あさのあつこ 『ランナー』 | 映画な日々。読書な日々。

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ランナー/あさの あつこ
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「おれは走れないんじゃない、走らないだけだ、そう信じたくて、逃げちまったんだ」長距離走者として将来を嘱望された高校一年生の加納碧李(ルビ:あおい)は、複雑な境遇の妹を案じ、陸上部を退部することを決意した。だがそれは、たった一度レースに負けただけで走ることが恐怖となってしまった自分への言い訳だった。走ることから、逃げた。逃げたままでは前に進めない。碧李は、再びスタートラインを目指そうとする----。


タイトルから想像して、「一瞬の風になれ 」のようなさわやかスポーツものだと思って読み始めたのですが、ちょっと違いました。


「走る」ことよりも、むしろ複雑な家庭の問題を抱えた少年の苦しみ、葛藤などに重心が置かれていたような気がします。


主人公の碧李は物語の最初から既に壁にぶち当たってしまっています。アスリートとしての素質があり、監督に期待されながらも、家庭の事情、幼い杏樹と母親を守る為に誰にも理由を告げず陸上部を辞めた碧季。しかし本当にそれだけが理由だったのか?家庭のことは自分への言い訳で、本当はレースに惨敗したことが傷となっていただけだったのではないか?


陸上を辞めた碧季は、妹の杏樹を母親の虐待から、そして杏樹とうまく接することができない母親・千賀子を守っていた。


そんな碧李に、マネージャーの杏子は走ることを続けるように、陸上部に戻るように説得してくる。最初は頑なに拒否していた碧李だったが、自分が家庭のことを言い訳に逃げているだけなのではないかということに気づき、再び走り出す。


一瞬の風になれのような、爽やかなスポーツ小説でもなければ、夢物語でもありません。むしろ「ランナー」は現実的。才能があるからといって、常にレースで上位にたてるわけではない、才能があっても惨敗することもあるし、それがトラウマとなってしまうこともある。


ただ、碧李からは走る情熱のようなものはさほど感じられなかったんですよね。そして「一瞬の風になれ」の連を想像してしまっていたからか、才能があるという設定なわりには、走りも正直たいしたことないような気がしてしまいました。でもきっとこっちの方が現実的なんだろうな、と思います。


碧李の母親と妹を思いやる優しい気持ちはすばらしいです。高校生の男の子にこんな重いものを背負わせてしまっても良いのか、というぐらいの大きなものを背負わされてしまっている碧季。母親の苦しみも理解し、そしてまだあどけなくて何もわかっていない杏樹を全力で守ろうとする。その中で、碧李は少しずつ自分と、そして走ることと向き合っていきます。


また愛しているのに、愛したいのに虐待してしまう母親の苦悩。自分の負の感情を抑えきれずに手をあげてしまい、その後で必ず自己嫌悪に陥ってしまう姿は読んでいる方も辛いです。何も知らずにこの母親の行動を知ったら、母親を激しく非難してしまうと思います。でも母親も自分の中に芽生えてしまう感情と常に葛藤していて、そして苦しんでいるのだということがわかるからこそ、一概に責めることはできないし、同情すらしてしまう。


そんな中で、暴力を振るわれても、冷たく扱われてもなお、無邪気に母親を求める杏樹の姿が痛々しくもあり、愛らしくもありました。


マネージャーの杏子の存在はいいクッションになっていたように思います。監督に密かに想いを寄せている杏子は、監督が惚れた走りをする碧季に嫉妬しながらも、なんとか再び走らせようとする。また碧季の友人の久遠の存在も大きかったと思います。久遠君、本当にすごくいい奴なんですよね~。


碧李は、杏樹の「お兄ちゃん、走って」の言葉を受けて再び陸上に真正面から向き合っていきます。結局「走る」ということは、自分との戦いなんだろうな。


そして碧李だけでなく、杏樹も千賀子も一歩前に踏み出します。完全に問題が解決したわけではないけれども、少しずついい方向に向かっていってくれるといいな。そんな風に思えるラストでした。


★★★