重松清 『ナイフ』 | 映画な日々。読書な日々。

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重松 清
ナイフ

「悪いんだけど、死んでくれない?」ある日突然、クラスメイト全員が敵になる。
僕たちの世界は、かくも脆いものなのか!ミキはワニがいるはずの池を、ぼんやりと眺めた。
ダイスケは辛さのあまり、教室で吐いた。
子供を守れない不甲斐なさに、父はナイフをぎゅっと握りしめた。
失われた小さな幸福はきっと取り戻せる。
その闘いは、決して甘くはないけれど。
坪田譲治文学賞受賞作。


重松清だったら「ナイフ」を読まなくちゃ、という部長のお勧めで読みました。

いじめと家族をテーマにした5つの物語。
重松清は”いじめ”について書くのが本当に上手い。この本はいろんな立場、角度からいじめについてリアルに描いています。


「ワニとハブとひょうたん池で」は、ある日突然ハブになった14歳の女の子ミキが主人公。

彼女はイジメにあっていてもそれはゲームだからと割り切って、本当はいじめられているだけでも辛くて悔しいのに、怒ったり泣いたりしたらみんなの思うツボだからと強気で耐えます。親にもいじめられていることがバレないように、必死で友だちと仲がいいフリをします。


「どんなにごまかしても大人にはわかっちゃうんだろうか。ちゃーんとお見通しなんだろうか。だとすれば、もっとつらい。あたしはいま、ものすごくかわいそうな娘になっているんだろうか。嫌だ。絶対嫌だ。あたしは明るくて元気で、お父さんにすぐに甘えてお母さんにいつもお小言をくらう、そんな娘でいなくちゃいけないんだ。」


いじめられていることもつらいけれど、そのことが親にバレることの方が、かわいそうな子だと思われることの方がもっとつらい。この気持わかるなぁ。ミキのようにいじめられていることを冷静に受け止められる子は少ないかもしれないけれど、こういうふうに思って我慢する子って多いんじゃないかな、と思いました。

女の子特有のイジメの仕方、”ハブ”がリアルに描かれています。


「ナイフ」はいじめられている息子を守ろうとするお父さんが主人公。

背が小さいことにコンプレックスを持っていて、ひ弱な体から性格まで臆病になってしまった自分を嫌っていたお父さん。そんなお父さんはある日ナイフを買った。小指のほどの長さしかないサバイバルナイフ。

おもちゃみたいなナイフだけれど、それをいつもポケットに忍ばせて「私はナイフを持っている」と念じながら息子の為に立ち上がります。

息子と向き合うことから逃げていたお父さんが息子にぶつかっていく姿がいいです。

また、お父さんを主人公にしながらもいじめにあっている息子の心境がリアルに描かれていました。


「キャッチボール日和」はいじめにあっている大輔君の幼馴染の女の子好美の視点で書かれたお話。

荒木大輔にちなんで息子に”大輔”と名づけた野球好きのお父さん。だけど息子の大輔君は虚弱児だった。息子の弱さを受け入れられないお父さんは、学校でいじめられている息子に「オトコだったら頑張れ」と言い続けます。

弱い大輔君と、もう選手としてだめなのに引退しない荒木大輔をうまくシンクロさせながら、父と子が少しずつわかりあっていく姿を描いています。


「エビスくん」は作者重松清にとってとても思い入れの深い作品で、「相棒」について書きたかったそうです。

重い病気を抱えた妹ゆうこに、ひろしは転校生エビスくんの話をします。エビスくんは神様の子孫なんだ、ゆうこのお見舞いに今度連れてくると約束をしてしまいますが、ひろし君はエビスくんから表向き「親友」という名のいじめにあうようになってしまいます。

いじめられているのに、いじめは毎日つらいのに、エビスくんのことを嫌いにならないひろし。

友だちの浜ちゃんは言います。エビスくんにいじめられているひろしのことを周りが助けないのは、ひろしが怒らないからだ、と。必死になってない人をなんで手助けしなくちゃいけないんだ、と。

どんなにいじめられてもエビスくんを嫌いにならなかった、むしろ好きだったひろし。

そんなことあるのかなと思いましたが、「男の子やさかい、強い人のことすきやねん。」男の子にはこういう気持があるのかもしれませんね。

エビスくんのイジメには私は正直かなりむかつきましたが、最後まで読むとエビスくんも本当は弱い子だったのかな、と思いました。

この本のラストはとてもよかったです。


「ビター・スィートホーム」はそれまでの4つのお話とはちょっと違ってむごいイジメのシーンはでてきません。娘の担任の教育方針に不満を抱く元教師の妻と、妻の仕事を辞めさせてしまったことを後悔する夫の姿を夫の目線で描いた作品です。

親は子どもを一生懸命育てている。娘の担任教師は自分のやり方で生徒のためを思って一生懸命頑張っている。親の立場と教師という立場の教育の仕方の違いというか、考え方の違いというか、そのあたりがうまくわかりあえないとこういった確執が生まれてしまうのかもしれませんね。


でもこの先生は頑張りすぎかな、と思いました。頑張ることは悪いことではないけれど、頑張りすぎるのは時として間違った行動や行きすぎた行動を起こしてしまうことがあるんですよね。

私も昔は頑張りすぎる人でした。でもあるときふと、頑張りすぎてはいけないことに気がづいて最近はいい意味で手を抜くようになりました。

友だちで「適当」をモットーにしている子がいます。「適当」という言葉、結構いい加減という意味でとらわれがちですけど、辞書で調べると「うまくあてはめること」という意味が先にでてきます。実は結構いい言葉なんですよね。


頑張りすぎると時々周りが見えなくなってしまうことがあります。肩の力を抜いて、頑張りすぎず、ちょっと手を抜いて「適当」にするぐらいが本当はちょうどいいんじゃないのかな、と最近思ってます。


それに加えて、妻を専業主婦にしてしまったことが間違いだったのではないかという夫の後悔も描かれています。私は妻が仕事を辞めたのは正解だと思いますが、これは仕事を続けたいと思う妻とその夫にとっては永遠の課題かもしれませんね。


短編1つずつにコメントを書いてしまったのでとても長くなってしまいましたが、いじめという重いテーマのわりに読後感は悪くないです。

いじめられている子、いじめている子、いじめを遠くから見ている子、いじめにあっている子の親、いろんな立場の人に読んでもらいたい一冊です。


★★★★