火が迫ってきたとき芦原家は家族総出で家財道具より先に仕入れていた商品を守るために死に物狂いで外に出した。炭鉱夫やその家族が使う作業服や下着、軍手等の品物だった。それが燃えてしまったら収入の道が絶たれるのだ。
そのとき知らない男が三人で店にやってきてこう言った。
「大変だから手伝ってあげましょう」
彼らは、商品をせっせと外に出すのを手伝ってくれた。猫の手も借りたいほど切羽詰まっていたので本当に助かったのはいうまでもない。そのおかげもあって品物を建物から離れた安全と思える場所に置くことができたのだ。手伝ってくれた男たちにナツの父は言った。
「本当に有難うございました。おかげで大事な商品を守れました。恩に着ます」
ナツの母親も続けて言った。
「本当にご親切に、なんとお礼を申したらよいか。後で改めてご挨拶にうかがいますが、とりあえずこれはお礼でございます。お持ちになって下さい」
そう言って手ごろな品物を箱から出して渡した。たずねると、その人たちは常盤台から来ていて、たまたま通りかかったのだと答えた。名前を訊いても名乗るほどの者ではないからといって教えてくれない。執拗に訊かれてしぶしぶ彼らの一人がメモに書いた。そこには常盤台の住所と名前が書かれていた。
ナツの家族は近くの高台へ避難した。歩きながら父の健一は言った。
「奇特な人もいるものだ。あんなふうに知らない人でも他人のために一生懸命になってくれるなんて」
「本当に助かりましたね。あの品物さえあれば当面の生活はなんとかなりますね」
母のミネも安堵の表情でそう答えた。ひどく疲れてはいたが、燃え残った商品がかすかな支えであり救いだった。避難してきた誰もが飛んできた煙や煤で汚れていた。ミネは顔の汚れを落としながらさらに言った。
「改めてお礼に行かないとね、落ち着いたら住所を捜してみましょう」
「ああそうしよう。とりあえず消火を待つよりないな。鎮火するまで暫らくかかるだろう。真冬にこんな目にあうとはな。なんでこんなに火事にばかりあうのか」
痩せ細った健一は力なく嘆いたが、それはミネにとっても同様だった。四十代の母がナツにはやつれ果てた老婆に見えた。
「お父さん。私はもう限界です」とミネは言った。「せっかくがんばったものが一瞬のうちに灰になるなんて。もう火事はこりごりです。溜息さえ枯れてしまいそうです」
ミネは木箱にくずおれるようにへたりこんで、激しく咳きこんだ。






