池井戸潤 『空飛ぶタイヤ』 | 映画な日々。読書な日々。

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空飛ぶタイヤ/池井戸 潤
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小さな運送会社のトレーラーが起こしたタイヤ脱輪による死亡事故。事故原因は整備不良か、それとも…。「容疑者」と目された男が、家族・仲間とともにたったひとつの事故の真相に迫る、果てなき試練と格闘の数か月!


惜しくも直木賞を逃した作品ですが、すごく面白かったです。テンポもよく読みやすいので一気に読めました。


2002年に実際に起きた三菱自動車のリコール隠し、三菱ふそうトラック・バスのタイヤ脱落事故を題材にした作品です。この本の中ではホープ自動車、ホープ銀行等ホープグループとなっていますが、ホープ=三菱ですね。


町の小さな運送会社・赤松運送のトレーラーのタイヤが走行中に外れ、歩道を歩いていた母子を直撃、母親を死亡させてしまうという事故が起こる。タイヤが外れた原因が整備不良とされたことで、赤松運送は警察の家宅捜索を受け、取引先との契約を切られ、銀行からの融資も打ち切られ、経営危機に陥る。また被害者家族からは訴訟を起こされてしまい、小学生の息子はこの事件が元で学校での盗難事件の犯人扱いをされてしまう。


整備士・門田の整備手帳に記された制定の点検より格段に厳しい点検内容を見た赤松は、整備不良という調査結果に疑問を持ち、真実を求めて調査に繰り出す。整備不良とされた部品の再調査をするためにホープ自動車に駆け寄るが、赤松の訴えはことごとく無視された上に、部品の返却を拒むホープ自動車。そして調べていくうちに、赤松運送が起こした事故以外にも、過去にホープ自動車製のトレーラーによる脱輪事故が起きていて、いずれも「整備不良」という結果になっていた事実を知る。


一方、ホープ自動車、販売部の沢田は、赤松のしつこい再調査依頼に最初は赤松をクレーマー扱いするが、品質保証部の不穏な動きにリコール隠しの疑いを持つ。自分の利益だけを確保しようとするホープ自動車の体質そのものの沢田は、顧客である赤松運送の為ではなく、自分の出世、敵対する品質保証部の相手を潰す為にリコール隠しの真相を追究してゆく。


あくまでもフィクションだそうですが、この本に描かれていることはかなり真実に近いのではないかと思います。リアリティがあって読み応えがありました。


物語は赤松運送の赤松社長、ホープ自動車の沢田に加え、ホープ銀行の井崎の視点を中心に進んでいきます。さまざまな視点から描かれていることがリアリティ、面白さを増しています。最初からホープ自動車に非があることが前提で描かれているので、小さな運送会社が大企業相手にどこまで真実を追究することができるのか、という視点で読み進めました。


財閥の常識、世間の非常識

財閥の論理、世間のわがまま


大企業の官僚的体質。顧客の利益より社益、さらには社益よりも自分達だけの利益、一つの社の社名の下、さまざまな部門がお互いの利益を確保するためにしのぎを削り、権謀術数からみあっている。だからリコール隠しや、先日の不二家の期限切れ原材料使用問題など、常識では考えられない問題が起こるんですよね。本当こういうのって大企業病だよな、と思います。


ホープ自動車は自社の車の欠陥に気づきながらも、リコールでかかる費用、信頼性などを考えて”隠す”ことを選びます。しかも数年前にリコール隠しが問題になったばかりなのに、その身勝手な考え方は一向に変わっていない。その欠陥によって人の命を奪ってしまうことなんかこれっぽちも考えずに、企業の利益を優先する企業のトップ達。内部告発するような企業に歯向かってくる者は潰す。マスコミには金で記事を差し止める。きっとそんな体質に疑問を持っている社員だっているはず。でも個人の力で巨大企業の体質を変えることってきっとすごく難しいことなんだろうな、と思いました。


また小さい個人企業からの融資は断り、明らかに業績の見通しの悪いグループ企業への莫大な融資は断らない。個人で銀行を使う上では店舗やATMの数が多い銀行の方が使い勝手がいいな、ぐらいで、金利も手数料も変わらなければ正直どこの銀行でも同じだと思っていたのですが、企業が取引する上で銀行の存在の大きさを感じました。融資してもらえるかもらえないかは、企業の死活問題。長年取引してきた企業をあっさり切り捨てるような銀行ってどうなのよ、と思いました。


そんな巨大企業を相手に戦い続けた赤松社長。数々の壁にぶちあたりながらも、歯を食いしばり、真実を追究していった姿はかっこいいです。普通は諦めてしまうと思うんですよ。どんなに自分が間違っていなくても、相手に非があるとわかっていても、一個人が大企業相手に勝てる可能性は少ない。理不尽でもそれが現実。だけど赤松社長はどんなに苦しくても諦めずに戦い続けます。


また赤松社長の苦悩は赤松運送を守ることだけではありませんでした。クラスで起きた盗難事件の犯人に仕立て上げられてしまった息子。死亡事故を起こし、警察の家宅捜索を受けたような人がPTA会長をしているのはふさわしくないと非難される赤松。この赤松を非難してくる保護者・片山には本当腹が立ちましたよ。自分のことは棚にあげて人の非難ばかりしてくる。人を非難する前に自分の非を認めて素直に謝れよ!という感じでした。でもこういう人ってどこにでもいるんですよねぇ。この事件の後に「パパの真似をしているだけだよ。」と息子が放った一言はぐっときました。父親が戦う姿を見て、それを真似した息子。そんな息子から勇気をもらった赤松。


それに比べてホープ自動車の内部は笑ってしまうぐらい腐ってます。会社が大きければ大きいほど、会社のブランド力で自分はエリートだと勘違いする社員。ホープ自動車にはそういった勘違いした社員が沢山でてきます。常に顧客は蚊帳の外。大手になればなるほど派閥があるという話は聞きますが、同じ会社内で戦ってどうする?という感じですね。この本に描かれていた系列企業の関係はなかなか興味深かったです。自動車会社、ディーラー、銀行、商社、鉄鋼会社、それぞれの力関係、それぞれの思惑。最初に書いたとおり、あくまでもフィクションですが、どうにも三菱への印象が悪くなってしまいました。私もメインバンクにしてるんですけどね。なんかこの本を読んでいたら、うちの会社がすごくいい会社に思えてきましたよ。


こういう企業の体質を変えるには、消費者、ユーザーである私達が企業を選ばないといけないんだと思います。「大企業=良い」ではない。きちんと本当に良い会社を見極める必要があるんじゃないかな、と。そしてそんな自分達のことしか考えていないような大企業に勤めている人たちは、保身の為ではなく、顧客の為に社内の体質を変えていって欲しいですね。


ちなみに2006年12月13日、三菱自動車「虚偽報告」裁判で三菱ふそう元会長ら3被告と法人に無罪判決、だったそうです。法に基づく国土交通相の報告要求が存在したとは認めがたい」と指摘し、虚偽報告の罪は成立しないと判断した。というのが判決理由。 しかも、無罪判決後の元幹部のコメントが、「法を的確に運用した裁判所に敬意を表する。犯罪の要件も検討しないまま逮捕に及び、二年以上も裁判を続けて我々を苦しめた警察・検察に猛省求める。」

この反省の色のない無責任な発言はなんなんでしょう。彼らは既に辞職していますが、こんな考え方の人が上にいる限り絶対に会社は良くならない。新たに幹部になった人たちが同じような考え方じゃないことを祈るばかりです。


★★★★