携帯が実際に遺伝子損傷を起こす決定的な証拠
携帯電話 その電磁波は安全か
著者 ジョージ・カーロ&マーティン・シュラム
危険信号
一九九八年一二月第一週の時点で、携帯の安全問題に関し科学界の達していた結論は、
基本的に「健康リスクの証拠もないが、安全だという証拠もない」というものだった。科学者達
は消費者に対し、「携帯が健康上の問題を引き起こす可能性は少ない」と言い続けていた。
それはまた、カーロが同年一二月三日のCTIA役員会で報告した内容でもあった。
しかし、それからたった一八日後に、カーロは初めて本格的な危険信号を目にすることになる。
カーロのチームが開発した新しい曝露システムを使った実験が、WTRの資金によりノースカロ
ライナで行われていたのだが、その結果が上がってきたのだ。衝撃的だった。
携帯電磁波が実際にヒトの血球に遺伝子変化を起こしていた。
だが、それは、カーロがそれに続く数週間に次々と目にする危険信号の、最初の一つにすぎ
なかった。それらの研究のすべてが、カーロにとって、公衆衛生上の新しい緊急課題となった
のだ。それらの研究結果により、過去のすべての研究を掘り起こし、再検討する必要性が生じた。
それと同時に、緊急に大がかりな新しい研究も始めなくてはならなくなった。
携帯の安全性について、もはや科学も政治も後戻りできないところに来ていた。
〈ヒトの血球の遺伝子損傷〉
小核・・・第一次報告
それは一九九八年の一二月二一日だった。
「書類が山積みですよ。電話に出ないで手紙に目を通すって約束してくれるなら、これから
数時間、誰にも邪魔させませんけど」カーロの助手のリサ・ジョーソンが言った。彼女はいつも
カーロが仕事に集中できるよう気を配る。高尚で、かつ不可欠な心がけだ。だが、時にはそれ
が無理なこともある。ちょうどその日もそんな日だった。カーロが書類の処理に集中し始めて
ものの数分もたっていなかった。ドアが開き、WTRの毒物学プログラムのコーディネーター、
マージャン・ナジャフィが顔を覗かせた。「数分だけ、いいかしら?」カーロは顔を上げた。
「今すぐじゃないとだめかな?マージャン。たまった書類で押しつぶされそうなんだ。リサが鞭を
鳴らしてるんだよ」 「でもこれ、きっと、ご覧になりたいと思いますわ、今すぐに」
ナジャフィは前夜入手した報告書に、自分自身が書いた短い要約を添えて、カーロに手渡した。
それは、ノ-スカロライナのリサーチ・トライアングル・パークにある総合研究システムズのレイ.
ティス博士とグレイアム・フック博士の行った、DNA損傷に関する研究の一次報告書だった。
ティスとフックは、ヒトの白血球におけるDNAと染色体の損傷を調べる実験を行った。彼らは
その実験に「小核分析法」と呼ばれる実験方法を使用した。これは、血球を携帯電磁波に
さらし、その血球細胞核が曝露により、いくつかの小核に分かれるかどうかをみる実験だ。
二人が顕微鏡を覗くと、DNAが損傷した証拠に、染色体の欠片が染色体のまわりに薄膜のよう
に見え、血球の中に余分な小核が現れていた。彼らは急いでこの結果を一次報告として
まとめ、WTRにファクスした。カーロはナジャフィの書いた要約をちらっと見、次にそれを食い入る
ように見つめ、本格的に読み始めた。
茫然となった。ティスとフックは携帯と同じ周波数のアナログ式電磁波を使って実験していたが、
一次報告書には、曝露の後、ヒトの血球の遺伝子損傷が300%近く増加したとあった。
〈小核-癌専門家の診断方法〉
小核の存在と癌には密接な関係があるので、世界中の癌専門家が、癌になりそうな患者を
見分け、早めに予防治療を施すのに小核検査を利用している。事実、一九八六年の
チェルノブイリ原子力発電所事故の後も、癌専門家の国際チームが現地に出向き、人命救助の
ために、癌罹患リスクを調べる小核検査を行っている。
すべての腫瘍や癌が遺伝子損傷から始まる。そして、ほとんどの場合、その損傷は小核の
発生を伴う。権威ある学術雑誌『米国立癌研究所報』の二〇〇〇年八月号に、スローン・
ケタリング記念癌センターのM・バ-ウィック博士と、トロント大学癌疫学部のP・ビネ博士が、
ある決定的に重要な報告を載せている。それには、生体細胞内に小核が存在するということは、
細胞がもはや破壊されたDNAを完全には修復できないでいることを意味している、とある。そして、
「その欠陥により、おそらく癌が発生することになる」と。すなわち、現在、専門家たちは、小核が
存在すれば癌になる率が高いと判断しているのだ。
WTR小核研究報告
[実験結果]
彗星分析法では白血球にDNAの損傷は確認されなかった。だが、小核実験では、実際に
染色体内に損傷が確認された。損傷は血球内に複数の小核が形成されていることにより
確認された。
損傷は、SAR値が5W/㎏と10W/㎏の曝露で、すべての種類の携帯に起きた。
曝露していない血球に比較し、小核の発生は四倍だった。これは有意の差であり、曝露の
影響が重大であることを表わしている。
加えて、デジタル式とPCSでは、SAR値がわずか1W/㎏でも染色体に損傷が起きた。
これは政府の安全ガイドラインの1.6W/㎏より低い値である。このSAR値で小核が確認された
率は、曝露していない血球に比べ二倍だった。ただし、この増加は、統計的に有意の差だとは
いえない。
[結論]
初めて携帯が実際に遺伝子損傷を起こすという決定的な証拠が挙がった。まったく予想外だっ
たので、最初に聞いた時は何かの間違いかとさえ思った。だから、私たちは一から実験をやり
直してみた。だが、同じ結果が出た。念のため、もう一度やってみた。また同じ結果が出た。
携帯ユーザーにとって、この実験結果が意味することは明白だ。彼らの使用している電話が
健康上危険かもしれないということだ。一方、携帯産業にとって、この結果が意味することは、
もはや今までのように「携帯の危険性を示す証拠はない」とは言えないことだった。
その言葉は業界にとって常に「携帯は安全である」という保証だったのだ。