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2011-12-14 22:12:47

来年の海外旅行は・・・

Theme: 海外旅行

年末の多忙な日々を送っていると、そろそろ海外に行きたくなってきて、来年はどこに行こうかと。


かつては年4回海外に逃避していましたが、いつの間にかこもりがちになってしまい・・・。去年のベトナム、今年のバリ島・・・だけです。


2005年はよく海外に行っていたな・・・2月にシアトル、4月にNY、6月にモルディブ、7月に台湾、10月に英国とフランス・・・。どこも思い出がいっぱい。


ただ、来年行きたい国をあげるならば、パラオ諸島、チェコ、そして台湾再訪でしょうか。


台湾は大陸で嫌な思いでしかなかったので、逆にすごく楽しかったですし、現地の友人がいたおかげで、ものすごく楽しむことができました。


台湾はある日急に思い立って急に懇意の旅行代理店に電話をして、チケットを取ってもらいました。それも3日後の連休だったので、どこも満席・・・。結局初のファーストクラスで訪台。


どこでもイミグレーションは混み合いますが、日本人だと解ると、空いている中華民国人のカウンターに通されてほとんどチェックなしで入国・・・。台湾の人の優しさを感じました。


英国時代の香港のエリート家族(みんなオックスフォード大出身・・・)の親戚(彼はスタンフォード大出身)が高級車で迎えに来てくれていて・・・。彼がいたおかげでどれだけ台湾に対して愛情を感じたか・・・。


彼のお母さんが香港の友人のいとこで、お父さんは中華民国の国会議員というエリート・・・。なのに、私の旅程に合わせて休みを取ってくれたのはびっくりしました。


華僑のエリートは一度「友人」となると「同族」として扱ってくれるので、その熱意は逆に申し訳ないほど・・・。特にJasonとよんでいたこの友人がすごい気遣いの人だったのかもしれないけれども、とにかくものすごい接待でした・・・。


朝の到着だったので、とりあえずマンダリン・オリエンタルに荷物を置き、「なにをしたいか?」と訊かれたので、中国茶を堪能したいと・・・。急に電話をして、昼はあっさりとした中華風ベトナム料理、そして、元日本海軍が使っていた茶館でお茶を・・・。



"Le Passe Vivant" by ATTIEのブログ


有名な茶館らしくて、ひなびた雰囲気が素敵でした。Jason曰く「もう少し早ければ満開の藤が見れたのにね・・・」とのこと。それを見に行く約束をしていながら、未だに訪台していません・・・。



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「工夫茶」といわれる淹れ方で、数種類のお茶を楽しみ、茶器も少し買って帰りました。この茶器だけが自分が唯一お金を台湾で使った瞬間・・・。


後は昼前にJasonが迎えに来て、まず今日の献立を・・・お昼は「鼎泰豐」で、夜はドライブして台湾料理・・・という感じでどんどん決めていって、お会計は・・・。「親台で、親戚の親友にお金は払わせてはならないし、父からも言われている」と絶対にお財布を開かせてくれません・・・。お土産も大したことがなかったので、本当に申し訳なかったのですが・・・全ての台湾の方がそうではないかもしれませんが、とにかく日本人というだけで熱烈歓迎されてびっくりした旅行でした。


本当は歴史も詳しいことがわかったJasonに故宮博物院も連れて行ってほしかったのですが、ある、アクシデントが・・・。


台風直撃・・・


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台北がマヒしました・・・。それで、博物館も閉館・・・。でも、台湾の政治家の力って強い・・・。


閉店しているはずなのに、暴風雨の中、台北一の北京ダックの店を開けさせました・・・。



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二人で1羽って・・・。南京を首都としている中華民国では「北平烤鴨」と呼んでますが・・・あまりの迫力に固まってしまった私。


その後は帰りの飛行機が飛ばないという事で、Jasonは早く飛ばせと1時間くらい、中華航空、党、そして所轄官庁に檄を飛ばしていました・・・汗



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別に数日遅らせてもよかったのですが・・・。


で、その結果遅れはしたものの無理やり飛行機飛ばせました・・・(゜д゜;)



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誰もいないファーストクラス・・・。


この頃Jasonとも音信が途絶えているし、茶館の藤が咲くころに台湾と香港に再び答礼の旅をしたいと思っています。


今度はたくさんお土産を持って!


2011-10-31 22:04:42

バリ旅行 山の方

Theme: 海外旅行

海遊びは大好きです。汚い海は論外ですが、美しい海に入ると、何か清められるような気がします。そして、ぐったりと疲れて健康な睡眠を・・・。


かつて、被災者ではないけれども、友人の多くが被災し、震災で平常心をいささか乱した時、以前日記に書いたように、九州(筑紫)に向かいました。


http://ameblo.jp/a-hanagata128/entry-10970929756.html


そこで出会った宗像三女神。そのひとり、田心姫神(たごりひめ)が祀られた沖ノ島は、島全体が御神体で、5月27日に限られた男性が上陸する以外は、一般の人間が入ることのできない神領です。その際参拝者は海で禊をして、穢れを落とすのですが、速開都比売(はやあきつひめ)が海におり、海底においてもろもろの穢れを飲み込んでしまいます。川や滝などで禊をした時には瀬織津比売(せおりつひめ)が罪・穢れを海に流してくれます。日本は海に囲まれているからこそ、そういった信仰や風習が生まれたのでしょう。


さて、バリの話を書いていながら、なぜ神道について触れたのかというと、バリの海から山に目を転じた時、日本土着の古神道にそっくりな風習を見ることができるからです。


バリの観光地の目玉は南の海の方、しかし、北にある山脈地帯こそがバリの人にとって崇拝の対象であり、清らかな場所なのです。


その清らかな山脈に位置する活火山、バトゥール山を眺めることができる所に行って参りました。気温は18度。南の海辺は30度以上あるのに、1800メートル近い高原は空気が澄んで、湿気も暑さもありません。



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そんな素晴らしい眺めを見ることができるレストランで、昼食を。ハエがすごくてげんなりといたしましたが、 BINTANG ビールで消毒すれば、大丈夫?と、言い訳しながら昼のビールを。ビールは好きではないのですが、東南アジアでは、タイでもスリランカでもビールが美味しく感じられ、酔わないのは何ででしょうか??



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最初は大自然を満喫していましたが、帰途に寄ったヒンドゥー教の名刹「Pura Tirta Empul」に立ち寄った時に、ふとすごく懐かしい気持ちを覚えました。ちょうど境内では、感光向きのガムランではない、本格的な神事のガムランが神楽のように穏やかに鳴り響いておりました。40人近い人たちが華やかさというよりも荘厳な音楽を奏でていたのは感激です。



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ここは、先ほどの山脈に源がある、パクリサン川からの水が泉となって湧き出る寺院で、960年に作られたといわれます。


それが意味することは、バリ島がまだヒンドゥー教の影響下になる以前からの民間信仰の時代からこの聖地はあったという事です。もちろんお隣のジャワ島には800年代にはヒンドゥーの王朝もあり、影響はあったとされますが。ただ、正式に記録で確認できるバリ・ヒンドゥーの起源は、1300年末ごろ、ヒンドゥーを信奉する、マジャパヒト王朝に侵略を受け、徐々に影響を受けていきます。その後16世紀にはイスラームの攻撃で衰退したマジャパヒト王朝から、僧侶や王候がバリに逃げん込んだ時にバリにヒンドゥーが定着したと考えるのが妥当でしょう。


このお寺にはパクリサン川からのわき水でムルカット(沐浴)をする人たちが後を絶ちません。



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ちょうどお祭り(多分、お寺ごとに210日からなるバリ歴で、年に一度行われるオダランという祭り)に出くわしたことで、多くの参拝客が沐浴し、女性は頭の上に籠を乗せてお供え物を神殿に運んでいました。


沐浴で穢れが流れると、それは川をつたって海に流れます。なので海の方角は穢れの方角と考えられています。それゆえにバリの人は、海遊びをする外国人をどことなく冷ややかに眺めているように思うのです。


バリの方位というのは易学で鬼門があるように、カジャとクロッドという方角で浄と不浄が分かれています。カジャは先ほどの山の方角で清らかなのに対し、クロッドの方角は海に面しており不浄です。この方位は山脈の南と北ではひっくり返ります。一般的に観光でおとづれる南のウブドはじめ、クタやジンバラン、レギャン、ヌサ・ドゥアは山脈の南なので、南がクロッドで不浄となります。


その次に大切なのは東西の関係で、これは山脈とは関係なく、太陽がのぼる東はカンギンという浄なる方位で、西はカウで下位に位置します。これは全島で変わりません。なので山脈の南に家を建てるときは、山の方(カジャ)が北で、東のカンギンが最も高貴なので、ここにサンガーという祭壇を作ります。そして、反対の南西(クロッド・カウ)には養豚やトイレなどを持ってくるのだそうです。


このサンガーという先祖をまつる祭壇は非常に重要で、日本に似ている点があったので、後に触れますが、その前に、不浄なものが流れ込む海の方角クロッドは単に不浄なのか・・・?


方角としては不浄なのですが、だから海そのものが不浄とは考えていません。神道の速開都比売(はやあきつひめ)に相当する神がいるのか、それはまだ調べていませんが、流された不浄は海で浄化されると考えられているようです。その証拠として、バリで火葬された遺灰は最後に浄化するために海に流されます。


私は、インドのヒンドゥー教について詳しく知らないので、誤謬もあるかもしれない。しかし、いろいろな点で、バリ・ヒンドゥーは独自の発展を遂げた・・・というよりも、高度に体系化されたヒンドゥー教の形態を借りた、アミニズムが生き続いているように思われました。


日本でも、森羅万象や自然、先祖などが信仰の対象になるように、バリの人々は自然の中にある脅威や祀られない先祖のたたりなどを、ひどく恐れるのです。


リゾートホテルのプールサイドで、美しい夕空を眺めながらも、その奥にある森で不気味な動物の鳴き声に驚かされるとき、もし電灯もない闇の中で生きていたら、何か恐ろしいものが森に潜んでいるのではないかと、畏れるのが人間の本章ではないかと思います。



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そのような、近現代の陰翳がなくなった世界に生きていて、疲れを覚えているからこそ、バリに魅力を感じるのかもしれません。


(続く)

2011-10-31 02:30:54

バリ旅行 海の方

Theme: 海外旅行

バリ旅行復活です。


到着して間もなかったので、もうとにかくきれいな海を見たくて・・・。でもバリってダイヴィングする人間にとってはあまりいポイントがない場所です。


実際ガルーダ・インドネシア航空のチェックインでも、サーフボードやゴルフバッグを預ける人は多いのですが・・・。


実際バリ本島の海はあまりきれいとはいえません。砂浜で波が荒いのが原因でしょうか?


きれいな海を求めて、レンゴンバン島という、1時間船でかかる場所に行くことになりました。



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ちょっとした船旅でも、船旅は楽しいですよね。結構きれいな大型客船で島に近づくと・・・



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ちいさな船に乗り換えて、レジャー施設がしっかりとした浜辺へ。透き通った緑がかった海を見ると興奮します。


ダイビングもできたのですが、旅行社(近畿日本ツーリスト)の不手際によって、そのことを知らされていなかったので、ライセンスを持っていくことをしませんでした・・・。


なのでスキューバで我慢。


でも、やっぱり白い砂浜と藍碧の海は美しく・・・



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やっぱりきれいな海は大好き。シュノーケリングでも結構いろいろなお魚も見えたし・・・。でも、スキューバをすることの海との一体感を考えると、かなり残念でしたが・・・・。


お昼は島の真ん中にある食堂で、サティーや牛肉等のバーベキュー料理。



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バイキング形式ですが、焼きたてできたてのものが出るので結構おいしかったけれども、手前の甘ったるいミーゴレンや、焼き飯のナシゴレンが多かったのは閉口しました。バリに行くと本当に同じものばかりで・・・。



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とりあえず、お決まりのインドネシア・ビール、BINTANG で喉をうるおしながら、バナナの葉のお皿に盛られた料理をただひたすらいただきました。


私たち観光客はバリ島の海に魅かれてやってくることが多いでしょう。しかし、海で遊んでいるバリ人はほとんど見かけません。


そういったことからも、観光客が見るバリと、地元の人が感じているバリについて、認識が多くズレていることを感じました。


その海に対するバリ人の考えはまた後述します。


続く

2011-10-23 20:21:06

バリ旅行 勉強不足・・・

Theme: 海外旅行

旅行に行く前はその国や文化、歴史、宗教について10冊近く本を読んでから行くようにしています。


しかし、今回は勉強不足でした。バリが二回目で、その上忙しくてそのような気持ちのゆとりがなかった自分に反省しています。もっとバリ・ヒンドゥー教について読んでいたらば、旅で何気なく目にしたことがひとつひとつ勉強になり、もっと大きく目を見開いて知識を深くできたでしょう・・・。


少し後悔もあり、それからまた次回は同じ轍を踏まないようにという旅でした。


前回バリに行った時はヴィラに滞在し、プールサイドでボーっとしていることが多く、街に出るときはクタやレギャンで雑貨を買ったりするだけでした・・・。



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2005年に滞在したヴィラ Dusun


そのおかげで滞在中に遭遇した爆弾テロに巻き込まれることはなかったのですが、バリの文化というものを全く見ないで普通にのんびりと遊んでいました。それはそれで楽しく、おみやげ物屋さんではない古道具屋さんで清代の華僑が使っていた化粧道具入れとか、面白いものを見つけることができましたが・・・。テロの印象が強く残るだけの旅となってしまったのは残念。


今回はあえてゆっくりしないで、いろいろと見て回ろうと思い、まず一日目は州都デンパサールにあるバリ博物館へ。



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広々とした公園の向かいにある博物館は、伝統様式の建物が並び、面白い構造でした。ただ、勉強不足のためにバリ・ヒンドゥーに関する展示物についてはちゃんと理解できず・・・。ガイドさんもあまり日本人は関心を持たないからか、適当な説明しかしてくれず・・・。オーストラリア人相手に英語で解説していたガイドさんの英語の説明の方が興味深かったのですが・・・。


ろうけつ染め(バテック)や、チャロナランという悪霊払いの獅子のかぶり物(バロン)などが飾られておりましたが、その時はあまり知識がなく、面白いとは思わず、博物館の建物にばかり興味を持っていました。



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何棟かある博物館の展示室は庭で囲まれ、各棟は塀と門で区切られておりますが、これも後で知ったのですが伝統的なバリの建築様式なのだそうです。一般家庭でも居室とトイレ等の付属の部屋は別棟になっており、門は非常にせまく作られています。それは、道には悪霊がおり、その悪霊が入れないように狭くしている・・・との事。ングラ・ライ国際空港にあった、心を浄化するという「チャンディ・ブンタル」も村々の入り口でよく見かけました。


数日旅をしていると、バリの人たちの世界観というものが見えてきて、その文化が日本といかに似通っており、また違うか、興味深く観察しておりました。それが何らかの歴史的なつながりがあるのか、それとも農耕民族であり島国である状況が似通っているために、結果として偶然の共通点があるのか、帰国した今、詳しく知りたいという欲求にかられております。


いたるところに伝統があっても、その詳しい説明をこちらからきかない限り、バリの人は語ろうとはしない・・・それは気のせいなのか?別にそれは教えたくないというよりも、一般的に観光客が詳しく知ろうとしないからなのかもしれませんが、説明しても言葉では表せない感覚があるのかとも思いました。


私たちが癒しを求めてバリを訪問するのは、その自然の美しさもあるでしょうが、それ以上に自然と一体化している「全体意識」を持っているバリに住む人々の意識に癒されるからではないのでは・・・今、そんな感慨を持っております。


(続く)

2011-10-23 18:17:19

バリ旅行 旅は歴史を再確認すること

Theme: 海外旅行

いつも旅行はできる限り「無理をしない」様に気をつけていました。前日に成田にホテルを取って、万が一に備えるように・・・。今回も同じようにしたのですが、急遽設立パーティーがあったので、成田到着は夜の11時過ぎになってしまいました。


ディナージャケット(タキシード)一式は宅配便で batak にお送りして、クリーニングに出してもらうよう、前もって話しておきました。


出発時には合い着の麻のジャケットに蝶ネクタイ。私にとっては普段の格好ですが、リゾートに行くのに・・・怪訝に思われるかもしれません。


現地ではもちろんカジュアルに着替えますが、旅行の行き帰りは基本的にスーツかジャケットを着るようにしています。


旅というのは大げさにいえば「芸術」のひとつで、まだ飛行機がなかったころに国外に出ることは「ハレ」の場であるという意識がどこかにあるのかもしれません。そういった気持は旅行を日常から非日常に代えるという効果もありますし、旅情というのも一層掻き立てられるように思うからです。


バリ島、デンパサールにあるングラ・ライ国際空港・・・。2005年ぶりですが、この空港は不便なようでいて、バリらしい不思議な空港です。



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空港という近代的な場においても、伝統的な「チャンディ・ブンタル」という割れ門があるのは、6年前と変わらず。こういう風な昔からの伝統を守っていることは、非常に好ましく、日本ももっと見習うべきだと思いました。


街の至る所で目にするのですが、この「チャンディ・ブンタル」というのはバリ人の世界観を表しており、この世界は善悪、創造と破壊といった、二極の力によって世界が作られているバリ・ヒンドゥー教の考えに基づいているのだそう。そして側面は山を表し、この間を通る時に、悪霊や邪気を払うという信仰があります。邪気がそこを通る時に、左右はくっついて一体となりそれを阻むのだとか・・・。


タクシー乗り場の雰囲気も、バリの伝統的な木造建築を取り入れていて、異国情緒をかきたてられます。



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30度近い熱気ですが、海風が通り抜け、こんな格好でもそんな不快ではなかったです。ただ、変な日本人だと思われてしまうかもしれませんが・・・。ただ、帰国する際にラウンジで話かけてきたオーストラリア人の方は、なんでもカジュアル化してしまう中で、自分自身のスタイルを持っていることは非常に素敵なことだと思うと、お世辞なのか言ってくださいました。きちっとした服装でいると、意外と欧米人はそれなりの敬意を払ってくれる、それはヨーロッパに行くと顕著なのですが、どういう風に見えているのか、興味深い事です。


少し時間があったので、空港であるものを探しました。



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6年前にングラ・ライ国際空港で見かけた奇妙な看板・・・。カタカナらしい珍妙な日本語表記にビックリして写真に収めていましたが・・・。これはもう撤去していました。日本人に解るように一生懸命書いたのでしょうね・・・。


空気の緩さは変わらないままでしたが、変わったと思ったことは・・・まず、交通量が大幅に増えたような気がします。街もすこし整備されてきたような気も。


そして、あるアジアの国からの旅行者が増えたという事。あえてどこの国かとは書きませんが、空港でもどこでも割り込んでくるので、不快な思いをしていましたが、そういう時にインドネシアの人たちは私を気遣ってくれ、正当に優先してくれたのです。


もちろん、金払いがいいから日本人が優遇されているとドライな見方もできます。しかし、好かれているのは、全ての日本人がそうではないと思いますが、海外でいつも感心するのは日本人のマナーの良さが心証を良くしているからだと思います。欧米人やアジアの新興大国の人たちはインドネシア人が挨拶してもほとんど黙殺しています。しかし、基本的にほとんどの日本人は挨拶を返していました。お人よしなのかもしれないし、それに付け込まれる場合もあるでしょう。実際に被害にあう日本人も少なからずいます。ガイドの方の話ではそういった悪さをするのは、バリ島の住人ではなく、比較的インドネシアでも裕福なバリに出稼ぎに来ている人で、バリ人としては非常に心苦しいとのこと。


海外だからといって、別に何か特別なふるまいをする必要なんて全くありません。しかし、ひとりひとりの行いが、相手の国の人にとって、その人の日本人観を形成してしまうという責任があると思っています。海外に長く住んでいたからこそ、自分が撒いた悪いイメージは、その後で訪れる日本人に悪影響を与えるということを、私は非常に強く感じています。


その国に行っている間は、やはりお邪魔していると思って、相手の文化を尊重し敬意を持つべきです。


日本人に対する思いは、東南アジアでは必ずしも悪いものではなく、インドネシアでは独立の手助けをしたのが日本であると(その裏には戦争中に資源を求めた日本政府の本音があったとしても)日本人が日本で教わらないことをインドネシア人は知っています。


ングラ・ライ国際空港の名前になっているングラ・ライ将軍が、インドネシア独立戦争下で玉砕した時にも、12人の日本人がその後に続きました。先の戦を美化するつもりはありません。ただ、日本の思惑は利用しようと思っただけかもしれませんが、それによってインドネシアがオランダの長い搾取から解放されるのが早まったという事は間違いではないと思っています。


(続く)

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