いつでも5年間のLast Run

何人かの先輩諸氏が「最後の60歳までの5年間はあっというまだぞ」と言っていた。「ならば、今こそなのだろう」後進のために、伝えるべきものを伝え、残すべきものを残してゆこう。と思ったのです。
それが「5年間のラスト・ラン」を思いい立ったきっかけでした。


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5.今日という日を新鮮に生きる
   
私にとっての「今日もいい日でありますように」(続き)

    
前回のブログで書いたようにして私のものになった、「今日もいい日でありますように」という言葉への私の思いには二つの意味があります。

 

一つは、その日一日を「請求書的」にではなく、「領収書的」に受けとめるということ、二つ目は「自分らしく」過ごせたかということです。

 

今日という日は、過去にも未来にもない、たった一日しかない日であって、この二つはそういう一日を過ごす私の姿勢ということです。

 

そもそも、地球上の70億以上の人のなかにまったく同じ人は一人もいない。みんな違う。そして今日と同じ日も一日もない。だから、まったく同じ出会いも二度とない。これはほんとうに奇跡的なことだと私は思うのです。

 

であれば、その奇跡を生み出している「見えない天の力」がきっとあるのだろうとも思うのです。

 

そこで、その「見えない天の力」に、「今日も私の願いをかなえてください」でなく、つまり「請求書」的にではなく、その日を「領収書」的に受けとめ、「天の力」の思いに従って有り難くいただく。

 

「天の見えない力」は、その人がして欲しいと願うことをしてくれるのではなく、いつでも、その人にとって必要なことを用意してくれていると私は思っており、今日という日に巡り逢ったことには、間違いなく何かの意味があるのだろうと感じるのです。

 

かくて、そういうふうに受けとめて過ごしたその日の終わりに、「今日も、自分らしい時はあったのか・・・」と振り返ってみるわけです。

 

そこで、たとえどんな日でも、その授かった日に、ほんのひと時でも自分でそうありたいと思うような判断や行動をした時があったなら、その日は「いい日」だったとその出会いに感謝して一日を終わるということです。

 

もちろん人間は不完全で、自分で自分の心を完全にコントロールなどできません。ですから、そうありたいという自分らしさを表わすチャンスがあってもそうできない時がいくらでもあります。

 

しかし、それは人間の不完全さの表われなのだから、今度はちゃんとやれればいいと自分に言い聞かせ、よく反省をしてから自分を許す。そして、そんな日でも何回かしっかりと自分でそうありたいという自分であった時があったなら、その日は「いい日」だったと受けとめるということです。

 

人間修養というのは、毎日毎日そうありたいとする自分らしさを追求し、チャンスをとらえて実行し続け、その打率をあげていくことなのだと私は思っております。

 

そこで、プロ野球の選手でも、打率3割で20傑ですから、そのくらいで上々なのかとも思うのですが、いやいやそうではなくて、せめて6、7割に、欲張って8割にはしたいと私は思っているのです。

 

そして、そのそうありたいという「自分らしさ」 とは、例えば、

 

相手の目を見てほほえみながら話が聴けた。相手の優しさや気づかいがうれしくて、心からありがとうと言えた。何かに心打たれて感動した瞬間があった。誰かのために何がしか役に立つことができた。その日にやろうと決めていた事に無心になって専念できたとか、人それぞれなのだと思います。

 

今回はここまでです。

 

 

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5.今日という日を新鮮に生きる
   
私にとっての「今日もいい日でありますように」

    
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今日という日は、過去にも未来にもない、たった一日しかない日です。ですから、その有り難い今日という日のすべての出会いを新鮮に受けとめ、チャンスをとらえ努めて自分でそうありたいと思う判断と行動をする。人生を真に充実して生きる道は、結局は今日という一日を充実させることに尽きるのです。
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私は、ラストランのなかで送っていた未明の「おはよう!」メールでも、かつてのブログの投稿記事でもそうなのですが、その文章の最後は必ず「今日もいい日でありますように」で終わるようにしておりました。

 

実は、この「今日もいい日でありますように」は、その「おはよう!」メールを送り始めたころに、ある人がそのメールに返信してきて、その最後に書いてあった言葉でした。それが私とこの言葉との出会いでした。

 

私はそれを読み、「これっていい言葉だなあ~」と、ビビ~ンと心に響いたわけです。

 

そして、すぐその人に、「今日もいい日でありますように」と文章の最後に書いて返信をして、それからしばらくしてほかのみんなへのメールでもそう書くようになりました。

 

しかし、最初のころ私にとって、この「今日もいい日でありますように」の意味はずいぶんあいまいで、ただ言葉の響きが好きで使っていたというか、この言葉で文章が終わるとなんとなく格好がいいと 思っていたといっていいのだと思のです。

 

しかし、最初はそうでしたが、2年3年とそのように書き続け、何度も何度も言葉にもして、自分にとっての意味がだんだん固まってきて、そのうちにすっかり自分の考え方や行動の基準になったのです。これも「分かるの扉」が開いたということです。


次にそのようにして私のものになった「今日もいい日でありますように」という言葉への私の思いですが、それは次の更新ブログでお伝えいたします。

 

今回はここまでです。

 

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今年最初の記事です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

4.「人間学」をベースに置いて物事を解釈する(続き)

 

ラストランの後半では、あの東日本大震災の巨大地震について思ったこともいくつか書きました。

 

そのなかでは、巨大地震があった丁度その時刻に、グラグラ揺れて、直ぐに停電になってしまい、真っ暗になった(盛岡市内の病院の)分娩室で出産をしたという、母親の話しも書きました。

 

その赤ちゃんの両親は、生まれてくる赤ちゃんが女の子と分かっており、かわいい名前を考えて いたのですが、その子が生まれた丁度その同じ時間にたくさんの人たちが尊い命を失って行ったことを思い、二人で考え、既に決めていた名前ではなく、「むすぶ」という一字をあてて「結(ゆう)」という名前にしたという話です。

 

「『命』は繋がっている。結ばれている。亡くなった多くの方々の尊い「命」の分をも受けて、生きていって欲しい」 という願いでそう名づけたのだそうです。

 

私は、ボランティア活動とか、被災地に向けた具体的な行動はしませんでしたし、出来ませんでした。しかし、亡くなった多くの方々や、被災地で、その後何年かの間、ものすごい困難の中で懸命に頑張り続けなければならない人たちのことを思い、私も今いるところで、自分が持っている自分らしさを発揮して、何か世のため人のためにコツコツと貢献して行こう、一隅を照らし続けて行こうと、真剣に考えたことも書きました。

 

そしてそれが、私にとっての、「チームニッポン」「がんばろう東北」の意味なんだと思ったことも書きました。

 

そして、そんな私は、2013年の3月20日をもって、65歳までの継続雇用はなしで定年退職をしたわけです。

 

今回はここまでです。
    
続きは次の更新ブログで・・・。

 

 

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4.「人間学」をベースに置いて物事を解釈する

 

ラストランの後半に入り、前回の記事でお伝えしたような出来事と思いのなかで、伝えようとしたことが変化していきます。

 

私は、5年間のラストランが後半に入ったころに、人間が学ぶ学問には大きく分けて二つのものがあるということもある本で学びました。

 

それは、自分の心を養い修めるために学ぶ「人間学」と、時の務め、その時代の個々人の社会的立場の務めを果たすために学ぶ「時務学」の二つであり、人としてまっとうに生きていくためにはこの両方が大事だということでした。

 

しかし、本末転倒の「本」と「末」でとらえれば、徳性と煩悩の両方を持っている人間だからこそ、「人間学」が「本」で、「時務学」が「末」だということでもありました。

 

人間は、知・情・意の三位一体であり、知だけが一人歩きすることは絶対にないということです。

 

あるいは、できるビジネスマンである前に、良き人間であれということです。

 

 

私は、ドラッカーのマネジメント論は、人の組織のマネジメントを通して、「人間学」と「時務学」を融合しようとするものだったと思っています。そしてそれは、私の信念の一つでした。

 

かくて、この思いがラストランの前半で伝え続けたブレない思いだったのですが、常務付きとなったことが、このラストランの大きなターニングポイントとなったことは間違いなく、しかしそれは、それまで一貫して持ち続けてきた思いが萎えてしまうことになったというのではなく、むしろ、その状況のなかで増々強い信念となって後半に向かうきっかけとなりました。

 

そして、未明の「おはよう!」メールで「もう伝えるべきことはおおよそ伝えたように思う・・」と書き、その後一旦送ることを中断し、一年ほどして2011年の春からまた新しいバージョンのメールを送るようになりました。

 

そしてその新しいメールの内容は、まったく「人間学」に基づいたものでした。

 

つまり、2010年春の人事異動を機会にして、ラストランの後半の私の関心事は、人間としていかに生きるべきかということに強く傾き、学ぶ中心も、伝える中心も、「人間学」そのものに大きく舵を切ったということです。


今回はここまでです。
    
皆さんにとって来年も良い年でありますように。

 

続きは新年の最初の更新ブログで・・・。

 

 

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3.判断と行動の基準を新しい次元に変化させる

 

5年間のラストランを続けながら、私は二つのことについてつくづくと思い知らされることになりました。

 

思い知ったことの一つは、人はそうそう変わるものではないということです。もう一つは、逆に人に変わらないことを期待してはならないということでした。この二つは意外に当たり前のことで、簡単に分かることなのかも知れませんが、何しろ私はそうではないのかもしれないという気もして、色々とやってきて、結局はつくづくそうだと思ったわけです。

 

そう変わるものではないとつくづく実感したのは、特に一部の幹部の人たちの仕事ぶりと判断と行動の基準でした。そういう基準のベースになっている価値観が違うという事なのでしょう。そういう人たちとの会議やミーティングでの議論や意見交換では、いくら意を尽くして話しても中々意見がかみ合わず、時には腹も立ち疲れたことがしょっちゅうありました。

 

逆に変わらないことを期待してはならないというのは、多くの人は、時が経って仕事の内容や地位 や立場が変わることで、あるいは上司が変わったりすることで、その人なりの価値観や、固有の事情によって判断と行動の基準も変わっていくということです。これはある意味ではごく自然なことといえるのかもしれません。

 

それに対して、私はその人たちを自分本位な思いで解釈して、必要以上に関わりを増幅させ、余計なおせっかいを焼くことになってしまう場合もあったということです。そして、独善的な独りよがりでもって勝手に疲れ、場合によっては、そのことで相手にもずいぶん疲れさせてしまったこともあったということです。

 

この二つは、私にとっては大きな反省であり、大事な教訓となりました。

 

それは、それより以前の私の考え方が往々にしてそうだったのですが、「私は正しい、あなたは間違っている」という、その考え方がそもそも間違いなのだということが、本当に身に染みて分かったということでもありました。

 

 

ところで私は、こういうふうに「ああ、そういうことなのか!」としみじみと分かることを、5年間のラストランのなかでは、「分かるの扉が開く」と言ってきました。要は、この時ひとつの「分かるの扉」が開いたということなのでしょう。

 

かくて、そんな私があることがきっかけで、2010年の春の人事異動で業務監査室長を外れて常務付の一担当になったのですが、それはそもそも、人はそう変わるものではないということと、変わらないことを期待してはならないということと、「私は正しい、あなたは間違っている」という当時の私の考え方が絡み合っての背景が根底にはあったということなのだと思っております。    

 

そして、私はそれを、「見えない天の力」から授かったありがたいものとして、本当に心を静かに受け入れることが出来ました。

 

他者に対するひとつの判断の基準が変わったということです。

 

 

今回はここまでです。
    
続きは次の更新ブログで・・・。

 

 

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2.一回限りの人生を本当の自分を輝かしだして生きる

 

良書(二人の著者)との出会い(続き)

 

ピーター・ドラッカーの他に、私の心の支えとなった本の著者はもう一人おります。それは、ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんです。 

 

渡辺和子さんは「置かれたところで咲きなさい」というミリオンセラーの他、多くの著書を書いておられますが、私が心の支えとして、折に触れて何度も読み返した本は、「愛することは許されること」と、「『ひと』として大切なこと」の2冊でした。

 

私は、40代後半に「愛することは許されること」を読み、その中で、「置かれたところで咲く」という言葉に出会いました。この本を読んで私は非常に感銘しました。そしてそれ以来、この「置かれたところで咲く」が私の座右の銘となりました。しかし、この本はそのあと暫くは読むことはありませんでした。そのころの私にはその内容があまりにも清らかで、強くて遠い存在だったわけです。

 

そしてそれから数年して鬱になり、その回復の途中ある書店でふと渡辺和子さんの「『ひと』として大切なこと」が目にとまりました。そして、「ああ、あの渡辺和子さんの本か・・・」と思い買って読んでみたのです。すると、この本は最初から最後までジンジンと心に響き、一気に読み終わってしまいました。立て続けに3回は読みました。

 

かくて、それを機会に精神がどんどん回復して元気になり、それまでの人生の中で一番強く、真剣に、「生きる」とはどういうことなのかということを考えるようになりました。

 

「自立的」に生きて行くとはどういうことで、いかにそれが大切なことかということを、自分のこととして正面からガッチリと受けとめる大きな機会をつかんだということです。

 

ちなみにこの本には、「たった一人しかいない自分を、そして、たった一度しか歩くことができないこの人生という道を、ほんとうに自分が自分なりに生きていなかったら、ほんとうに輝かしださなかったら、人間として生まれてきた甲斐がないじゃないか」とあります。

 

この文章は、その後の私の人生の「第一応援歌」となりました。

 

他にこの本の中で深く心に残っている言葉には、「たとえ吸う息は淀んでいても、吐く息は清らかでありたい」と、「この世の中に雑用はない、ただし、用を雑にした時に雑用は生まれる」などがあります。

 

 

そしてその頃に、「愛することは許されること」も久しぶりに読んでみました。そうすると、随分遠い存在だったはずの内容のかなりの部分について、自分の生き方に実際に置き換えて色々と考える事ができるようになっておりました。

 

この時にも、この「愛することは許されること」は、立て続けに3回は読みました。私はたくさんの本を読むわけではないのですけれども、これだ!と思った本、いわゆる私にとって「良書」だとビビビーンと感じた本は、立て続けに最低3回は読み、そのあとで重要だと思った文章を書き写すようにしています。そしてもうその本を通しで読むことはせずに、その書き写した文章を折に触れて何度も読み直し、自分と照らし合わせてみるわけです。

 

「『ひと』として大切なこと」も、「愛することは許されること」もそうしているのですが、その都度、ああそうだなあと、とにかく心がとても穏やかになります。

 

かくて、「人は、出会うべき人や良書には、一瞬も早くなく、一瞬も遅くなく、出会うべくして出会う」と思うわけです。

 

今回はここまでです。
    
続きは次の更新ブログで・・・。

 

 

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2.一回限りの人生を本当の自分を輝かしだして生きる(続き)

 

良書(二人の著者)との出会い

 

組織のなかでマネジメントをする立場にあって、私が羅針盤として心に刻み続けてきたのは、ピーター・ドラッカーの何冊かの著書でした。

 

ドラッカーは20世紀最大の経営学の巨匠、あるいはマネジメントの「父」とも言われており、その思想は日本でも多くの経営者やビジネスマンの心の拠り所や羅針盤とされています。

 

私はドラッカーの著書を社会人としては20代半ばで初めて読みましたが、その時には自分の仕事に照らして考えることはほとんどできませんでした。そしてその後、30代半ばにドラッカーの何冊かの著書に新たに出会い、いずれの著書にも大変感銘を受け、それ以来少しずつ何度も読み返しながら、自分の仕事に当てはめて考えてきました。

 

そして40代の半ばを過ぎたころには、ドラッカーの言う、「成果」と「貢献」の意味が実感として分かるようになってきました。

 

ドラッカーは、「厳しいプロは、高い目標を掲げ、それを実現することを求める。誰が正しいかではなくて、何が正しいかを考える。頭の良さではなくて、真摯さを大切にする」と語っています。

 

また、「ビジネスマンが常に最初に問うべきは、目的は何か、何を成し遂げようとしているのか、何故それを行うのかでなければならない」とも語っています。

 

そして成果と貢献については次のように語っております。

 

成果をあげるためには「貢献」に焦点を合わせなければならない。当面の仕事と努力から目を上げて、目標に目を向けなければならない。「組織の業績に影響を与えるような貢献は何か」を自ら問わなければならない。
    
「貢献」に焦点を合わせることこそ、成果をあげる鍵である。仕事の内容、水準、影響力において、あるいは上司、同僚、部下との関係において、更には会議や報告など、日常の業務において成果をあげる鍵である。

 

 

私は、厳しいプロでなかったとは思いますが、しかし、いつも本当の成果と貢献とは何かを考え、「目的は何か、何を成し遂げようとしているのか」もじっくり考え、そして「誰がではなくて、何が正しいか」と考え、言うべきことはしっかりと言ってきました。

 

その私が鬱になって会社を休み、5ヶ月経って復帰し、そのあと一年をかけて増々自立していき、そして、何年か経って、5年間のラストランをスタートしたわけです。

 

ですから、5年間のラストランでメッセージは、特に前半では、ドラッカーのマネジメント論をベースにしたものとなったのです。

 

今回はここまでです。
    
続きは次の更新ブログで・・・。

 

 

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2.一回限りの人生を本当の自分を輝かしだして生きる

 

「二度とない人生をどのように生きたら、本当にこの世に生まれて来た甲斐があるのか」

 

 

5年間のラストランを思い立った当時、私は業務監査室という本社や店舗の業務を監査指導する部門の責任者でした。ですので、すべての部門に関われる立場だったということです。

 

そこで私は、権限を越えたことなのかどうかという微妙な問題はあるにしても、すべての部門の人に伝えるべきものを伝え、残すべきものを残して行けると考えたわけです。

 

この権限ということと、組織によくある慢性的問題や課題との関連を考えてみると、そういう問題や課題は大概はそれぞれの組織の権限の外側と外側の狭間にあることが多いといえます。そうすると、だいたいの組織は、その問題には気づいていても、めんどうだからそれは我々の仕事ではないということで、自主的にはかかわらないようにしておこうとなるわけです。

 

あるいは、本当は自分たちの権限の範囲で解決すべき問題なのですが、自分たちはちゃんとやっているのだから、この問題は関連している他の部署が何とかすべき問題だと言ったりするわけです。そして、問題は解決されないで放置されたままとなるのです。

 

私は、多くの組織の中の多くの人たちは、組織や上司が自分にしてくれること、あるいは自分の持つべき権限を気にしすぎるために、本当の成果をあげられないでいると考えております。

 

かくて、そう考えていた私は業務監査室長だったこともあり、その権限の狭間みたいなものに踏み込むことに積極的だったということです。

 

 

さらに、そんな私がラストランを思い立ったもっと根っこの部分を言えば、それは、先に触れた「天命」「宿命」「運命」の考え方と相まった、「一回限りの人生をいかに自分らしく生きるか」という強い思いでした。「二度とない人生をどのように生きたら、本当にこの世に生まれて来た甲斐があるのか」という思いです。

 

 

実は私は、51歳の時に鬱になった経験があります。そして5か月間会社を休みました。その5か月間は我が家の自分の部屋の中で、毎日一日中ボーッとして、流れる雲を見ている他はほとんど何もできませんでした。

 

それでも、5か月ほどしてようやく出勤できるようになり、それからほぼ一年をかけて精神がどんどん回復してきて、気がついてみれば、鬱になる前よりも遥かに自立的な人間になっておりました。

 

ですから私は、鬱になってかえって良かったというか、むしろ本当に良かったと思っています。しかし、もちろんそれは今思えばこその思いです。

 

 

そんな私は、若いころから色々と失敗や間違いはしてきましたが、それでもそれなりの成果もあげてきたつもりです。

 

かくて私は、40代の半ばごろから、周りの人たち、特に上の方の立場の人たちを色々と見てきて、その一部の人に対し、何でそこまでして保身に回ったり、あるいは偉くなりたいと思うのか、あるいは地位を嵩にかけ、いわゆるパワハラ的に部下の人格を無視するように扱ったりするのか、と思うようにもなっておりました。

 

私は、組織の中の人間の値打ちは、その人がどんな職位や立場にあったのかということよりも、その立場をどういう思いと行動で担っていたのかにあるのだと思っています。そして人の記憶に残るのもそういうことなのだとも思っております。

 

今回はここまでです。

 

続きは次の更新ブログで・・・。

 

 

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「人格」とは、突き詰めれば、その人の判断と行動の基準である、と言えるのでしょう。

 

一回限りの人生を本当の自分らしさ追求して生きるとは、自立的な責任の主体として、この自らの判断と行動の基準について自らの考えをしっかりと持ち続けるということなのだと思います。

 

ここでは5年間のラストランを始めるころまでに身についていた、私の判断と行動の基準、そして5年間のラストランを通じて身についた心の在りようをご紹介します。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

1.まず初めに、「人間として生きる」ということの意味づけをする

 

「天命」「宿命」「運命」とは何か

 

私は、50歳を過ぎたころから、天命、宿命、運命ということについて、次のように考えるようになっておりました。

 

「天命」とは、この世の中に、万物の霊長の人間として命を授かったこと。天の命ずるいのちという ことです。

 

「宿命」とは、気の遠くなるような悠久の血のつながりのなかで、私の父と母の元に命を授かったこと。宿るいのちということです。

 

「運命」とは、その授かったかけがえのない命を、肉体が朽ちて死を迎えるまで、自分の意思で人格を形成しながら運んでゆくこと。運ぶいのちということです。

 

 

人は、天からの「封書」を授かって生まれてくる

 

そして、「人は誰でもこの世に生を受けた時に、天からの封書を授かって生まれてくる」という考え方がありますが、「天命」「宿命」「運命」を常々上記のように考えていると、そういう思いにも至るわけです。

 

私の好きな禅問答の小噺に、一方の坊主の「汝、人生何しに来た!」との問いかけに、もう一方の坊主が「自分自身に会いに来た!」と答えるものがあります。この小噺は、要は、こういうことを言っているわけです。
    

人生の3つの出会い

 

また、人生には3つの出会いがあるとも言います。

 

一つは人物との出会い。一つは良書との出会い。そしてもう一つは本当の自分との出会いです。

 

そして、「人は出会うべき人には、一瞬も早くなく、一瞬も遅くなく出会うべくして出会う」とも言います。これは人物だけではなく、良書にも言えることなのだと思います。

 

要は、人生とは、人間として天から何かの使命を受けて、両親のもとに授かった命を、様々な人や事柄に出会いながら自分の意思で運び、そのなかで天の使命の封書に気付いてそれを開け、昨日までの自分とは違う、今日の自分とも違う、まだ見ぬいわゆる「未見の吾」に出会う旅なのだ、ということです。

 

私は今までいろんな体験を重ねてきて、ほんとうにそうだと思うわけで、55歳から始めた5年間のラストランもそのようなことを求めていたということです。


今回はここまでです。

 

続きは次の更新ブログで・・・。

 

 

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前回は、私の思いをメールで伝えようとした人への最初のメールをご紹介しました。

 

かくて、メールを送る人は少しずつ増え、3年で80名近くになりました。しかし私は、その人たちの一覧などは作ってはいなかったし、もちろん何人にしようという目標もありませんでした。ただただ、その時時の出会であり、タイミングだったわけです。

 

また、このメールは業務中には一切送らず、全部家で早朝未明に送っておりました。私は、この会社に移ってからは残業はせず、ほとんど毎日、会社の終業時間で仕事を終えるようにしておりました。そしてそのまま家に帰れば必ずビールで晩酌し、そのうちに夜の8時前には眠くなって寝てしまい、そして、いつも朝2時ごろには起きるようになっておりました。

 

ですから、ラストランの5年間もずっとそうしていて、お陰で、毎朝3、4時間はまとまって、誰にもどんなことにも一切邪魔されない時間を私の部屋で一人で過ごすことがほとんど毎日続いておりました。当時はその時間でこのメールの原稿を書いたり、送ったりもしていたわけです。

 

ところで、会社のなかには当然色んな考え方や価値観の人がいるわけで、ですから、それぞれの人にこのメールを送り始める際には、このことについては当面は他言無用にしてくれるようにお願いをしてきました。しかし、もちろんそれが完全に守られるとは思ってはおりませんでした。

 

しかし、何しろ私はしばらくの間はこのことについて、横やりなどを入れて欲しくなかったわけです。そして、結局は最後まで面と向かった形では苦言とか横やりは誰からもありませんでした。

 

また、これは自分の思いで特定の人を選んでいるわけですから、公平でないし、えこひいきではないかということです。私はそうなのだろうと思います。しかし、当時の状況の中で、心に決めた「ラストラン」を思い残すことなくやり切るためにはこの方法は大切な方法でした。背に腹は変えられなかったのです。

 

そしてその中で、私の思いを受けて、いつも何が本当に大切なことかを自分で判断、実行し、自分らしく充実して毎日を過ごそうとし続けた人が少なからずいてくれたわけで、私にとってそれは本当に嬉しいことでした。

 

今回はここまでです。

 

続きは次の更新ブログで・・・。
 

 

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