美唄川 341

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世話が必要になったミネを兄弟のうちの誰が看病に行くかということになった。ナツは丸川医院に勤めていて休むこともままならないが、なんとかしてでも行きたかった。しかしそのとき伯母にあたる新山咲子が気をきかせて長女のキヨにこう言った。キヨはナツより十一歳も上だが、咲子はそれよりさらに四歳離れている。恰幅のいい堂々とした咲子に比べるとキヨは痩せていて態度に優柔不断な部分があり、二人が並んでいると、つやつやとした大きな茄子の横に曲がった胡瓜が身をよじらせているようだった。

「キヨちゃん、あなたが山形に行きなさいよ」

「なんであたしが? ナツかセツが行けばいいのに」

「あなたが一番お母さんには世話になったじゃない。千野原さんとうまくいかなかったときも長いあいだ居候して面倒かけたでしょう。ナッちゃんは女一人で苦労しながらも、よくお金を送ったりしていたわよ」

「ナツが? よくそんなお金あったわねえ」

「ナッちゃんに余分なお金なんかあるわけないでしょう。切り詰めて、切り詰めて作り出したのよ。あなたはしたの?」

「…………」

「ほらご覧なさい。だからこういうときこそあなたが行くべきよ。最後の親孝行じゃないの長女なんだし」

 反駁できなかった。咲子の迫力に押し出されるようにキヨは十二月の下旬に重い腰を上げて山形へミネの世話に行った。

 

 

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美唄川 340

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 兄夫婦の下には母親を置いておけないと考えて山形に連れていった武雄だったが、思いやり深い彼にも誤算があった。奔放で破天荒な札幌の嫁から、陰湿で計算高い嫁にバトンタッチしたに過ぎなかったのだ。二人の嫁の共通点といえば、十人並みの容姿と、ほどほどの教養、それとあからさまなエゴイズムだった。武雄の支えはあったものの、冷ややかな嫁の元でミネは長男夫婦と同居しているときに味わったのとは違う辛酸を舐めた。 

 亡くなる前年からはひどく内臓の不調をうったえていたが、診断の結果ははすい臓がんだった。老齢のために体力も弱り、昭和四十一年暮ごろは冬の寒さもあいまって急速に弱った。ミネが人生の幕を下ろす日が近づいているのは誰の目にもあきらかだった。嫁の協力はもはや当てにならず、ミネをつきっきりで看病する誰かが必要だった。

 このころ、嫁である芦原美津子は長いあいだ老いた姑を押し付けられた不満が頂点に達していた。夫が母親に優しくすればするほど、それに反比例して美津子の心には氷のように冷たいものが蓄積されていたのだ。それが表面化するのはまもなくだ。ナツは母親の苦悩を目の当たりにする。それがまた母親思いのナツを苦しめた。

 

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美唄川 339

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 そうしたミネのおかれている現状に激怒したのが、生まれながらに母親思いの武雄だった。長男の広志が話すこともすることも男っぽく豪気な性格だったのにくらべ、武雄は慎重で、言葉を選び、他人に対して細やかな気配りができる穏やかな気質をもっているのだが、だからこそ余計に母親がないがしろにされていることへの義憤が他の人より激しいのだった。

 製薬会社に勤めていたが、日本が敗戦を迎えた1945年の8月末に命からがら樺太から生還した彼は、やがて山形に移転して炭鉱関係の会社で事務職についていた。そこで職場結婚したのだが、遠くに離れている老いた母が心配でたまらなかったにちがいない。人伝えに聞こえてくる話にはひどく苛立ちをおぼえた。見えないからこそ悲劇は誇張されて伝わることがあるが、武雄の場合もそうであったかもしれない。自分の母親をあんなに粗末に扱う兄貴夫婦は許せなかった。。

 いてもたってもいられなくなった武雄は急ぎ札幌の兄夫婦の家に行き、大剣幕で母親を引き取りに来た。家に着いたとたん、あの穏やかで誰に対しても優しい言葉をかける武雄が兄に向かって言った。

「このバカ兄貴が!」

 それ以来二十年にわたって武雄と兄の広志は断絶状態に陥った。途中では武雄の方がおれて山形名産の柿を送るなどして関係の回復をはかったが広志夫婦の気持はおさまらず、険悪な関係はミネが亡くなる歳になっても変化はなかった。

 

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美唄川 338

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 丸川医院に来てから八年が過ぎ、ナツは五十歳になろうとしていた。時の流れは時勢を変え、人を変える。そのころナツの母親であるミネは八十六歳という高齢になっていた。思い起こせばミネは明治時代後期に広島から屯田兵として北海道の深川に入植した兄についてきた常川家の次女だった。十代後半に深川に定住しその美貌で深川小町と呼ばれた。

 その後、佐賀から出てきた元教員の芦原健一と結婚して国鉄マンの妻となった。健一は次々と資格を取って若くして駅長になり道内を移動するが、国鉄の採用基準の変更によって辞めることとなり、やむなく美唄の我路に移って十八年ほど炭鉱町で雑貨を扱う商売をしたが、そのあいだ三度の火事に遭遇しで経済的に追い詰められ、我路での再起を諦めて小樽に移転したのだった。

 戦後は長男の広志についていくかたちで札幌に数年ほど住んだのだが、若い医師と蜜月関係になってモルヒネ中毒になったり、いっこうに浪費癖の直らない嫁とは折り合いが悪かった。肩身の狭い日々が続いたせいで以前の堂々としたミネの面影は消えていった。かつては三人の娘婿に毅然と説教するほどの風格を備えていた明治女も周りに気を使い、小さくなって暮らすようになっていた。

 むかしは大らかさの中にも細やかな優しさをもっていた広志も、社会的な地位が上がるにつれて周囲には粗野でぶっきらぼうな接し方をするようになり、母親に対する細やかな気遣いに欠けるところがあった。そのころ健一は老化にともなううつ状態におちいり、ある日、発作的に呑んだネコイラズが原因で亡くなってしまった。それからのミネはますます臆病で小心になり、たえずおどおどして、誰に対しても遠慮しながら生きる性格になってしまった。そのさまはナツの目から見ても痛々しいほどで、時代の流れの中で押しつぶされていく老母のことを考えると涙をおさえられなくなるのだった。

 

美唄川 337

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話がはずむにつれてナツの心に少しの痛みが走った。それはずっと忘れていた良心のとがめだった。古い井戸から顔を出したみたいに自分が子ども時代にもっていたずる賢さの一面を気づかされたのだ。。

「タマちゃん。私あなたに悪さをしたわよね」

「何のこと?」

「覚えてない? 私ったらけっこうずる賢いことしたんだよ」

「そうだった?」

「ええ、今にして心が痛むの」

「それってちょっと大げさに言ってるでしょう」

「うん、ちょっとはね。あなたよく遊ぼうって来たわよね」

「よく行った。うるさかったっしょ、まとわりついてばっかしでね」

「可愛かったわよ年下だから。それなのに私はよくあなたをからかったのね」

「そうだっけ?」

「私はよくタマちゃんに言ったの。おやき持ってこないと遊ばないよとか、別の日はお餅もってこないと遊ばないよなんて」

「そうだった?」

「そうなの。私は冗談半分だったけど、タマちゃんは素直だからすぐ家に戻って二つおやきやお餅を持ってきたもの。あるとき私、タマちゃんに言ったこと母親に見つかって叱られたのなんの。私ったら。タマちゃんの家がお店をやってたたから簡単に言ってしまったの。今にして謝るわ。許して」

「なんもだよ。そんなことあったかな。ナッちゃんのお母さんけっこう怖かったもんね」

「厳しいなんてもんじゃなかった。ほんとのお母さんじゃないと思ったことあるくらいだから」

「そうだったの? だって顔がそっくりだったじゃない」

「そうなんだ。一時の気の迷いというやつよ。今となればなつかしいだけ」

「ほんとに、すごく懐かしい」

 ナツは我路が炭鉱で賑わっていたころの時代を思い出した。美唄川のほとりは青春そのものだった。遊びだけでなく、教師になることを夢見て勉学にも励んでいたのだ。やがて三度の火災にやられ、その町から離れて長い歳月が過ぎたが、やはりそのころが自分にとって一番明るい時代だったことを改めて実感した。

 

 

美唄川 336

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 懐かしさのあまり二人は手をとりあった。それにしても、どうしてタマちゃんがここにいるの? とナツは聞いた

「あたしは営林署の人と一緒になったもんで、あちこち転勤があるの。今は静内に住んでる。ナッちゃんが小樽に行ってから何年になるだろう?」

「わたしが十五のときだから、もう数年で三十年になってしまうよ」

「そんなになるの? 驚きだね。それにしてもまさかここで会えるとは」

「静内にいるタマちゃんが、どうしてここに来たの?」

「このあいだ小樽駅前でおもいきり滑って手首をやられたの。主人に電話したらここの病院に行くように言われた。評判がいいからって」

「奇遇だね。よく来てくれました」

骨を折って、よく来てくれましたって何かおかしくない?」

「そうだね」

 二人は子どものときみたいに笑い合った。それから二週間ほど、ナツは空白を埋めるようにタマと話しをした。クラスで一番小さくて、痩せていた女の子がすっかり太って肌につやがあり、貫禄さえ漂う婦人になっている。お互いの子どもの話にもなったが、美唄時代に話題が移ると明るい表情はにわかにくもったナツがタマの姉についてふれたときだ。

「私と同級だった美佐子ちゃんが川遊びのあと急にぐったりして倒れてしまったことがあったよね。そのあとすぐに亡くなったときはみんなショックだった」

「あれは疫痢にかかっていたからなの。それからもずいぶんうちの兄弟は死んじゃったわ。七人もいたのに今は三人よ。美佐子姉さんのあとは兄が二人とも戦争で死んだし、長女のミチ姉さんも結核で十年前に亡くなったから」

「まあ、寂しいわねあんなにみんなを笑わせてばかりいたお兄さんたちだったのに。ミチさんはよく本を読んでくれたの覚えてるよ」

「頭のいい姉だった。みんな土の下よ」

 タマは過ぎ去った時代がいかに過酷なものであったかを吐露した。ナツは戦時中に三歳の男の子を亡くしたが、それ以外は全員が元気で生きている。善一と別れたのは辛い経験だったが、それが周囲に比べてさほど大きな悲劇ではなかったことを考えさせられた。

 

美唄川 335

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 丸川医院はわりと評判がいい病院だったので地方からも患者がやってきたが、ときに珍しい出会いもあった。勤めてしばくしてから、手の骨折で入院していた患者が、食事を運んできたナツをじっと見ていた。最初はやり過ごしていたが、何回も続くとさすがに気になった。じっと相手の顔を失礼のないていどに見つめる。なつかしさが一気に襲ってきた。だが細部が思い出せない。

「あら?」

 ナツが気づいたのをきっかけに患者は話しかけてきた。

「おたく、もしかしたら美唄の我路にいたことない?」

 彼女がそう言ったとたんナツの記憶の回路もつながりだした。

「ええいましたけど? えーとあなたは……」

「おたく、我路橋のそばにいた芦原さんじゃなくて?」

「ええ、そうです」

「やっぱりだ! 芦原のナッちゃんでしょう?」

「はい」

「あたしよ、今は小泉だけど旧姓は重森よ」

「ええ? 重森さんってあのころうちの横にいた?」

「そうよ、我路の重森よ、隣り同士だったでしょう」

 ナツが急いで名札を見ると小泉タマと書いてあるのが目に入った。

「タマちゃん? 重森タマちゃんなの?」

「そうよドタマよ」

 すっかり記憶が戻った。気の荒い父親に怒られて、こらドタマと言われていた女の子の姿が浮かんできた

美唄川 334

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 紀代子に関する負のエピソードはもうひとつある。

 丸川医師は小学生のころ父親と生き別れていたが、このころ三十年ぶりに再会した。知らせを受けて会いに行ったのは病院で、すっかり老いた父親が横たわっていた。幼いころは父親っ子だったらしく、涙を流してわびる父親の手を握って長い年月が作り上げた空白を埋めようとした。

 父親はもうこの世に思い残すことがないと感じたのか十日後に亡くなってしまった。丸川医師の母親と別れてから再婚もせずに孤独な一人暮らしをしていたようで、遺骨は長男である丸川医師のもとに来た。初めての供養が近くの斎場で行われる日の朝、紀代子は何を思ったのか出席をこばんだ。さっさと食事をすませてゴルフに行ってしまったのだ。ナツはそのいきさつまでは知らないが、丸川医師が出かけようとしている紀代子を不満げに見ていたのを目の当たりにして、いったいどうしてなんだろうと思った。

 このあと事情はうっすらとナツの耳にも入ってきた。紀代子が親戚の人と居間で話していたのを耳にはさんでしまったのだ。

「たく、あきれちゃう。亡くなったお義父さんには何の財産もなくて、病院代から葬式代にいたるまで全部うちの人が出したのよ。弟も妹も都合よく口実を作っていっさい引き受けようとしなかった。わたし腹が立ってしょうがなかったの」

 お茶を運んだ短い時間しかナツは聞けなかったが、そういうことかと少しは納得した。法要をボイコットすることで義兄弟たちに抗議したのだろうが、それは人がよすぎる夫への反抗でもあったろう。

 紀代子の竹を割ったみたいな性格は良くも悪くも他の面にも表れた。ある美貌の看護師が勤めてからのことだが、夫が何かと美人看護師をちやほやするのに気がついた。その人はきれいなだけでなく、ナツの目から見てもてきぱきと仕事をする有能な女性だったが、紀代子は口実を作り出してこの女性を首尾よく辞めさせた。

そんな事情をを知る人たちが、勤めていてさぞ大変でしょうとナツにいうことがある。だがナツは紀代子がときどき示してくれる寛大さや、親切に人の世話をやく面もわかっていたので聞き流すことができた。

美唄川 333

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丸川昌代は小樽の隣町にあたる塩谷の人で、ここにも丸川医師の評判を聞きつけて治療してほしいという患者がたくさんいた。それらの人たちを診療するために週に何日かをさいて朝早くに車で出かけて医師は治療にあたっていた。朝の六時から患者が来て待っていて、さっそく聴診器を当てて注射を打ったり、薬を処方したりする。それからトンボ帰りして朝食をとり、丸川医院で本来の患者を診るという大変なスケジュールをこなしていた。

 丸川紀代子の気位の高さは、ときに優しさの欠ける行為に出てしまう欠点もあった。義母の昌代としばらく同居したことがあるのだが、紀代子は義母にいっさい自由をあたえなかった。あまりにも細部にわたって目を光らせているものだから、家の冷蔵庫ひとつ勝手に開けさせてもらえなかったし、ストーブも許可なく点けることができなかった。献立もすべて紀代子のペースで決まる。

 あるとき昌代は嫁がいないときに話しかけてきた。ちょうどナツは台所に立って昼食の準備を終えようとしてい

「ねえ、ナツさん忙しいとこごめんなさい」

「はい、どうかなさいましたか」

「ちょっとお願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「はい、どうぞ何なりとおっしゃって下さい。わたしにできることでしたら

「わたしサツマイモが食べたいの。ここに来てからずっと肉やら魚やらご馳走ばかり食べてるけど、なんか飽きちゃったのね」

「いいですよ、簡単です。あとでお持ちしますね」

「どうもありがとう。嬉しいわ」

 ところが、届けようとしたときに紀代子が帰ってきて睨まれた。余計なことをするなという。

 万事がその調子なものだから、昌代は時ならずして気持がひどく落ち込み、ストレスがたまったせいか胃潰瘍になって小樽病院に入院するはめになり、退院後は再び塩谷に帰ってしまった。

 それでも昌代はときどき遊びに来ると、一緒にバスに乗ったときのことをもちだして、「あなたは頭がいいのだからこんな所にいるのはもったいない」といって辞典やノートをプレゼントしてくれた。息子の病院をこんな所というのもおかしな話だが、めったに人の悪口をいわない昌代もナツにだけは何でも本音を打ち明けて嫁との間で生じるストレスを発散しているようだった。

 

美唄川 332

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 あるときナツにまかされた仕事は丸川医師の母親を引率する役目だった。ライオンズクラブ主催の集いが登別で開かれるという。このころ小樽から登別までは汽車にしろバスにしろ三時間はたっぷりかかる。本当は嫁である紀代子が連れていくはずだったが別のイベントにどうしても出なければならなくなり案内役がナツにまわってきたのだ。

 季節は春の終わりで、小樽駅前は人であふれていた。少し離れた道路沿いにチャーターされたバスが停まっている。そこまでは紀代子がタクシーで義母とナツをおくってくれた。

「では芦原さん、よろしく頼むわね」

「はい、承知しました」

 もう七十を過ぎた丸川昌代は総髪が純白で、漂白した絹糸みたいに光っている。大島の着物に紺色の羽織をつけた小柄な人で、目鼻立ちが丸川医師の涼しげな、すっきりした面立ちと似ていた。

「あれあれ、すごいゴージャスな格好の人が何人もいるわね」

 席についてすぐ昌代は苦笑しながら小声でいった。まるで誰かの結婚披露パーティにでも行くような着飾り方をしている人が何人もいる。ありったけの宝石をつけた人や映画でしか見たことがない羽根付きの帽子をかぶっている人もいる。昌代のいいかたには品のある皮肉がこもっていた。ナツはバスに乗り込むときから自分の安い着物に気後れしていたから、どこか救われる思いがした。「これ舐める?」

「はい、ありがとうございます」

小樽名産の水晶飴が入った袋がナツに手渡された。ナツはひとつをつまんで口に入れた。舌の上が甘い蜜に満たされる。空は晴れているし、すずかけの並木も美しい。昨日から緊張していたが、昌代の気の張らない性格のおかげで気持ちが楽になってきた。昌代は登別でのスケジュールを書いたパンプレットを広げて見ていた。歌謡ショーがあり、講演もあり、豪華な会食もあるという。病院での仕事から解放されて、こんなふうにバスにゆられて行く。急にナツは嬉しくなってきた。

 流れる景色を眺めるのは楽しい。朝里をぬけ、張碓の崖っぷちを通り、銭函まで青い海が続く。それはいくら見ても飽きない景色だった。バスガイドがその日の予定を説明している。そのあと客を退屈させないようにいろいろなクイズを出した。バスの中には医者の奥さんたちや会社の重役夫婦もいたのでクイズの内容は易しいものから高度なものまでいろいろあった。そのとき難しくて誰も答えられない質問にナツがスラスラ答えたので昌代は目を丸くした。