重松清 『青い鳥』 | 映画な日々。読書な日々。

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青い鳥
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書評 /国内純文学

村内先生は中学の非常勤講師。国語教師なのに吃音を持つ先生の、一番大切な仕事は、ただ「そばにいること」。「ひとりぼっちじゃない」と伝えること。いじめ、自殺、学級崩壊、児童虐待……子どもたちの孤独にそっと寄り添い、だからこそ伝えたい思いを描く感動作。すべての中学生、中学生だったすべての大人に捧げる救済の書。


本が好き! より献本していただきました。大好きな重松さん作品です。


吃音の国語の非常勤講師・村内先生と、彼が赴任する学校での生徒との出来事を綴った連作短編集。


先生はうまくしゃべれない。だから先生がしゃべるのは、本気のことだけ。たいせつなことしかしゃべらない。そして先生にできるのは、「そばにいること」、「ひとりぼっちじゃない」と伝えること。村内先生が赴任する中学校には、必ず村内先生を必要としている生徒がいる。そしてその生徒に先生は大切なことを伝える。そして言う。

「間に合ってよかった」


重松さんらしい作品でした。


家や塾では平気なのに、学校にいる時、学校の友だちと一緒にいる時、学校のことを考えている時にしゃべれない場面緘黙症で、学校で声を発することができなくなってしまった女の子。


先生が嫌いだったわけはないのに、衝動的に先生を刺してしまい、学校での居場所を失ってしまった男の子。


交通事故の加害者となってしまった父親を持ち、加害者側の痛みや苦しみを知っている女の子。


自分達のいじめのせいで自殺を図ってしまった友だちへの罰を与えられいることに耐えれらなくなる男の子。


受験に失敗し、プライドを保つ為にみんなを集めて自分の帝国を築き上げ、女王様のように振舞う女の子。


新しい学校での何もかもが馬鹿馬鹿しくてやってられないと感じている、父親に自殺されてレベルの高い私立から公立に転校してきた男の子。


100%の内部進学率を誇る中学に通っていながら、そこから逃げ出そうとする女の子。


そしてかつて「ひとりぼっち」だった少年は、村内先生にそばにいてもらえたおかげで幸せをつかみ、先生に感謝をする。


村内先生は「ひとりぼっち」だと感じてしまっている孤独な中学生達に救いの手を差し伸べる。吃音の村内先生にとっては一見、国語の先生というのはあまり向いていない職業のように思える。「カ行」と「タ行」と濁音は全然ダメで、どうやってもつっかえてしまい、多くの生徒から迷惑がられたり、馬鹿にされたり。それでも先生は先生でいることをやめない。先生を必要としている生徒がいる限り、彼らのそばに居続ける。


いじめをしている子も、いじめられている子も、突っ張っている子も、みんなどこかで「孤独」を感じてしまっている。「ひとりぼっち」になりたくないからいじめてしまったり、自分は「ひとりぼっち」だと苦しんでいたり。


村内先生はそんなひとりぼっちの生徒をみつけ、言葉をかける。本当に大切な言葉は、どれだけつっかえていても心にすーっと入ってくる。村内先生が本気で話す言葉は、先生を必要としている生徒にきちんと伝わる。村内先生はうまくしゃべれないから、多くは語らない。だからこそ、村内先生の言う「本当にたいせつな言葉」は、余計に本当に心に沁みてくる。


「大切なこと」と、「正しいこと」は違う。大切じゃないけど、正しいことはある。正しくないのに大切なことだってある。でも大切じゃない大切なことは絶対にない。大切なことはどんな時だって大切。先生はその「大切なこと」を教えてくれる。


最後の「カッコウの卵」では、かつて中学生だった時に村内先生に救ってもらった生徒の現在を描いています。決して裕福な暮らしではないけれども、幸せになれたてっちゃん。

「人間は大人になる前に、下の名前でたくさん呼ばれなきゃいけないんだ。」と、中学生になってから誰からも下の名前で呼ばれていなかったいた彼を「てっちゃん」と呼び続けた村内先生。

「下の名前で呼んでもらえるってことは、ひとりぼっちじゃないってことだから。」


村内先生に出会った中学生の時に、先生の伝えてくれた本当の意味がわかっていたわけではない。彼が先生を恩師だと思うようになったのは、自分が先生にかけてもらった「俺がそばにいるから」という言葉を自分が言うことができた瞬間。そして、中学生の頃から今まで、見えなくても先生がいつもそばにいてくれていたと感じていたてっちゃん。


こういうの、すごく素敵です。村内先生も、てっちゃんに会えてきっとうれしかっただろうな、と思います。何かをしたその時にわかってもらえなくてもいい。気づいてもらえてなくてもいい。でも自分がしたことがきちんと相手に届いていて、そしてそれがどんなに後になっても、気づいてもらうことができたなら、それってすごく幸せだと思います。先生は自分に足りないものがあるのがわかっているのと同じぐらい、自分を必要としている生徒がいることがわかっているからこそ、先生で居続けるんだろうな、と思いました。


でもどのお話も心に響いてくるものがありました。個人的には最後の「カッコウの卵」もすごくよかったですが、「ハンカチ」での卒業式のラストシーンが好きでした。


残念だったのは、村内先生自身に対することがあまり描かれていないこと。村内先生の立場で表現されているものが一つもなかったことです。てっちゃんのお話の後に、村内先生を主人公とした、村内先生自身のことを描いた話があったらよかったな、と思いました。先生がひとりぼっちの生徒達のそばにいようと思うようになったのには、きっときっかけがあったはずだから。吃音が故に子どもの頃から辛い思いをしてきたことがあったはずだから。今度またどこかで村内先生の話を書いてくれたらうれしいな、と思います。


★★★★