「この人がお話した芦原ナツさんです」

フジモトの帳場さんはそういってナツを病院の奥様に紹介した。ナツより明らかに若い。身長が高く、背筋がそるように伸びていて、はっきりした眉は上向きにひかれ、二重の瞳はすきがなく冷静な光をたたえ、少し厚い唇と鼻梁の高さが意志の強さを感じさせる。全体としてどこか怖い感じがする奥様だった。

「はじめまして、芦原ナツと申します」

「私が丸川の家内です。お口の方はもう大丈夫ですか」

奥様はかすかに微笑をうかべた。

「はい、おかげ様でもう大丈夫です。先生によく治療して頂きました」

「それはよかった。先生が笑っていましたよ。医者になって十五年になるが、ああいう症例は初めてだといってね。ご本人は大変だったでしょうに」

 帳場さんが吹き出し、ついで奥様は高らかに声をたてて笑った。ナツは緊張していたので、わざとらしい愛想笑いを返した。

 話は予想外にはずんだ。丸川紀代子はナツより五歳ほど年下で、医者である夫との間には子どもがなく、歳の離れた弟を同じ家に住まわせ子どものように可愛がっているという。この辺りは病院が多く競争が激しいこと。看護師たちもけっこうわがままで、食べ物の好き嫌いが激しくて困るのだともいった。

 そんな内輪のことを表情も変えずにたんたんと語る紀代子は途中で電話に出たり廊下を通った看護師たちにてきぱきと指示を与えたりした。

 一時間ほどで面接を終えて外に出た。ナツは疲れがどっと出た。体の関節ががたがたする。よほど緊張したせいだろう。歩きながらも、丸川紀代子のきりっとした表情が頭に焼き付いて離れない。目から鼻に抜けるように利発な人とはあんな人をさすのではないかとナツは思った。