子供の頃からスキーが好きで、森山のふもとや、近所の里山にスキーを担いで滑りに行ってた小学生時代。
たま~に連れてってもらう『恋地国設スキー場』は二基のロープトウや、ビニールハウスだけど食堂が設置されてて、それはもう別世界で大きなスキー場に思えたものでした!(1972年昭和47年開設)
1977年昭和52年には股に円盤をはさみ引っ張られていく方式で全長約440m、高低差約120mのシュレップリフトが出来ました!
(画像は13年前、子供たちと)
恋地山荘は昭和57年(1982年)地域休養センターとしてスキー場のふもとに建ちました。
赤い屋根に白壁と木組みの立派なヒュッテは、上越国際スキー場のホテル群を思い浮かべるような西洋風でハイカラなものでした!
昭和62年(1987年)からは宿泊施設として生まれ変わりました。
1980年代~90年代、スキーブームの頃には多くのスキーヤーが食事、休憩、宴会、宿泊に利用した恋地山荘。
2015年2月、五城目スキークラブ主催:恋地スキー場を滑ろう会
町のスキークラブのメンバーの私には数え切れない思い出が詰まった、大切な大切な場所!
しかし
平成16年(2004年)シーズンからのスキー場休業(実質廃止)とともに、恋地山荘営業も止まってしまいました。
昨年9月、議会9月定例会決算特別委員会視察時の内部の様子。
2階、食堂
2階、暖炉のあるホール。
オープン当初の物でしょうか。写真パネルがありました。
そして、我らスキークラブ員の居場所だった
1階、パトロール員室。
月日が流れるとともに建物の老朽化が進み、強風で屋根が剥がれ危険な状態になったこともありました。人の出入りが無くなった建物のの劣化は格段に早く進むと言われます。
このため町では今年度当初予算に盛り込み恋地山荘の解体を決めていました。
秋から解体工事が行われており、現在はすでに...
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跡形もなくなっています
時代の移り変わりを感じます。
数年前の夏の画像。
先週の画像。赤い屋根が消えました。
さようなら恋地山荘~~~!
ありがとう恋地山荘~~~~!