~夜叉 第弐章 『新撰組』~




居間を出た悠助達は、京の道を歩いていた。機嫌の良い天気だからだろうか。
外を歩く人は何時もよりも多い。丸で人斬り夜叉などいないかのように行き交う人々。

平和である其の光景の中では、眉間に皺を寄せて歩く龍影は酷く場違いな気がした。
いや、其の光景が場違いなのかもしれない。


「何処に行くつもりなのだい」

「邪鬼について知りたいことがある。知り合いの鍛冶屋に行くつもりだ」

眉間に未だ皺を寄せた儘である龍影に、刀の中から狐火が声を掛ける。

「厄介やで?あれだけ強い邪鬼を相手にするのは」

其の言葉に、悠助達は眉を曇らした。
怨恨がどれ程の被害を及ぼすかを、悠助達はよく知っていた。

家族を殺したのは、紛れも無い其の怨恨なのだから。

結局、其限誰も口を開くことはなかった。





「稀里(きり)いるか?」

無言の儘、目的地である鍛冶屋に到着した悠助達。
少し小さな其の建物の中に入り、龍影が声を掛ければ、奥から駆けてくる音が聞こえる。

「お久し振りです。龍影様」

紺色の着物と黒の長髪の乱れを直しながら現れた一人の少女。

「嗚呼。元気そうだな」

「龍影様もお元気そうで何よりです。今日は如何されたのですか」

「邪鬼の妖刀について訊きたい事がある」

龍影の真剣で何処か不安に揺れた瞳に気付いたのだろう。
稀里は気を引き締めると、悠助達を奥の部屋へ通した。


「邪鬼の妖刀とは、怨恨が宿った刀のこと。弓螺(ゆら)という巫女が、刀に怨恨を封じたことが全ての始まりです」

お茶を出しながらそう言った稀里の言葉に、悠助達は首を傾げた。

「弓螺?」

「弓螺は、迚も力のある巫女だったそうです。数十年前、弓螺はある怨恨を刀に封じました。其の刀の名は『殺鬼(せっき)』」

「殺鬼?」

「人を殺し物をほろぼす恐ろしいもの。……其れだけ強い怨みだったのでしょう。弓螺は、ある村の外れに、其の刀を置いておく為の祠を建てました。其の刀が、最初の邪鬼の妖刀です」

「邪鬼の妖刀に体を乗っ取られると如何なる」

「弱い邪鬼ならば、体を乗っ取られる事はありません。しかし強い邪鬼は、体を乗っ取り、魂を喰らいます。そうなれば、使い手を助ける手段はありません。死ぬまで邪鬼の玩具となるでしょう」

「刀を壊しても駄目なのか?」

「邪鬼の妖刀を壊すのは、一筋縄では行きません。其れに壊せたとしても、使い手の体に何らかの影響が出ると思います」

とどのつまり、夜叉の命を救うことは出来ないということ。余りにも酷い現実が頬を叩く。
しかし、龍影は立ち上がり狐火を腰に挿すと、逆に現実を叩いた。

「俺が救ってやるよ。彼奴の魂だけでもな」

龍影はそう言って其の場を後にした。
残された悠助と勒七は、上手く整理が出来ていないのだろう。戸惑いの表情を浮かべている。

「さっさと追いかけなさいよ。鈍間ね」

ぽつりと呟かれた言葉に、思わず固まる悠助と勒七。
そんな二人に鋭い視線を向けた後、稀里は寂しげに瞳を揺らした。

「龍影様は色々と背負い過ぎなの。支えてあげてよ」

悠助と勒七は、お互いに顔を見合わせた後、龍影の跡を追った。

「私には支える力はないから……」

稀里の呟きの雫は、静かに机に落ちていった。







「今度は何処に行くのだい。此方は家とは逆じゃあないか」

龍影に追いついた二人だったが、向かう先は家とは反対。
不思議に思い、少し先を歩く龍影の背に向かって勒七が声を掛けるが、龍影は此方を一瞥しただけだった。
仕方なく其の儘付いて行けば、龍影は道の真ん中で止まった。

「三日前、此処で夜叉に襲われた……。其れにしても、腑に落ちねェ」

「何か引っ掛かることがあるのかい?」

「嗚呼。人斬りなんざやってりゃ、怨みの魂が集まってきても何等可笑しくはねェ。だが、彼奴の刀は新しいものだった。彼奴は、邪鬼の妖刀を欲しがるような馬鹿じゃねェよ」

「成程な。つまり裏で糸を引いている奴がいるかもしれないということか」

「憶測だけどな」

悠助の言葉に頷いた龍影の表情は、酷く険しいものだった。


『聞いたか?修羅がよぉ……』

『罰が当たったのさ』

『当然だろうな』


「(あんな思い、二度と御免だ)」

龍影はぐっと手を握り締める。
血涙を流した傷跡が、痛みを訴えたが、龍影は決して弛めなかった。

「すみません。少し訊きたいことがあるのですが」

龍影の掌が悲鳴を上げる中、不意に声が入り込んできた。
周りを気にしていなかった悠助達は、驚いて声の主に目を遣る。

其処に居たのは、袖口に山形の模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を着た一人の男。

「新撰組一番隊組長、沖田総司と申します」


――隠れん坊に、新たな参加者が増えた。