「社さん!…まだ事務所にいたんですね?」
声をかけるのと同時に、キョーコの腕を然り気無く引き、蓮は自分の背にキョーコを隠すように倖一の前に立った。
「え・・・・??」
蓮の後ろで、キョーコが驚きの声と共に見上げてくるのが背中越しに、蓮には分かった。
「蓮!?用事終わったのか…?」
「はい、…帰ろうとしたら、社さんの姿が見えたので」
「そっかぁ…お疲れ!」
「お疲れさまです…こちらの方は?」
「ああっ!紹介するよ…彼女は俺の…婚約者の水口加那」
「こんばんは。はじめまして…敦賀蓮です。ご結婚おめでとうございます」
突然現れた人気俳優に倖一の婚約者である加那は、心底驚いた顔をした後に、蓮の整った顔と笑顔に釘付けになり、顔を赤く染め、蕩けるような瞳で蓮を見た。
自惚れる気はないが、これが普通の反応だよなと蓮は後ろにいるキョーコと初めて会った時を思い出し、違いに苦笑いを浮かべる。
倖一は、いつも蓮の笑顔に、蕩けてしまう女優たちを沢山見ているとはいえ、蓮をぼーっと見つめる加那に苦笑いをした。
「……那?…加那?」
倖一の何度目かの呼びかけに、漸く加那は反応し、まだ朱の残る顔で、蓮に頭を下げた。
「はじめまして。水口加那です!」
明るい口調で、柔らかく微笑む加那。
そっと倖一の腕に絡まる様は、倖一と並んでも遜色ない大人な女性を思わせた。
「いつも倖一さんがお世話になってます」
「いえ、こちらこそ!社さんには、いつも支えて貰って、とても感謝しています」
蓮と加那が形式的な大人の挨拶を交わす。
「これから加那と夕御飯に行こうかって話してたんだ…蓮も時間が大丈夫なら行かないか?」
いつまでもこんな目立つ所で、人気俳優の蓮と立ち話をしていられないと倖一が提案する。
「よろしければ…どうですか?…キョーコちゃんも、ね!久しぶりにキョーコちゃんに会えたし、色々ゆっくり話したいな?」
蓮の後ろにいるキョーコを覗き込むように、加那がキョーコに話しかける。
ニコニコと嬉しそうに笑って、キョーコに会えたことを心から喜んでいるのがよく分かる。
妹を見るような優しい瞳。
どう動くことが正しいのか、蓮にはよくわからない。
けれど…あの作り物のような笑顔と今、無意識に握っているであろう蓮の上着を掴むキョーコの微かに震えた手が、全てを語っているような気がした。
倖一や加那には悪いが、蓮は静かに口を開いた。