3

 

みんながワゴン車を降りて外に出ると、真夏の太陽が照りつけており非常に暑かった。夕子が隼人にゴム草履を履かせてから、みんなは駐車場を出て伊東駅前の商店街に向かった。信号を渡ってから食堂を探すのに、まず雅之と夕子が先に歩き出した。その後ろに隼人と手を繋いで福山夫妻が、そして最後に源一郎と和子が追いかけた。お土産店の前に来ると、年配の女性店員が和子に声を掛けて来た。

「こんにちは、お孫さんとお揃いで。六ポケット旅行ですか?」

和子は一瞬ためらったが、

「えっ! どうしてお分かりに?」

「はい、みなさまが車を降りて来るのが見えましたから」

「そうでしたか。これから食堂に行くので、帰りにでも寄らしてもらいますわ」

と言って、和子は雅之たちのあとを追った。

それからみんなは日本そばの食堂に入り、各人が冷やしそばや冷やしうどん、天丼などを頂いた。昼食後、みんなは元来た道を戻り、先ほどのお土産店の前に来た。女性店員は、まさか寄ってもらえるとは思っていなかったので、笑顔を和子に向けながら、

「可愛いお孫さんですね。お年は幾つですか?」

と訊かれたので和子が、

「一歳と七カ月ですわ」

「まあ、まだ小さいのに歩くのが上手で」

と言われれば悪い気はしない。源一郎は会話を和子に任せて、アジの干物を四枚買うことにした。それを見て福山夫妻も近所のお土産に饅頭を二箱買った。そして雅之と夕子は、隼人がいたずらしないように見守っていた。という典型的な六ポケット旅行の様子を見ていた別の女性店員が来て、

「この暑い日に、お店に寄って頂き有難うございます。お孫さん一人に、ご両親と祖父母さんの六ポケット旅行だわ。それにしても可愛い男の子ですわ」

と言われたので、源一郎と正は気分よく支払いを済ませると、二人の女性店員が揃って、

「有難うございました。お孫さんが大きくなったらまた来てください。元気で六ポケット旅行を楽しんでくださいね」

の声をあとにして、みんなは駅前の駐車場に戻って来た。

 

みんながワゴン車に乗り終わると、雅之はワゴン車を発進させた。それから元来た道路を戻り、伊東マリンタウンの駐車場にワゴン車を停めた。駐車場は満車に近かったが、運よくお土産店の近くに駐車できた。ワゴン車を降りてから、みんなは遊覧船発着場に向かった。

真夏の太陽がみんなの頭上に燦々と輝き、昼を過ぎた今の時間帯が一番暑いのだろう。遊覧船発着場の前に来ると雅之が、

「乗船券を買って来るので」

と言って、乗船券売り場に急いだ。残った源一郎たちは建物の日陰に入り、隼人の子守をしていた。五分ほどで雅之が戻って来て、

「遊覧船が五分後に出るそうなので、急いで行きましょうか」

と言って、先に遊覧船発着場に向かった。それを見て源一郎が隼人を抱っこして遊覧船発着場に行った。その後ろを和子と夕子、そして正と利律子が追いかけた。遊覧船発着場に着くと、雅之がガイドの女性に乗船券を渡した。雅之のあとを追って、みんなは遊覧船の甲板に行った。すでに二十人ほどの観光客が、船底にある展望室でガイドの説明を受けていた。

ガイドの説明によると、二十分ほどで沖合の折り返し点に着くので、帰りは甲板にいる人たちと展望室にいる人たちが交代する。したがって雅之たちは、折り返し点までは甲板上で海風に揺られたり、カモメの餌付けを楽しんだりするということになる。

遊覧船は発着場を出ると、ガイドの案内と共に快調に海上を走って行った。遊覧船の前方には餌をもらおうとカモメが集まり、遊覧船の船首と左舷、右舷には多くの観光客がカモメをめがけて餌を投げていた。雅之と源一郎、そして正は観光客に交じって餌付けを楽しんでいた。その傍らでは夕子と和子、そして利律子が隼人の子守をしながら、海上を緩やかに飛んでいるカモメを見ていた。

 

遊覧船がユーターンすると、今度は雅之たちが階段を降りて展望室に行った。遊覧船の左右にガラス窓があり、長椅子が二列に並んでいた。海中は少し濁っていたが、たくさんの魚たちが泳いでいるのが見えた。夕子が隼人を抱っこして左舷に連れて行った。すると隼人はもの珍しそうに、ガラス窓に顔をくっ付けて、大きな瞳を動かしていた。そこに和子と利律子がやって来た。先に和子が、

「隼人君、お魚が一杯いるね」

と言うと次に利律子が、

「ほら、また前の方からたくさん来るよ」

と言った。それを見ていた雅之が、

「隼人は絵本で魚を見たことがあるが、生きている魚を見るのは初めてだから、気分が高ぶっているのだろう」

と言ってから、隼人を抱っこして今度は右舷に連れて行った。そこには源一郎と正が長椅子に腰掛けて魚を見ていた。というように大人たちは隼人を中心にして、海中を泳ぐ魚を見て楽しんでいた。

それにしても海中を泳いでいる魚の名前は、さっぱり分からない。ガイドに海中で見える魚は、アジ、イサキ、ベラ、カマスなどと言われても、かいもく分からない。魚たちが早く通り過ぎていくからだろうか。魚を売っているスーパーに行けば、魚の名前くらいは分かるのに、ということが三人の女性たちの感想だった。

約四十五分間の短い遊覧船観光だったが、頭上に照りつける真夏の太陽、そしてイルカの形をした遊覧船、青い海と青い空の間を優雅に飛ぶ白いカモメ、爽やかな海風が観光客の笑顔を優しく吹き抜けて行った。遊覧船を降りたみんなは、売店でソフトクリームを買い、ベンチで休憩してから駐車場に向かった。

 

みんながワゴン車に乗ると、雅之はワゴン車を発進させて駐車場を出た。国道百三十五号線に入ってから暫く行くと雅之が、

「今からだと伊豆高原のホテルには、三時半ごろに着くと思います」

と言うと正が、

「伊豆には三回くらい来たことがあるが、修善寺とか堂ヶ島、下田だったので伊東と伊豆高原は初めてです。今日は伊豆大島が見えるだろうか」

「お義父さん、今日は海上が少し霞んでいるから無理でしょう」

と言った。その後、ワゴン車が山間部を走って行くと、次第に霧が出てきたようだ。三列目座席にいる源一郎は窓の外を見ながら、

「これは、霧なのかな? 伊東マリンタウンでは晴れていたし、真夏なのに霧が出るとは思わなかった」

と言うと和子が、

「車の運転に支障が出るほどの霧じゃないから、これで高原らしくなったわ。霧の摩周湖じゃなかった、霧の一碧湖なんてね」

と言う声が聞こえたらしく雅之が、

「お母さん、時間があるから一碧湖に寄って行きましょうか」

と言って、カーナビで一碧湖に行くルートの検索を始めた。

雅之は国道百三十五号線から右折して、一般道に入り一碧湖を目指した。十分ほどで一碧湖にある駐車場に着いた。雅之がワゴン車を駐車場に停めると、みんなは歩いて一碧湖に来た。それから静かな佇まいの一碧湖を見渡したあと雅之が、一碧湖をバックにみんなの写真を三枚ほど撮った。写真を撮り終わると、みんなは駐車場に戻りワゴン車に乗った。

その後、雅之は快調にワゴン車を走らせ、伊豆高原のホテルに着いた時は、午後四時を少し過ぎていた。

 

     4

 

雅之がホテルの駐車場にワゴン車を停めると、みんなは荷物を持ってホテルに入って行った。雅之がフロントで宿泊手続きを済ませてから、

「お父さんとお母さんは二〇一号室で、福山さんが三〇一号室、俺たちが二〇二号室です」

と言って、部屋の鍵を源一郎と正に渡した。それから一階の食堂に行き、みんなに説明した。

「夕食は六時からなので、ここに集まりましょう。そして明日の朝食は八時です」

簡単な説明のあと、みんなはロビーにあるパンフレットをもらったり、一階にある浴場や自動販売機の場所を確認したりしてから、それぞれ決められた部屋に行った。

 

二〇一号室に入った源一郎と和子は、ひと通り部屋を見渡すと先に和子が、

「八畳くらいあるわね。ベランダにもテーブルと椅子が二個あるわ。荷物を整理したら温泉に入りましょ」

「今、四時半だから何はともあれお茶を飲もう。温泉に入るのは五時になってからだ」

と言うと、和子がお茶の準備をした。

隣の二〇二号室に入った雅之と夕子も、ひと通り部屋の中を見た。隼人はいつもと違う部屋を見て、「きゃっきゃっ」と奇声を発しながら、両親にまとわりついていた。夕子が部屋の中にも、お風呂があるのを確認すると、

「雅之さん、隼人にお風呂入れるのは夕食が終わってからだわ」

「そのほうがいいね。家にいる時も、お風呂に入れるのは八時頃だから。それじゃ、おむつを取り替えてから、お茶を飲もう」

と言って隼人を捕まえた。

三〇一号室に入った福山夫妻も、ひと通り部屋を見渡すと先に利律子が、

「八畳くらいあるわね。ベランダにもテーブルと椅子が二個あるわ。荷物を片付けたら温泉に入りましょ」

「今、四時半だから何はともあれお茶を飲もう。温泉に入るのはそれからだね」

と言うと、利律子がお茶の準備をした。というように、こちらの老夫婦も源一郎、そして和子と同じような、しかも昨年と同じような会話だった。

 

六時になると一階の食堂の前には、雅之たちの家族七人が集まっていた。ウェイターの案内の元みんなは食堂を入って、すぐ窓側にあるテーブルに行った。四人掛けテーブルが三個並べてあり、左右に椅子が三個ずつ、そして入口に近いテーブルにはベビーチェアが一個置いてあった。つまり隼人の席から見て、左側の席には夕子と利律子、そして和子が腰掛け、右側の席には雅之と正、そして源一郎が腰掛けた。一歳と七カ月にして早くも上座に座るということになった。

ほかの席はというと、四人掛けテーブルが十五個ほどあり、女子旅の三人と老夫婦が二組、そして両親と男の子一人、両親と女の子二人などが食事をしていた。さすがに六ポケットはおろか四ポケットの家族すらいなかった。

雅之たちが座席に着くと早速、ウェイターが飲み物のオーダーに来た。雅之と源一郎、そして正は生ビールを、夕子と利律子、そして和子はウーロン茶を、最後に隼人の飲み物は、夕子がオレンジジュースを頼んだ。飲み物が来る前に雅之が挨拶を兼ねて言った。

「今日は隼人のために福山さんも来て頂き、有難うございます。何と言っても、ここに何のことか分からず、きょとんとしている隼人が主役ですから」

「そう、こうして左右に三人ずつ、上座に隼人君が腰掛けているのを見ると、六ポケットとは良くいったものだ」

正が言うと今度は源一郎が、

「伊東駅前の食堂に行っても、遊覧船に乗っても、そして、ここでも俺たちのような家族旅行はいないようだから、隼人君は大したものだ」

 と、昨年と同じような会話だった。その後、ウェイターが生ビールとウーロン茶、そしてオレンジジュースを持って来た。夕子がオレンジジュースを隼人のストロー付きコップに入れてあげた。雅之が乾杯の音頭を取ろうとすると、隼人もストロー付きのコップを両手で持って先に、

「かんぱい!」

と言ったので、大人たちも生ビールやウーロン茶のグラスを持って、

「それでは隼人と一緒に、みんなで乾杯!」

と言って、グラスを口に運んだ。みんなはお刺身や里芋の煮物、サバの煮つけ、焼き肉、天ぷらなどを美味しく頂いた。暫くの間、隣同志で会話をしていたが、やはり隼人の食べっぷりが気になるのか、大人たちの視線は常に隼人の方を向いていた。

そして六時半を過ぎた頃にウェイターが、ご飯とみそ汁を持って来た。残った料理をおかずにして、みんなはご飯を頂いた。ご飯を食べ終わると利律子が、

「明日行くのは世界遺産になった韮山反射炉と、何という山だったかしら、ロープウェイに乗るのね」

と言う母の問いに夕子が答えた。

「お母さん、それは伊豆の国市にある葛城山ですわ。天気がいい日には富士山や駿河湾が見えると書いてあったわ。パノラマパークという施設で、昼食はそこにあるレストランで食べようと」

夕子の説明で、雅之はこれでお開きにしようと思い、

「それでは、これで終わりにしましょう。隼人もお腹いっぱい食べたし、お料理も美味しかったし、これで隼人はお風呂に入って寝るだけだ」

と、どうしても隼人中心に話が進んでしまう。みんなは食後の満足感と隼人の笑顔を見ながら、それぞれの部屋に戻って来た。

 

(六ポケット家族-8 に続く)