「それで…最上さんは何をしに来たの?」
平静を装って努めて敦賀蓮を立て直す。
ずいっとビニール袋を前に突きだし、最上さんがにこにこと可愛らしく笑った。
「お口汚しかと思ったのですが、敦賀さんにお食事をと思いまして」
「社さんに頼まれたの?」
「はい!」
「そう…」
ラブミー部の仕事だと元気よく頷く彼女。
何だか面白くない。
義務感でここにいるのか君は。
そこまで考えてはっとした。
何だ面白くないって…別に最上さんが仕事だろうが俺のことをどう思ってようが関係ないじゃないか。
「社さんに頼まれたのは本当ですけど…私…逢いたかったんです」
暗い気持ちになりかけた俺に届く最上さんの声。
逢いたかった?
仕事じゃなくて?
気持ちが浮上してくる。
自分の情緒不安定さに苦笑した。
どうやら最上さんを前にすると俺は敦賀蓮を保ち辛くなるらしい。
「未緒を作るのに躓いてしまった私に、敦賀さんは教えてくれました」
「俺は何も教えてないよ」
「いいえ、自分自身で考えることを…役の本質を理解するのは、私自身でなければならないんだって教えてくれました……私を…信じて待っていてくれました」
最上さんが真っ直ぐに俺を見てくる。
「嬉しかったんです…とても」
彼女がふわりと柔らかく笑う。
「だから…私も楽しみに待ちます…敦賀さんの嘉月に逢えるのを」
「俺の嘉月に?」
コクンと首を縦に振り、顔を赤くして一言一言考えながら、一生懸命伝えてくれる最上さん。
トクン トクン トクン トクン トクン
これは…
俺の鼓動か
嘉月が産まれた鼓動か。
俺の中の嘉月が色付き始める。
「最上さん…食事作りついでにもう1つ頼まれてくれないか?」
気付いたら、口をついて出ていた。
「??何ですか??」
「君の…今夜の…時間と身体俺に頂戴?」
今なら、出来そうな気がする。
俺だけの嘉月が。
この温かな熱を持つ後輩が…彼女が傍にいてくれれば。
1人でも信じてくれる人がここにいる。
俺の嘉月に逢いたいと言う人が。
それだけで力になる。
一緒に目指そう上を…演技の奥深くまで。
キッチンへと向かう彼女の背を俺は信愛を込めて見つめ続けた。
偽りの楽園
Dark Moon-フィリア編- 完
-----------------------
偽りの楽園
Dark Moon-エロス編- へ