- 世界の終わり、あるいは始まり (角川文庫)/歌野 晶午
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『東京近郊で連続する誘拐殺人事件。事件が起きた町内に住む富樫修は、ある疑惑に取り憑かれる。小学校6年生の息子・雄介が事件に関わりを持っているのではないかと。そのとき、父のとった行動は…。衝撃の問題作。
ミステリーといえばミステリー。
前半はかなり面白くて展開がすごく気になって読み進めていたのですが、半分ほどページをすすめたところで「あれ?」、となりました。真相がわからぬままThe endという感じで、すっきりしない読後感。
もやもやです。
物語の舞台は埼玉県西部。
小学校低学年の子供を狙った連続誘拐殺人事件が勃発。
主人公は最初に殺された江端真吾と同じ町内に住む富樫修。
近所で、しかも知人の息子が殺されたわけなのだが、彼にとってはしょせん他人の不幸。
自分は平和、自分には関係ないことだ、そう思っていた。
しかし小学校6年生の息子、雄介の部屋でたまたま連続誘拐殺人事件に関わるある物を見つけてしまう。その後次々見つかる、息子が殺人犯だと決定づける物証。
本当に息子が事件に関わっているのか?
本当に息子が連続誘拐殺人犯なのか?
そして本当に息子が犯人だったら、息子だけでなく自分の家族、そして自分の未来も破滅だ。
彼はあらゆる想像力を駆使し、自分たちが平和でいられる為の逃げ道を探す。
そもそも主人公である富樫修、そしてその妻の人間性がね~。
自分の幸せしか考えていない修。彼は何よりも一番自分が可愛いという人間。
被害に遭ったのが他人の家族でよかったと喜び、同じ事件が起きないようにと始まったPTAによる巡回を嫌々行う。
一方妻の秀美は、江崎真吾が殺された事件でマスコミからの取材を受けてテレビ出演することを喜ぶ始末。
それに比べて彼らの息子、雄介はすごくデキた子だな~と思っていたので、正直修と同様、本当に雄介が犯人なの?と最初は半信半疑。でも雄介の部屋から次々と物証が見つかって、もう彼が犯人であるということが逃れようのない事実として突き付けられるわけです。
そこで親が取るべき行動は?
そう考えた時、修は親がすべき行動が何一つできない。
愛する息子を信じてあげることもできなければ、息子と正面から向き合うこともできない。
本当にダメな父親の典型。
そして後半は修の妄想のオンパレードなんです。
最初はそれが真相だと思って読んでいたので面白くて、2つ目でそのからくりに気づいた時にはそういう展開か!と思ったものの、妄想が思いのほか沢山続いたわりに、ラストのキャッチボールがあまりにも違和感ありすぎで、小説としてはなんだかもったいない感じがしました。
暗黒の未来を回避する為の妄想なんだから、もっと幸せになれる道を妄想すればいいものを、それができないのは結局息子が犯人だと確信しているからなのではないだろうか?
結局、何十、何百と未来を予想したところで、彼を安心させる、幸せな未来はきっと一つもでてこない。
悪夢から覚めても結局また悪夢しか見られない。
それは情けないことに、彼が”立ち向かう”ことをせず、”逃げる”ことしか考えていないからだろうな。
だけど犯罪者の親としての心理はかなり巧みに描かれています。
修は本当に自分が一番可愛い卑劣な男かもしれない。
それでも彼の自分を、自分の家族を守りたいというその気持ちは共感せざるを得ませんでした。
残念なのは、修の愛情の度合いが、自分への愛情>自分の家族への愛情 だったが為に、幸せな未来を想像できなかったことかな。だって最終的には「自分」さえよければいい、に辿りついちゃうんだもん。
もし、自分の家族への愛情>自分への愛情であったならば、もう少しマシな未来を想像できたのかもしれないな、と思ったりもして。
正直、最後まで読んでも、もやもや感は全く消えません。
だけど見方を変えれば、1つのストーリーで沢山のパターンの結末を楽しめる小説でもあるのかもしれません。
私は一番最初の妄想が一番アリのような気がしますけどね。
真相はいかに?
★★★