きの列車が待っていた。二人は列車に乗り、日本海が見える右座席に腰掛けた。列車が十六時五十五分に糸魚川駅を出発すると、次の停車駅は青海駅である。先に由美子が、
「里志さん、信越本線の柏崎の手前に青海川という駅があるのね。青海駅メロは、加山雄三の二人だけの海よ。中々いいわね」
すると窓の外を見ていた里志が、
「あれ、いつの間にか北陸新幹線が右側になっている」
「まあ、本当だわ」
それから暫く行くと、今度は北陸新幹線が左側に見えてきた。里志が、
「あれ、また北陸新幹線が左側だ。ちょっとマップを見よう」
と言ったので、由美子もマップを開いた。というように、すぐマップで自分たちがいる場所を検索できるのが何ともいえずにいい。
列車が親不知駅に着くと、すぐに出発した。海上にある国道の上を北陸自動車道が通っている。あまりにも芸術的な光景を目の前にした里志は、
「ここが、かの有名な親不知駅だ。親不知駅メロは、中島みゆきのこの世に二人だけだって」
「まあ、そうなの。それにしても二人という言葉が付く歌は、みんな素敵な歌ばかりだわ」
と言って、由美子は駅メロが書いてあるブログを見ることにした。
ようやく列車が新潟県内にある最後の駅、市振駅に着いた。ブログを見ていた由美子が、
「あら、市振駅メロは、都はるみと五木ひろしの二人のラブソングだって」
「ラブソングとはちょうどいいね! そして市振駅からは、あいの風とやま鉄道になるみたいだよ」
「そうなの。でも、時刻表をみると泊駅で乗り換えになっているわ」
「それは泊駅が二面三線だからだろう。この列車は泊駅で止まりです。なんちゃって」
「ああ~、やはり言ってしまいましたわ」
由美子は言ってから、スマホで泊駅を検索した。市振駅を出発すると、列車は新潟県と富山県の県境に差し掛かった。
その4に続く。